3.
――また、人体実験に直接関与していたと思われるベルメリア・ウィンストン氏につきましては行方がわかっておらず――
「……お母さん、元気かな」
テレビのニュースを見たスレッタの心配そうな声に『元気でしょ。便りがないのは元気な証拠って言うんでしょ』とエリクトは適当に返した。
「それ、親が子供に使う言葉だってライブラリにあったよ。だから少し違うかも」
『へぇ、そうなんだ。まぁでもお母さんは元気元気。ボクが保証する』
「お母さん、体よくないんだよ。どこかで倒れてたらどうしよう」
『お母さんに限ってそれはないから大丈夫だって。スレッタは心配性だなぁ』
「エリクトって結構お母さんに対して適当だよね。ずっと一緒だったからエリクトにはわかるの?」
スレッタが尖った声を出した。
死神はそんなことを気にしないように宙を順繰りと見てぱちぱちとまばたきさせたあと、また顔をほころばせて甘えるようにスレッタに擦り寄った。
『ごめんごめん、拗ねないでスレッタ。ボクはエアリアルと一緒に、スレッタと過ごした方がずっと長かったよ、そうでしょ。それにお母さんが終活とやらの半ばで倒れるようなタイプに見える?』
エリクトの諭すような声にスレッタは「それはそうだけど」と返した。
『何かあったら連絡くるよ。お母さんだって、スレッタを突き放すように唐突に消えたりしない。そう思わない?』
「うん……」
納得はできないようだが、スレッタはそれ以上口にすることはやめたようだった。
休憩していたリハビリを始めるために、スレッタは己を挟んで両方にある手摺を掴むとまた足を動かし始める。
スレッタは宙からぶら下げられていて、ゆっくりと踏みしめて歩いている。倒れないようにするための補助装置だそうだが、グエルはずっとそれが操り人形のように見えて仕方がない。
グエルは結局スレッタの病室を訪れることを辞めることが出来なかった。習慣になってしまっていた。時間は少しずつズレるようにはなったが、毎日訪れている。
プロスペラは最近来なくなったのか、花は花瓶に活けられたままだ。毎日少しずつ増え、枯れているのと取り替えるのはグエルの仕事だった。
「仲良いんだな」
グエルがスレッタに声をかけると、スレッタの足がとまる。
「お母さん、最近連絡つかなくて。……忙しい、みたいなんです」
『終活なんて早々終わらないよ。好きにさせたら? そう決めたんでしょ、スレッタは』
「そうだけど、でも心配するかしないかは別の問題だから」
『可愛いボクの末妹は律儀だね。会えなくて寂しいの?』
「ほんの少しだけ、寂しい……」
明らかにしょぼくれるスレッタにグエルは思わず吹き出した。何があったとしても、家族の愛情はこういうものなのだなとスレッタを羨ましく感じる。
「羨ましいな」
「え?」
素直に口に出てしまった言葉にスレッタは変なものを見る目でグエルに顔を向ける。そして、気がついたような表情をして、申し訳なさそうにまぶたを伏せる。
「すみません、グエルさんのお父さん、その……配慮がなかったですね」
「いや。こっちから話を切り出したんだ。スレッタが気にすることじゃない。スレッタは母親から愛されて、サマヤさんにも愛されてる。いい家族なんだなと」
「グエルさんにだって、ラウダさんがいるじゃないですか」
グエルはなんと返していいかわからなくて口を開いては閉じたりを繰り返す。確かにラウダはいる。半分しか血がつながっていないが、嫌いなわけでも避けているわけでもない。
良い家族かと言われると、良い家族だろう。半分しか血が繋がらない兄を慕ってくれる。しかし、彼もかれとて抑圧された立場なのは間違いなかった。それはシュバルゼッテに乗りグエルと戦ったときに発した「ラウダ・ジェタークだ」と言う発言からも読み取れる。
ひとりで抱えるのは高慢だと過去にラウダはグエルを糾弾したが、だからと言ってすべてをありのままで受けれいれてもらえるなどとグエルも思ってはいない。何より話してラウダの負担にはさせたくない。
グエル・ジェタークという人間の本質は変わらないまま高慢なのだろうし、ラウダには抑圧された人生をこのまま少なからず影響させてゆくのだろう。スレッタやエリクトみたいに経験を通して兄弟・姉妹という関係が変わったわけではなかった。
「そうだな。そうだ。ラウダにだって怒られたことがある。ひとりで抱えて、高潔で傲慢だと言われた」
「こうけつ」
聞きなれない単語にスレッタはゆっくりと小首を動かした。
「……プラント・クエタでヴィム・ジェタークを殺したのは、俺だ。それをひとりで抱え込んで、ラウダに相談しなかったのは、罪だと言われたことがある」
懺悔室で告解するかのようにグエルはスレッタにひっそり告げた。スレッタの瞳が驚きで見開く。
「それを、何で私に」
「スレッタたちを見て、お互いに信用して、心配して、いい家族だと、羨ましいと思った。からかもしれない」
ジェターク家がこうであってほしかったからとは言えなかった。
ジェターク・ヘビー・マシーナリーのトップとして威厳があった父親であった。一企業としてベネリットグループ内の大企業として、グループを牽引していた手腕は確かなものだ。ドミニコス隊のエースパイロットになりたいという夢を持ちつつも、グエルは確かに父親を尊敬していた。
しかし、家庭向きの人であったかと言われると疑問が残る。父親からの愛情がなかったわけじゃない。それでも、グエルには父親の愛情が難しく思えることがあった。スレッタとの決闘に負けた後に頬を叩かれた時のことと、刺し違えたときの穏やかな声をグエルは思い出す。
自分は、父親の難しい愛情にでは無く、素直な愛情に飢えていたのかも知らない。
だからスレッタの近くに居ればお互いを尊重し、認め合い、グエルが求めていた家族像というものを得られるかもしれないと、その輪の中に入れてほしいとグエルは願ったのだ。
『あぁ、納得した』
エリクトの声がリハビリ室に響く。ハッとして顔を上げると、スレッタは明らかに戸惑っていたし、死神はスレッタを守るように抱き着いてグエルを見ている。
『つまるところ、君のそれは偶像崇拝で、スレッタは自分の大切な女神だったわけだ』
その言葉にグエルは頭を殴られた。どくどくと心音がやけに耳について、刺されたような錯覚に陥る。
『それだと言うのに自分の境遇にボクたちを重ね合わせてしまった。大切な女神を自分手で汚しちゃったわけだ。可哀想に、かわいそうにねぇ。……心底気持ち悪い』
図星をつかれる。スレッタと自分の境遇を重ねて、勝手にスレッタの尊厳を汚していたのは間違いなくグエルだった。
いつもの露悪的な物言いではなかった。皮肉でもなく嫌味でもなく、単純な軽蔑もってエリクトはグエルを詰った。
『グエル・ジェタークはスレッタの見舞いじゃなくて、崇拝する女神へ礼拝に訪れていたわけだ。だから何を言い続けても来たと。随分と馬鹿にしてくれるね、これならまだミオリネのほうがましだった』
「エリクトもうやめて」
冷たいエリクトの声の上に、スレッタは自分の声を重ねた。グエルにはそれが救いにも思えて、しかしその考えこそが今エリクトが言う崇拝と変わらないという事実に打ちのめされた。
「そのエリクトの言い方、聞いてるほうが嫌。なんでそう意地悪な言い方するの」
スレッタのリハビリは完全に止まっていた。何かがあった時に手助けできるように待機していたというのに、今はグエルを責め立てる空間となり果ててしまっている。
エリクトはわざとらしく大きくため息をつくと、また話し始める。
『神聖視するのは勝手だけど、それを自分の家族に当てはめるのはやめてくれない? どう足掻いたってボクたちは君の家族の代わりにはならない』
「……はい」
『哀れだね、グエル・ジェターク。温かい血の通った家族がそばにいて、ぶつかり合って、喧嘩もできるというのに、何が不満だか、ボクにはわからないな』
エリクトの言葉にグエルは押し黙る。スレッタはなんと言っていいのかわからないようで、グエルとエリクトのやり取りを見守ることにしたようだった。
『人を殺してしまったことを簡単に打ち明けられるはずがない。ましてや家族を殺してしまったことを、家族に打ち明けるなんて。高潔が君の罪? 高潔さを保ち続けてなればいけない間柄ってことでしょ。それをなんでも打ち明けられてもらえる立場にいると思っている、そう考えていることこそ傲慢だど思うけどね』
縋るようにスレッタを見ると、スレッタも小さく頷いた。
「その、私はエリクトみたいに頭がよくないからいい事とか言えないけど。なかなか人に話しにくいことを打ち明けられるグエルさんは、やっぱりとても強い人だと思います。――私もエリクトとたくさん話しました。いっぱいお互いに言いたいことがあって、いっぱい話して、それでこの前喧嘩しました」
スレッタの視線が言葉を探してさまよう。それはこの前と違い拒絶の言葉を探してではなく、伝えたいことを探してるような動き方だった。
「まだ遅くないと思うんです。グエルさんとラウダさんがお話しするの」
『ついでに相互理解ができたのなら病室来なくていいよ』
追い払うかのようなエリクトをスレッタはまたため息混じりに窘める。これだとどちらが姉が分からないような光景だ。
「またエリクトは意地悪言う。グエルさんとずっと話してたのエリクトでしょ」
『会話じゃなくて、来るな、出てけって言ってただけだけどね』
「本当は会話相手増えて楽しいのに」
『スレッタは寝たきりだったせいで何か変なものでも見えてるんじゃない?』
スレッタとエリクトのやり取りをグエルはじっと見守る。ふたりは軽口を叩きあいながらもお互いに尊重しあっているのが見て取れた。
羨ましい。再びその感情がグエルの心を襲ったが、それを口にすることはしなかった。その感情がなくなるようにラウダと会話するべきなのだと、痛感させられた。