『やぁ、来たね。いらっしゃい』
外見のボロさとは裏腹に、無駄に整った内装に、トゥワイスに先導されてきた男の眉がひそめられた。
「……今日はお招き頂き感謝する。死穢八斎會若頭、オーバーホールだ」
オーバーホール、そう名乗った男は、質の良さそうなソファーに体を沈める死柄木を憮然とした態度で見下ろす。
それを気にした様子もなく、死柄木は対面のソファーを指し示した。
『まぁ、まずは座って座って。今飲み物でも用意させるよ。希望はあるかな?』
「いや、結構。今日は話をしにきただけだ」
その申し出を切り捨てソファーに近付こうとすらせず、オーバーホールは自らつけているペストマスクを撫で付けた。
その憮然とした態度に、
オーバーホールの隣には似たようなマスクをつけた男が一人、背後には一回りでかい筋肉質な男がまた同様にマスクをつけて佇んでいる。
二人は、この場にいる
一触即発、そう思えるようなひりつく空気へと変貌する間際、それを止めたのは唯一雰囲気を変化させていなかった死柄木だった。
パンッ
『はいはい、気にしないでいいよ。悪いねオーバーホール。此方も上手くいかなくてピリピリしてるんだ』
拍手一つ、それだけで
それに感心したように目を僅かに開き、オーバーホールは思わず感嘆の声を漏らした。
「ほぅ……いや、此方も大人気なかった。飲み物はいらんが……遠慮なく座らせて貰おう」
死柄木の態度に何を思ったのか、オーバーホールは一つ譲歩を見せ、示されたソファーへと体を沈めた。
ソファーはオーバーホールの体を軋みもせず受け止めていた。
それらを見届けたトゥワイスが小走りでオーバーホールの傍から離れ、死柄木の後ろ……そこに立つハイドレートの隣に立った。
オーバーホールの護衛としてきたのだろう二人も敵意を霧散させ、声をあげる事なくその背中を守るように立つ。
そうして二人の若き組織の長は、ソファーに座りながらその視線を交わす。
けして友好的とは言えない、そんな視線を交わしあい……
『……成程ね? 僕達の戦力……知名度……それらを活用したいと』
「ああ、お前達の動きは見てきた。だが、揃えた戦力に見合った成果は挙げられていない……そうだろう? 使い途がわからなかったか? ヒーロー殺しステインに、脱獄死刑囚のムーンフィッシュや、そこにいるマスキュラー……俺ならもっと有効に使う事が出来た」
そんなオーバーホールの言葉に、
不愉快、ではあるが、その言葉にも一理はあり、反論することは出来なかった。
名前を出されたマスキュラーも、不愉快そうに……。
「……あの護衛、中々
「勝手にしなよ……おじさんにはあんな筋肉達磨荷が重いよ。……いやいや、まだ決裂するって決まった訳じゃないでしょ?」
「そうかぁ? 他の奴等は大なり小なり不愉快そうにしてるし……そっちのほうが有り得そうだがなぁ?」
少し離れた所のマスキュラーとコンプレスの会話を聞き流しつつ、死柄木は頭巾の中で苦笑を浮かべながら言葉を返した。
『まぁ、否定はしないよ。僕達は、まぁ、負けた。ヒーロー達の執念に敗北したと言っていい……知ってるとは思うけど
「……具体的な今後の展望や計画はないのか?」
『そうだね、目的……と言えるものはあるけれど、具体的な計画とかは何もないよ』
そんな死柄木の言葉に、オーバーホールはわざとらしく呆れたような表情を見せ、大きくタメ息を吐いた。
「そんなので良く首魁をやっていられたな? 目的だけ掲げて計画も何もないなんてまるで思想家じゃないか。道理でやること成すこと滅茶苦茶な訳だ。理解の範疇にないな……呆れ果てる」
コンコン、と頭に指をあて、オーバーホールは傲慢な態度のまま言葉を続ける。
「お前達は勢力拡大を目指しているんだよな? イカれた人間十数人もコントロール出来ずに戦力だけ増やしてどうする? どんな組織を形成するつもりなんだ? ……目標を達するには計画がいる。具体的な、現実味のある計画がな。それがないお前達のそれは、ただの夢想だ。だが……俺には計画がある。かわりに莫大な金が必要だが……今日日落ち目のヤクザに投資しようとする物好きは少なくてな? そもそも今日はお前達の仲間になりに来た訳じゃない。お前達の知名度……それを利用させて貰いに来た」
『……成程ね。それで、君の言う計画って?』
変わらぬ声色で問い返した死柄木へと、オーバーホールは手を向けた。
手のひらを上に向けて……この手をとれとばかりに。
「知りたければ俺の傘下に入れ。お前達を使ってみせよう。そして俺が、次の支配者になる」
それは、此方を見下しきった言葉だった。
そこまで言われては流石に見過ごせないと、途端に
特にそれが強かったのはマグネだろうか。
その手に抱えていた武器、巨大な磁石を包む布をほどき、既にオーバーホールへと一歩踏み出していた。
次いで反応したのはマスキュラー、戦いになると感じ、その頬を歪ませ同様に一歩前に出る。
それに呼応するようにオーバーホールの背後の二人も身構えた。
「ごめんね極道君、私達誰かの下につく為に集まってるんじゃないの」
「ハッ、細かい事はどうでもいい! 俺の今の頭は死柄木だ! 死柄木に従えねぇってんなら、血ィ見せろや!」
「チッ……品の欠片もない……」
「オイオイ、面白くなってきたな!」
色めき立ち、敵意、殺意、戦意が満ちる。
まさに一触即発な状況。
マグネとマスキュラーに続いてコンプレスやスピナーまで動き出そうとする始末。
そんな状況をひっくり返したのは……またもや死柄木の一声だった。
『はぁ……ハイドレート、頼むよ』
『…………あぁ』
タメ息混じりに呟かれた言葉、それに反応したハイドレートは小さく頷き……その力を解放させた。
冷ややかな空気が一瞬部屋を満たし……。
ガキンッ!
次の瞬間、部屋の全てが凍り付いた。
「なっ……」
例外は死柄木とオーバーホールが対面で座るソファーのみ、それ以外は全て、人も家具も備品も何もかもが凍り付いていた。
オーバーホールは目を見開いた。
死柄木の背後に立つ、唯一情報のない
そこらのチンピラだと思っていたが……とんでもない。
個性の展開速度、威力、ともに申し分ない……無名である事が信じられないくらいだ。
……いや、これは……。
『みんな、勝手な真似しないでよ。まだ僕が彼と話している途中だろう? 取り敢えず頭を冷やしておきな。さて、それでオーバーホール、話を続ける前に、一つだけいいかな?』
人差し指を立てて言葉を紡ぐ死柄木に、思考を中断させられる。
視線を凍り付き身動きの取れなくなった部下達から視線を外し、オーバーホールは敵意を隠しもせず死柄木を睨み付けた。
「……なんだ」
『僕達はね、ただ好きな事をして生きていきたいだけなんだ。そこに組織的な形は必要ない……やがては今あるこの世界の秩序をブッ壊すつもりだけど……』
「それなら尚更だ。そんな簡単に今の世界を壊せるとでも思っているのか? 無駄に戦力を消耗し、この程度の規模ですらまともに運用出来ないザマで」
『それで今ここで好きに生きてる皆が、君の下について窮屈な思いをするのなら本末転倒さ。そんなんじゃ結局頭がすげ替わるだけ。何も変わらない。そんな未来は望んじゃいない』
「……反吐が出るな。そんな甘い考えでは何も変えられん。結局道中ばで力尽きるのがオチだ。もう一度言う。俺がお前達を有効活用してやる。俺に従え」
死柄木は息を大きく吐くとソファーに深く体を沈めた。
両手の平を上に向けて、やれやれと首を横に振る。
『やれやれ……平行線だね。君は従えと言うし、僕達は従いたくない……皆従いたくないよね?』
チラリと視線を向けた、未だに身動きの取れない
それを満足そうに眺めた死柄木は大きく頷くと、オーバーホールに改めて向き直る。
『まぁでもわざわざここまで来たんだ、よっぽど大層な計画を練っているオーバーホール様の貴重な時間を使わせておきながら、手ぶらで帰すというのもなんだ。一つ、折衷案として提案させて貰うよ』
ピキリ、オーバーホールの額に青筋が浮かんだ。
煽るようにへりくだった、鼻につく言い方だった。
だがそれでも、内心はどうかわからないが表面上は冷静に、言葉を返した。
「……折衷案とは?」
『お試し同盟……ってところかな。お互いに戦力を貸し合い、繋がりをアピールしてみるだけでも、一定の効果はあるでしょう? そうして互いを知り合えばまた違う結論も出てくる、と思うんだけどどうかな?』
死柄木のその提案に、オーバーホールは暫し考え込んだ。
マスクにかりかりと爪を立てながら、思考を続ける。
そう悪い提案ではないと思えた。
このままでは周りの様子を見るに衝突は不可避だろう。
戦力は此方のほうが多いし負ける気はないが、相手方に利用価値がある中で互いに消耗する事自体がバカらしい。
理想は自由にこれらの戦力を使い潰す事であったが、それが叶わないのであれば……。
「……いいだろう。その提案を飲もう」
オーバーホールのその言葉に、死柄木はマスクの中で満面の笑みを浮かべていた。
『ただ、僕の仲間に何かしたら許さないからな?』
『必ず無事に帰せよ、オーバーホール』