ウロボロスの毒にかかる   作:レイジー

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第一話 比較、変動

「はぁ……」

 

 つくづく自分の情けなさが嫌になった。

 きっと力を持っても性根がニートである限りはどうすることもできない。

 

「メンタル死ぬわぁ……せや、メンタル死んでるうちに実験しておくンゴ」

 

 昔からの癖。

 少し精神に負荷がかかると自衛的にふざけてしまう。

 けれどそうでもしなければ今からの実験はできない。

 そうして俺は包丁を持って、乾いた浴槽に立ち、首と太ももと心臓と脇を切り裂いた。

 

「へっ……2度死にゃ、死んですぐなら感覚麻痺にゃ充分じゃい」

 

―――――

 

 想定通り、自死でもタイムリープは発動した。

 そして想定外だったのは、タイムリープの基準地点は従業員出入口に立っていたタイミングではないということ。

 3度目の死によって訪れたのはそこ以前、更衣途中だった。

 ズボンを脱いでいる時に戻ってしまったせいでズボンに脚を引っ掛けて転びそうになった。

 

「にしても、走った分が引き継がれるとはな」

 

 これは恐らくだが称号【一度目の死亡】によるモノだろう。

 ただのやりなおし、循環した線路を進み続けるような二次元的な軌道だったら引継ぎはなかったのだろう。

 けれど螺旋。三次元なら二次元と同じ軌道に見えても上の階層へとたどり着けるのだから。

 

「能力補正が筋力4の上昇、耐久7の上昇、瞬発力12の上昇、器用2の上昇。クエストは移動数値が引き継ぎプラス帰宅での加算で213。か……」

 

 引き継げるなら好都合ではある。

 ただ、これが200を超えるなどしたときに日常生活に支障が出るのではないかという懸念はあった。

 箸を握るのに苦労し、助けるために突き飛ばしたらやりすぎて壁にめり込ませました、では冗談にすらならないのだから。

 

(とりあえず、限界近くまで走って数値を稼ぐ。多分それで経験蓄積ができる。あとは……今日俺が従業員証を取りに行かないって言って店長を一人にしたときにどうなるかの確認。俺が巻き込むって可能性もあるし)

 

 助けられるなら助けたい。

 向こうは命懸けで俺を助けようとしてくれたのだから、これくらいは当然だ。

 

(この手の話だとタイムリープのポイントは何かしらの変化によって変更されるよな。出来事……出来事って誰が決めてるんだ? この能力を与えてきた神的存在? それとも俺? ……というか世界の異常とこの能力は同一犯なのか? 可能性としてあるのは、上位存在が愉快目的でこの世界に混沌を与えて、それに対する反応を見るために能力を与えたってのと、対立する上位存在がいて、片方が破壊側、もう片方が能力授与側。……あるいは混沌と破壊は完全な自然現象で、魔力が人間に干渉した結果潜在的な能力が覚醒したか)

 

 が、理由はどうであれ戦わなければならない。

 抗わなければならない。

 でなければ人類は滅びるだけで。

 そして俺は滅びの地獄を延々と繰り返す、無間地獄だ。

 

「あとはモンスターのポップ位置を調べるか。固定なのか、変動なのか。変動としたら作戦を固定化できない。臨機応変に、か……」

 

 正直、固定も変動もどちらも利点がある。

 例えば、変動ならあのオークがいないだけでも生存確率が跳ね上がるし、固定なら危険とわかっている場所を避けることも可能。

 一長一短ということだ。

 

「っぁ……流石にキツいな。最近走れる日が大体雨で潰れてたからなぁ、感覚が鈍ってら」

 

 バイト掛け持ちの都合上、思い切り筋トレをしても支障がない日というのが中々に少ない。

 全休かつ翌日昼から仕事、というタイミングはシフト上土曜日のみで。

 最近はそこに雨が直撃しているか、あるいは雨の翌日で地面がぬかるんでいるということで走れなかった。

 結果、自宅でダンベルを動かすだけだった。

 

「いっそ誰かに話して逃げてもらうか? ……いや、安全な場所がわからないしそもそも頭がヤベー奴としか思われない。何も起こらないならそれで良いが、気になるのは【英雄の運命】。大成が約束されてるってことは、相応の活躍場面、つまり危険なことが起こるってこと。……もうこれはいっそ俺が引き寄せてるのか? どこぞの死神系小学生探偵みたいに……真実はいまひとつ!」

 

 走りながら、考えながら、ふざけながら。

 夕暮れまで走り続ける。

 補正が伸びているからだろう、前回走った時よりも体力が長持ちした。

 現在数値は489。

 

「このへんで良いか」

 

 店を監視できるが、向こうからは見えない場所で時を待つ。

 時間は9時7分。

 やはり音がした。

 

「…………はぁ、出てきたか」

 

 来ないでくれと願いつつも、そうならないのはなんとなくわかっていた。

 だから位置どった場所は地下駐車場に続く道の近く。

 俺は音を出さないように素足になってから一足先に降りた。

 

(あの時、オークは向こうにいた。正直今の俺じゃ勝てない。けど死に戻るなら少しは経験を積んでおきたい。とすれば、行くのは向こうだ)

 

 前回とは違う方向へ進む。

 巨躯は見えず、代わりに車の周りをうろうろとするゴブリンを見つけた。

 

(殺す)

 

 音を生まないよう素足で降りてきた。

 そして一気に加速し、その口にタオルを噛ませ、首を掻き切る。

 硬いせいで一撃ではしなず、傷口を抉るように再び包丁を突き立てた。

 

(次)

 

 血が流れた。

 つまりオオカミが勘づく可能性が高い。

 せめて身を隠そうと這いつくばり、同時にあるモンスターを思い出してそれを探した。

 

(見つけた)

 

 そこにいたのはネズミ。

 表記でいえばラット種。

 殺そうとゆっくりと身体を上げ――

 

――――――――――

 

 【レッサーゴブリンの短角を入手】

 【魔石(レッサーゴブリン)を入手】

 

――――――――――

 

 唐突に手元にその2つが現れた。

 黒い六角柱の鉱物的な――魔石と。

 くすんだ白の角。

 

(――とりあえず回収しておくか)

 

 ズボンのポケットにいれ、再び動き出す。

 標的は小さい。

 靴程度の大きさのネズミ。

 それがタイヤを齧っていた。

 

(下手に包丁を使うより――)

 

 時間がない。

 店長はここへ来る。

 抗えず、死ぬ。

 であれば無意味に身を隠す必要もないと俺は車のフロントガラスに乗り。

 ネズミに向かって跳び、踏み潰した。

 

――――――――――

 

 【魔石(グレイラット)を入手】

 

――――――――――

 

『バウッ! バウバウッ!』

「――仕方がねえ。死ね」

 

 だが、不意打ちではない俺の攻撃は獣には通用しない。

 走れば普通の犬にも負けるであろう人間の脚。

 速度で負け、馴染みのない獣の動きは人間を翻弄する。

 

「ぐッ……」

 

 腕に巻いたタオル越しに牙が突き刺さった。

 跳びかかられ、オオカミの身体――体重を受け止められもせずに後ろに倒れ込む。

 けれど咄嗟に身体を回し、オオカミを車に押さえつけた。

 

『ガウッ!!』

 

 背後から別のオオカミが現れ、首へと噛みついてきた。

 肉が食いちぎられ、死の宣告。

 だが最後に一矢報いようと、押さえつけたオオカミの喉へと包丁を突き刺した。

 何度も何度も、死ぬまで突き刺し、俺もオオカミもともに死んだ。

 

―――――

 

「店長。どうせなんでゴミ捨て手伝いますよ」

「本当か? だが上がった人間に手伝ってもらうのもな……」

「別にそれくらい良いですよ」

「……ならありがたく甘えるとしよう」

 

 死に戻った俺は準備期間を終え、今度は店長を別の場所へ誘導し、死を回避できないかと目論んだ。

 ゴミ捨てで遠くへ行けば位置的にも音は聞こえず、死を伸ばせる。

 決して世界線は収束しない。

 1%の壁を超えずとも望んだ結末は手に入れられるはずだ。

 

「店長って滋賀の方から来てるんですっけ?」

「そうだけど。……急に何だ?」

 

 無言というのも気まずく。

 理由をつけるとすれば、話していれば音がここまで来たとしても会話で掻き消せるだろうと話を振る。

 

「いや、こんな遅くまで働いたうえで長距離移動って自分なら絶対嫌だな~って思いまして」

「キミも大人になればこうなるかもしれんぞ?」

「大人、ですか? ん~……それが大人の定義の1つなら自分は遠慮しますよ、如月さん」

「……おい、それはアラサーにもなって結婚できない行き遅れを揶揄しているのか?!」

 

 台車に載せているとはいえゴミ袋を運びながらのローキック。

 ブレない体幹はなんとも器用だ。

 

「ははは。なんのことやら」

「あまり大人をバカにするんじゃないよ。……って、キミ、私の名前を憶えていたのか。てっきり忘れているものとばかり思っていたぞ」

「……自分が言ったんじゃないですか。認知症ですか28歳さん」

「殴るぞ?」

「ははは」

 

 ほぼ誰もいないショッピングセンター。

 その中を通って位置的にウチの店とはちょうど逆にあるゴミ置き場へとたどり着く。

 

「……あれ? 計量のおじさんがいませんね。この時間はまだいるのに」

「トイレじゃないのか? いなくてもできるし大丈夫だろう」

 

(本当にトイレなら良いけど、もし殺されていたら……くそ、ここは暗くてよく見えないな)

 

 暗い部屋。

 計量を行いながら周囲に気を張る。

 

「それじゃあ先に捨てて――」

「いやいや、せっかくなんでまとめちゃいましょうよ~」

「そうか? というか荷物おいてくればよかったのに」

「あ~、忘れてました」

 

 台車に3つを。乗り切らなかった1つを手に持ってゴミを入れるコンテナボックスの並ぶ場所へと向かった。

 

「っと、誰かいるな。迂回するか」

「……そうですね。先行って開けてきますね」

 

 警戒のため、先に向かい、少しずつ角の先を見る。

 そこはゴミで荒れていた。

 開かれたゴミコンテナ。

 地面にはゴミが広がり、その元凶は見覚えのある小柄――ゴブリン。

 

「店長。戻りますよ」

「はあ? ゴミを捨てなきゃ――」

「いいから引き返して――ちッ」

「ど、どうした?」

 

 不意にゴミを漁る音が止まる。

 ひとまず店長の手をとってそこから距離を取り、足音を隠さないゴブリンの姿を目視。

 汚らしいゴブリンの姿に店長も流石に理解したらしく、繋いだ手が僅かに震えた。

 

「なんだい、アレは……」

「見たまま、ゴブリンですよ……」

「知り合いかい?」

「……数分後で死ぬ未来人、って言ったら信じます?」

「……マジかね?」

「大マジ! だからこそこんなモン――持って来てるんですよッ!」

 

 所持していた包丁を取り出し、腕にタオルを巻き、ゴブリンに特攻する。

 これまでに見たことから考えるとゴブリンはおおよそ人間の膝の高さから腰のあたりまでの体高。

 人間に形状は似ているが、比率的には腕が異常なほど長い。

 緑の肌をしていて、醜悪。

 これまで会ったモンスターだと一番害意が強い。

 

「ふぅ……」

「殺したのかい?」

「まだ死んでません。死んだら素材? になるんで」

 

 小柄。

 身体能力もそこまで高くない。

 俺のほぼ素と変わらない身体能力でも蹴り倒すのは容易だった。

 

「ちょっと確かめたいことがあるんですよ。まずステイタスって言ってみてください」

「ステイタス」

「目の前に何か出ました?」

「いいや?」

「じゃあこれ、殺してみてください」

「うげぇ……色々まだ飲み込めてないんだがね……」

 

 その感覚は当然だろう。

 異常な光景。

 アタオカな言動をするアルバイト。

 そして経験がないであろうそこそこ大きな生物の殺し。

 一般人が殺すとすれば蚊やゴキブリ程度だろう。

 

「うわっ、本当に消えて石になったよ……」

 

 そこに角はなかった。

 

「じゃあ、もう一回さっきのお願いします」

「ステイタス? ――うわっ、何か出た! 【能力補正】? それに【贈呈称号】……初撃致命?」

「……他は? 項目とかあります?」

「特に何も」

 

(技能と魔術はない? 個人差? それとも解放条件がある? 俺はクエストがあるけど……)

 

「いやぁ、にしてもオタク殺しのシステムですね。ファンタジーな状況だからとステイタスやらを試しても開かず、モンスターを殺して初めて解放。察しの良いオタク系の人間は殺す前に試すからないと思い込む。ってね」

「……色々聞きたいことはあるが、まあゴミを捨ててからにするか」

「……そっすね」

 

―――――

 

「で、だ。さっきの、未来ってのは本当かい?」

「ええ。けどもう知識ないですよ? 俺が死んだのって従業員証を受け取ってすぐ駐輪場に行ったらそこで殺された、って感じで。2回目の時は救えるなら救うか、のノリで店長と行動して、死にました~」

「今が3回目、ということか」

「あ、違いますね。3回目の時は自殺しても過去に戻れるのか、って確かめたんで」

「……そうか」

 

(さて、どうするか)

 

 これで店長が俺に恐怖心を抱くなどしたら、拒絶されたということで俺は離れればいい。

 放置すれば地下に行って死ぬのをこうして助けたのだ、拒絶するなら助ける理由は特にない。

 

「はぁ……あまり自分を粗末にするな。死に戻っているということは死ねないあるいは目的があるのだろうが、死に戻るのは殺された時だけにしろ。自ら命を捨てるな」

「なぜ?」

「心が壊れるぞ? 強い弱いではなく、命の価値が欠如してしまう。他人と関わりたいのに嫌われる理由を自ら作ってどうする。歪な人間は恐れられるぞ?」

「……他人と関わりたい?」

「ニートを脱却したくて。だったろう? しなければならない、ではなく、したい、だ。金が欲しいではなく、したい、だ。そういうことだろう? 違ったかい?」

「まあ、合ってます」

 

(ほんと、この人は……)

 

「流石、それを理由に俺のこと気に入っただけはある変人ですね」

「……ったく、死の間際だからって私は余計なことを」

「察しが良いですけど、店長ってこっち側の人間ですか?」

「最近は忙しくて全然できていないがね」

 

 思った通り。

 店長は俗に言う『オタク』の類だった。

 やけに飲み込みが早いのはそういうことだった。

 

「アレかい? 運命探知(リーディングシュタイナー)かい?」

「残念、不死と輪廻の呪いです。解除方法不明、解放理由も不明、ただひたすら【英雄の運命】とやらを与えられた凡夫っぷですよ。フゥーハハハ!」

「なぜ子どもにそんな運命が課せられたのやら……。せめて自衛隊員になら良かったろうに」

「あの~、一応成人してるんですが?」

 

 子ども扱いされたことに溜め息を吐く。

 だが店長はそんなこと興味ないとばかりに俺の部屋をキョロキョロと見渡す。

 

「本が多いな。漫画、ラノベ、小説、同人誌、CD……教科書?」

「たまに読みたくなりません?」

「ならないな」

「ええ……」

「それはさておき、だ」

 

 真面目な表情をする店長。

 

「……それはさておき、部屋狭いな」

「アレぇッ!? 本題は?」

「和ませようかと思って……」

「いらなぁい。その気遣い……」

「スマン……」

 

 今度こそ本当に真面目な表情をする店長。

 

「道中で聞いたキミの会ったというモンスター。軽く調べたら他の街や国でも見つかっているらしい。場所によっては巨大なモンスターもいるという。このあたりだと……尼崎駅のあたりに全長10メートルほどの巨大な鳥が現れたらしい。日本全体だと東京に30メートルほどの巨人、名古屋だと巨大ワーム、広島は多頭龍、他は……札幌に巨大ムカデ、京都に3メートルほどの騎士? がいるらしい。主要都市がことごとく使えないらしい」

「は~……」

「海外だと中国では過ぎた地を溶かす蛇、ヨーロッパでは巨人だとか毒を撒く人間? だとか。アメリカならモンスターかはわからないが巨大樹が生えたらしい」

「クソみたいな話っすね! どうします店長。どうせ道路なんて繋がってないでしょうし住みたいならここに居て良いですよ。どうせ俺は外行くんで」

 

 俺に留まる気はさらさらない。

 そもそもが放置すれば敵が増えて強くなるかもしれない状況で、最低限の情報は確保したいからだ。

 敵を倒してクエストを達成すればできることが増えるかもしれないし、備蓄も大してないからどうにかして食糧を得たい。

 モンスターが食えれば良かったのだが、ドロップアイテム式だからムリだ。

 

「まあ待ちたまえ。急いてはことを仕損じる。どうするべきかちゃんと考えよう」

「……俺も大人です、別に俺に対して大人が守らなきゃ、なんて考えないでくださいね」

「ははは。無意味に無茶しようとしている以上は子どもだろうに」

「お好きになんとでも」

 

 元ニートだ、一種の無敵の人だ。

 メンタルはムダに変な方向で頑強なのである。

 

「キミ自身のことは後でじっくり聞くとして、一人でどうにかできるとでも思っているのかい? 社会経験もロクにないキミが? 信用、作れるのかい?」

「……戦うのに女って時点で皆からの目は落ちますよ? たとえステイタスやらで男女の力量差が覆るとしても、根強い男は力強く女はか弱いって意識は変わらない。多少若くても男で大人の俺がやる方がまだ信用ありますよ」

「ああ。だろうな。だから前に出るのはキミだ。私は交渉役をする」

「は?」

「まあ、少なくともしばらくは私も戦うがね」

「は?」

 

 思考はただひたすら「なんだこの女」だった。

 戦うこと自体はどうでもいい。

 個人の自由だ。

 なぜ、俺と一緒が前提なのだ、という疑問があった。

 

「俺と来る、と?」

「どうせ家にはしばらく帰れないしね~。それにキミの言うように『独り身』『28歳』だからぁ? 身軽なんだよね~、色んな意味で!」

「……どれだけ死んで、どれだけ精神を捻じ曲げて、どんな人間になるとも知れないクズな男と一緒にいる、と?」

「ふっ。その時はグーパンで止めてあげるよ」

「バイオレンス! ……はぁ、もう好きにしてください」

「うん。そうするさ。一人はお互いに危険だからね」

 

 膨大なため息が漏れた。




 この主人公、精神構造おかしいよ……
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