控室には先客がいた。東坂兵営のトレーナーである真島と、彼が担当するウマ娘、デスバラ。そして、デスバラと同じ競走用の体操服に身を包んだ、栗毛のウマ娘がいた。
「これは、どういうことだ!」
室内の様子を一目見た油小路男爵は、腹立たし気に叫び、アグネスタキオンの方を振り向いた。
「タキオン先生、これはあんまりではありませんか!」
「あんまりとは、一体何がでしょう、男爵閣下」
飄々と、有爵者に対して向けるものとしては不遜の色が少々強い微笑みを浮かべて、タキオンは返す。その様子に、男爵はさらに怒りを募らせながら、
「これですよ! 貴女は、シルバーブレイズを必ず取り戻すと、そう約束なさいましたな。ところが、どうです! 貴女はこの私に、替え玉出走をさせろと仰る! それも東坂兵営のウマ娘を!」
「僭越ながら閣下、そのようなことは一言も申しておりません。私は確かに、シルバーブレイズを取り戻して参りましたよ。どうぞ、ご確認ください」
「なんですと!」
憤怒のあまり、男爵はほとんど声を引き攣らせて叫んだ。そして室内に踏み込み、どすどすと足音を響かせて栗毛のウマ娘に歩み寄った。
「そら、御覧なさい、この汚らしいくすんだ栗毛を! こんな娘を出したところで、これがシルバーブレイズだと信じる人間など、一人もおりませんぞ! それに流星もない! 確かに体格は同じくらいですが、タキオン先生、貴女は一体何を考えて──」
喚き散らす男爵はしかし、それまでずっと彼を見つめていたそのウマ娘と視線を合わせるなり、つと黙った。彼女の正面に回り、膝を折って顔の高さを合わせる。
しばらく見つめ合うことしばし、男爵が、信じられないというような叫び声を上げた。
「ブレイズ! ブレイズじゃないか!」
「えぇ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは、暮警部である。
父娘の再会、とばかりに喜ぶ男爵を尻目に、タキオンは警部に訊いた。
「警部、あのウマ娘に見覚えはないかな」
「いや、わかりませんが......」
「では、女中のお仕着せを着ている、と考えたら、どうかね」
「......ああ!」
ぽんと手を打ち合わせて、警部は続ける。
「東坂兵営の女中に、確かにいましたよ、彼女は! 体格がシルバーブレイズに近かったので、注意して見たんですが......一体どういうことなんですか、これは?」
「なあに、タネを明かせば簡単な事さ。ポッケ君、準備してくれたまえ」
「あァ? 自分でやれよ」
「えぇー!?」
結局、アグネスタキオンはジャングルポケットから、彼女が持っていた鞄を受け取り、控室の
「諸君、これは濃度七十五パーセントのエチル・アルコール水溶液だ。これで彼女の髪と尻尾を拭うと......」
そう言って、エタノールを浸した脱脂綿で、ブレイズの前髪をさっと拭った。たちまち、くすんだ栗色の塗料は脱脂綿に移り、その下から、艶やかな鹿毛と立派な流星が現れる。
「なんということだ! 目の前に当人がいたというのに、全然気がつきもしなかったとは......」
目を丸くして叫ぶ警部に、タキオンは汚れた脱脂綿を指先で弄びながら言った。
「先ほど、男爵閣下が替え玉出走云々と仰っていたが、これはまさに半世紀ほど前、まだ我が国の競走制度が未発達だった頃によく使われていた、替え玉出走の手口の一つなのさ。警部、君には目から鱗かもしれないが、我々競走関係者にとっては、まあまあ知れた知識なのだよ」
タキオンは、なんとなく励ますように警部にそう言ったものの、当人はひどく落ち込んでいた。
「あの......」
そんな中、それまで黙っていたマンハッタンカフェが、話題を変えるべく口を開いた。
「先にブレイズさんの髪の塗料を、全部落してはどうでしょう......彼女にとっても、あまり愉快な感覚ではない......と、思いますが......」
「おっと、それもそうだ。すまないねぇ、ブレイズ君、気が利かなくて。ポッケ君、これは君も手伝ってくれるだろう?」
十分ほどでシルバーブレイズの姿は、つとに知られた鹿毛と流星を持つ、いつもの姿に戻っていた。
「タキオン先生、先程は声を荒げたりして、申し訳ありませんでした」
油小路男爵は、そのブレイズの脇に立って、華族らしく頭は下げずに、アグネスタキオンに謝罪の言を述べた。
「構いませんよ、男爵閣下」
面白がるような、少し失礼な声音で、タキオンが応じる。
「実際に御覧になって頂いた方が早い、と考えたのですが、私としても、少々過激な演出をした自覚はありますので」
「しかし、本当に助かりました。先生のお蔭で、我が兵営の名を汚さずに済みそうです。後は香田君を
「ああ、それは心配に及びません。すでに捕まえました」
「なんと!」
今回、驚いたのは男爵だけだった。暮警部は目を少し見開いたものの、どことなく出方を伺うような表情で、タキオンを見つめている。
「一体誰だったんです?」
「この部屋におりますよ」
男爵は、室内をきょときょとと見回した。そして、隅で小さくなっている真島トレーナーに目を留め、そちらに詰め寄って行った。
「おい、貴様。よくもうちの人間に危害を加えてくれたな!
「ちょっと──」
「お待ちください、閣下!」
二人の間にデスバラが割って入ろうとしたが、同時にシルバーブレイズが大声を上げて、男爵を制止した。
「ブ、ブレイズ......?」
「その人ではありません、閣下。私です。私が、トレーナーさんを蹴り、取り返しのつかない大怪我を負わせました」
息を呑む男爵、深々と首を垂れるブレイズ。
鉛のように重い沈黙が下りかけた控室に、チッチッチッ、と舌打ちの音が響いた。
「ブレイズ君、違うだろう」
そう言ったのは、アグネスタキオンである。
「私はあの日、君にこう言ったね。『どれほど信じられないことだったとしても、君が体験した通りのことを話すように』、と。さて、もう一度質問だ。君は、香田君を蹴ったのかい?」
「私は......いいえ。私は......」
何度も躊躇ってから、シルバーブレイズはタキオンの頷きと、何も言わずにぽんと背中を叩いたデスバラに押されて、大きく深呼吸をしてから言った。
「私は......悪魔を蹴り飛ばしました」
「あ、あくま?」
油小路男爵が、意味が解らない、という風に訊き返すと、シルバーブレイズは神妙に頷いた。その顔色は、あまりよくない。
「正確にはわかりません......でも、私には、鬼か悪魔のたぐいに思えました。
あの晩、夕食を食べていた時の事です。食べ進めているうちに、ひどい眠気に襲われてしまって、私はどうしようもなくなって、お皿を脇にどけて、机に突っ伏して眠ってしまいました。
それからどれくらい経ったのかわかりませんが、自分の体がひどく揺れた気がして、重たい瞼をなんとか引っ張り上げると、あの恐ろしい、悪魔のような生き物に抱かれていたのです。私は逃げ出そうとしましたが、身体が上手く動いてくれませんでした。それでもなんとかしなければ、自分がどうなってしまうかわからず、もがこうもがこうとしているうちに、悪魔は私を柔らかい地面に放り出しました。そして、手から恐ろしい炎を出して、私の方に近づいてきたのです。私はたまらず、ありったけの力を振り絞って、悪魔の方を蹴りつけました。確かに、何かを蹴った感触がして、先ほどの炎も消えてしまいました。
その後の事は、あまりよく覚えていません。とにかくあの悪魔から離れたい一心で、ひたすら走り続けました。目を覚ました時には、東坂兵営にいたのです」
その『悪魔』は、ブレイズの心にかなり強いトラウマのようなものを植え付けたらしく、彼女は話している間じゅうデスバラの腕にしがみついており、話し終えた後となっても、ぶるぶる震え、顔面は蒼白で、額には脂汗が浮かんでいた。
油小路男爵は、励ますようにブレイズの背中をさすりつつも、困惑した声音でタキオンに訊いた。
「しかし、それでは、香田君を殴打して重傷を負わせた犯人は、ブレイズだと言うのですか」
「いかにも、その通りです、男爵閣下」
「なんということだ」
男爵が泣きそうな声で続ける。
「では、中外商業賞はどうなるのです。この場には警察の方が、二人もいらっしゃる。逮捕せぬわけにはいかないでしょう。香田君がこのまま死んでしまえば、死刑ということも──」
最後の方は、すっかり放心したような口調になってしまっていた。
そんな男爵の横から、デスバラがタキオンに刺すような視線を飛ばしている。『私たちを騙したのなら承知しない。今ここで八つ裂きにしてやる』とばかりの視線を、タキオンは涼しい顔で受け流し、
「ご安心ください、男爵閣下。そのようなことにはなりません」
自信たっぷりに、宣言するように言った。
「なぜならこれは、完全に正当防衛による出来事だからです」
タキオンはくるりと振り返り、暮警部に向き合った。
「警部、頭の回る君の事だ。あの後、中山太郎という人物について、調べただろうね?」
「ええ、まあ」
当の警部は、どことなく不服そうな声で、
「内務省を通して照会を出しました。すると、『彼の従弟には、過去にも現在にも、中山姓の者はいない』と返ってきました。それで、例の勘定書きを発行した大阪の婦人服店に出向いて、中山氏の事を尋ねましたよ。すると驚くじゃありませんか、『金曜の夜にも、栗毛と青鹿毛の二人組のウマ娘が来て、中山夫妻の事をあれこれ訊かれた』と、そこの
「ふぅン、それは間違いなく、私とカフェのことだねぇ」
「だと思いましたよ。しかも、中山氏の写真を見せられた、とも言っていました。さてはその写真というのは......」
「ご明察の通り、」
タキオンは上着のポケットから、
「あの晩、私が君から借り受けた香田君の写真さ。ほら、お返しするよ──さて、それで、香田君の収支はいかがだったかな?」
「実に寒々しいものでした」
警部は手帳を開き、細かい数字がびっしりと連なるページを眺めながら続けた。
「男爵閣下は香田君に、かなり気前よくお給金を払っておられましたが、香田家の家計事情は実に厳しいものです。それと言うのも、例の『中山太郎』名義の勘定書きの清算が、ひどく家計を圧迫しているのです。
奥さんと女中に協力願って、家計簿から、中山氏の売掛清算分を抜き出してもらいましたが、年間合わせて五千円ほども支払っているのです。これが無ければ、あの夫婦はもっとずっといい生活が出来ていたに違いありませんよ」
「だろうねぇ。借財の方は、どうだったかい」
「香田君自身の名義では、健全でした。幾度か金を借りていますが、きちんきちんと返済しています。
問題は『中山太郎』名義の方です。大阪府警察部の知り合いに協力してもらって調べましたが、大阪と神戸のあちこちの金貸しから、ずいぶん借金をしていて、しかも焦げつきかかっているようなのです」
「それも当然だな。中山夫人とされている女についても、調べたんだろう?」
「ええ。香田夫人の写真を見せましたが、違うと言われました。もっと若くて、遊び
「さて、ここまでを整理しましょう、男爵閣下」
タキオンは、ぽかんとしている男爵に向き直って、噛んで含めるような口調で言った。
「香田健一朗君は自身の細君に、『従弟の中山太郎君の売掛勘定を支払ってやっている』と言っていたわけですが、実はそんな親族は存在せず、彼が大阪で二重生活を営むための偽名だったのです。奥さんよりも若く、金遣いの荒い女性と付き合い、ごまかして自分の家計から軍資金を捻出し、それでも足りずに方々で借金をこさえていた。そういう話です」
「なんと......」
突如として暴露された、香田トレーナーの不倫の事実に、男爵は顔色を失っていたが、なお納得できない表情で、
「それは、彼の雇い主である私にとって重大な事ですが......しかし今はどうでもよろしい。それが一体、ブレイズの無罪放免と、どう関わると言うのです。まさか香田君が、ブレイズ君を
「そうです、と申し上げたら?」
「あり得ない!」
男爵は、ほとんど金切り声に近い声を上げた。
「よろしいか、タキオン先生。ご自身も元競走ウマ娘なのだからお
「基本的には、そうでしょう。しかし、香田君はもっと別の方法を考えついたようなのです」
そこでタキオンは、妙に芝居がかった仕草で振り返ると、暮警部に訊いた。
「警部! 確か君にはあの晩、香田君の執務卓に置いてあった解剖書を調べるよう助言したはずだねぇ」
「ええ、確かに」
「では、解説してくれたまえ。ここしばらく香田君が熱心に研究していたものとは、何か」
「はい。と言っても、私は専門家ではないのですが......」
警部はそう言って、手帳をぱらぱらとめくった。
「あったあった......男爵閣下、お宅の兵営に住み込みの柴田医師に助力願って、香田君が書斎で研究していた解剖書を解説してもらったのですが、香田君が特にメモや注釈を書き込んでいたのは、足の腱に関する章でした」
「足の腱?」
「はい」
警部はもう一度、不安げに手帳を覗き込んで続ける。
「足の裏の、土踏まずのところを通っている腱らしいのですが......柴田先生によると、その書き込みを見る限りでは、『どの部分にどの程度の損傷を与えればいいか』ということを研究していたようなのです」
「
男爵は叫んだが、唖然としてしまってそれ以上の言葉が出なかった。警部は更にページをめくって、
「柴田先生によると、前例があるそうなんです。そっちは純粋な事故だったようですが。
なんでも、日常生活中に硝子の破片を踏んで怪我をしてしまったのですが、切り傷は浅かったので問題はないと思われていたところ、実際には腱が傷ついていたのだそうです。それでも極々微小な傷がついただけでしたから、本人もトレーナーも、最初に診た医師も気づかなかったのだとか。
しかし、練習中も本番も、走れることは走れるのだが、トップスピードまでどうしても上がらなくなったのだそうです。外傷は既に完治してしまっていたために、当初は疲労だろうと思われて、休養を挟んだりもしたのですが治らず、仔細に検査をしてやっと原因が判った、という次第だったそうで。
先生がその事例を紹介すると仰って、あの書斎にある別の本を取り出したのですが、驚いたことに、その本にも書き込みがあったのです。まさにその、足の腱を傷つけてしまった事例を紹介している章に、です。
私の記憶が正しければ、タキオン先生、貴女があの日、目を通していた本ではありませんか?」
「いかにも、その通り。よく覚えていたねぇ」
タキオンは眉を上げ、にやりと笑って答えた。
「私も仕事柄、あれと同じ本を研究室に持っているのでねぇ。大抵のトレーナーだとか、ウマ娘専門の医師だとかは持っているんじゃないかな。ともかくあの日、解剖書の書き込みを見た私は、それなら絶対、この事例集にもお勉強の痕跡があるはずだ、と思ったのさ。目を通してみれば、まさにその通りだったわけだがね。
そして、これはあくまで私の推測だが、至極薄くて繊細な刃物を使えば、あの事例よりも更に小さな切り傷を外表に残すだけで、極めて効果的に再現可能なはずだ。例えばそう──白内障手術用のメスとか、ね。
点と線が繋がったのではありませんか、男爵閣下?」
「しかし......」
男爵が、絞り出すような声で異を唱えた。
「なぜ彼がそのようなことを、競走ウマ娘としてのシルバーブレイズを殺すようなことをしなければならないのです。彼には金が必要だったのでしょう? ならばこれは、金の卵を産む
「それは、俺の方から説明しましょう」
進み出たのは、それまで黙って話を聴いていたジャングルポケットだ。
「俺は捜査第一課の第二係に所属してまして、所謂『ウマ娘絡みの保安事件』の捜査を担当してます」
『ウマ娘絡みの保安事件』とは、要するにレース賭博の事だ。
「それでまあ、俺たちは捜査の都合上、『馴染みのノミ屋』みてぇな連中をめいめい抱えてるわけなんですが、そいつに問い合わせたところ、『中山太郎』ってやつがあちこちの胴元のところで張ってるって答えが返って来たんですよ。シルバーブレイズの対抗のデスバラに、全部で合わせて五千円近く、ね」
その言葉が、その場にいる全員に染み込むのを待ってから、タキオンが静かに訊いた。
「では、ポッケ君。もしも、香田君の思惑通りに事が運んだら──ブレイズが中外商業賞に出走し、しかしいま一つ末脚が伸びずに敗れたら、香田君はいくらほど儲けただろうか?」
「胴元ごとに賭け率にバラつきがあるが......ブレイズが失踪する前は、だいたい本命シルバーブレイズに二対一から五対三、対抗デスバラに十対一、他は全部大穴扱いで二十対一ってところだったから、まあ単純に五万円前後の払い戻しを受けられただろうな」
「それなら......」
警部が言い差し、ごくりと唾を飲んでから続ける。
「香田君は全ての借金を返済しても、かなりの額のお釣りが来ます」
「ふぅン......」
タキオンは少し何かを考え込むような様子を見せたが、やがて警部に言った。
「警部、香田君の寝室や書斎を──もし突き止められたなら、中山太郎として借りている部屋も、片っ端から調べてみるといいかもしれないねぇ。ひょっとすると、香田健一朗でも中山太郎でもない、第三の名義の貯金通帳が見つかるかもしれない」
「それはまた、どういう話で......?」
「考えてみたまえ。五万円なんて、とんでもない大金だよ。一方で、もし彼の計画が成功していたら、これ以降ブレイズに付き続けていても、最早収入らしい収入は見込めないだろう。
となれば、彼はひょっとしたら、姿をくらますつもりだったかもしれない。少なくとも数年に渡って二重生活を営めていたのだから、身分を偽る方法は熟知しているだろう。保険証票や米穀通帳なんかを偽造してくれるような友人も、出来たかもしれない。それが揃っているなら、担当ウマ娘も、借金も、奥方も金遣いの荒い情婦も、何もかも捨て去って、新しい土地で新しい名前でやり直したい。そう考えていたとしても、不思議ではないと思うがねぇ。
ま、これは推理というよりも、妄想に近い域にある話だ。参考にするかどうかは君次第だよ、警部」
「参考にさせていただきます」
警部は即答して、手帳に何やら書き込んだ。その書き物が終わり、警部が万年筆を仕舞うのを待って口を切ったのは、それまで黙って話を聴いていたマンハッタンカフェだった。
「それで......結局のところ、警部はブレイズさんの身柄を、どうするつもりなんですか......そろそろ、競走場の吏員さんが、
「私の一存では、なんとも言いかねます」
警部はそう答え、立派な鼻髭を撫ぜながら続けた。
「大津地裁の富永検事に報告して、指示を仰がねばならんでしょう。検事殿が『逮捕しない』と判断されても、予審判事がどう言われるかはわかりませんし......しかし、この場で逮捕しない判断は、私の職権で取り得ます。たぶんですが、検事殿も支持してくださるでしょう──勿論、男爵閣下、あなたがご自身の社会的名誉に賭けて、ブレイズ君を逃亡あるいは自裁させぬよう監督し、当局からの求めに応じて、彼女を支障無く警察署あるいは裁判所へ出頭させる責を負う旨、宣誓を頂かなければなりませんが」
「無論、宣誓しますとも。書式はそちらで用意して下さるのかな......」
警部と男爵が事務的な打ち合わせを始め、ようやく緊張が解けたらしいブレイズとデスバラが、寄り添って控室の隅の長椅子に座ると、ジャングルポケットはカフェにだけ短く挨拶してから、するりと控室を出て行った。
まもなく、海軍将校の正衣──ダブル幅で金の縁取りがある、濃紺の詰襟燕尾服──に擬したお仕着せを着込み、白い
「ブレイズ君」
退室しようとしたブレイズを、タキオンが呼び留めた。
「随分話がこじれてしまったし、君のトレーナー君の事に関しては気の毒に思うよ。しかし、ここにいる人間は皆、君の味方だ。真島君やデスバラ君が当初考えていたような事態には、決してさせない。堂々と、君の走りをして来たまえ」
「......ありがとうございます」
ブレイズは深くお辞儀をしてから控室を出て、下見所に続く地下道へと駆けて行った。