「げほっ、ごほっごほっ」
「ごほっ、くっさぁ!いい匂いだったな!」
「た、助かった……?」
黒い液体に包まれたと思った次の瞬間には、辺りの景色は切り替わっていた。
薄暗いバーから……建物の破片が散乱する廃墟へと。
はて、ここは予想が確かなら脳無収容所だった筈だけど……あー。
建物の並びは見覚えがある……ここは脳無収容所で間違いない。
違いがあるとすれば……収容所自体は吹っ飛んでる、ってことか。
ヒーロー達の口振りや脳無を黒霧が出せなかったことから、こっちにも襲撃があったのだと思うけど……どうやら相当派手にやったみたいだ。
ヒーロー達の姿は見えないけど……吹っ飛ばして瓦礫の山に埋もれたか、文字通り消し飛ばしたか……。
建物の被害をみるに、どうやらこっちにきたヒーローは全滅してしまったようだ。
こっちの班に配属された人達は可哀想だなぁ。
まさかこんな事になるなんて、思っても見なかったんだろうな。
「くそっ、離せ!オカマ野郎!」
「ダメよ、爆発ボーイ。大人しくしてなさい」
「やっぱり圧縮してたほうが良いんじゃないか?」
「……ステインならどうするか……」
視界の端ではマグネ、コンプレス、スピナーの三人が爆豪君を押さえ込んでくれている。
流石に三人係りなら早々負けたりもしないだろう。
辺りにヒーローの気配もないし、一安心かな。
暫し辺りを見回して思巡していると、コツン、という足音がした。
その音がしたほうを振り向いてみれば、想像通り暗がりからゆらりと現れたのは、僕の先生だった。
のっぺりとした頭全体を覆うマスクに、呼吸補助の器具をつけた、見るからに怪しい人物が膝をついたままの僕を見下ろしていた。
「やあ、弔。危なかったね」
『先生……過保護ですよ。まだなんとか出来ました』
半分本音、半分愚痴、かな。
実際あの後簡単に制圧させるつもりはなかったけれど、完全にひっくり返すにはちょっと手が足りなかったと思う。
それでもそれを素直に認めるのは――オールマイトに負けた気がして――嫌だった。
「そうかな?君がそう言うのなら、そうかもしれないねぇ」
……先生にはお見通しのようで、ねっとりとした声色で嘲笑われてしまう。
それに反論することも出来ず、唇を尖らせながら立ち上がり、誤魔化すように服についた汚れを払った。
「まぁいいさ。弔、今回は成功……とはいかなかったようだね。
でも大丈夫、アジトを二つ失ったけれどまだやり直せる。
仲間は取り戻した、目標も取り戻した、君は無事……脳無はやられるかもしれないが、また作れば良い。
今回の失敗を教訓に、学んでいくんだ。
何度失敗したって良い。何度だって僕が取り戻してあげよう」
それは、甘い、甘ったるい言葉だった。
「何故かって?」
僕を甘やかす、けれど奮起させる、
「僕がいる」
先生がいる限り、僕に敗北はないと確信出来る……そんな甘過ぎる言葉。
僕に心からの安心感を与えてくれる、僕が
……僕が最も奮起する言葉。
『……次は成功させます』
「ああ、期待しているよ」
先生の手が優しく僕の右肩を叩いた。
義手がミシリと悲鳴をあげたような気がした。
「さて、それじゃあ黒霧が目覚めたらまた別の拠点に帰るとしよう。ベストジーニストの個性は弔にあうだろうから欲しかったが……なかなか手強くてね」
『誰がいたかと思えば、ベストジーニストですか。それならこの荒廃の仕方も納得です。
……それはそれとして、先生が欲しい個性を取り逃すなんて珍しいですね』
「なあに、最も欲しかった【サーチ】は手に入った。彼は努力目標……別にいつでも構わないさ。
それに、まだまだ優秀な個性が手に入るあてはあるのだからね」
『……それもそうですね』
まるで湯水のように湧いて出てくる数々の優秀な個性達。
その個性も近年更に研ぎ澄まされ、強く変異しているように感じる昨今、今の超人社会は先生からすれば無料バイキング感覚だろう。
次々と食い散らされていく個性持ち達の長年の悲鳴が聞こえてくるようだった。
そうして暫く爆豪君の罵倒を聞き流し、先生と他愛のないお喋りに興じていたのだけど……黒霧が目覚めるより先に、どうやらお客さんみたいだ。
同時に先生も気付いたらしく、その方向に体を向けた。
ズンッ!
すぐそばに轟音とともに着地した何かが砂煙を巻き上げる。
そうして舞い上がった砂煙を割いて現れたのは、想像通りの姿。
筋骨隆々な肉体に浮かべた笑み……ナチュラルボーンヒーロー、平和の象徴……オールマイト……僕の先生の宿敵。
『もう追い付いたのか……』
あまり距離は離れていないとはいえ、足止めの脳無もいたというのに……。
オールマイトの滅茶苦茶具合に呆れた言葉が漏れた。
けどむしろ先生はその逆……残念そうにため息を吐いたのが印象的だった。
ガンッ!
そしてその次の瞬間、飛び込んできたオールマイトと先生はぶつかり合っていた。
「全て返してもらうぞ、オール・フォー・ワン!」
「また僕を殺すか、オールマイト」
二人にとっては小手調べでしかないその衝突は、凄まじい衝撃波を辺りに撒き散らした。
こりゃ……僅かに残っていた建物の名残も吹き飛んで、ここら一帯は更地になりそうだ。
ほぼ確実に訪れるだろう未来予想図を描いて、二人の規格外さに呆れつつ……僕は地面を力強く、蹴った。
ダンッ!
「む」
『SMASH』
「SMASH!」
ゴッ!
僕の左拳と、オールマイトの右拳が真正面からぶつかりあった。
雄英高校襲撃時の焼き直しのような光景……結果も似たようなものだった。
まったく呆れたパワーだ。
こっちは地面を蹴って勢いをつけて、全身の筋肉を連動させた一撃だってのに、腰の捻りだけで相殺するってんだから。
なら、別の手だ。
即座に頭を切りかえて開けた拳から、黒鞭を伸ばす。
「おっと」
それを軽いステップで避け、後ろに数歩下がるオールマイト……。
ふむ、先生と雌雄を決する前に、一度息を整えるつもりか。
密かに深く呼吸を繰り返している……活動時間の残り時間が見え始めたみたいだね。
僕は黒鞭を伸ばすのをやめ、先生の前で拳を構えた。
「……弔、どういうつもりだい?」
先生は静かに僕に問い掛けてくる。
その声には、僅かに不機嫌な色が含まれているようだった。
まぁ、先生からすれば自分の今のザマの仕返しを、直接オールマイトにぶつけたいと思うのは当然だろう。
けれど僕は気にする事なく、オールマイトへと啖呵をきった。
『先生を殺したいなら、まずは僕を殺すことですね。
いきなりラスボスとやろうだなんて……甘い甘い。
貴方と先生の因縁の決戦だ……まずは前座としてお相手させて貰いますよ』
僕の言葉に、先生の雰囲気がゆっくりと落ち着いていくのがわかる。
どうやらまず最初に僕がオールマイトと戦うことに、納得してくれたようだ。
正直に言えば、オールマイト相手に勝てるとまで思い上がってはいない。
けれど、多少削ることくらいは出来るだろう。
それなら後は、仮に僕が負けても先生がオールマイトを仕留めてくれる……今はそれがベストだろう。
「死柄木、弔……!」
息を整え終えたオールマイトが、その存在感、圧力を増しながら僕を見つめてくる。
こちらを
『さぁオールマイト、暫しお付き合いいただきましょうか?
僕と一緒に、遊びましょうよ!』
それでも僕は笑う、頭巾とマスクの奥で、頬を思い切り吊り上げて。
拳を無造作に構えて、オールマイトへと駆け出していった。
そうして振るう拳に、僕の渾身の力を込めた。
緑の閃光が走り、筋肉が軋みをあげ、力強く脈動する。
『ハッ!』
「むっ」
ドッ!
……その拳は、オールマイトに容易く防がれてしまう。
攻撃したほうの僕の拳がビリビリと痺れ、鈍い痛みを感じる。
一方でオールマイトにはまったく効いていないようだ。
先刻と似たような衝撃波は放たれてるけれど、実情はなんとも情けない……既に殆ど負けてるようなものだ。
「いいだろう!まずは君からだ!
その若さで巨悪に見入られてしまった不幸な君を、ここで救わせてもらおう!」
『はは、僕を救う、ですか。貴方が言うのかオールマイト』
敗北濃厚の戦い……それでも僕の体には力が満ちる。
ほんの少しでも、オールマイトに刻んでやろう。
この、僕を……死柄木弔を。
そうして始まるのは、拳の乱打。
他に誰も立ち入ることの出来ない、僕とオールマイトの語り合い。
ドガガガガガガガガガガガ!
一発一発ごとに空気が軋み、僕の体は悲鳴をあげ、激痛が襲い掛かってくる。
歯を食い縛りついていくけれど、このあたりが僕の限界らしい。
オールマイトはまだまだ余裕がありそうで、笑顔のまま拳の乱打を繰り返している。
まだまだ届かない、その現実が腹立たしい。
このままでは間違いなく競り負ける……それでも、と改めて体に力を溜めた、その瞬間だった。
グシャッ
一番最初に限界を迎えた右腕の義手が、耐えきれなくなってひしゃげてしまったのだ。
『しまっ……』
ギリギリ保っていた均衡が崩れ、僕の体勢が乱れる……そんなあからさまな隙を見逃す程、オールマイトは甘くない。
「っ……!DETROIT SMASH!」
一瞬の躊躇の後、僕の義手を粉々に打ち砕いたオールマイトの渾身の拳が、そのまま顔面へお叩き込まれた。
『ぶっ!ごっ……!』
ズドンッ!
頭巾の隙間から血が溢れ地面を濡らし、僕の体はそのまま吹き飛ばされ、瓦礫と衝突した。
頭に残り続ける衝撃と激痛、全身の痛みに顔が歪み、意識が遠退く。
本当に、呆れる強さだ……霞む視界の中、近付いてくるオールマイトを精一杯の力で睨み……そしてその視界が黒に遮られた。
見れば僕の前には、オールマイトを遮るように先生が立ちはだかってくれていた。
「少し休んでいると良い弔。
君はまだ……ここでやられるべきじゃなない」
「次は貴様だ!決着をつけるぞ!オール・フォー・ワン!」
ドンッ!
……そんな二人の再びの衝突……それが僕の意識が無くなる寸前の最後の記憶だった。
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