志村転弧:アナザー   作:如月SQ

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志村転弧:オリジン・アナザー

――僕は、とんでもない事をしてしまった。

 

――モンちゃんも、華ちゃんも。

 

――お祖母ちゃんも、お祖父ちゃんも。

 

――お母さんも……お父さんも。

 

――そして、あの家も。

 

――全て、壊してしまった。

 

――まるで、ヴィランだ。

 

――家族を、家ごと破壊した凶悪なヴィランだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅううううう……!」

 

ガリガリガリガリ

 

 朝になって。

 自分のした事を自覚して。

 何もなくなった家を呆然と眺めて。

 ただただその場から逃げ出した。

 自分がした事を信じられなかった。

 信じたくなかった。

 家族がもう誰もいないなんて。

 

「うぐっ……うぶっ……」

 

 抱き締めたモンちゃんが崩れていく感触が、すがり付いた華ちゃんが壊れていく感触が。

 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが砕けていく様子が、僕の目の前でお母さんが散って行った姿が頭に過る。

 

「おぇえええ……」

 

ビチャビチャビチャ

 

 お腹の奥から気持ち悪さが込み上げてきて、嘔吐してしまう。

 黄色い胃液が足元で跳ねるのを霞んだ目で見つめながら……。

 

 不意に、お父さんを崩壊させた感触を、思い出した。

 

「ひっ……」

 

 気付けば僕の口は、弧を描いていた。

 あれだけ気持ち悪かったお腹の奥が、突然スッキリしたような気がした。

 

「ひひひっ……あははははははっ!」

 

 込み上げてくる、喜びの感情のままに、笑い声をあげた。

 ざまあみろ……ざまあみろ!

 お父さんを壊した、壊した!

 僕の手で、僕の意志で!

 あの瞬間、僕は心の底から望んでいた。

 いつもいつも、僕に酷い事するお父さんなんて、死んでしまえと。

 お父さんが崩壊していく……いや、お父さんを崩壊させた時、すっごく気持ち良かった。

 あの時だけは……どこも痒くなかった。

 

 手のひらを見る。

 僕の個性。

 きっと、触れたものを壊してしまう個性だ。

 なんでも、なんだろうと、壊せてしまう個性。

 凄い個性、強い個性、こんな個性があるなら、お父さんもきっと……。

 

 ……お父さんは僕が壊したんだった。

 ……みんな、僕が壊したんだ。

 

 一度はスッキリした気分が、また落ち込んでくる。

 お腹の奥がぐらぐらと揺れているような気がする。

 僕は、全部壊した。

 お父さんも、お父さんから庇ってくれない家族も、裏切った華ちゃんも……全部。

 

 でも……全部が全部壊したかったのかな。

 本当に何もかも壊して良かったのかな。

 僕は……本当にそれがしたかったのかな……。

 ……なんだか、また、痒くなってきた。

 

ガリガリガリガリ

 

 首を、かく。

 

「坊や、大丈夫?」

 

 頭の上から、そんな声がかけられる。

 見上げれば、優しそうなお婆さんが僕を見下ろしていて。

 僕と目をあった瞬間、気まずそうに目を反らした。

 

「あ……えと……ごめんなさいね……?」

 

 なんでそんな目で見るんだろう?

 僕は、自分の格好を見る。

 ボロボロの部屋着だ。

 ふと、横を見ればガラス張りのショーウインドに、僕が映っている。

 ……髪が、なんか白くなってる。

 目の周りが真っ黒で、口の端が赤く染まってて。

 首に引っ掻き傷がいくつも走ってて。

 そして……なぜか薄ら笑いを浮かべていた。

 

 なんだか、怖いな。

 

 ああ、これ僕なのか。

 

 ふと視線を感じて振り向くと、スーツを着た男の人が慌てて視線を反らした。

 そのまま近くにいた若い女の人を見つめれば、ギョッと目を見開いてその場を立ち去っていった。

 

 ……なんでそんな目で見るんだろう。

 痒いな、気持ち悪いな……。

 最後に、僕を拒絶したお父さんの目を思い出す。

 怯えた顔で、僕を拒絶してる顔。

 

 ……あぁ、お腹空いたな。

 お母さんのご飯食べたい。

 あれ、でもお母さんも僕が壊したんだ。

 じゃあもう食べれないのか……。

 

 お祖父ちゃんやお祖母ちゃんに内緒でおかず分けて貰ったり、華ちゃんと嫌いなもの交換しあったり。

 それももう出来ないのか。

 さっきまでの高揚が嘘みたいに、心に冷たい風が吹く。

 

 なんだか、凄く悲しい……。

 

 それでも、不思議と涙は出てこなかった。

 昨日、全部出ていっちゃったのかもしれない。

 ああ……誰か助けて欲しい。

 僕がこんなに辛い目にあってるのに、誰も助けてくれない。

 目が合った人は何人もいるのに、視線を反らして逃げていく。

 何処にヒーローはいないのかな?

 僕の憧れたヒーローは何処にいるんだろう?

 なんで助けてくれないんだろう。

 昨日……きてくれたら……僕は家族を殺さないで済んだかもしれないのに。

 

 殺す……そう、僕は殺した。

 みんな殺した……みんな、みんなみんな全部。

 

ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 

 痒い、痒い痒い痒い痒い痒い。

 プツリプツリと首が切れて血が溢れて、手が赤く染まる。

 

「ひっ!」

 

 なんだよ、なんでこっちを怯えた目で見るんだ。

 なんで僕を見て逃げていくんだ。

 お父さんとおんなじような目で……僕を、見るな……!

 

 じろりとそいつを見上げてみれば、なんだか、お父さんみたいに見えるような気がする。

 本当はまだ壊せてなかったのかもしれない、

 なら、また壊せる。

 何度でも何度でも壊してやる!

 僕を拒絶するこんな―――!

 

「大丈夫!?」

 

パシッ

 

 突然、首をかきむしる手の手首を、誰かに掴まれた。

 小さな手だった。

 幼い声だった。

 虚を突かれて動きを止めた僕の前にいたのは、心配そうに顔を歪めた、僕より小さな男の子だった。

 緑色のもじゃもじゃとした髪にそばかすの、素朴な男の子。

 

「首から血が出てる!こっち!手当てしなきゃ!」

 

 男の子はそう言って、僕の手を引いて歩きだす。

 その先には公園があって、そこで僕を手当てしてくれる、なんて言う。

 こんな小さな男の子が、こんな僕を……?

 

 軽く引きずられながらも見えたガラスの向こうの僕の姿は、やはりお世辞にもまともじゃなかった。

 なのに、こんな小さな男の子からは、僕に対しての怯えの気持ちが感じられなかった。

 

「……なん……で?」

 

 思わず問い掛ければ、男の子はくるりと振り返って、真剣な表情で言った。

 

「君が泣いてるような、助けを求めてるような顔をしてるって思ったから……」

 

 僕はその言葉に強い衝撃をうけて目を丸くした。

 誰も、助けてくれないと思ってた。

 なのに……この子は僕を、見てくれたんだ。

 目の端が、微かに熱くなった気がした。

 

 抵抗する気はもう起きなくて、僕はただ手を引かれて手当てを受ける事となった。

 男の子は、濡らした布……スカーフらしいそれで丁寧に僕の首を拭った。

 あっという間に血で染まってしまったそれ、オールマイトが刺繍されたスカーフを、少しだけ悲しげに見つめていた。

 

「ごめん……僕の血で汚しちゃって……」

 

「いやいや!オールマイトなら、人を助けて汚れた事なんて、気にしないよ!」

 

 そう言って男の子は、水に濡らしたスカーフをギュッと絞り、緩く僕の首に巻いてくれた。

 

「うん、とりあえずこれでいいかな!大丈夫?痛まない?」

 

「……うん、ありがとう」

 

 男の子は、嬉しそうに笑った。

 本当に、嬉しそうな笑顔だった。

 ……眩しいな……この子は本当に、優しい子なんだろうな。

 きっと、ヒーローになるのはこんな子なんだ。

 そんな風に、なんとなく感じて、僕は男の子のほうをじっと見つめていた。

 

「あ、そうだ!君の名前は?」

 

 そこで不意に名前を問われた。

 僕はほとんど反射的に答えていた。

 頭の中は……男の子の事が、言葉がグルグルと回っていたから。

 

「志村……転弧」

 

「僕は、緑谷出久!よろしくね」

 

 イズク、そう名乗った男の子が手を差し出してきて。

 僕はそれに応じて、手を伸ばした。

 

―伸ばしてしまった。

 

 それが、きっとそこが、僕の……俺の……オリジン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポカポカとした陽気の中で、ふと騒がしさを感じて昼寝を中断させた。

 視線を向ければ渡我と轟が近寄ってきているみたいだ。

 上体を起こして体を伸ばせば、ポキポキと固まった体が音をたてた。

 

 ……それにしても懐かしい夢を見てたな。

 俺の始まり、そして、俺の罪の象徴の記憶。

 気付けば首に巻かれた真っ赤なスカーフに触れていた。

 

「あ、転弧くーん!」

 

「おぅ」

 

 ニパッとした笑顔で手を降る渡我に手を振り返して、ふわぁと欠伸ひとつ。

 目の端に浮かんだ涙を拭いながら、額に乗せていたサングラスをつけた。

 

「あー、それじゃ転弧くんのカックイイ目が見れませんよぉ」

 

「こないだ迷子に泣かれたの、未だに気にしてんだよ。仕方ねえよなぁ、お前、目付き悪いからなぁー」

 

「うるせーよ轟。目付きの悪さは生まれつきだ。どうしろってんだよ」

 

「えー、そんなの気にしてるんですかぁ!?転弧くん、カァイイー!」

 

「だー!引っ付くな!暑苦しい!」

 

 飛び込んできた渡我の頭を押さえて引き剥がし、余計な事を言いやがる轟を睨み付けるも、飄々とした態度のまま。

 

「わりーわりー。ほれ、焼きそばパン。さっさと食おうぜ」

 

 ケラケラと楽しそうに笑いながら、その手にしていた焼きそばパンを俺に向けて放り投げてきた。

 

「食べ物投げんなよ」

 

パシッ

 

 難なく受け止めれば、轟の笑顔は深まったように見えた。

 

「ナイスキャッチ」

 

 ニッと笑って、自分の分の包装を剥がして、そのままパンを貪り出す。

 くそ、こっちはまだ渡我がカァイイカァイイ言いながら引っ付いてくるってのに、ニヤニヤこっち眺めながら食いやがって……!

 

「渡我、そろそろ良いだろ、飯食うぞ!」

 

「はぁーい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そいや、お前何処受けんの?」

 

「雄英のつもり」

 

「へぇ、じゃあ俺の後輩になるのか」

 

「まだ受かるって決まった訳じゃねえだろ」

 

「お?なんだ、落ちんのか?」

 

「ぜってぇ落ちねぇよ」

 

「じゃあ私も雄英受けます!」

 

「渡我が入学する頃には卒業してるけどな」

 

「むむむむ。でも私も二人と同じ学校に通ってみたいです」

 

「俺まだ受かってもないけどな」

 

「えー!合格する自信ないんですか?」

 

「あるわ。ありまくりだ。ヒャクパー合格してやるわ」

 

 生温い、ぬるま湯のような時間。

 でもそれが俺の日常だ。

 夢は……変わらない。

 

 赤いスカーフに、親指だけが露出してる手で触れる。

 俺は、必ずヒーローになる。

 俺が壊した、未来を奪った、俺にとって最高のヒーローに報いる為に。

 ……夢を見たからか、妙にナイーブな気分だ。

 こういう時は体を動かすに限るな。

 

「轟、また付き合ってくれ」

 

「お、いいぜ。お前くらい動けりゃ俺も鍛練になるからな」

 

「私も混ざりますー!」

 

 クシャリと焼きそばパンの包装を握り潰して、俺はゆっくりと立ち上がる。

 目指すはいつもの場所だ。

 

「んじゃ、行くか相澤」

 

「おぅ」

 

 俺は、志村転弧……改め相澤転弧。

 俺は必ず、最高のヒーローになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『気分はどうだい?』

 

 くぐもった声が聞こえる。

 いつもの声だ。

 

「少し怠いくらいです、先生」

 

『ふむ……たまには無個性を弄るのも悪くないね。

 君のような物が出来るんだから、本当に面白い』

 

 体は痛いと叫んでる気がするけど、気にする事でもないか……。

 

「それで先生、次は何をすれば良いんですか?」

 

『そうだね、弔……まずは人材を派遣しよう』

 

 弔……僕の名前。

 何処からかプツリと記憶の途切れてる僕にとって、元々無個性だった僕にとって、僕を定義する唯一のものだ。

 

『黒霧。弔を助けてやってくれ』

 

「わかりました。

 死柄木弔、私は黒霧。よろしくお願いします」

 

 ぶわり。

 突如現れた黒い靄は人の形をかたどると、ペコリと恭しく礼をした。

 ……空間移動系の個性かな?

 随分と有用そうだ。

 いつか似たようなものをくれるかな、先生。

 

「よろしく、黒霧」

 

『それじゃ、弔。後は好きに動くといい。

 君がやりたい事が、きっと君を成長させてくれる。

 期待しているよ』

 

 そう言い残して、プツリと通信が切れた。

 好きに、やりたい事、かぁ。

 あまりピンとこない。

 

 でもまあ……期待されてるなら、それなりに成果でもあげないとね。

 

「死柄木弔、何をしますか?」

 

「そうだね……適当にそこらのチンピラでも集めて、そこそこの規模のヒーロー事務所でも襲撃してみよっかな」

 

 先生は(ヴィラン)だし、ヒーローが減って困る事はないでしょ。

 生け捕りにして先生にプレゼントすれば、喜んでくれるかもしれないし。

 

 ふと、今いる拠点に設置された鏡が目に映る。

 鏡の向こうで、緑の髪の少年が、此方を見返していた。

 顔にはそばかすが、右腕は肩から先が無くて……。

 光のない、死んでるような、虫のような目で此方を見ていた。    

 これが僕の、死柄木弔の姿だ。

 

 改めて見ると、チンピラを先導するには、迫力が足りないかな?

 

「ただその前に、コスチュームでも考えようかな。

 このままだと嘗められそうだ。黒霧、君の意見も聞きたいな」

 

「はい、お手伝いしましょう」

 

 僕の姿は闇に溶けていく。

 冷たい闇が、何もない僕の居場所だ。

 僕は、先生の為に、ヴィランとして生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これは俺が。

 

――これは僕が。

 

――最高(最悪)ヒーロー(ヴィラン)になるまでの物語だ。




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