8.
冤罪を晴らすと言う決意の表れとして、それまで伸ばしてい髪をバッサリと切り落とした。忙しくて手入れができていなかったというのもあった。
イメージが変わったミオリネをシャディクは目を開いて向かい入れたが、特に褒めるわけでも、貶すわけでもなかった。それにミオリネハフマンを覚える。
「どうして嘘ついたの」
面会に来るたびに毎回問いかける言葉だった。詰るように、けれど納得のいく回答が欲しくて、ミオリネはシャディクに飽きず投げかけた。
「ん?」
けれどもこの時はいつもと返しが違って、不吉に心臓が跳ね上がる。いつもなら「嘘なんてついていないさ。――それよりも、サビーナたちはどうなんだい」とシャディクは返す。それがないということは、もしかしたら先日立ち聞きした内容が、現実味を帯びているのかもしれない。時間はない。わかっていたつもりだった。判決が出るまでに時間がないとミオリネは思っていたが、もしかしたら状況は最悪かもしれない。これは、エリクトの言うとおりに早くミオリネは協力者を得ないといけないかもしれない。
「……プラント・クエタはともかく、クワイエット・ゼロはあんたの罪じゃないでしょ」
「元より自分で決めてたからね」
シャディクはどことない風だった。自分のしていないことのために泥をかぶって平然としているなんて、見ているミオリネのほうが峰が痛くなる。元より自分で決めていた。もしかしたら、シャディクはテロ計画が失敗した時のすべてを自分で被るつもりだったのだろうか。目的のために殉死したほうがマシだと、そう思っているのだろうかと様子を伺った。
「これから、クイン・ハーバーに?」
「……ええ」
「お互い、償う実は大変だな」
「公判の時間です」
わずかに逸らされた話に、ミオリネは返す言葉を出せなかった。どこから切り崩していいのかわからなくなっているうちに、ふたりのやり取りを見張っていた署員が声を上げた。
「じゃあ行ってくる。ありがとうミオリネ。さよなら」
扉の向こうにシャディクが消えていく。もう二度と会えなくなるような言い方だった。いや、毎回面会時間の最後にはシャディクはさよならと必ず言う。それが今回は本当に最後に様に感じられて――ミオリネは世界で一人ぼっちになってしまったかのような錯覚に襲われる。ミオリネは首を振ってそんな錯覚を振り払った。
「いいの? 素直じゃないね」
スレッタに渡された通信機器のスイッチをミオリネはつける。途端、待っていたかのようにエリクトがミオリネに話しかけた。
「うるさい」
シャディク・ゼネリを助ける準備をしている。クワイエット・ゼロ計画は冤罪だったという用意をしている。ミオリネは結局シャディクに何も言えないまま面会を終えたことを思い出す。今は不確定な情報をシャディクに伝えるよりも、準備が整ってから冤罪だと晴らしたほうがよっぽどいい。
「小姑のアドバイスは尊重してほしいな」
ミオリネの反応に、エリクトは冷たい反応を返した。ミオリネは溜息をついて返す。
「ほんと、アンタ母親そっくりね」
ニカ・ナナウラが出所した。地球寮の面々は、それを穏やかな顔で向かい入れる。出所日には今まで苦楽を共にしていた地球寮の面々で話したいこともあるだろうから、ミオリネは落ち着いた頃合いを見てニカに声をかける。今日集まったところは半個室状態になっているカフェだった。離れた席には、サビーナとレネが一応周囲を警戒している。
「やっとね。ニカがいないと、まともにガンド技師を整備できるものがいなくて困ってたんだから、早くヌーノとオジェロに仕事教えなさいよ」
「いやだなぁ。私が教えなくたって、オジェロもヌーノも、ほかのみんなと同じように立派に整備できるよ」
謙遜するところは三年たっても変わらないらしい。半分笑いながらニカは口を開いた。
「あたしは株式会社ガンダムの技術部門の主任としてお願いしようとと思っていたんだけど?」
「私はこれからまた学校で学びながら働くから、そんな沢山のことはできないよ。ここ数年はメカのこともだいぶ変わってきているから新しく情報を更新しないと」
穏やかに話すニカにミオリネは幾分と心が洗われたような気がする。つられてミオリネもここ最近ではずっと張りつめていた気持ちではなくて、柔和な気持ちでニカと話すことができた。
「グエルがアスティカシアを復興させたのよ。地球寮の面々もみんな復学して卒業したみたい。ニカもアスティカシアに復学し直すの?」
「そうだね。やっぱり慣れ親しんだ学校のほうが学び直しもしやすそうだから。もちろん、お仕事しながらだから、どっちもおろそかにはしないよ」
「期待してるわよ」
「任せて」
そこまで話して、ニカはやっとは運ばれてきた紅茶に口をつけた。ふぅ、と息を吐き出して、ニカは真剣な表情でミオリネを見つめた。相談があるのだろうかとミオリネは首をかしげる。他の地球寮の面々はミオリネに相談なしで復学を決めたりと随分と勝手が過ぎるが、ニカには常識という言葉が備わっている。
「サビーナから聞いたんだけど」
「なにを」
「シャディクのこと、助けたいんでしょ」
がたり、と音を立てて椅子を引いた。半立ちの様な体勢でニカの言葉を待つ。もしかしたら、ニカなら何か冤罪を晴らすために何かのとっかかりを知っているかもしれない。ミオリネはニカの言葉をじっと待った。
「何か知ってることはあるの? クワイエット・ゼロのこととか」
前のめりになっても仕方がない。食い気味に発言するミオリネに、ニカそっと首を横に振る。
「……ごめん。それは分からない。私も直接シャディクと関りを持っていたわけじゃなくて、あくまで連絡員だっただけだから。でも、このままだとシャディクが極刑になるかもしれないっていうのは、聞いてたんだ」
だからさ、とニカも立ち上がるとミオリネの両の手をニカは上から包み込んだ。小首を倒してにっこりと笑いかけてくれる。
「会社のことは私も頑張るから。ミオリネは自分が今できることしたほうが、きっと後悔しないよ」
「どういうこと?」
「私も勉強しながらだけど復帰するから、会社は任せてよ。地球寮の皆とも話したんだ。アリヤもティルもマルタンも卒業するからしっかりと会社にこれから関われるし、リリッケもだいぶ経理とかお金のことについてできるようになってきてたみたい。だから、私たちは大丈夫。ミオリネはシャディクを助けたいんでしょ。助けてあげなよ。それはきっと、ミオリネにしかできないことだよ」
「ニカ……」
ミオリネがニカの手を握り返す。「ありがとう」と思わず言葉が漏れる。ふたりして困ったように笑った。ミオリネに、初めて協力的な人ができた瞬間であった。
ミオリネがスレッタに卒業後の療養先に紹介した地域は、クイン・ハーバーとは真反対の地域であった。クイン・ハーバーはどちらかと言えば日照りの強い、いわゆる乾燥帯地域である。対してスレッタの療養先はどちらかと言えば亜寒帯気候地域であった。
卒業の前のホリデーに入ったスレッタは、たわわに実るライ麦畑が気に入ったようだった。クイン・ハーバーよりも治安的には幾分かマシで、また喧騒もなくミオリネが疲れた時に戻る場所としても気に入っていた。
車両をサビーナに運転してもらい、ぼんやりと収穫期を迎えるライ麦畑畑を見つめている。畑の中で遊んでいる人影を見つけて、サビーナが車両の速度を落とした。スレッタの赤い癖毛は特徴的で、遠目にでもそこにいるのが分かる。
ミオリネが車両からおりると心地よい風がショートヘアにした髪を撫でていく。
子供達と追いかけっこをしているのか、スレッタは両手をあげてじゃれている。子供達がスレッタのロフストランドクラッチを持っていて、そっとスレッタが取り返そうとしているところだった。
地元民と馴染んだ微笑ましい光景に、ミオリネは思わず張り付いた頬を緩める。
厳つい車両が止まったことに気がついたスレッタは、ロフストランドクラッチを取り返すのを諦めて、ミオリネに対して久しぶりの再会を喜ぶように大きく手を振った。ミオリネも小さく振り返す。
「それ、スレッタに返しなさい!」
ミオリネが声をあげると、子供達はきゃいきゃいと騒ぎながらスレッタにロフストランドクラッチを押し付けて走って逃げていく。
スレッタは取り返したロフストランドクラッチを頼りにゆっくりと歩いてくる。回復したと言っても、杖無しの長距離歩行は難しいのだと言っていた。それでも、パイロット科として卒業するという事実に、ミオリネは自分のことのように嬉しく思った。
ゆっくりと土手の階段を登ってくるのを見守る。スレッタがミオリネの元にまでたどり着くと、ロフストランドクラッチのせいか座りにくそうにしていたがふたりで斜面へと座る。
メールではやりとりしていたが、実際に会うのは久しぶりだった。少しだけ長くなった髪が、会わなかった時間を感じさせる。
「こっちにも学校作るの?」
「……はい」ミオリネの問いにスレッタが小さな声で返事をした。「体も少しずつ動くようになってきましたし、お母さんも、ここが気に入ったみたいだから」
スレッタは手のひらを開いて閉じて感覚を確かめる。そう言って、土手下の車椅子に乗っているプロスペラにスレッタは顔を向けた。
「そういえば、プロスペラは最近どうなの。あたしが最後に会ったのはそれこそ三年前になるけど」
「……楽しく余生を過ごすために、色々してたみたいですよ。やりたいこと全部終わったわって、私もこの前初めて聞いたんです」
「ふぅん」
車椅子でぼんやりとしているプロスペラには、かつての面影はなかった。やりたいことをやり尽くしたとスレッタは言っていた。きっとあとはデータストーム汚染であっという間に儚くなるのだろう。そのまえに、プロスペラには自分の罪を、クワイエット・ゼロを認めてもらわなくてはならない。
ミオリネは利き手指の付け根を擦りながらそんなことを考える。
『こんな田舎のどこがいいのかよくわかんないなぁ』
思考を遮るようにエリクトが言葉を挟んだ。エリクトはスレッタの前ではずっと穏やかで、ミオリネはほっと息を吐いた。いくらエリクトがミオリネへの態度を軟化させたとは言え、エリクトと共にいると胃痛がする方が多い。
「あんたの存在のほうがもっとわかんないんだけど」
『ボクだってわかんないよ。――でも、あの時ボクたちをエアリアルから移し替えたのは間違えなくスレッタ、君だよ。あれはスレッタにしかできない事だったんだ』
スレッタの存在に甘えて、ミオリネはエリクトに軽口を叩いた。
エリクトの返答に、スレッタがゆっくりと首を傾げる。「そうなのかな。あまり、よく分からないけど」と言う。
スレッタはキャリーケースに着いているキーホルダーに向かって手を伸ばした。
「ミオリネさん。エリクトもらっていいですか?」
「ええ」
ボールチェーンを外して、スレッタにキーホルダーを返す。スレッタは両手を受け皿にして大切そうにキーホルダーを受け取ると、キーホルダーの頭を撫でた。
会話がそこで途切れて、ふたりでライ麦畑を見る。風で稲穂が揺れる姿は素朴な気持ちに差せられる。
スレッタも卒業後は順調なようだし、ふたりで籍を入れるのは後でいいのかもしれない。シャディクの冤罪を晴らす方が、プロスペラに自分の罪を償わせる方が先の方がいい。時間はその後に沢山作れる。
「ミオリネさん」
スレッタはいつになく真剣な声でミオリネを呼んだ。もしかしたら、スレッタはミオリネが思っていた反対に卒業後すぐに籍を入れようと考えているのかもしれない。
「なに?」
少しだけ警戒して、慎重に言葉を添える。
「ありがとうございます」
「いいわよ、お礼なんて」
「いいえ。エリクトを一緒に連れて歩いてくれて。捨てられることはないと思ってましたけど、もしかしたらどこかに置き去りにされてないかなって心配だったんです」
「さすがにそんなことはしないわよ」
一瞬そうしようと考えた時期もあったが。実際にはしなかったし、エリクトにもそう言ったことがなかったから誰も知りはしない。
そんなことよりもだ。そんなことよりも、今ミオリネとスレッタは大切な話がある。
「それよりも、私たちの籍なんだけど――」
スレッタがミオリネに笑いかけた。べたりとにこっとした表情を張り付けたような笑みだった。ミオリネの唇の動きが止まる。
途端、スレッタだけはミオリネの味方でいてくれると無意識に思っていた感情が、宙へと投げだされたような気がした。
思わず伸ばしかけた手を、スレッタがぱしりと弾く。
唐突な行動に目を見開いたミオリネは縋るようにスレッタを見た。今ここでエリクトまでスレッタが持っていったら、ミオリネはシャディクを救う手立てを失う。スレッタはずっとミオリネの味方だったはずだ。クワイエット・ゼロ計画から約一年眠り続け、目が覚めた後もミオリネの手を取り共にいてくれた。だから、いま拒否される理由もわからなかったし、スレッタのことが一気にわからなくなったような気がする。
「――はい。その事なんですけど、今までありがとうございました。不貞の証拠を添えて、慰謝料を請求しますね」