なんで……どうしてだよ……。
失意と無念が胸中で渦巻く。
せっかくこれからだと思ったのに、そんな思いだけがあり続けた。
たしかに俺はこうして呆気なく死んで当然の、無価値な人間だ。
イジメを言い訳に努力を怠って、大学進学を蹴って、親の優しさに甘えてニートを続けて。
けど俺はクズになりきれなくて、ニートで居続けられなくて、貯めていた小遣いを使って逃げ道を塞いで一人暮らしを始めて、バイトを始めて。
それで、これからだと思ったのに。
俺はこうして死ぬ。
「ふざッ、けんなァッッ! まだっ、ゴフッ――何もできてねぇんだッ! 稼ぎまくってッ、イジメてきた奴らを見返すってェッ、俺にはそれすら許されないのかよ……」
は、ハハハ。
なくしても感覚あるって、ホントなんだな。
下半身ないのに……熱く、冷たい……。
意識が薄らぐ。
真っ暗な。
今視界に広がっているのが夜空なのか、見えてないのかすらわからない。
ただただ、昏い。
彼女はいなかったし、友達も全然で……職場の人もそれ以上の付き合いしかなかったなぁ。
もう……何も感じ……ない。
―――――
――――――――――
【英雄の運命(解放)】:約束された大成。契りが破られた際、世界は廻る
【輪廻の呪い(解放)】:死は終わりをもたらさない。繰り返されるのみ
【一度目の死亡(解放)】:時の螺旋、回転は高みへと至る。経験が実を結ぶ
【クエスト:オークスレイヤー】:オーク種の討伐(0/10000)
【クエスト:ゴブリンスレイヤー】:ゴブリン種の討伐(0/10000)
【クエスト:ウルフスレイヤー】:ウルフ種の討伐(0/10000)
【クエスト:ラットスレイヤー】:ラット種の討伐(0/10000)
【クエスト:インベントリ解放】:重量物を持っての移動(0/10000)
【クエスト:魔術の習得】:魔石の嚥下(0/1000)、魔術行使モンスターの討伐(0/100)、魔導書所持
【■■■■■】:■■■■■?????
――――――――――
―――――
「……っあ!? 今のは?!」
白昼夢。
立っていたのはバイト先の従業員出入口。
咄嗟にスマホで時計を見ると、ちょうど退勤を押したタイミング。
「何をやってるんだね、
「あ、すみません……へへっ」
「……もう上がりだったっけ? お疲れ様」
「あ、はい。お疲れ様です。……店長、お先に失礼します」
3か月経っても未だに憶えれていない店長の名前はやはり思い出せず、誤魔化してその場を去る。
今日は幸いと言うべきか、ここ以外のアルバイトは入っていない。
明日だったら昼から夜までバイトをしたうえで、そこから深夜バイトが入っていたが。
「……今の状況が夢じゃないなら、さっきのよくわかんないゲームみたいなのが夢じゃないなら。このあと館内放送で車関連の放送がかかって。白のプリウス」
『――――――――~~からお越しの白のプリウスでお越しのナンバー××-××のお客様――』
「……流石にナンバーは憶えてなかったけど、やっぱりか」
今日の夜。
突如として街に、世界中にモンスターが出現する。
俺は建物の倒壊の気配を察知して逃げ出した結果、大剣を持ったオークに一刀両断にされた挙句ゴブリンに棍棒でボコボコにされたり狼だのネズミだのに喰われた。
実に散々な記憶だ。
死ぬならさっさと意識を飛ばしたかった。
「……にしてもラノベみたくタイムリープするとはね。それにクエストって、ステイタスまであるんじゃ――」
明確に記憶にある死の体験。
ニートを2年以上もしていた経験の浅い俺にはわからない苦痛だし、モンスターもあんなに正確に想像できるほど想像力はない。
だからフィクションみたいだと口にした時。
眼前にウィンドウが現れた。
―――――【クエスト】―――――
【オークスレイヤー】
【ゴブリンスレイヤー】
【ウルフスレイヤー】
【ラットスレイヤー】
【インベントリ解放】
【魔術の習得】
――――――――――――――――
―――――【ステイタス】―――――
シケミ・ユウゴ Lv1 20歳
【能力補正】
筋出力:100
耐久力:100
瞬発力:100
器用:100
幸運:100
魔力:100
【所持技能】
【習得魔術】
【贈呈称号】
英雄の運命
輪廻の呪い
一度目の死亡
―――――――――――――――――
「……重見宥宕、ね」
もはや驚きはしない。
だが疑問は生まれた。
(クエストは……まあおおよそそういうことだろうな。スレイヤー系は俺が死ぬときに害して来た奴ら。つまりざっくり復讐しろってことだろ。インベントリと魔術は知らんがまあ、初期クエストというかチュートリアルというか)
つまりクエストは今後増える可能性が高い。
加えていえば、死の間際に見えた不死の呪いが事実とすれば新たなモンスターに殺されるたびにスレイヤー系のクエストが解放される。
(ステイタス……能力補正が気になるな。ゲームなら特に疑問は抱かなかったが、この明確におかしい能力補正。全身で筋量バランスが違うのに一概に100として扱うってことは補正って言葉通りバフなんだろうな)
今はまだ、素の力しか発揮できない。
画一化された『100』の数字。
俺はニートを脱却するため、自信を少しでも持つために筋トレをしていたからこの年齢の平均値よりは筋肉も体力もあるはずだ。
にもかかわらず数値は総じて100。
であれば、これは100を素の能力とした時の掛け算。
生身で出せる握力が40として、ステイタスが200になれば80に。
逆に筋トレをしなくなって握力が35になればステイタスが200の時握力は70になる。
(器用だの幸運だのはよくわからんが、まあ気にしても仕方がない。そもそも見れないのが普通なんだ、深くは気にするまい)
できることをすれば良いだけだ。
「う~ん……」
とはいえできることは1つしかない。
消去法だ。
俺が世界の異変に気づいたのは今日の午後9時すぎ頃。
少なくとも家を出た9時の辺りでは無事だった。
世界にモンスターはいなかった。
つまり、クエスト6つ中の4つは現状不可能。
加えて、【魔術の習得】も魔石なる入手手段不明の物や魔術を行使するモンスターの討伐が不可避だからこれも現状は不可能。
となると、できるのは【インベントリ解放】。
重量物を所持しての移動、だ。
(重量物……タップしてもこれ以上詳細は開けそうにないし、そもそも達成条件の10000につく単位がわからない。センチは流石にないとして、メートル? キロ?)
「……とりあえず暇だし一度家に帰ってきたけど……ダンベルでもリュックに入れて歩いてくればいいのか?」
そもそもこれが単純に距離なのかもわからない。
重量に応じて同じ距離でも変化する可能性がある。
(この(0/10000)ってのは……ありゃ? 1増えてる)
従業員出入口で見た時から1の増加。
そこから移動した距離はほとんどない。
距離にして700メートルで、しかも移動したモノとしては自転車置き場まで数十メートル歩き、そこからは自転車。
荷物といえばスマホに財布にラノベが2冊と漫画が1冊。
趣味の創作活動用のメモ帳が1冊。その他多少の小物程度。
「徒歩数十メートルで1の上昇? それとも自転車込み?」
疑問に思った俺はリュックから邪魔な荷物を取り出し、代わりに5キロのダンベルを入れて菓子パンを食べつつ準備をした。
「あ、従業員証ない。……って、そうか。控え室、それで夜に連絡もらったんだっけか。近場だから取りに行くって言って、それで……はぁ」
9時でショッピングセンター閉まるから従業員用の自転車置き場に置かなきゃ行けなかったからそこに隠れて。せめて店前の道に止めれば良かっただろうか。
回収してすぐ終わりだから大して邪魔にならなかっただろう。
(いや、多分俺の性格的にそれ思いついても盗まれるかと警察が~、とか考えてムリそう)
「はい余計な考え終わり~。ん~、小学校の周りを一周してみるか」
家から見えるほど近い。
というより休日に家で過ごしていると小学生の声が聞こえる程度には近い位置にある小学校。
その外周はおおよそ600メートル。
試すには充分だろう。
「――上昇12? ……マジかぁ」
校門スタートで校門ゴール。
そうして上昇したのはたったの12。
かかった時間は約6分。
一時間で120。
仮に1日3時間するとして約1か月かかる。
「まあ、インベントリとかいう壊れっぽい能力だしそう簡単ではないか。……とりあえずできるだけやるべ。休みたいし走って――ん? 600で12、100で2、1で20。10000だから500……500キロ?!」
実に無茶なクエストだ。
明確に死を体験して、覚悟が決まってなかったらやる気すら起きないが。
そもそも達成まで生き残れるのかどうか。
クエスト未クリアでやりなおし。
最悪の場合、クリアしても死んでやりなおすとクエストもやりなおし、なんてこともあり得る。
「……はぁ」
実に気が重い話である。
とはいえやらないワケにもいかず、だが流石にダンベルを背負ってというのもかなりキツい。
なにせ、走るたびに揺れて重心が狂うし、その度に背中に当たって地味に痛い。
ということで再び家に帰り、アンクルウェイトとリストウェイトに切り替えて走ることにした。
それぞれ2キロの計8キロだ。
ぶっちゃけ中学時代、いつでも好きな巻が読めるようにとカバン1つにラノベ1シリーズ詰め込んでいたころに比べたらかなり楽だ。
「……およ? 上がり幅が28? 重さによる変化か」
にしては倍以上。
増えた重量はたったの3キロ。
違いはといえば、速度だろう。
さっきは歩き、今度は走っている。
「ふ~ん。まあなんだっていいか。早いに越したことはないっ」
その後走りわかったが、正確には上がり幅は27と少し。
28と思ったのは校門から家までの多少の移動込みだったからだ。
―――――
「刻限まであと少し。武器にできそうなのは短めの木刀と長めの木刀1本ずつ。あとは室内洗濯干しスタンドのパイプ3本。包丁2本。フライパン大小2つ、鍋大小2つ」
家を借りた序盤は引っ越しを自分でするためにしばらく実家で寝泊まりしていたことや、そもそも大してゴミが出なかったため今に至るまでゴミ袋を回収に出したことがなかった。
結果、ゴミ袋を漁った結果包丁のカバーが見つかった。
これで万一職質を受けた時は買ったモノと言い張れる。
(パッケージ綺麗にはがすタイプで良かった! ナイス俺!!)
あと10分程度で9時になる。
そう思って覚悟をした時、不意にスマホが鳴った。
「誰――って、ああそうか。このタイミング、店長か」
1度目の記憶。
従業員証を忘れ、連絡をしてくれた記憶。
「はい、もしもし。どうしましたか?」
要件はわかっているが知らないふりをする。
『ああ、いや。急ぎではないんだけどね、重見くんの従業員証を見つけたから連絡をしたんだ。たしか近場だろう? 持っていってやろうと思ってね』
「あっ、すみません。うっかり忘れてました……。今の期間は早めに店を閉めますし今って閉店作業中ですかね? だったら今から取りに行きます」
『そうだな。キッチンの清掃も終わりそうだし、ゴミ捨てをしたらもう終わりって感じだ。お客さんも少なくて今日は私一人で回ったよ』
「あはは、上の立場だと大変ですね……。じゃあ今から急いでいきます」
一瞬は取りに行かないことも考えた。
けれど、離れた位置の駐輪場とはいえそこが崩れたのだ。
店も無事の保障はない。
正直いって、店長とは特別親しいワケではなかったし、オープニングスタッフとして入って仕事を教わるにあたって店長とエリアマネージャーと多店舗からの応援とで指示が違ったりで多少腹が立つことはあった。それで文句を言われることはあった。
だが、特別邪険に扱われたことはないし。なんだかんだいって物覚えの悪い俺をサポートしてくれた。
それに、見捨てるのは。イジメを見てみぬふりした奴らと同じになる。
嫌だ。
(あとは……ダウナー美人はストライクゾーン、ってな! 三次元はどうか知らんが!!)
俺は煩悩に素直な、正直少年メンタルなのだ。
「――お疲れ様で~す。僕の従業員証はどこにあります?」
「ああ、そこのテーブルに置いてるよ。って、ジャージか? 仕事じゃないからって随分とラフな……そのくせやけにでっかい荷物背負ってまぁ……相変わらずよくわかんない子だねぇ」
「はは、諸事情ってやつですよ」
「ああ、ごめん、そこのゴミ袋とって」
「はいはい。――ドゾ」
「ありがとう」
(さて、9時すぎ。そろそろか)
去ったように控室でその時を待つ。
そしてその時が来た。
集中した神経の中で感じる地響き。
それが少しずつ強くなり、ある時止まったかと思えば少し離れた位置から轟音が鳴った。
「なんなんだ、今の音は……」
「爆発ですかね? でもそれにしてはそういう音も衝撃もありませんでしたね」
「……驚くからいきなり現れるんじゃないよ」
「はは、すみません」
音は店長も聞こえていたらしく、俺たちは店の出入り口から外へ出た。
「音と揺れからして地下駐車場か? 事故を起こしていたとしたら連絡が必要になるな、スマホ――」
「あ、僕の使います?」
「持ってるならそれでいい」
出て右手へ進み、そこからUターンするように地下駐車場へ続く坂を下る。
(地下? 前は駐輪場――いや、足元が確か駐車場を見れるようになってたな)
採光のためか換気のためかはわからないが、そういう構造にはなっていた。
それを思い出した俺は恐らく前回の死因の1つはそこからだと察する。
「ところで、さっきってクラクションの音とか聞こえました?」
「そういえば聞こえていないな。事故なら聞こえても良いハズ。……それにしても、私の車が被害に遭っていなければ良いのだが」
「……運が悪くなければ、まあ」
「期待薄だな。生憎と、私は昔から運が悪い」
軽口を叩く一方で、俺は周囲を警戒する。
俺を殺したモンスターたちがいるであろうから。
幸い、事故が起きているという前提で動いているから周囲をキョロキョロとしたところで怪しまれなかった。
そして。
俺は油断をしていた。
自分を強いと思っていた。
「あ、あ……」
「おい! 重見くん!?」
見つけたオーク。
巨体が地面に衝撃を与えながら近づいて来る。
そんな光景に俺は脚を竦ませていた。
俺を殺した相手。
その恐怖を思い出したのだ。
「くそッ!! ――ッ!!」
「!? ……はッ!?」
衝撃。
頬をコンクリートの破片が切り裂く感覚と、何かにぶつかれる感覚。
そして遅れて理解する、轟音。
「――店長!?」
「ははっ、流石に物語のようにはいかないか……」
ズボンに沁み込み、足首を伝う暖かな感覚。
脂汗を滲ませる店長の姿に嫌な予感がして、恐る恐る視線を移動させた。
そして嫌な予感が的中する。
失われた足首から先。
夥しい出血。
店長の姿の奥にはコンクリの床に叩きつけられた大剣。
忘れるはずがない。
俺を2つに分けた、先端に罅のある赤い大剣。
「なんで!? 命かけて救うほどの人間じゃないでしょ!?」
「気に入って……いるからな」
「どう、して……」
「……面接で『ニートを脱却したくて応募しました』なんて、馬鹿正直に言う奴だからだよ」
「――」
ゆっくりと。
手負いの獣を追うのに全力を出す必要がないから追うのは最小限。
そう言わんばかりの余裕の態度でオークが近づいて来る。
「店長。逃げてください。どうにか……」
「ははっ、抱えて逃げる気はないのかい?」
「そんな力、ないですよ。人1人抱きかかえて逃げれるほどパワフルに見えます?」
「生憎、見えないな。私よりも小柄なのだから」
俺は背負っていたリュックから包丁を取り出し、オークの顔へ突きつけた。
「リベンジマッチだ!」
一気に加速する。
今日は重りをつけて走っていたためか身体が軽い。
『ブォオオオオオオオッッ!!』
「ッ!?」
だが、呆気なかった。
虚勢は容易く打ち破られる。
死の恐怖が、命を奪った叫びが俺を竦ませ、俺はみっともなく転がった。
オークの足下へと転がり、虫を見るような無機質な目が俺を見つめる。
攻撃すら受けていない。
ただの叫び。
ただそれだけで。
俺は勇気を失った。
蛮勇すら振りかざせない。
「――まったく、見に来るんじゃなかったな……」
「ッ!」
後ろから聞こえる店長の声が。
足を失った店長が素早く逃げられるワケもなく。
そもそも俺は逃げられるだけの時間すら稼げていない。
「くそぉッ!」
握ったままだった包丁を。
オークの足へと振り下ろす。
硬い表皮に阻まれ、刺さらず、ただ僅かな朱線を刻むだけ。
「店長! 逃げて!!」
「ムリだ……どうやらそいつだけではないらしい」
俺がゴブリンや、オオカミや、ネズミに殺されたように。
ここにもそいつらがいた。
そしてそれを見つめているうちにオークの手が伸びてきて、俺の頭を指2本で掴んだ。
そのまま持ち上げられ、見せつけるように、俺か、あるいは店長に見せつけるように。
顔が店長の方へと向けられる。
「はぁ……最後までキミは私の名前を憶えなかったな」
「……すみません」
「最期だ……
「ぐぅッ……初春、さん……」
ゴブリンの棍棒がゆっくりと、振り上げられるのが見える。
「下、か。……まあ、良いだ――」
言い終わるよりも早く、棍棒がその頭を地へと伏させた。
そして指圧に負け、俺の頭も原型を失った。
―――――
――――――――――
【輪転:清算】
――――――――――
―――――
「何をしているんだ? そこに立ち尽くすんじゃないよ」
「――初春さん……」
「お? 初めて名前を呼んだな。けど目上の女性を下の名前で呼ぶなんて度胸があるね、キミも。まあいい、上がりだろう? おつかれ」
「はい……お疲れ様です」
(構想は)ないです