「……っ!」
爆豪勝己が目を覚ました時、目に映ったのは白い天井だった。
次に鼻につく、特徴的な消毒液の匂い、自分の体にかかった滑らかな布の感触。
「痛……!」
咄嗟に体を起こせば鈍痛が勝己を苛んだ。
特に頭が痛く、思わずそれを押さえながら、何故自分は今ここにいるのかと僅かな時間考え……。
「っ……! くそっ!」
ぼふり、と手をついていたベッドが歪む。
勝己の脳裏にあるのは気絶する前の記憶……かつての幼馴染みの姿を象った、忌々しい女の笑み……。
合宿で誘拐され、
それらの事象は、勝己のプライドを揺らがすのに充分な出来事だった。
「くっ……そぉおお……!」
握り締めた拳がベッドに強くめり込み、噛み締めた奥歯がギリギリと音を立てる。
細められた瞳は何もない虚空を睨み付け、その眼光を鋭くさせていく。
やがてそれは危険な色すら含み始める。
今のままではいけないという強い焦燥感が、本人も知らず知らずのうちにその精神を追い詰めていく。
どろり、その瞳に危険な色が滲み始め……。
「おぅ、起きたか爆豪」
不意に聞こえた聞き覚えのある声に、その色は霧散していった。
「…………転弧先生」
「よう、取り敢えずこれ飲んどけ」
それは、副担任である相澤転弧だった。
手渡されたスポーツドリンク飲料は程好く冷えており、勝己の湯だった頭を幾分か冷やしていく。
「……うっす」
少しだけ冷静さを取り戻した勝己は、蓋を開けるとそのままスポーツドリンクを煽った。
口に入れてしまえば体は正直なもので、目を覚ました直後という事もあり強い渇きを覚え、ゴクゴクと喉を鳴らし飲み込んでいく。
「……ふぅっ……!」
あっという間に半分以上を飲み干し、大きく息を吐き出した。
程好く冷えたスポーツドリンクは体の内側から体を冷やしていく。
激情と共に熱くなっていた体が、少しずつ冷えていく……そんな感覚を覚えた。
「取り敢えず大丈夫そうだな。頭から落ちてたからな、心配してたんだ……良かった良かった」
そこで、勝己の脳裏に再び意識を失う前の光景が浮かんだ。
改めて、負けた事実に勝己の心が揺れる。
ギリ、と奥歯が軋んだ。
「……あまり気に病むな。お前はまだ一年目、あっちは現場にも出てるプロヒーローと言って遜色ない実力を備えてんだ。俺だってあいつとまともにやりあいたくねぇよ……って言ってみたが……納得は出来ねえわな」
苦笑を浮かべる転弧に、勝己は小さく頷き、俯いたまま口を開いた。
「……あの女、本当に個性使ってねぇのかよ……?」
「見てたろ? あいつの個性は『吸血』。血を吸った相手の姿のみを象る個性だ。筋力すら変わらない。あの身のこなしは全部、あいつが培った努力の賜物だ」
「……そうかよ」
勝己は改めて突き付けられた事実に肩を落とす。
戦闘に活かせる個性ではない……容姿が
むしろヤル気が満ち溢れていたのだから、自分を誤魔化す事も出来ない。
勝己はただただ、己の弱さにうちひしがれていた。
「…………畜生」
か細く、力なくその言葉は呟かれた。
勝己の、肥大化していたプライドは、ひどく軋んでいた。
体育祭で幼馴染みを思わせる相手を打ち破り優勝し、職場体験で経験を積み、合宿で力をつけていくつもりだった。
だが、現実は合宿でむざむざと誘拐され、神野ではただの足手纏いで、
ギリッ
自分を助ける為に幾人ものヒーロー達が傷付き、いくつもの物が破壊され……オールマイトもそのヒーロー生命を終わらせた。
更には今、それでもと立ち上がろうともがいていた今、殆ど無個性と言って良い女に完全に敗北させられた。
それは、ひとえに、自分が弱かったから……。
「……インターン、行くだろ?」
「行く」
不意に問い掛けられた言葉に、勝己は反射的に答えていた。
罪の意識はある、苛立ちもある、怒りも悲しみもある。
だがそれ以上に……このままでは終われないという思いがあった。
勝己の、今にも砕け散りそうなプライドが脈動する。
こんな所で、何もかもに見下されて……終われない。
その思いが、勝己を動かしていた。
「俺は……このままじゃ終われねぇ……!」
虚空を睨み付けて、勝己はそう呟いた。
その先にいるだろう、かつての幼馴染みへと……
「覚悟しろよ、クソデクが……! 俺はもっと強くなって、お前をブッ殺してやる!」
「……物騒な奴だな」
いつもの調子を取り戻し、少しだけ元気が出た様子の勝己へと、転弧は苦笑を漏らした。
言葉通りとんでもなく物騒で、正しいとはとても言えないそんな宣誓だったが……それでも転弧はそれ以上言葉にする事なく、勝己の様子を見守っていた。
危険な傾向はある……だが、そこは自分達教師がそれとなく矯正して行けば良い。
そして……力の渇望を覚えているのは勝己だけではない。
「……俺も、まだまだだな……」
神野事件の現場にいた転弧もまた、力の渇望を覚えていた。
微かに痒みを覚えながら、転弧は静かに呟いた。
「まだまだ……力が足りない」
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「僕達には、力が足りない」
死穢八斎會との一旦の話し合いを終え、
「答えになってないわよ、弔ちゃん」
不服そうに言葉を返したのは、マグネ。
何故あんな失礼な態度をとった相手と、仮とはいえ手を組んだのかという問い掛けに対しての答えがそれだった。
苛立ちを覚えながら、マグネは更に死柄木の言葉を求める。
「その言葉通りの意味なんだけどね……僕達はあの夜、先生を打倒され、脳無保管庫もやられ、明らかに勢力として衰退した。先生が捕まってこそいないものの、あのザマを見て僕達
そこまで口にした死柄木は、一度コップに注がれた水を呷る。
カラン、と氷が音をたて、死柄木の喉が鳴る。
口を離し、小さく息を吐いてから、反論が無いことを確認して言葉を続けた。
「僕達の目的は僕達が好きに生きる事……今の窮屈な世界をブッ壊して、僕達の居場所を作る事だ。けどそれには、もっと……もっと力がいる。今の僕達では到底足りない、力がね」
マグネは眉間に皺を寄せたまま、言葉を聞いていた。
「そんな中出てきた、僕達を利用する気満々の、時代遅れのヤクザ達……君達は彼の見下しに腹を立てたようだけど、そんな事どうでも良いのさ。ただ、客観的に見た事実があればそれで良い。僕達とヤクザが組んだという事実一つが。……僕達には色んな『力』が必要だ。今回仮同盟を組んだ事で、僕達はまた一歩、前に進めると確信しているよ」
「むぅ……わかったわ、弔ちゃんがそこまで言うなら……」
そこまで聞いて、漸く溜飲を下げたのだろう。
まだ完全に納得はしていないが……という態度を隠す事なく、マグネは小さく頷いた。
「悪いね、マグネ。まぁ安心しなよ、あっちが僕達を利用し使い潰すつもりだったのと同じく、僕達も彼等を有効利用するだけ……大層な計画練ってるみたいだし、いずれはそれをソックリそのまま頂くつもりさ。僕達を利用するような奴には……それ相応に痛い目を見て貰わなきゃね」
死柄木がニヤリとした笑みを浮かべて、マグネを真っ直ぐ見詰めた。
そこで漸くマグネは肩の力を抜き、その口元に笑みを浮かべた。
「お、いいねぇ、そういうのは嫌いじゃないよ」
仮面の中でコンプレスは楽しそうに笑う。
自分好みの展開だと、密かにやる気を漲らせていた。
そんな死柄木の、実に
「……それはいいが、互いの戦力交換をするんだろう? 誰を行かせるつもりだ?」
「死柄木ィ! 俺に行かせてくれよ! あいつとなら存分にヤりあえそうだ!」
「お、俺が連れて来たんだから、俺が行くぜ! 行かないけどな!」
「私はあまり気が進まないわ……ごめんなさいね」
「面白そうだし、おじさんとしちゃ吝かじゃないかな」
『……死柄木に任せる』
「うーん、そうだね……」
騒がしさ、賑やかさを取り戻した皆をゆっくりと見渡し、死柄木は軽く思案する。
難を示しているマグネは論外、それ以外の面子で考えるとして、こちらの目的、彼方が求める人材、それらを加味して思考を回していく。
皆に見守られながら、暫しブツブツと呟く死柄木はやがて、一つの結論を出す。
「よし、じゃあこうしよう――」
そうして出た結論に皆が驚きを見せるなか、死柄木はただ一人不敵に笑っていた。