淪落の聖女   作:R_echan387

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奈落の底で星を穢すⅦ

2.

「グエルさん……」

 病室へ訪れたグエルに、スレッタの声は困惑した声を漏らした。スレッタは左腕をむき出しにしていて細い管と繋がっている。覚醒してからというもののあまり見ていなかった点滴がスレッタの腕に繋がっていた。ほっそりと痩せてしまった腕の先には、忌々しく銀色に光るものがしっかりとついてる。

「あの、どうして」

「リハビリ始めるんだろ。俺も少しは協力できると思って。それから、昨日はすまなかった。ミオリネの前だったとはいえ配慮に欠けた行動だった」

「いえ、それはいいんです。気にしてませんから」

 ちらりとスレッタはグエルの持つ花束に目をやる。いつも持参していたピンクのカーネーションではなく、別の花だった。

「あ……今日は香りのいいお花じゃないんですね」

「……そうだな。飽きただろ。これからリハビリ始まるのに、ずっと同じ花だと気が滅入るんじゃないかと思って」

「そう、ですね。……はい」

 視線をさ迷わせた後にスレッタはこくりと首を動かした。

「まだリハビリと言っても動かなくて。凝り固まった筋肉を弛緩させるお薬打ってるんです。少しずつがちがちだった体が柔らかくなって、動くような気がします」

 スレッタはグエルの視線を受けて、グエルが口にするよりも早く答えを出した。スレッタに気を遣わせるほどひどい顔をしていたらしい。

「リハビリ、しばらくはこのお薬で体全体を少しずつ柔らかくした後に立ったり座ったりとか、歩いたりする練習なんだって、先生が言ってました。だからグエルさんが思っているようなリハビリはまだ先かもしれません」

「そうだな」

 状況を説明するスレッタに対して、グエルは明らかに上の空といった様子で返した。グエルの視線は一転に注がれていて、それはどうしてもグエルの中では消化ができない事だった。

「どうしてミオリネなんだ」

「え?」

「なぜ、ミオリネの手を取った。あいつの、何が良かった。――俺の、何がダメだったんだ」

 昇華ができない何かを、グエルは零れ落ちさせる。

 スレッタを想う気持ちは誰よりも大きく、深いはずだ。これが夢ならば早く目醒めて欲しい。死神はグエルの問いに頬を膨らませていたし、スレッタは答えを探すようにふわふわと視線をさ迷わせている。

「好きなのか、ミオリネのことが」

「好きですよ。ミオリネさんのこと。私はずっとミオリネさんの婚約者で、だからミオリネさんに結婚してもらうって決めてたんです」

 スレッタはいやにキッパリと言い放つ。言葉を探して視線をさまよわせていたことが嘘のようだ。

「今更ミオリネの何がいい。……また簡単に、スレッタのことをミオリネは裏切るぞ」

 ミオリネを貶める意図はなかった。しかし、グエルとしてはどうしてもミオリネに裏切りという言葉を感じてしまう。グエルに協力を仰ぎ、スレッタと決闘させエアリアルを奪い取り、挙句に契約不履行でベネリットグループの資産を売却した。ジェターク社の立て直しを図るグエルにとっては、ジェターク社所有になっていたエアリアルが出した損害と、勝手な都合で相談もなしに行われた資産売却は、相当な痛手となって深い傷として残っている。

「私のことを裏切りません。ミオリネさんは」

「その自信はどこからくる。お前からエアリアルを、家族を取り上げた事実を忘れたのか」

「それでもです」

「――なぜ、俺の手を取ってくれないんだ」

 結局はそれだった。スレッタの回復を祈り、ずっとエリクトとプロスペラに邪険にされながらも毎日顔を出していたのはグエルだったはずだ。重たい男だという事実を直視しながらも、グエルは問うことをやめられなかった。

「グエルさんも、私たちを憐れんでるんですか。エリクトが言っていたように、慰みものにしてるんですか」

「は?」

 唐突に出てきたスレッタの言葉に、グエルの思考は止まった。スレッタは不思議そうな顔をしながら続ける。

「どうして、私がグエルさんの手を取らないといけないんですか。私はグエルさんのプロポーズを、二回も断りました。ミオリネさんだと私を幸せにできないから、代わりにグエルさんが私を幸せにしてくれるっていうんですか」

「そ、れは――」

「それって、傲慢だと思います。私たちを憐れんでるからそんな言葉がでるんじゃないんですか。慰みものにしているのと何か違うんですか?」

 スレッタがグエルを見る目は、得体のしれないものを見る目だった。今までおどおどしていた中に芯があった瞳ではない。決意を秘めた強い輝きを放つ瞳でもない。エイリアンを見るような、そんなような瞳だった。

「ちが、違う。俺は、おれ、は」

 スレッタがプロスペラに抱きしめられていた光景を思い出す。スレッタ・マーキュリーというひとりの人間を汚してしまったかのような錯覚を思い出す。家族の境遇をスレッタに重ねた。スレッタと自分を重ねて、自分はもう二度と戻らない家族の形を羨ましいと思った。高慢だと義弟であるラウダに詰られた言葉は、ずっと心の中に突き刺さっている。

『違くないでしょ』

 それまで黙っていたエリクトが口を開いた。

『だからスレッタに指摘される前にボクはさんざん言ったのに。好きな女の子に貶されるのって、もしかして趣味だったりする?』

「エリクト」

 スレッタは渋い顔を作るとエリクトを窘める。

『スレッタが優しい人間でよかったね。グエル』

 からからとエリクトのかわいた笑いが聞こえてきて、『やっぱりここに来るのやめたら? 楽しくないでしょ。慰みものに使っていたスレッタから図星をつかれたら』と言い放った。

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