志村転弧:アナザー   作:如月SQ

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ステイン

「このへんにしとくか」

 

「ふーっ……ありがとう、ございました」

 

 早朝、雄英高校の体育館の一つで、義父である相澤消太と、俺の姿があった。

 早朝から何をやっているかといえば、手合わせだ。

 上下ジャージの動きやすい服装で、個性なしの組手。

 俺は個性が触れなきゃ話にならず、更には危険すぎておいそれと使う事が出来ない。

 だからこそ近接を鍛える為に、よくこうして鍛えて貰ってる訳だ。

 

「しかし、随分と今日は張り切っていたな。生徒達に触発でもされたか?」

 

 ニヤリとした笑みから放たれたその問いに、俺は少し視線を反らして頷いた。

 ポタリ、汗が前髪を伝って床に落ちていった。

 

「……ええ、まぁ……。彼らの未来に期待を抱く以上に、今の自分に危機感を抱いた……のが正直な所ですが」

 

 お義父さんに隠し事や誤魔化しは必要ないだろう、と本音を口にする。

 当日も思ったが、教師が嫌な訳ではない。

 ただ、最高のヒーローを目指すという目的を果たす上で、教師をしていて良いのだろうかという、漠然とした不安がある。

 そこまで口にした訳ではないが……義父にはお見通しのようだった。

 呆れたように息を吐くと、頭をかいた。

 

「ふー。そもそもお前が考えなしに即座にデビューしたのが悪いんだろう」

 

「うっ」

 

 流石はお義父さん、痛い所をつく……。

 

「俺は言っただろう、少なくとも数年はサイドキックとして経験を積め、と。

 お前は才能も実力もあるが……一人で簡単にやっていける程じゃない」

 

「けど、Mtレディみたいに若くして上手くやってるのを見ると、どうしても……」

 

「それはヴィジュアルの問題だろう、あれはそういう固定ファンが大量についてどうにかしてる。

 一方でお前のヴィジュアルはな……俺も人の事を言えた義理じゃないが、何度子供に泣かれたんだ?」

 

「ぐぅっ」

 

 本当に痛い所をつくなぁ……!

 しかもヴィジュアルに関してこの人に言われるとはなぁ……!

 

 だが……ヒーローしてる時のこの人は、そのまったく手入れされてないボサボサの髪も気にならないくらいカッコいいんだよなぁ、悔しい事に。

 捕縛布をなびかせ、個性を無力化し、目にも止まらぬ早業で制圧する姿は、13号先生とはまた違った憧れを抱かせるものだった。

 ……まったく、本当に格好良いぜイレイザーヘッド……。

 

「そんな意地悪ばかり言って。転弧君、これでも相澤先生君の事ずっと心配しててね。

 僕が君の様子を見に行ったのも、相澤先生に言われたからなんだ」

 

「13号先生……俺を体の良い言い訳に使わないでくれませんかね……」

 

「ほら、汗かいてるみたいだし、スポドリどうぞ」

 

「あ……ありがとう、ございます」

 

 いつの間にか現れていた13号先生は、スポドリを差し出してくれていた。

 汗かいたし体は熱いし、ありがたくいただくとしよう。

 いつもの宇宙服のようなスーツではなく、かなりラフな格好だ。

 しっかしいつ見ても、美人な人だ。

 これで俺より背が高いんだもんなぁ。

 並ぶとまるで親子みたいだ。

 

 グビリとスポドリを呷りながら、その顔を見上げていた。

 

「あ、そうだ、朝御飯まだでしょ?サンドイッチ作ってきたんだ、どうかな?」

 

 それでいてこんな気遣いまでしてくれるんだから、堪んないよなぁ……。

 差し出されたバスケットからは、仄かに良い匂いが漂っている。

 

「わ、朝飯まで……ありがたく頂戴します」

 

 恭しく受け取って開けてみれば、パンの耳がついたタイプのサンドイッチだった。

 ひょいとひとつ……赤いトマトとレタスが見えたサンドイッチを手に取ろうとして……。

 

「あっ、まず手を拭いてからね」

 

 その手を取られ、丁寧に拭かれてしまった。

 触れられた瞬間思わず肩が跳ねるも、今は専用のグローブで小指を覆っていた事を思い出して息を吐いた。

 不意に触れられるのは、大丈夫だとわかってても……心臓に悪いな。

 

「ふふ、ビックリした?大丈夫、その気になれば先に転弧君の手のほうが粉々になるよ」

 

「……そ、そうですね……」

 

 朗らかに笑ってそんな風に言うんだから……これまた堪んないよなぁ……。

 怖い怖い……。

 

「気を取り直して……いただきます」

 

 改めてそのサンドイッチを手に取ってみれば、表面に軽く焼き色がついていて、仄かに温かい。

 結構出来立て……かな、有難い限りだ。

 

「あむっ……」

 

 大口を開けてかぶりつけば、トマトとレタス、そして隠れて見えてなかった肉厚のベーコンが口の中で弾けた。

 ベーコンレタストマトサンドイッチだったか……てか。

 

「美味っ」

 

 マジで美味い、ただ挟んだだけじゃなくて、ピリッとした刺激もあって噛む度に旨さが染みだして、まったく飽きない。

 思わず言葉が漏れ出た後、俺は夢中でサンドイッチを頬張り始めた。

 

「えへへ……良かった。沢山あるから、遠慮しないで食べてね」

 

 少し照れたように、はにかんで笑う13号先生の顔は本当に綺麗だった。

 ……本当、13号先生には世話になってばかりだ。

 いつもいつも、この人が見守ってくれた。

 凶悪な個性持ちとしても、ヒーローとしても、先生としても、人としても……手放しで尊敬出来る人間の一人だ。

 まるで……。

 

「13号先生は本当……俺にとってお母さんみたいな人ですね」

 

ピシッ

 

「……………………おかあ、さん」

 

 そう言ったら13号先生の笑顔が凍りついたような気がした。

 頬をひくつかせ、肩を落とした13号先生をサンドイッチを頬張りながら首を傾げて眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言葉を選べ」

 

ゴツンッ!

 

「いってぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、轟、直接会うのは久し振りだな」

 

 街中のちと高い蕎麦屋で、俺は旧知の仲である轟と顔を合わせていた。

 

「よう、志村。相澤だったか?」

 

「どっちでも良い。……もう相澤として生きてきた時間のほうが長いしな」

 

「そうか」

 

 そう言って席につくのは、頬から顎にかけて酷い火傷痕のある白髪の男、轟燈矢。

 万年NO2ヒーローエンデヴァーの長男で、その個性を受け継いだ、蒼炎ヒーロー荼毘として活躍してる、優秀なヒーローだ。

 そんでまぁ、歳は少し離れてるが、俺の親友、かな。

 

「店員さん、上天そばと上天ざる一つずつ」

 

「あっ、おい、んな高いの」

 

「俺の奢りだ、遠慮しないで食っとけ」

 

 さらっと注文までこなした轟を一睨みして、渋々と席に深く座り頬杖をついた。

 俺だって教員として給与は貰ってるんだがな……やっぱ現役で活躍してるヒーローとは稼ぎが違うんだろうかな。

 

 仮に、ここの支払いをすれば暫くはもやし生活になりそうな財布の中身を思い浮かべて、小さくため息を吐いた。

 

「んで?焦凍は何処に行く事にするって?」

 

こぽぽぽぽ……

 

 備え付けられたピッチャーから水を注ぎながら、轟が問い掛けてくる。

 ああ、突然飯行こうって言うからなんだと思えば……やっぱ家族の事が心配なんだなぁ、こいつも。

 

「小轟にはエンデヴァーからしつこい程に指名があったからそれとなく聞いてみたが、絶対に嫌だとよ。

 だからお前んとこ紹介しといた。まだ確定じゃないが、お前んとこに行く事になりそうだな」

 

「そうかそうか」

 

 ニヤニヤと笑うその顔は、弟に頼られて嬉しそうな兄にしか見えなかった。

 まだるっこしいな、本当にこいつらは……。

 

「けど、小轟がやばい顔してんのは変わってないぞ。

 どうにかしてやれよ、兄貴だろ」

 

 そう言ってやればそのニヤニヤ笑いを引っ込めて、轟は苦虫を噛み潰したような顔で俯いた。

 コロコロと表情の変わる奴だな。

 

「……電話でも言ったけどな、轟燈矢としてあいつにしてやれる事はねぇよ。

 大体……どの面下げてあいつに兄貴として接しろっつうんだよ」

 

「どの面って……いや、まぁ、轟の言い分もわかるけどさ」

 

「過去は消えないんだよ、志村。お前にはよくわかるだろ」

 

「……………………」

 

 俺と轟の間で、気まずい空気が流れる。

 そう言われてしまえば俺は……何も言えねえよ。

 俺の贖罪は、少しも―――。

 

「お待たせしました、上天そばと上天ざるです!」

 

 そこで、蕎麦を持ってきた店員の声に、思考が中断される。

 香ばしい天ぷらの香りが漂ってきた。

 店員は俺らの指示の通りに天ざると天蕎麦を置き、ごゆっくり、と呟いてこの場を後にした。

 

「っと……湿気た話してねぇで食っちまおうぜ。いただきます」

 

パキッ

 

 勢いよく割り箸を割った轟を軽く睨み付けるも、気付けばもう啜りはじめていて、文句を言うタイミングを逃してしまった。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐いてから頬張った蕎麦は、悔しい事に滅茶苦茶美味かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てかお前、なんでこっち来たんだ?活動範囲九州じゃなかったか?」

 

「あ?ほら、あいつ追って来たんだよ『ヒーロー殺し』

 最近話題だろ?」

 

「ああ……直近だとうちの生徒の兄がやられたんだよな……可哀想な事に」

 

「インゲニウムだっけか?会った事はないけど、優秀なヒーローだったんだろ?

 まぁ、そんな大暴れしてるヴィランを、焦凍と一緒にとっちめれば、お父さんの鼻を明かせると思ってな」

 

「……そんな理由で連続殺人犯のヴィラン追うのはお前くらいだろうな。小轟をあんま危険に晒すなよ?」

 

「大丈夫だろ。っと、店員さーん、上天そばもう一杯!」

 

「まだ食うのかよ……」

 

「ま、任せとけって。

 『ヒーロー殺し』ステインは俺が取っ捕まえてやるからよ。

 …………てか、小轟って何?」

 

「今更かよ……変な所で天然だよなお前……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やぁ、よく来たね』

 

 薄暗いバーのカウンターに腰掛けた、緑の頭巾に鉄製のマスクをした男、死柄木弔。

 死柄木は黒霧が連れてきた男に気さくに声をかけ、ひらひらと手を振った。

 

「お前が、ヴィラン連合とやらの首魁、死柄木弔か」

 

『首魁……まぁ、リーダーだね。とはいえ先日の雄英襲撃で滅茶苦茶数減っちゃったんだけど』

 

 ヘラヘラと笑う死柄木を、その男はその鋭い目で値踏みするように見つめていた。

 

『だからこそ、ヴィランの先輩として、貴方に力を貸して欲しいんだ』

 

 ひょい、とその椅子から降りて、死柄木はその男に恭しく頭を下げた。

 

『ヒーロー殺し、ステイン』

 

スラァッ……

 

 男は、ステインは、その言葉に無言で、刀を抜き放つ。

 その身にはいくつものナイフや刀剣が身に付けられていたが、そのうち一際大きな刀だ。

 

 その様子に、死柄木は戸惑う事もなく……。

 

『……なんか、刀抜いたような音したんだけど?黒霧?

 え?この人仲間になりに来たんじゃないの?』

 

 戸惑いまくっていた。

 

「ハァ…………死ね」

 

 焦りながら顔をあげた死柄木が見たのは、凶悪な顔をより凶悪に歪めたステインが、自身に刀を振り上げている光景だった。




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