結局ミオリネとその後会うことはなかった。スレッタとしては合わせる顔がなかったとも言えるし、二人の間に築けていたものはあったのだろうかと今更ながらに考える。シャディクの裁判はやり直しされることが決まり、少しは罪も軽くなりそうだと言うのはサビーナの話だ。そのサビーナから聞いた話だが、ミオリネも立ち上がり、エリクトが言い放った罪を向き合うことにしたらしい。
ミオリネは地球でのテロを目の当たりにした時さえも結局は自分の罪を正しく認識も、責任も取っていなかったがデリングの逮捕を受けて自分が如何に他責にしていたかをやっと気がついたという。あまりにも非常識かつ世間離れした小娘の相手をするのは大変だったが、地に足が着いてきたとサビーナは苦笑していた。
いつか、お互いが大人になった時に再開することは出来るのだろうか。チュアチュリーとニカの間のように、或いはマルタンとニカの間のように、喧嘩しても分かり合えるほどの信頼とお互いを知っていたらこうはならなかったと思う。しかし、現実はそうにはならなかった。ミオリネはスレッタのことを慮るようで自分のことしか見ていなかったし、スレッタもそんなミオリネを許し続けるほど寛容ではいられなかった。それだけの話だ。
スレッタと言えば、通信教育を通して教育免許を取得した。水星に学校を作る、なんて言うのは子供の頃の夢だったが、現在は地球にいる孤児を集めて学習の場を作っている。
プロスペラの残した遺書――資料のおかげで議会連合は別の監査機関を立ち上げた後に監査が入ったとグエル越しに聞く。ひとまずはスレッタの身に被害が起こるようなことは無いだろうと言うことだった。
全て人伝に聞いた話だ。スレッタは現状籠の鳥のような生活をしていると勝手に思っている。与えられた情報や会話で、外の世界の様子を知る。
それが良いことだとはもちろん思っていない。しかし、現状はそれで我慢していた。
「スレッタ」
生徒が解散した学校の教室でたそがれていたスレッタに、グエルは顔を見せて声をかける。
「グエルさん……。今日は帰らなかった予定だったんじゃないんですか」
「早く切り上げられたから。嫌だったか?」
「そんなことはありません」
「教職としての調子はどうだ。やっていけそうか?」
グエルは教室に入ってくると机に腰をかける。その様子に、スレッタはひとつ息をついた。
「やっていけない、と弱音は吐けません。これはあなたが私に与えた罰ですよ」
「すっかり皮肉で返すのが上手くなったな」
「どうとでも言ってください」
「……実際、グラスレーが孤児たちを支援していたように、俺たちは第二のシャディクを生み出してはならない。おまえに課した罰は、俺がくだしていいものかわからなくなるくらい、責任は重い」
スレッタは教室を見渡した。生徒たちはスレッタに懐いている、とは思う。教師と言うよりは、近所の人、という距離感の方が近しい感じがしているが。
「もちろん、根本的にはスペーシアンとアーシアンの格差を減らさぬ限り無理な話だろうが」
「……まさか、格差が根本的に無くなるまで私に生きて、教鞭を取れって言うんですか?」
「当たり前だろ」
スレッタが驚いて尋ねると、グエルは苦しそうな声で答えた。
スレッタは自分の下半身を見つめる。
データストーム汚染を受けた身体は、覚醒した直後はリハビリである程度回復したが、徐々に身体機能を失いつつある。加えて、尾てい骨の骨折もダメージが大きかった。骨自体は治ったが、神経が傷ついてしまったらしい。自力で長時間たつことがままならぬスレッタは車椅子を使用している。
先はそんなに長くないのだろうなとスレッタは自分の体調の不良を感じとっていた。グエルに直接は話したことは無かったが、彼も薄々察しているのだろう。
「随分と、長生きさせるつもりなんですね」
「そうでいてくれなきゃ困る。おまえがすぐに死んでしまったら、俺はおまえと過ごした何倍の時間を、おまえを想って過ごせばいいんだ」
「グエルさんの罰は、そういう罰ですよ」
スレッタは自分の膝を撫でる。そのうち、宇宙へ帰った方がいいのかもしれないなとぼんやりと考えた。
グエルは腰をかけていた机から立つと、車椅子を押し始める。電動だというのに、グエルは必ず押したがった。最初のうちは自分で動かせると突っぱねていたが、あまりにも譲らないものだから最近は諦めて押してもらっていた。
「帰るか」
「こうしてグエルさんにばかりお世話されてると、籠の鳥のような気分にさせられます」
振動がないように丁寧に押すグエルに対して思ったことをそのまま口に出す。頭上でグエルのグリップをきつく握った音が聞こえた。
「いや、か」
「いいえ。籠の鳥というのは、えっと、比喩表現です。過保護とは思ってません」
「――後悔、してるのか」
「それも違います。後悔することもあったかもしれませんが、グエルさんと結婚したことは後悔してないです。これは誓って本当」
スレッタは、グリップを握る手に、己の左手を重ねる。指輪同士がぶつかる金属音が、小さく響いた。重ねた手のひら越しにグエルの様子を確認するとグエルは案の定苦しそうで泣きそうな顔をしている。そんな表情をさせたいわけではない。グエルがそんな表情をするのは、スレッタが死んだ後でいいのだ。
「実は、あの箱庭の家に連れて行ってもらった時、家族って、家族の愛情って何だろうと思ってました」
「その答えは見つかったか」
「ない」
スレッタはきっぱりと言い放つ。そしてすぐにへにゃりとした笑いを漏らした。
「と当時は思ってました。最近あったんだと思えるようになりました。でも、それはやっぱり私には難しくて」
そこまで話してスレッタはひとつ区切りをつけた。言おうか言わない迷って、グエルが言葉を待っていることに気が付いて口を開く。
「家族の愛情がわからない私が、グエルさんと結婚して、こうしてあなたの人生を縛り付けてるんです。後悔はしてないですが、申し訳ないなとは思います」
「……俺も、父さんの愛情は難しかった」
様子をうかがうスレッタに、グエルは顔を上げた。顎先を見ているとグエルが今度はスレッタの様子に気が付いて口を開いた。
「父さんと刺し違えたときに、父さんが俺を愛してくれていたことを知った。だから余計に俺は親の愛情がわからなくなった。小さなころから躾と称して殴られたときもあったし、口答えすれば大人しく言うことを聞けと怒鳴られたこともあった。俺が会社を継いだのは、俺と父さんを繋げていたものが、何かを確かめたいと思ったからだ」
グエルはスレッタの肩口に顔を埋める。スレッタはグエルが泣いているように見えて、そっと顔を摺り寄せた。
「俺だって、家族がどんな形かなんてわからない。だからって、俺たちが家族でなれないかと言われたら、そうじゃないだろ」
「じゃあ、やっぱり、あなたが私を幸せにしてください。私も、生きてる限りはグエルさんが幸せであってほしいと思ってるので」
「俺の幸せを願いのなら、できれば、長生きしてくれ」
「グエルさんの腕にかかってますよ、それは」
スレッタが軽く笑うとグエルはようやく顔を上げた。そして再び車いすを押し出す。
「家族の形をいまいち理解できなかった私が、あなたと家族になれるのでしょうか」
「……それは、ふたりで模索するものじゃないのか」
グエルの答えにスレッタは目を瞬かせた。てっきり、グエルはスレッタに対して「おまえの言う通りにするだけだ」と受け身なことを言うものだとばかり思っていた。
少しだけ以前より変わった、けれども望んでいたような答えを返されて、スレッタの表情は綻ぶ。前を見て車椅子を押すグエルがその表情を見たのかはわからなかったが。
「私が死んだら、エリクトと仲良くしてください。ちゃんとエリクトにグエルさんが浮気してないか見張っててもらいますから」
「サマヤさんは、俺のこと嫌いだろ。仲良くできる気がしない」
「それは、普通にお母さんが死んだときに手を出すから、もう印象最悪ですよね」
「サマヤさんはスレッタにだけは甘い」
「そんなことありません。結構厳しいこと言われますよ。グエルさんに不誠実だって言われました」
エリクトがグエルを庇うのは意外だったのだろう。グエルは意外な声を上げる。スレッタは手のひらをそっと見つめると、何もない手のひらを握りしめた。
「多分グエルさんのことは嫌いなんじゃないんです。エリクトも私のように許せなかっただけ。自分が一番許せないけど、それでもそれを口にすることはしないから。周りに八つ当たりしているように見えちゃうんですよね。すごく後悔してるのは伝わってくるんです」
「難しいな、それは」
「理解されようとは思ってないと思いますよ。だからこそ、エリクトはきっと私が死んだあとひとりでずっと抱え込むから。仲良くしてください。そしたらふたりで仲良く地獄に落ちてきてください。……おねえちゃんをお願いしますね。先に待ってます」
「今すぐ死ぬようなこと言うなって。傷をえぐるな」
何度も言い聞かせるように言うのはきっと予防策だ。グエルはスレッタの死をスレッタ以上に怖がっている。スレッタはもうすでに自分の短い先を受け入れていた。
スレッタの死後、忘れずにずっと想い続けてほしいが、だからと言って絶望の気持ちを持ったまま生きていてほしいわけじゃない。健全に生きて、時折スレッタを偲んでは泣いて、スレッタがキャリバーンに乗ることを止められなかったことをその時に後悔してくれればいい。
「それはあなた次第ですよ。でも生きてる限りは、約束通りあなたが私のことを幸せにしてください。私もあなたを幸せにします」
スレッタはそっと目を瞑る。そうしてゆりかごのように揺れる車椅子に安心して身を任せた。
完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。
これの補完+書き下ろしを明日JUNE BRIDE FES 2024にて頒布予定です。
もしご興味がありましたら検討材料にどうぞ。