ガラッ
雄英高校1年A組の教室。
クラスメイトの視線は、教室に入ってきた爆豪勝己へと向けられていた。
「……なんだてめーら」
常ならば既にキレている爆豪も流石にそう反応される自覚があるのか、その言葉に棘は少ない。
「爆豪ーッ! お前ッ! 無事で良かったぜ!」
クラスメイトの中で最も勝己と親しい……というか最も関わりのある切島鋭児郎は、真っ先に爆豪へと駆け寄り安堵の笑みを浮かべた。
襲撃を受けたクラスメイトの中で唯一の拉致被害者、その無事な姿に知ってはいても誰もが安堵を感じていた。
「うぉー! 良かった良かった!」
「無事で何より!」
「何か乱暴されなかった?」
口々に自分の側に近寄り、ペタペタと無遠慮に触ってくるクラスメイト達。
良かった良かったと口にしつつも馴れ馴れしい態度に、不覚をとった負い目もあり、暫くはされるがままになっていた。
なっていたが、根が我慢強い訳ではない爆豪はあっという間に額に青筋を浮かべ始めていた。
もう少ししたらキレる、そう爆豪が思ったその時、目の前に現れた曇った顔に面食らい……。
「爆豪君……デク君が……
その言葉に、背筋に氷を入れられたような感覚を覚えて、爆豪は額の青筋を引っ込め、口を引き結んだ。
途端にガヤガヤとした雰囲気は鳴りを潜め、クラスメイト達の表情にも影が差す。
水をうったような沈黙の中、難しい表情で押し黙っていた爆豪が、大きく息を吐いた。
「ふぅー……」
そして、ゆっくりと、口を開いた。
「……そうだ、緑谷デクは、
その言葉に、クラスメイト達はそれぞれ表情を歪めた。
ある者は痛ましげに、ある者は悲しげに、またある者はそれでも信じられないという様子で俯いて。
そして、その問い掛けをした当人は……。
「そっ……かぁ……でもでも! 爆豪君は無事で、本当に良かったよ!」
緑谷ととても親しかった麗日お茶子は、ひどく悲しげな顔で、精一杯の笑顔を浮かべていた。
誰もが痛ましい顔をする中、自然と皆の視線が向く先には、荷物も置かれていない空席が一つ佇んでいた。
「…………ちっ」
ガタンッ!
爆豪はそんなひどい空気の中、小さく舌打ちを溢し、荒々しく自分の席に座るのだった。
神野での一件、後に『神野の悪夢』と呼ばれるようになる事件の後、雄英高校の生徒達は新たな日常を刻み始めていた。
度重なる
その存在だけは疑ってはいたようだが、結局発覚まで特定出来なかった時点でその全ては雄英高校の手落ちであると断定され、日々マスコミ等から追及され続けていた。
だが雄英はここで思いきった手に出る。
登下校の保護と銘打ち、全寮制を導入したのだ。
その際、担任はそれぞれの生徒達の家族へと守りきれなかった事の謝罪に加えて、それでも生徒達を任せて欲しいと頭を下げに行く事になった。
マスコミや世間からは冷たい意見も出てはいたものの、とうの生徒達の保護者達の反応はそう悪いものではなかった。
そうして全寮制を取り入れ新たなスタートを切る事になったのだが、そこで問題になったのはやはり生徒の中に
緑谷デク、彼が
「……という訳で、申し訳ないんだが……皆には、取り調べ及び精神鑑定を受けてもらう事になった」
壇上に立つ転弧先生の言葉への生徒達の反応はまちまちだ。
ある者は目を瞑り俯き、ある者は口をへの字にして、またある者は眉を寄せて難しい顔をしていた。
総じて、理由と理屈はわかるが、どうしても忌避感が勝るといった反応だった。
「悪いな……とある孤児院に捜査が入ったんだが、色々と怪しい部分が出てきてな。なんでも叩けば叩く程埃が出てきたとか……そっからの知っての通りの状況な訳で、生徒全員洗い直し、って訳だ」
転弧先生は申し訳なさそうに、頭を下げた。
「……全ては俺達教員の不甲斐なさのせいだ。皆には全寮制の件についても、迷惑をかける……本当にすまない」
その真摯な姿に、それ以上責めようなどという生徒はいなかった。
「顔を上げてください、転弧先生! 先生のせいではありません!」
「そーそー! 緑谷の奴が悪いよ! ……緑谷、が……」
慰めの言葉を口にするも、葉隠が思わず口に出した名前に、教室に不意に沈黙が落ちる。
やはり自然と皆の視線は空席へと向けられ、ビシリ、と手を挙げて率先して転弧先生へと慰めの言葉をかけていた飯田の眼鏡が曇った。
誰もそこで口を開くことは出来ず、なんとも言えない時間が流れた。
「な、なぁ先生……」
重い沈黙を破ったのは、ひきつった笑みを浮かべた、峰田実の震えた声だった。
「緑谷、さ……その、なんか事情があったりしたんじゃないんですかね……?」
「……事情」
頬を無理矢理吊り上げ、峰田は言葉を続ける。
「ほら、あいつの事だからさ、きっとなんか事情があって! 已む無くやったとか! そういう事情がさ!」
「……理由があったら、
何処か、すがるような峰田の言葉に反論したのは、腕を組んで目を瞑ったままの爆豪だった。
その言葉に意表をつかれつつも、歯を食い縛り、峰田は続ける。
「そりゃ良くねぇけどよ! だって、あの緑谷だぞ!? U・S・Jの時も、林間合宿の時も、あいつは
爆豪は薄く目を開く。
峰田の言葉を噛み締めるように、思い出すように。
「そんな緑谷が、あの緑谷が!
それは血を吐くような叫びだった。
学友を信じたい思い、嫌な現実を信じたくないという逃避、その切ない心持ちは、皆が理解出来た。
出来たからこそ、他のクラスメイト達は峰田に口を挟むことが出来ず、だからこそ爆豪はその目を開いて峰田に向き直った。
「……納得出来ねえならどうすんだ」
「どうって……オメーはなんとも思わねぇのかよ!」
「思わねぇ。あいつは
爆豪の正論、残酷な程に冷静な正論に、峰田は悔しそうに下唇を噛み締め震えた。
言ってる事はわかる、理解出来る、けれど納得出来るかは別問題だった。
「だって、だってあいつはオイラにとってヒーローだったんだ! U・S・Jん時、あいつ震えてたんだ……それでも率先してオイラの前に立って、
ガンッ!
「だからどうしたってんだよ! 同情出来る背景があったら、テメエは
そこで爆豪は額に青筋を浮かべて、荒々しく席から立ち上がり、峰田へとその凶悪な顔を真っ直ぐ向けた。
「あいつに何があったかは知らねぇ! 知る気もねぇ! 知りたくもねぇ! だが一つ確かな事がある……あいつは俺を殺そうとしたんだ! あいつに躊躇いは欠片もなかった……別に俺があいつに好かれてたなんざ欠片も思ってねぇが、断言してやるよ! この教室にいる誰だろうと、あいつは何の躊躇いもなく殺せるってな!」
「あの緑谷がそんな訳……!」
「現実見やがれブドウ頭ァ!」
爆豪の怒号が、教室に響き渡る。
その怒声にクラス中が肩を揺らし……その迫力に誰もが言葉を喪った。
「ここで見せてたあいつの顔は、全部嘘っぱちだったんだよ! 俺達を騙す為の、ここに溶け込む為の演技! ……そんくらい、いい加減分かれよ!」
峰田はその言葉にそれ以上言葉を繋げられなかった。
それでも目だけは真っ直ぐ爆豪を見返して、歯を食い縛っていた。
その態度に、目に、爆豪の苛立ちは募るばかりだった。
「テメェ……まだ……!」
納得した様子を見せない峰田に、爆豪が一歩踏み出そうとした、その時。
「やめて、爆豪ちゃん」
それを止めたのは、蛙吹梅雨だった。
俯いたまま、机の下で手を組ながら、けれどハッキリとした声で放たれた言葉に、爆豪は動きを止めた。
「貴方の言い分は、峰田ちゃんもちゃんとわかってるわ。だからそれ以上……責めないであげて」
懇願するように、蛙吹は続けた。
「まだ受け止めきれてないだけなのよ。皆そう。時間が必要なの。爆豪ちゃんも、峰田ちゃんも……それ以上言い争わないで頂戴……」
そこで蛙吹は顔を上げた。
その大きな瞳に、涙を浮かべて。
「一人減っちゃったけど、みんな大事なクラスメイトで、お友達なのよ……これ以上仲違いしないで……お願いよ」
蛙吹の懇願に、その涙に、峰田はバツが悪そうに即座に頭を下げた。
「ご、ごめん梅雨ちゃん……オイラ、そんなつもりじゃなかったんだ……ただ、ただ……!」
「わかってるわ。峰田ちゃん、ちょっとえっちだけど、友達思いな良い子だもの……でも、今はお互い冷静になるべきよ……」
「……うん、ごめん……」
俯く峰田へと蛙吹は無理に笑顔を作った。
ポロリ、その拍子に蛙吹の瞳から溢れた雫をすぐ側にいた芦戸三奈がハンカチで拭った。
その肩を撫でながら、その顔を痛ましげに歪ませている。
「…………チッ」
爆豪は舌打ちを一つ鳴らし、荒々しく自分の席に戻る。
その額に浮かんでいた青筋はいつの間にか消え失せ、なんとも言えない表情で頬杖をつく。
互いに納得はしていない。
けれど、クラスメイトを一人泣かせてまで、言い争いを続ける気は毛頭なかった。
一旦収まった場に、事の成り行きを見守っていた転弧先生がそこで口を開いた。
「……重ね重ね、お前達には負担を強いて本当に申し訳無いと思ってる。仮免試験を控えてる状況で、合宿も中途半端で、いきなりの全寮制の導入、捜査協力に精神鑑定まで……仮免まで気が休まる日はないと思う」
そこで言葉を一度切り、教壇の上で真っ直ぐ生徒達を見つめた。
「だが、だからこそお前達を俺は信じてる。お前達ならやれる。勿論、俺達教員が全力でサポートする。どんな小さな事でも良い、気軽に相談してくれ。必ず力になる」
そう力強く言い切り、転弧はその首に巻いたスカーフに手を添えた。
「……緑谷の事を忘れろとは言わん。お前達の中には納得出来ない奴……もしくは、自分が緑谷をなんとかしようとしてる奴もいるかもしれん」
その言葉に爆豪を始め、何人かの生徒が肩を揺らした。
「だが、今のお前達にそれをさせる訳にはいかない。危険だから……もあるが、そもそも仮免も取ってない未成年に、
そこでフッと笑みを浮かべる。
「……ま、ウカウカしてたら俺が緑谷を取っ捕まえちまうけどな。どんな事情があろうと、理由があろうと……まずは取っ捕まえる。ま、俺じゃ腕の一本や二本無くしちまうかもだが……もしも……無傷で取っ捕まえたいなら、わかってるだろ?」
転弧先生の言葉に、峰田は真剣な表情で深く、深く頷いた。
机の上で拳を握り締め、この決意を新たにしていく。
「頑張ってくれ、みんな。『プルスウルトラ』良き受難というには流石にハードだが……どうか乗り越えてくれ!」
痛みは、あまりにも大きい。
だが、それでも折れる者はいない。
それぞれがそれぞれの思いを抱き、前に進んでいく……それがこれからの雄英1年A組だ。
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