3.
スレッタが覚醒したという事実を知る人は多くない。かと思いきや、地球寮の人間はみんな知っていたらしい。どうしたその話がグエルにまで来なかったかと言えば、グエル自身がひとえにほかの見舞い客と顔を合わせるのを避けていたからだ。そして多分、プロスペラは意図的にグエルとミオリネには話さなかったのだろう。
覚醒していると言っても、スレッタは微睡んでいることのほうが圧倒的に多かった。とろとろと眠り、たまたま見舞いへ来た時に覚醒していれば御の字。とはいえ、起きているスレッタはまだ瞼も明ける事さえ大変なようで、まばたきにも一苦労するから目を閉じていることのほうが多し、会話もできない状態なので、どうしてスレッタが覚醒しているかどうかを見極めているかと言われれば、ベッドの背が起き上がっているかどうかだった。もしこれが起きているのにベッドが倒されていたら、グエルはきっと覚醒しているかどうかはわからないだろう。
ほとんど毎日のように無理矢理時間を作り、もはや一種のルーティーンと化した見舞いだったが、その日のスレッタは珍しく覚醒しているようでベッドが起き上がっているところに遭遇した。
宇宙空間が広がる窓の外に、疑似天候を投影していたようで窓の外は晴れていた。けれども投影されている風景は緑の草原と青い空があるだけで、いっそそれが病室とのアンマッチさを出している。
プロスペラは何を考えているのかわからないがずっと何もないその光景を見やっていたし、スレッタも認識しているのかわからないが、瞳だけはそちらを向いていた。奇妙かつ異様な光景に、先日エリクトが嘲笑った言葉を思い出す。一瞬だけ吐き気を催したが、グエルは一歩踏み込んで病室に入る。
『また来たの。飽きないね君も』
「エリィ」
プロスペラの声を久しぶりにグエルは耳にした。エリクトを窘めるような声、近所の評判の悪い子供と関わってはいけないと注意する親のような声だ。スレッタが昏々と眠り続けた期間は一切の会話をしなかったのだから、その声をきいたのは一年近くぶりだった。彼女の声はしっかりとしていて、衰えを感じさせなかった。
『いいよお母さん。どうせ今更だしね』
プロスペラは溜息をつくとやはり同じ空間にはいたくないのか病室を出て行った。
残ったのはスレッタとエリクトとグエルと――あとは死神だけで、死神はいつもと同じように足の届かぬ椅子に座ってプラプラと遊ばせながら疑似天候を見ていた。
相変わらず見え続ける幻覚にグエルは歯噛みする。スレッタは目覚めたというのに、その幻覚が消えることはない。しっかりと意識が戻れば、その死神は消えてくれるのだろうか。
黙って花を花瓶に活ける。地球寮の人たちはグエルのように頻繁に見舞いには来ていないようだったし、もし来ても学生なので毎回見舞いの品は持ってこれないのかもしれない。ミオリネとは連絡すら取っていなかった。見舞いに来ているのかさえも知らない。とにかく、花瓶はいつだって――毎日空いていた。
「スレッタ」
呼びかけたって、スレッタは答えることをしなかった。
『なんでスレッタを殺しかけた君が、毎日毎日来るのかわけわかんないんだけど。そんなに来たってスレッタの容態がすぐにかわるわけでもないし、ぼんやりしているのを見ても楽しくないだろう』
「それを言ったら、サマヤさんもそうなんじゃないんですか」
『十七年もエアリアルの中にいたらむしろ会話がまともに出来る分ボクはマシだけどね』
スレッタの代わりにエリクトが言葉を投げつける。意識がないスレッタの生命線へ手を伸ばしかけたことを詰られて、グエルは咄嗟に話題を逸らした。
グエルはもうストラップの中にエリクトの生体データがあることは認めていた。というよりは、そういうものだと思い込むことにした。周りの人間にもし幻聴だと否定されたらと思うと、鬱になりそうだったから確認したことは無かったが。
『なにかあったらお母さんが君に連絡すると思うから、できれば毎日来ないで欲しいんだけど。それともボクたち家族がこんな落ち目にあってるの見るのが楽しいとか。先の長くない母親に、生体データしか長女、障害を負ってどこまで回復するか分からない末妹。自分の心を慰めるにはぴったりで、とても悪趣味だ』
「そんなことは……そんなこと、思っていません」
『本当にスレッタのこと好きで大切だって思ってるのなら、ボクなら黙って入院費と治療費だけ出して会いに来ないけどね。告白した口で決闘を申し込み家族を奪い取って、挙句に家族を討てなんて言う人の言葉はボクは信頼に値しない』
エリクトの言葉はだいぶ恨みがこもっていたが、全てが事実だった。返す言葉も出てこなくて、グエルは唇を噛み締めた。口の中に鉄っぽい味が広がって、眉根を寄せる。
『ボクたちは君たちの慰みものになる気はないよ。わかったら出てってくれない?』