淪落の聖女   作:R_echan387

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ビスクドールのおままごとⅦ

7.

 それはミオリネにとって喉から手が欲しいくらいの取引内容だった。鱗片をちらつかせられただけで、ミオリネの心に希望の光がさし込んだような気がした。実際にエリクトが持っているのか、信憑性があるのかどうかもわからない。なぜあんなに毛嫌いしていたミオリネに急に話を持ち掛けたのすらもわからなかったが、元からエリクトはこういう人間だ。考えるだけ無駄なだけだった。エリクトが何を考えている変わらないが、利用したほうが――お互いに協力したほうがマシである。

 エリクトはミオリネに「今のうちに協力してくれる仲間を作っておきなよ。ボクたちが後々やりやすいようにね」と言った。続けて「ボクが欲しいものは、シャディク・ゼネリが釈放された後に手に入るからね。対価は先渡しだ。でも先に渡すのには君に協力してくれる人をたくさん用意してもらわないと困る。ミオリネの手腕を期待してるよ」と軽く話す。

 最近スレッタ以外の会う人にみな文句言われていてストレスがたまっていた。けれど何がきっかけかは分からないが、エリクトとは少し分かり合えたような気がする。ストレスの為がひとつ減った。

 タイムリミットは刻一刻と迫っていた。時を止めることなどミオリネにはできないから、ミオリネはエリクトの話に乗らざるを得なかった。

「だから! シャディクがやっていないという証拠があればいいわけでしょ」

「それができたらこちらでもとっくにしている。やっていないという証明は、やったという証拠をでっちあげるよりも難しい」

「わかってるわよっ。そんなこと」

 サビーナの冷たい声にミオリネは声を荒げて返した。シャディクを救う同士のはずだ。それで話し合いはついているはずなのに、サビーナはミオリネの言葉に眉根を寄せただけだった。

「プロスペラ・マーキュリーという女は狡猾な女だった。それこそ私たちの様な小娘が太刀打ちできないほどの。人生経験が違う。シャディクのテロの計画さえも利用されていた。そんな女が、クワイエット・ゼロ計画に関する証拠を残すと思うか」

 うんざり、といった感じにサビーナは淡々とミオリネを諭す。だからと言って、ミオリネはそれを受け入れられるわけがなかった。

 先日シャディクとは先日面談をしてきたばかりだ。シャディクはミオリネに対して何も言わなかったが、その後署内にて極刑が課せられる可能性があると話している声をきいた。

 司法取引をしたのではないのか。ミオリネはその場で話していた人間につかみかかって尋ねたが、その人間が知るわけもない。怪訝な顔をされて、今度同様のことをしたら出禁にすると告げられた。

「だからって受け入れられるわけがないでしょうが」

「そもそも、本人が冤罪を素直に認めてるのだから、余計に事が難しい」

「じゃあどうすればいいってわけ」

「その答えがわかったら苦労はしない」

 腕を組んで、とんとんと指を叩かれる。自分よりも良い体躯が理性的に怒っている。自分が稚拙だと遠回しに言われているような気がして、舌打ちが漏れた。

「相談したって無駄ね。いいわよ。聞いたあたしが馬鹿だった。もういいわ」

 サビーナは仕事の資料をばさりと投げ捨てるように置いて出て行く。クイン・ハーバーの代表者との次回の打合せ資料だ。ガンド医療を地球での最先端医療としての治験を募る。そんな話だった。

「どいつもこいつも」

 何度も見た資料を握りつぶして、ミオリネは無惨になった紙束を机を叩きつけた。

 

 サビーナたちが思ったよりも当てにならないという事実にやっと気がついたミオリネは助力を求める人を変えた。本当は極力頼りたくはなかったが、背に腹はかえられぬわけだしと己に言い訳して、渋々と家に顔を出した。

「シャディクを出所させるには、いくら必要か聞きたいんだけど」

 唐突に告げたミオリネに、デジタル新聞を読み込んでいたデリング・レンブランは端末を閉じる。見出しには「旧ベネリット・グループ、ペイル社の議会連合との取引について――」なんて、終わった事の記事が一面に出ていた。

 彼女の父であるデリングは能面の様な表情を僅かに顰めた。チェス盤のようにきっかりと区画分けされていた表情は動くことが少なかったが、はっきりとその目は異質なものを見る眼付きだった。少なくとも自分の娘にする表情じゃない。この男はいつもそうだ。ミオリネはこの男からわかりにくい愛情表現しかされたことがない。この男にとって、自分が大切だということは理解している。とはいえこんな表情をされれば疑いたくなるというものだった。

「どういうことだ」

 硬質な声だった。厳格な声とも言う。問いかけだと言うのに、語調は変わらずに淡々と言葉を投付ける。問われる人がどう感じ取るかなどの配慮が一切されないひと言だった。

「だから、シャディクの保釈金の話なんだけど。サビーナ達が司法取引で釈放されてるんだから、シャディクだって――」

「ミオリネ」

 くだらない。と言わんばかりにデリングがミオリネの言葉を遮った。

「私は今忙しい」

「はぁっ? デジタル新聞を読むことが、娘の話を聞くことよりも大切って言いたいの?」

「そうだ」きっぱりとデリングは言い放つ。「子供の戯言に付き合うほど、私は暇ではない」

 離席しようとするデリングにミオリネが舌打ちを漏らした。

「娘の頼み事相変わらず聞こうとしないのね。もういいわよ、あんたじゃ話にならないなら、シャディクの弁護士が誰だか教えなさいよ。あんた知ってるんでしょ」

「ミオリネ」

 デリングは頭だけをこちらに向けあからさまに大きくため息をつく。

「なぜシャディク・ゼネリの安否を今更問うのだ」

「当たり前でしょ。シャディクは確かにテロを計画してたけど、クワイエット・ゼロの件は無実よ。罪は犯した人が償うべきだわ」

「それは誰を指している」

「は?」

「クワイエット・ゼロの罪は誰のものだと聞いている」

「はぁ? あんたボケたわけ。そんなのプロスペラに決まってるじゃない」

 振り返って、頭のてっぺんから足先まで見定めるようにデリングはミオリネに視線を一周させた。そして眉間に皺を寄せてこめかみを揉む。

「おまえはシャディク・ゼネリではなくスレッタ・マーキュリーを選んだのだ」

「どっちを選んだなんてつもりはないわ」

「おまえの気持ちがどうであろうと、事実だけは変わるまい。プロスペラ・マーキュリーに責任を取らせ、シャディク・ゼネリを釈放させる。おまえはそう言いたいのだろうが、それはスレッタ・マーキュリーを切り捨てることにほかならない」

「何言ってんの。スレッタとプロスペラは別よ。あんた達の遺恨は持ち込まないで。正しきものを正しき位置に戻すだけよ」

「マーキュリー家と家族になるのだと宣ったのはミオリネ、おまえ自身だ」

 硬質な語調が少しだけ和らいで、諭すような語調へと変わる。幼子を厳格にしかる父親のように聞こえて、ミオリネは頬をひきつらせた。

「プロスペラに仮に罪を認めさせたとして、それからどうする。家族になるのなら、一生の禍根として残るが」

「私は私としてクイン・ハーバーの罪を背負ってるわ。私やプロスペラ、それにシャディクだって、自分だけの罪を償う。その後家族になったっておかしくないし、遅くはないわ」

「……」

 デリングはミオリネの返答に黙ってしまった。しばらく沈黙がその場を支配していたが、先に口を開いたのはデリングだった。

「それがお前の考えだと言うのか」

「そうよ」

「……シャディク・ゼネリの弁護士など認知していない。これ以上私の手を煩わせるな」

 デリングは吐き捨てると部屋からミオリネを残して出ていった。

 何も得られない話し合いに、無駄に体力を消費させられる。脱力してソファにもたれ込むと、ミオリネは天井を仰いだ。服がしわになることなんて気にしている余裕はない。

『ミオリネの人望を見せつけられて、ボクは笑いしか出ないんだけど』

 言い方は相変わらずだが、それでも以前よりは幾分かマシになったエリクトがミオリネを嗤った。

「あんたまた投げられたいの」

『ミオリネの悪行を全部スレッタに言いつけてやる、なんて言うとでも思った? 全部手に入れようとするなんて、傲慢で愚かな人間のすることさ』

「全てが手に入るなんて思ってないわよ」

『どうだか。前にも言ったような気がするけど、自分で抱えられる大きさを見誤らないといいけどねぇ』

「あんたに助言されるなんて、明日は槍でも降るんじゃない」

『助言――?』

 皮肉で返せば、エリクトが不思議そうな声を出す。

『助言ねぇ。ふぅん。まぁなんだっていいけど。早くしてよ。君がボクの言うとおりに助力してくれる人をたくさん集めることができたのなら、ボクは対価を渡すからね』

 

 

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