淪落の聖女   作:R_echan387

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ビスクドールのおままごとⅥ

6.

 スレッタの卒業も近くなってきた頃、ペトラ・イッタの義足手術が行われることになった。とはいっても、義足を取り付けるという言葉には少しだけ語弊がある。正確には義足を取り付ける神経系の手術だった。

 ガンド技術の医転用に使う考案として、神経系に直接義肢を接続させて、電気信号を少量のパーメット粒子を体内で交信させ壊死してしまった神経系を再び再稼働させる技術だ。安全性が完全に確立してはいない技術だ。パーメット粒子を抑える必要のあるフィルターを使用しているが、そもそもパーメット粒子の許容量はその人の耐性による。もしかしたら失われたヴァナディース事変での研究結果を再び得ようとしていた。ペトラがテスターを受け入れてくれたのは大変ありがたかった。これでひとつ成功例ができれば、株式会社ガンダムの信頼はひとつ回復に向かうだろう。憂いがひとつ減る。

 手術のその日、ラウダは手術室に車いすを押してペトラを見送った。地球寮のメンツも集まっていて、手術室の前で彼女の手術が終わるのを待っている。

 ラウダは大勢の中で待っているのが嫌だったようで、ペトラが入院している病室でひとり祈るように掌を額に当て待っていた。

 ミオリネは飲み物をふたつ買いラウダのもとに訪れる。

「はい」

 ミオリネが飲み物を差し出すと、ラウダは顔を上げたのちに渋い顔でそれを受け取った。しかし口をつけることなくサイドテーブルに置かれる。礼はなかった。

「テスター、受け入れてくれてありがと。って、アンタに言うのが正解かどうかはわかんないけど」

「別に。お前に礼を言われる筋合いはない。ペトラの英断に感謝しろ」

 ラウダは棘のある言い方でミオリネに言葉を返した。

 ふたりしてしばらく無言だった。ついているテレビが「ベルメリヤ・ウィンストンついに逮捕。非道な人体実験とペイルの関係――」とテロップを流している。それをぼんやりと眺めていると、ラウダのほうから口火を切った。

「お前、わざわざ何の用だよ。お前と顔を合わせたくないからひとりここにいるんだ。礼が終わって用がないなら出てけよ」

「ガンダムに乗った感じって、どうだった?」

「はぁ?」

 ラウダの冷たい視線がミオリネを突き刺した。

「……別に、ウィンストンさんが逮捕されたってニュースを見て、クワイエット・ゼロ計画を思い出しただけ。あんたシュバルゼッテ乗ったじゃない」

「雑談にしたら不謹慎とは思わないのか。緘口令が敷かれてるんだぞ」

「誰も来ない個室でしょ、ここ」

 ミオリネが言い募ると、ラウダは聞こえるように舌打ちをする。

「別に何もない。ペトラがテスターを受けれいたからっ僕とお前が仲良くなったつもりはないし、僕はお前を許してなんかいない」

「あたしなんかあんたにしたっけ?」

 思い当たる節がなくてミオリネは首を傾げた。そもそもミオリネとラウダの接点というのは意外と少ない。グエルのほうが元婚約者だったわけだから接点は多くて、意外にもミオリネとラウダが会話する機会というのは滅多になかった。

「お前本当に人の心がないんだな」

「なに。急に喧嘩売ってくるわけ?」

「そうだろう。義兄さんとの約束を破って利用するだけ利用しておいた挙句捨て、義兄さんからスレッタ・マーキュリーを奪っておいて、どの口が言うんだ。ここが病室じゃなかったら殴っているところだ」

『ミオリネってどこに行っても嫌われてるじゃん。一周回って可哀想という気持ちが湧いてきた』

 エリクトが憐憫の声でミオリネを煽る。ミオリネは反射的にバッグについていたキーホルダーをむしり取るとベッドに向かって投げつけた。

『ははっ。図星だ。愉しいね、ミオリネ・レンブラン』

 一転して猫なで声でエリクトはミオリネに話しかける。今までで一番ミオリネに向けて優しい語調で、ミオリネは顔を引き攣らせた。

「でてけよ。僕は勝手にベネリットグループを解散させてことも、自分だけ逃げきったことも許してはいない。こうしてテスターとして協力してやってるのも、ペトラの意思と、あとはスレッタ・マーキュリーの顔を立ててやってだからな」

「あっそ。それはご協力どうも」

 ラウダに話す意思がないことを確認して嫌味を返すと、ミオリネは投げつけたエリクトを回収するとペトラの病室を出る。

 どいつもこいつも人を舐めた態度をすることが気に食わない。なんだかんだ言って、スレッタが一番ミオリネの話を聞いてくれる。

「エリクトに聞きたいんだけど」

『なに』

「その、このままガンド医療が完成したらスレッタは助かると思う?」

『意味が分からない』

 スレッタのデータストーム汚染が完治したら。ミオリネはガンド医療の可能性に願いをかけて発言をする。

「そんなに言葉が悪かった? ガンド医療が汎用化されたら、スレッタのデータストーム汚染だって――」

「――君にとって、スレッタってなに?」

「なにって、大切な婚約者で、守ってあげなきゃっていけない、かわいい子」

 『何それ惚気?』そう言われると思っていた。しかしその予想を裏切って、エリクトが発した声はもはや無感情だった。

『スレッタを殺す気?』

「え?」

『データストーム汚染されている体を、データストームを構成しているパーメットで治療する? 何言ってるの。そんなのできるわけないじゃん。ガンド医療をなんでも直す万能医療だと勘違いしてない? 経営戦略科のお姫さまってスレッタが言ってたけど、本当に何も見えてないんだね』

「どういう事よ」

 エリクトにしたら珍しい、皮肉でも嫌味でもない物言いだった。ミオリネはイライラがまた込みあがってきて思わず舌打ちを漏らした。

『毒が蓄積されてる体にさらに毒を注ぎこもうだなんて反吐が出る。スレッタの様な人を今後出さないために地球寮の子たちは、ペトラ・イッタは協力しているというのに、この会社で一番の異分子は社長だったとはね』

 カッと耳が熱を持つ。要らない子、と言われたような気がして、掌にいるキーホルダーを握りしめる。スレッタもミオリネを異分子だと思っているのだろうか。いや、あの娘に限ってそんなことはない。スレッタは、ミオリネの味方でいてくれる。だからグエルではなくミオリネの手を取ってくれたのだ。

『あのさぁ』

 エリクトの語彙が強くなる。聞いたことのない声音に、背筋がこわばるのを感じた。

『スレッタは君のおもちゃじゃないんだよ。スレッタの症状も知らない人間がスレッタを大切? 守ってあげないといけないかわいい子? こんな女の近くでイライラさせられるなら、まだグエル・ジェタークに渡されたほうが何倍もマシだ』

「なんでここでグエルの名前が出てくるのよ」

 ミオリネのほうが長い時間をスレッタと過ごしているというのに。スレッタとグエルの様子を思い出す。スレッタが何を考えているかはわからないけど、グエルが来ることは自然なことで慣れているようだった。対抗心と言っていいのかスレッタは自分を選んでくれたはずだというのに時折ミオリネを不安にさせる。

『……なんだかばかばかしく思えてきた。ねぇ、ミオリネ。いいこと教えてあげようか』

 エリクトの顔など見えないはずなのになぜかにっこりと笑顔で話しかけられたような気がした。

「なによ」

 先ほどまでとは一変したエリクトの態度に、ミオリネは警戒しながらも耳を傾けようとする。

『取引だ。ボクは君が欲しい情報を持っている。ただし、その情報を開示するには君からの対価が欲しい』

「……なによそれ、怪しすぎるんですけど」

『別にボクはどっちでもいい。この情報を開示しなくても、開示しても、何も変わることはないからね』

「何が欲しいの」

 意味ありげなエリクトの発言にミオリネは呑まれた。エリクトが欲するものはてんでわからない。肉体のないエリクトは食事も必要としないし、金銭も必要としていないからだ。ミオリネが用意できるものなのだろうか。

 ミオリネは自分がエリクトからの取引内容を確認しないまま自分のもてる対価を考え始める。

『それはおいおい教えてあげるよ。君は、はいと頷けばいい』

 誰かがスレッタのことを魔女だと言っていた。けれども、ミオリネはエリクトのほうが魔女のように思える。搦めとって逃がさないような、そんな声質を持っていた。

 ミオリネは完全に発言の主導権をエリクトに握られたうえで思わず、はい、と返事をした。

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