期末試験……はさらりと流しますね。
「うるせぇ!」
バチンッ!
……差し出した手を弾かれた。
手加減なしだったみたいで、叩かれた手がヒリヒリする。
肩を大きく上げ下げして、息も絶え絶えで、立ち上がれもしないのによくもまぁ……。
目の前で膝をつく爆豪君を見下ろし、僕の中での彼の評価を更に下げていた。
このままじゃ最低評価だよ、まったく。
カタログスペックだけはぶっ飛んでるのに、CPUがこんなんじゃまったくもって宝の持ち腐れだ。
文字通り『脳無』にしないとろくに使える気がしない。
僕は内心での冷たい思考と感情を出さないように気を付けて、爆豪君へと苦笑いを浮かべた。
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モニターに映る、自分の教え子達の奮闘の様子を眺めながら、俺はコーヒーを啜っていた。
現在、A組は期末試験の真っ最中。
例年通りならばロボットとの戦闘だったんだが……どうにも最近キナ臭い。
雄英にわざわざ襲撃にきた奴等といい、そいつらと繋がっている疑いのあるヒーロー殺しに、保須市の事件……。
それらを省みた結果、例年通りでは「足りない」との判断が下された訳だ。
それで試験内容が先生達との模擬戦だというんだから、今年の一年は運がないな。
教員一人に、生徒二人。
教員にはハンデとして重りが付与されてるが……。
ズズ……
とはいえまぁ。
「苦戦してんな……」
そう簡単に越えられる壁ではない。
俺は他人事のように呟いた。
まぁ、当然と言えば当然だ。
ハンデがあり、人数差があるとは言え、相手は現役でバリバリ第一線張れるようなヒーローばかり。
おまけに、生徒達それぞれに設けられた課題、それをクリアしていなければ苦戦必須な組み合わせだ。
今のこの光景も、さもありなん、と言ったところか。
「さぁ、ここが踏ん張りどころだろう?
良き受難を……プルスウルトラだ……頑張れ皆」
届かないと知りつつ激励の言葉を呟いて……今一番雰囲気の終わっている映像に視線を移した。
眦を吊り上げ、人を殺しそうな眼光で睨み付ける爆豪と、それを苦笑している緑谷のペアだ。
入学時から爆豪が良く緑谷に突っ掛かっていて、体育祭で一応の決着をつけてから鳴りを潜めていたと思ったんだが……最悪のタイミングで爆発したみたいだな。
爆豪はどうにも緑谷を目の敵にするし、緑谷も人の良さそうな雰囲気を出しつつも理不尽な言い掛かりには毅然と対応するから、二人が話すといつも一触即発な雰囲気になるが……これは比較にもならないくらいに終わってるな。
相手はハンデ有りとはいえ教員、そこで協力するべき二人が出来ないんじゃ……結果は見えてる。
おまけに……。
『ドガァアアアン!』
『HAHAHA!ヴィランは街の被害なんて考えないぞ!
止まっている暇なんてあるのかな!?』
『オールマイト!くっ……!』
【グイッ!ブンッ!】
『がっ……!死ねっ!』
『悪態つく暇あったら、自分の足で逃げろ!』
二人の相手は……オールマイトだ。
二人が身を潜めていた建物の壁をぶち破り現れたオールマイト。
振るわれた拳を、緑谷は爆豪を無理矢理引き寄せる事で避け、そのまま邪魔とばかりに放り投げていた。
そして、緑谷の悪態が終わるより前に、オールマイトの2発目の拳が放たれる。
『SMASH!』
同時に、背を震わせた緑谷は、確認もせずにヘッドスライディング。
【ブオンッ!】
緑谷の頭の上を通りすぎたオールマイトのパンチは、物凄い轟音と共に、映像を揺らした。
ガチガチに固定されていて、多少の振動にも対応している筈のカメラが、一時的に映像の殆どを映さなくなる。
「うへ……本当にハンデつけてんのか?あのチートおっさん」
誰の目もないからか、つい悪態をついてしまう。
プロヒーローとして、教員として過ごしてきて、様々なヒーローを見てきて……やはりオールマイトを越えるヒーローはまだいないと断言が出来てしまう。
尊敬と憧れ……そしてそれ以上の純粋な嫉妬。
頭に浮かぶ、あまりにも圧倒的な武力に、つい言葉端から
そんな人に抗わなければいけない二人に、どうしても同情してしまう。
……だが、それでも、か。
『アンタを越えるのは、俺だぁあああああああ!!!』
『まだだ!勝機はある!』
直ぐにまたオールマイトへと躍りかかる二人に、諦めの色はなかった。
きっと二人は勝てると、本気でそう信じているのだ。
色々と問題や騒ぎを起こしやすい二人で、どうにも相性が悪く、今回もちゃんと協力出来るかわからないが……。
「……応援してるぞ。頑張れ、爆豪、緑谷」
俺は再度激励の言葉を呟いて、コーヒーをすするのだった。
ちなみに俺が試験官になっていないのは、単純に合う役割がなかったからだ。
似たような個性の13号先生と違って手加減も苦手だし……。
だからまぁ、今は応援しかやることがない訳だ。
……もう少し、個性の制御に力いれないとな……。
試験が終われば、すぐ林間合宿だ。
先生側としても……気張らないとな。
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薄暗いバーで、死柄木弔はいつも通り顔を隠しながら、けれど非常にダルそうに頬杖をついていた。
いつもの飄々とした態度は鳴りを潜め、全身から疲れた、という雰囲気を醸し出していた。
「大丈夫ですか?死柄木弔。
今日は確かに顔合わせの日でしたが、疲れているようならば日を改めても……」
カウンターの向こうでグラスを拭いていた黒霧が、そのらしくない姿に心配の声を漏らす。
ちら、と視線を向けた死柄木は、頬杖をついたままひらひらと手を振った。
『だいじょーぶだいじょーぶ。
今日は面倒な出来事が多かっただけで、そこまで疲れてないよ。
試験は大変だったけど、なんとか合格出来たし……。
それに、仮にもこのヴィラン連合のトップなんだし、ちゃんと本体でお話しないと。後……』
「……」
くるりと振り返った死柄木の背後には、青と赤が複雑に入り交じった、奇妙な服に身を包み、仮面をした人物が一人、静かに佇んでいた。
肌の露出も一切なく、黒のショートヘアーで、傍目には性別すらわからない人物は、黒霧の挨拶にも言葉を返さず、死柄木の背後で微動だにしなかった。
『皆と彼の顔合わせもしないと、ね』
目の前にい並ぶ、凶悪な人相の輩、全身拘束されてる奴に、オカマ、トカゲ、仮面、ガスマスク……バリエーション豊かな光景を前にして、彼、と呼んだ人物が僅かに息を飲んだのがわかった。
頭巾の中で笑みを深めながら、ひょいと立ち上がった死柄木は背後の彼へと手を伸ばした。
『さぁ、来なよ【ハイドレート】。ここが君の
ハイドレート、そう呼ばれた彼はゆるりとした仕草で手を伸ばした。
いくつもの視線が眺める中、触れる寸前にピクリ、とその手の動きが止まる。
暫しの沈黙の後、絞り出すように、死柄木が言葉を紡いだ。
『……大丈夫、僕がいるよ』
俯いていたハイドレートはその声に弾かれるように顔を上げ……
「………………ああ」
まだあどけない、幼い声を漏らして、ハイドレートはその手を取った。
その瞬間に彼が感じたのは、なんだっただろうか?
安堵?安心?はたまた友情でも感じただろうか?
だが、その様子を密かに監視していた
かつて自分が何度も何度も遭遇した瞬間……。
けして抜け出せない沼に人が嵌まった、その瞬間の光景。
仮面の向こうでハイドレートが、追い詰められた表情で笑みを浮かべているだろう事が、見えなくても、見なくてもわかった。
(存外、上手くやるものだね……数度見せただけなのに)
彼を拾った時は、数年がかりの嫌がらせが無駄に終わったことへの腹いせをしようとしか思っていなかったものの……今の現状を考えれば良い拾い物だったと思えた。
ここからまだ、どれだけ伸びるか……それが楽しみに感じる自分がいた。
(さて、次はどうするのかな、弔?お手並み拝見と行こう。
是非とも、これからも楽しませてくれ)
死柄木も目の前の
『次は何をしようかな?希望は、なにかあるかい?』
好きなことを好きなだけする、それが
『ほうほう成程ね……じゃあ統計して、狙いはー……雄英!
合宿中を狙って襲撃しちゃおっか!』
好きなだけ好きなことをして良い、そう言い切った死柄木の言葉に、凶悪な
本当に良いのか?そう問われた言葉に、死柄木は笑って頷いていた。
ハイドレートだけは一人、動揺するように肩を揺らした。
顔を俯かせ、小刻みに震えて……。
けれど、死柄木の手が肩に置かれた瞬間その震えはあっという間に収まっていた。
安堵するように息を吐いたハイドレートを確認してから、死柄木は手を放して両腕を大きく広げた。
『さぁさぁ、これから僕達は同じ、ヴィラン連合の仲間だ。ここは一つ……療養中のステイン先輩に自慢出来るよう、張り切って行こう。
ふふ……仲良くしてね』
頭巾の下で、死柄木は邪悪に笑い……今回の襲撃の計画を組み立て始める。
自分の得られる情報から、どれだけ有利に事を進められるか……最終的な目的はどうするか……。
ふと脳裏に過った凶悪な、ヴィラン顔負けの表情で凄む同輩の顔を思い出して……よりその笑みを深めた。
意味のわからない因縁のつけてくる、実に扱い辛い輩だけど……今回の襲撃の目的の一つとして、
ついでに、今までかけられた迷惑の分、少し怖い目にでもあって貰おう。
彼はどう反応するだろうか?
そう思って考えを巡らせたけれど、その凶悪な顔が変わる事が思い描けず、想像だけでただただ不愉快になるだけであった。
『……現実は違うと、良いんだけどなぁ』
呟いた僅かな期待は、裏切られるのだろうなと感じていた。
様々な所へ与える影響はあるから無駄ではないだろうけど、なんとなく彼にはまだまだ不愉快にさせられそうだ。
仲間が増え、やることを見据えた今、やる気は満ちているものの、その方面の話が少しだけ面倒だなと、内心で吐き捨てた。
ちら、と振り返った先にいるハイドレート、彼はもう動揺していないながらも初陣となればまた違う反応になるかもしれない。
そっちの補助も考えなきゃなぁと、死柄木はカウンターに頬杖をついて更に計画を練っていく。
黒霧に手渡されたココアを啜りながら、言葉を交わすヴィラン連合の輩達の騒がしい様子を眺め、静かに目を細めていた。