それは、生徒達の息抜きの為に企画した林間合宿の数少ない楽しみ、肝試しの最中に起きた。
それを予期していなかった訳じゃない。
むしろ予想していたからこそ、万全を期していた筈だった。
「なんでヴィランがいるんだよぉ!」
生徒の悲鳴が、何処からか山中に響き渡っていた。
「くそっ……!」
思わず悪態が口から漏れ出た。
雄英高校内に、情報を流しているスパイがいるかもしれない事は想定されていた。
ヴィラン連合には空間移動能力を持つ黒霧がいる上に、死柄木という男は得体が知れなすぎる。
複数の個性を持っているようにすら思えるあの異常な男が率いるヴィラン連合に、雄英高校は最大限の警戒を向けていた。
ガチャンッ!
父さんが地面に叩き付けたのは通信装置。
先生とプロヒーローにそれぞれ持たせられ、相互に連絡を取り合えた筈のそれは、うんともすんとも言わなくなっていた。
周到……あまりにも手際が良すぎる。
流石に父さんの表情にも陰りが見え、舌打ちが漏れた。
「ちっ……俺は生徒達に俺の権限で個性を用いた戦闘の許可を出す。
卵とはいえうちの生徒達だ……個性さえ使えれば最悪の事態は回避出来る筈だ。
転弧、お前はヴィランの対応に当たれ。
個性の使用、そして……最悪は
俺は未だに、この人の庇護対象から外れていないという事を突き付けられている形だ。
正直悔しい……けど、それが温かかった。
だからこそ俺は、首のスカーフを口元にまで引き上げ、あえて挑戦的に笑みを浮かべた。
「あんま見くびるなよ、父さん。
いつまでも保護者におんぶに抱っこな子供じゃないんだ。
……カッコつけんな『イレイザーヘッド』。
俺がやった事は、全て俺の責任だ。
俺の意思で、生徒達を守る為に俺の
そこに、貴方が介在する隙間はない」
父さんは……いや、一瞬目を見開いたイレイザーヘッドは、不敵に笑うとゴーグルを装着した。
「いいだろう、テンコ!指示は変わらん、お前はヴィランの対応に向かえ!もしマンダレイに会ったら、生徒達に個性使用許可の通信をしろと伝えておけ!」
「了解!」
ピッ!
電子音と共に、俺の装着していたグローブが外れ、地面に転がる。
干渉しない複数の素材で作られた、俺の個性を封じ込める為の特製のグローブ。
外すにはヒーローのお偉いさんや校長や保護者、つまり相澤消太の許可が必要になるが……今その縄も解かれた。
俺は地面を蹴って、駆け出していた。
ガサッ
そうして走り出して暫くした時、何かが高速で近付いてくる事に気付いて足を止める。
木々を揺らして近付いてくる何かは、俺と視線が合うと即座に動きを変え、俺の目の前に降り立った。
ダンッ!
「転弧先生!」
「緑谷!無事だったか!」
そいつは緑谷デク、うちの生徒でも頭一つ飛び抜けた優秀な生徒だった。
異変に気付き、急いで戻ってきたんだろう。
有り難い、こいつの身体能力ならヴィランに簡単には遅れは取らないだろうし、マンダレイを見つけるのも早いだろう。
「ヴィランの襲撃が……!」
「知っている!ヴィラン連合の物と思われる、大規模な襲撃だ!
だからこそ既にイレイザーヘッドから緊急措置として、個性を戦闘に使用する許可が降りた!
マンダレイを探し、その旨を生徒全員に伝えるんだ!」
「個性の使用許可……!?わ、わかりました!
で、でも大変なんです!洸汰君の姿が見えなくて……!」
洸汰……出水洸汰か、マンダレイの甥っ子の……!
ちっ、どうする!?グレた様子のあの子が何処にいるか……!
「あの、僕洸汰君がいるところ、多分知ってます!
だから、助けに行こうと思って、その許可を!」
緑谷は俺を見る。
真っ直ぐ、真摯に。
そんな瞳に耐えられなくて、俺はふいと視線を反らしてしまう。
そんな情けない自分に内心で舌を打ち、現状そうするしかない事に苛立ちが募る。
こんな山の中だ、場所を知っていようと他人に教えられるかは別問題。
ならば、洸汰君の救助は……緑谷に任せるしかないだろう。
「……わかった、緑谷、洸汰君の事はお前に任せる。
個性の戦闘使用の許可を、プロヒーロー、イレイザーヘッドとテンコの連名で許可する」
「わかりました!道中マンダレイを発見したら、個性使用の許可をテレパスするよう伝えておきます!」
話が早くて有り難い。
「ああ、気を付けろ!身の安全を第一に、決して無理はするなよ!」
「……はい!」
力強く頷いた緑谷は、即座に地面を蹴り、あっという間木々の間に消えていった。
あいつは……本当に頼もしいな。
大人として、先生として、ヒーローとして恥ずかしい限りだが……くだらない感傷は一旦捨て置くしかない。
「ふぅー……よし、行くか」
息を大きく吐き出し、ヴィランの捜索……いやまずはマンダレイを見つける為に、俺は再度駆け出すのだった。
幸か不幸か、俺が一番最初に見つけたのはマンダレイだった。
あちこちから騒ぎが聞こえてもどかしいが、生徒達に通信を終えたのを見て、個性を使えず蹂躙されるという心配が減り、一安心と息を吐いた。
「……よし、ねえ、貴方はここからどっ―――」
グンッ
俺に問い掛けてくるマンダレイの姿が、突然、上に跳ねた。
咄嗟に目を凝らして上を見てみれば、宙を舞うマンダレイの腹に巻き付く黒い何かが森の中から伸びていた。
「なっ……!しまった!」
あの個性は……!
嫌に見覚えのある個性に、顔が歪む。
すぐその黒い何かに手を伸ばしたが……間に合わなかった。
俺がそれに触れた時には、既にマンダレイは地面に容赦なく叩き付けられていた。
ドゴンッ!
「ぐっ……ぁ……」
「マンダレイ!」
黒い何かは崩壊し、マンダレイは自由になるが、頭から叩き付けられた彼女に動きはない。
最悪の事態が頭に過るが……容態を確認すれば生きてはいるようだった。
流石は舞闘派プロヒーロー、最低限頭は守っていたようだ。
庇った腕の状態はわからないが、気絶しているだけのようで、命に別状はないように思う。
だが、ひび割れた地面や、守っていたにも関わらず気絶した事実……相当強い力で叩き付けられた事を顧みるに……これは明らかに殺すつもりの行為だ。
俺は、崩壊した黒い何かが伸びてきていた森のほうを睨み付けた。
そして感じる……雄英高校が襲撃された時に相対した、異様なプレッシャーを。
容態を確認していたマンダレイに五指が触れないように注意し、その体を優しく横たえさせ……遮るように立ちはだかった。
そうして、姿を現したのは、想像通りの相手。
頭をスッポリ覆う頭巾と、露出のまったくない姿。
ヴィラン連合の首魁、死柄木弔だった。
……オールマイトを模したような二股の頭巾と笑みを象ったマスクが、此方の心情を逆撫でしてきやがる。
『やぁやぁ、お久し振りだね、崩壊ヒーロー、テンコ君。元気だった?』
いっそ穏やかな、まるで世間話でも口ずさむような態度がまた、気に入らない。
俺は顔をしかめ、奴を睨み付けた。
「やはりお前か!ヴィラン連合、死柄木弔!
お前……今殺すつもりだったな……?……何が目的だ!」
『これでもヴィランだからね。『テレパス』なんて厄介な個性持ちさっさと潰すに限るよ。
……まぁ、ちょっと遅かったみたいだけど。
折角機械の電波は遮断したのになぁ、やっぱり個性ってズルいよね、そうは思わない?』
「人一人……殺そうとしておいてそれか?」
『あはは!僕はヴィランだよ?自分のやりたい事を押し通す為に、他人の命の有無なんて気にしないよ!
それに……君に言われるとは思わなかったなぁ』
その言葉に、わかってはいた事だが無意識に歯を食い縛った。
やはりこいつは……俺の過去を知ってる。
俺が、家族を崩壊させた、殺した事を……!
『っと、別にそんな事はどうでも良いか。
マンダレイの生死もどうでも良いし……。
えーっと、襲撃の目的、だっけ。勿論あるよ?』
死柄木がそう言った瞬間だった。
その場から奴の姿がかき消えた。
「っ!」
それはギリギリだった。
俺の顔面に迫る拳にどうにか腕を合わせる事が出来て、顔を反らす事も合わせて、直撃を避ける事が出来た。
頬を掠った拳の勢いを見るに、直撃すれば鼻血が出るだけでは済まなかっただろう。
『ひゅう、やるね』
さして驚く事もなく、死柄木はそのまま拳を横に振るってくる。
予備動作もなく無造作に振るわれたにも関わらず、その腕には強い死の気配を感じた。
……次の瞬間には、俺の頭が弾ける様を幻視する程に。
「くっ……!」
上体を無理矢理反らしてそれをどうにか避けた。
そして、目の前を通る腕を掴み取ろうと手を伸ばそうとして……寸前で思い留まり不安定な体勢のまま地面を蹴った。
シャキンッ
瞬間、死柄木のその腕から銀色に光る刃が飛び出して……寸前の直感が正しかったと安堵の息を吐いた。
死柄木は戦闘センス、身体能力共に高い……更には頭もキレるように感じる。
そんな男が、何の対策もなく俺に無防備を晒すとは思えなかった……その直感に従って良かった。
『ははっ、惜しい惜しい』
シュンッ
死柄木の右腕に煌めく刃は、奴が腕を振ると共に引っ込む。
今回は義手に色々と仕掛けがあると見て、間違いなさそうだな……。
俺は改めて気を引き締めて、身構えた。
『それで……そうだね。
僕達、ヴィラン連合開闢行動隊の第一目標は……ズバリ雄英高校、ひいてはプロヒーローの名声低下だ。
二度も襲撃を許し、未来有望な子供達を危険に晒した雄英高校と、プロヒーロー……世間がどう思うなんて……想像に難しくないでしょ?』
死柄木は寸前まで俺を殺しかけたのを忘れたかのように、ピンと指を一本立てて言葉を紡ぐ。
本当になんて事のないように、世間話でもするかのように……。
『二つ目は、ヴィラン連合の新メンバーの希望さ。
血を見たい、断面を見たい、エリートを潰したい……。
好きな事がしたいと、強い希望があってね。
そうなるとまぁ、ここが相応しいかなって。
手頃な相手はいっぱいいて、一つ目の目的も果たせる。
山奥でプロヒーローも直ぐには来ないだろうし、丁度良かったね』
ケラケラ、ケラケラと二本の指を立てて嘲笑う死柄木に苛立ちが募る。
ふざけやがって……!
生徒達をなんだと思ってやがる……!
今すぐにでも倒したいが……ペラペラと目的を吐いてくれるならそれに越した事はない。
フェイクの可能性もあるが、何も情報がないよりは……!
そう冷静に考えていたが……冷静だったのはそこまでだった。
三本の指を立てた死柄木の言葉に、俺は気付けば走り出していた。
『三つ目は、ヒーローの卵達をヴィラン連合に勧誘する事、かな。
どうせ潰すつもりだけど、折角なら有効利用したいじゃないか。
体育祭で何人か目を付けててね?多少手荒でも――おっと』
俺はそれ以上聞いていられなかった。
手を勢い良く伸ばし、死柄木の体に……殺すつもりで触れようとした。
こいつは危険だ、俺は……改めてそう感じた。
とはいえその程度の攻撃、死柄木には軽く身を翻して避けられてしまう。
自分を落ち着かせる為に大きく息を吐き出して……頭巾の向こうでにやけ面を浮かべているだろう死柄木を睨み付けた。
「……生徒達に手は出させねぇ」
ゴキリ
怒りのあまりに力が入りすぎた指が鳴る。
だらりと右腕を下げて、左手でスカーフにごしに首を掻いた。
久し振りの痒みを感じながら、俺は強い覚悟を持って言い放った。
「お前はここで止めてやる。例え……殺してでも」
こいつは……ここで殺す。
俺が、俺の自身この意思で、こいつを止める為に。
……皆を、守る為に。
『……はははっ!良いね!聞こえの良い言葉ばかり吐くそこらのヒーローにはない、本気の殺意!
怖い怖い……はははははっ!やれるもんならやってみなよ、ヒーロー!』
死柄木は一拍置いて笑いだした。
顔を抑え、心底楽しそうに……。
そんな態度にも苛立ちが増して、痒みが増す。
「上等だよ……行くぞ!」
両手を広げて嘲笑する死柄木へ向けて、俺は力強く駆け出した。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。