志村転弧:アナザー   作:如月SQ

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次の舞台

「はぁ……疲れた」

 

 雄英高校普通科に通う、心操人使は、公園のベンチに座って大きくため息をついた。

 彼は今丁度取り調べ及び精神鑑定を終え、帰路についている所だった。

 自分の預かり知らぬ所で起きた今回の事件で、雄英体育祭準優勝だった緑谷デクがスパイ……どころか(ヴィラン)連合の首魁であることがわかり、雄英高校に通う全ての生徒が洗い直されることになった訳だが……。

 

「気持ちはわかるけどよ……キッツイなぁ……」

 

 その中でもただでさえ『(ヴィラン)のような個性』と言われる個性を持つ心操への取り調べは、入念なものがあったように思う。

 個性は『洗脳』、緑谷とも多少の交流がある……疑いの目はどうしても向いてしまう。

 けれど、高圧的にされる……という訳ではなく、気を遣われつつも警戒されているのがわかる、腫れ物を触るような態度で、心操の心労は短時間で加速していた。

 そういう態度をされるのは慣れている、と言い張ってはいるが、流石に疲労感を隠すことは出来ず、心操は家に帰る前に公園で一旦休むことにした。

 誰もいない、ブランコが風に吹かれ微かに揺れる公園で、心操は適当なベンチに座ると膝に肘を乗せて俯き、再度大きく息を吐いた。

 

「……はぁー……緑谷……お前、今何してんだよ……」

 

「え、君の隣で座ってるよ」

 

「は」

 

 ギョッと弾かれたように顔を上げて隣を見てみれば、同じベンチに座る緑谷の姿があった。

 大胆にも雄英高校の制服を着て……ただしその特徴的なボサボサの緑髪はキャップで覆い隠して。

 驚愕に目を見開く心操を気にすることなく、緑谷デクはその両手それぞれに持った缶を掲げた。

 

「ほらコーヒー。どーぞ」

 

 ニヤッと笑って手渡されたそれに、心操は思わず受けとる。

 その態度には敵意も何もなく、心操は毒気を抜かれてしまい、携帯に伸びていた手も止まってしまっていた。

 

「あ……あぁ……」

 

 触れればひんやりと冷たい感触がして、心操の手を冷やしていく。

 

カシュッ

 

 戸惑う間も無く、緑谷は缶コーヒーのプルタブを開け、その中身を啜る。

 緑谷の喉がゴクリと鳴った後で漸く、心操はその口を開いた。

 

「お前っ……! なんでっ……! 本当にっ……!」

 

 複雑な心中を表すかのように、心操の口からは言葉が上手く出てこない。

 そんな心操の思いを知ってか知らずか、緑谷はケロリとした態度で二口目のコーヒーを啜った。

 

「本当さ。緑谷デクとは仮の姿……僕は(ヴィラン)連合首魁の死柄木弔。雄英高校にはスパイとして通ってた訳だけど……もう通うことはない。……だから、最後に直接君に会って話をしておきたかったんだ」

 

「……俺に話を?」

 

 俺に?

 わざわざ?

 心操の脳内を疑問符が埋め尽くす。

 答えの出ない問い掛けがグルグルと頭の中を回り続け、先程までの取り調べの苦悩もあってか、喉が強い渇きを訴え始めた。

 思わず心操は手の中の缶に、手を伸ばした。

 

カシュッ

 

ゴクッ、ゴクッ

 

 口の中に広がる甘味と苦味、喉を通っていく冷たい感触。

 頭がスーッと冷えていく感覚を覚えながら、心操は一息にその手の缶コーヒーを飲み干した。

 

 その飲みっぷりを微笑みながら眺めていた緑谷……いや、死柄木は、息を吐き出した心操へと本題を告げた。

 

「僕と一緒に来ないかってお誘いさ」

 

 その言葉を、心操はすぐに理解することが出来なかった。

 じわじわと言葉の意味が空白となっていた頭の中に浸透していく。

 そして。

 

カァンッ!

 

 僅かな沈黙の後に響いた甲高い音。

 地面に叩き付けられた空き缶が、心操の答えだった。

 

「バカにすんじゃねぇよ!」

 

 ベンチから立ち上がり拳を握り締め、死柄木を睨み付ける心操に、死柄木は視線すら合わせず座ったまま言葉を続ける。

 

「バカになんてしてないよ、(ヴィラン)の一組織を纏める者として、至極当然な行動さ。君の個性を僕は高く評価している。単刀直入に言えば、欲しい、と思ったんだ」

 

 ギリ、と心操の噛み締めた奥歯が軋む。

 

「それがバカにしてるって言ってんだよ! 俺は! どれだけ言われても、誰に何を言われても、諦められなかった! 俺は、ヒーローに憧れたんだよ!」

 

 荒い息を吐き出して、心操は言葉を続ける。

 

「お前に言われて体を鍛え直して、甘えてた部分を叩き直して……! 諦めないで目指してんだよ、ヒーローを! それをお前が……よりにもよってお前が!」

 

 興奮のあまり荒い息が心操の口から漏れる。

 額には青筋が浮かび、握り締めた拳が震えていた。

 

 そんな心操の様子をちらりと見た死柄木は、やはり軽い態度のままで……けれど優しく笑った。

 

「……そっか。ま、そうだろうと思ったよ。ははは、ざぁんねん。フラれちゃった」

 

ゴクッ

 

 残ったコーヒーを口に含み音をたてて飲み込むと、そのままスタリとベンチから立ち上がる。

 その態度は非常に軽かったが……雰囲気は違和感を覚える程に優しかった。

 心操はそんな死柄木の態度に戸惑い、行き場のない感情に顔を歪ませる。

 

「……なん、なんだよお前は……」

 

「じゃあ次会う時はヒーローと(ヴィラン)としてかな? いやぁ、君がヒーローになった時……果たしてどんなヒーローになっているんだろうか? ふふ……楽しみだね」

 

 なんでもない事のように、心操がヒーローになれると疑っていないような態度で紡がれる言葉。

 心操は、頭がおかしくなりそうだった。

 自分が気を新たにする切っ掛けとなった体育祭での一戦、その相手だった緑谷デク。

 その戦い自体は一方的なもので、健闘したとすら言えないものだったけれど、緑谷は自分自身をしっかりと見ていた。

 個性を隠し身を潜めた苦労を思えば複雑でもあったが、それでも……ヒーロー科の中でも強者といえる緑谷に見られていた、全力で対処された事は、心操の歪み始めていた矜持と自尊心を強く揺さぶっていた。

 だからこそ心操は今、自分が出来る事を……ヒーローになる為の道を邁進していたのだ。

 

 そんな最中起きた……いや発覚した、緑谷の裏切り。

 更には当人が直接出向いてのスカウト。

 それも、見下してではない、自分を認めているような言動……。

 心操の心はグチャグチャだった。

 嬉しさと喜びと苛立ちと怒りで、どうにかなりそうだった。

 じわりと心操の視界が涙で滲む。

 その涙の理由を、本人すら理解していなかった。

 

 死柄木はそんな心操にそれ以上声をかけることはなかった。

 ただその場からゆっくりと、微笑みを浮かべたまま立ち去っていく。

 その後ろ姿を心操は睨み付ける。

 ギリギリと奥歯を鳴らし、燻る感情のままに拳を強く握り締め……それでも死柄木は歩みを止めることはない。

 その背中に、なんてことないように、何も感じていないようなか立ち去ろうとする死柄木へと、心操は堪らず一歩踏み出した。

 

ダンッ

 

 足を踏み鳴らし、涙を強引に拭って、口を開いた。

 

『嘗めてんじゃねぇぞ緑谷ァ!』

 

 個性を使った呼び掛け。

 もしも死柄木が返答すれば、忽ち個性は発動し、その動きを止めるだろう。

 それを知ってか知らずか、死柄木は立ち止まるものの返事をすることはなかった。

 

『俺は、ヒーローになるぞ! もっと体鍛えて、ヒーロー科に入って、ヒーローになって……真正面からお前と戦って打ちのめしてやる! 絶対に、取っ捕まえてやる! (ヴィラン)になった事を、精々後悔しやがれ! 大馬鹿野郎ォ!』

 

 自分自身に言い聞かせるような、血を吐くような声だった。

 覚悟の籠められた、強い思いを籠めた、心からの叫びだった。

 

 その叫びがどう届いたのか、それは死柄木にしかわからない。

 死柄木は返答することも振り返ることもなく、後ろ手に手を振りながら歩くのを再開し、公園を去っていった。

 小さくなっていく背中を、ゆっくりと見えなくなっていく背中を、視界から消えるその瞬間まで、心操はずっと睨み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあてみんな、収穫はあったかい?」

 

「ない! ステインの意志に相応しき者はいなかった!」

 

「残念だけど、こっちも空振り。不安定な今だからこそ動けない層も一定いるみたいね」

 

「悪いねぇ、おじさんも空振りだったよ。こっちに流れが来てると思ったんだが、案外皆慎重でねぇ」

 

「潰しがいのねェ奴等しかいなかったぜ……死柄木! この後またヤりあおうぜ!」

 

「そうか……まぁ仕方ない。戦力増強といっても、ただのチンピラじゃあ意味ないしねぇ……困ったなぁ。あとマスキュラー、この後何にもなかったらヤっても良いからアジト壊すのは勘弁してよね」

 

「っしゃぁ! 約束だぜ! そうだ、緑谷の状態でヤってくれよ! お互いズタボロになろうぜ!」

 

「それはヤダよ……あれは演出込みとはいえ死ぬ程痛かったし、出来ればやりたくない。必要があればやるけどさ。……しかし困ったな、先生はまだ目を覚まさないし、ドクターは付きっきりで動く気はなさそうだし……仮免試験にでも突貫する? いやぁ、流石にこの戦力で今行くのは無謀かなぁ……はてさて」

 

「話は聞かせて貰ったぜ! 聞いてないけどな!」

 

「おや、トゥワイスおかえり。その口振り……何か収穫があったのかな?」

 

「ああ、バッチリだぜ死柄木! 話してみたら意気投合してよ! 滅茶苦茶感じ悪いんだぜ? だからちょっと話してみてくれねえか?」

 

「へぇ、そっちからコンタクトか……それでなんて名前かな?」

 

「あー、なんだったか……いやタンマ、ちゃんと覚えてるぜ……そう! 死穢八斎會っていうらしい! ヤクザだってよ、カッケエよな! 時代遅れでカッコ悪いぜ!」

 

「…………それは、それは……」

 

『……機嫌良さそうだな……死柄木』

 

「勿論だよハイドレート。随分な大物が釣れたんだ……ここから忙しく、面白くなるよ……ふふ、きっとね」




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