「自分で食べられますか?」
「ふふ、無理……食べさせて」
雛に餌をやるように、スプーンを口に運ぶ。青白い顔でシチューを食べるその姿は、さながら病人のようだ。旧姓篠澤広、俺がプロデュースを担当していた元アイドル。俺の婚約者であり、現在妊娠六週目を迎えている。
「おえっ」
広が洗面器に嘔吐した。もともと身体が弱く、つわりもひどい彼女はこうして食べては吐いてを繰り返している。
「やはり固形物は厳しいですね」
「ごめん、なさい。せっかく作ってくれたのに。……わたしのこと、見限る?」
こんな時まで、と一瞬鼻白む。彼女のこの癖は、アイドル時代から変わっていない。むしろ妊娠という大きな課題を前に嬉しそうにしている。
「妊婦なのですから、食べられなくて当然です。それに、お腹に子どもがいるのに見限るなんてしませんよ」
「ふふ……正論すぎて何も言い返せない」
こんなやりとりを、今日だけで何度繰り返しただろう。一人ではまともに動けない彼女を付きっきりでサポートしていると、彼女のプロデューサーだったころを思い出す。
「これからは流動食にしましょう、お粥を作ってきます」
「わたし、あなたがいないとまともに食事もできないんだ……ままならないね」
「それは元からですよ」
彼女のプロデュースは大変だった。アイドルとして活動するには、あまりにも貧弱な身体。それでも、彼女にはアイドルに挑む意志があった。
「どうぞ」
やけどをしないように冷ましながら、お粥を食べさせる。
「ん……これなら食べられそう」
「よかった。ちゃんと食事はとらないと、また倒れてしまいますからね……お腹の子ごと」
「それは、困るね……」
広がお腹をさする。彼女の身体には、彼女と子どもの二人分の生命が宿っている。彼女の痩躯には、あまりにも重すぎる責任だ。それでも彼女は、嬉々として背負おうとしてしまうのだろう。
「だから……俺がそばで支えます」
「ふふ、なにそれ。プロポーズ?」
「ただの
「わたし、そんなに頼りない?」
「ええ、それはもう。あれだけトレーニングをしたというのに体力は貧弱だし、生活もままならない体だ」
「それはそう」
「それでいてできるはずもない無茶をしたがるのは変わらない。見ているこちらの身にもなってください」
「わたしの旦那さんが、ひどいことを言う……」
アイドル篠澤広のプロデュースはとても困難で……とても楽しかった。だから俺は、彼女を好きになったのだ。
「この子、わたしに似てとっても弱いかも」
「そうでしょうね」
「それなのにわたしに似て、いろんなことに挑戦したがるかも」
「それは……先が思いやられますね」
「ふふ。顔が青いよ、楽しいの?」
「ええ、とても」
広がまたお腹を撫でる。その手に俺の手を重ねる。
「ねえプロデューサー」
「きっとまた明日から、辛くて楽しい毎日だね」
そう言って笑う彼女の目はひどく楽観的で、確信に満ちていた。彼女の目に映る光景は、どれだけ光り輝いているのだろう。俺は同じように思えるだろうか。辛くて楽しい日々を、辛いだけの日々にしてしまわないだろうか。
いや、彼女とこの子となら、そう思い続けることができるだろう。それはきっと彼女が証明してくれる。
困難な仕事ほど、楽しいのだと。