ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者   作:哀上

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温泉 6

 門を入ってそのまま。

 この温泉街のメインの通りを進む。

 なだらかな坂道。

 少し登って小高くなったところ。

 その奥に目的地がある。

 

 行きつけの温泉宿だ。

 この時期は毎年来てるからね。

 しっかり常連客。

 

 飲食店なんかとは違って、幾つもの店を食べ比べたりとかあんまりしないし。

 娼館と違って店の価値が女の子に依存したりもしないから。

 気に入ったらそのまま。

 経営にトラブルなどなければ、毎年結構クオリティーを維持してくれる。

 新規を開拓するモチベも薄まるってものだ。

 

 まぁ、たまに温泉の沸き位置が変わったり。

 それこそ、成分が変わるなんてこともあるらしいが。

 地下の水の流れの影響とかなんとか。

 とは言え、そんな数年単位で起こることじゃないし。

 知識があるだけで実際に見たことはない。

 そもそも前世の話だしね。

 この世界でもそうなるとは限らない。

 だから、もうしばらくはお世話になることだろう。

 

 見えてきた。

 

 和風、とは少し違うのだろうが。

 木が中心の造りの建物。

 そこに何処か日本の面影を感じてしまう。

 ウーヌは大体石造りだからね。

 港町も。

 木を使いはするが、基本は石。

 装飾目的であしらわれてる程度だ。

 そんなだから、余計に。

 

 ま、木造建築がどうこうという話より。

 どちらかといえば、温泉という要素が強い気もするが。

 象徴的に使われる事も多いしね。

 アニメなんかだと特に。

 日本人に根差した文化である。

 湯が張ってあるという、ただそれだけで和のイメージがかなり強まる。

 あくまで俺の個人的な感覚の話だけど。

 

「やってます?」

「あ、いらっしゃいませ。宿泊ですか?」

「はい」

「少々お待ちください」

 

 宿の中に入ると、若い女性が居た。

 ここのスタッフだろうか?

 箒を片手に、掃除でもしていたらしい。

 他の人を呼びに行ったところを見るに、新人さんかな?

 去年はいなかった様な気がする。

 いや、いくら常連と言っても。

 別にスタッフ全員を把握してたりはしないんだが。

 

 若い子が増えるのは良いことだ。

 この温泉宿、俺のお気に入りだからね。

 潰れてもらっちゃ困る。

 お金の意味ではもちろんそうだし。

 人材的な意味でも。

 

 この世界、個人経営のお店が多いから。

 寿命も前世ほど長くないし。

 結構ちゃんと儲かってそうだった店が、ある日突然の閉店とかってよくある話なのだ。

 近隣の人に聞くと大抵病気やらの健康上の理由。

 あの子に継がせたりとかするかは知らんが。

 少なくとも、スタッフがそれなりの人数いれば体力的にキツくなってもある程度はやっていけるでしょ。

 まぁ、経営とかしたことないおっさんの妄想だけど。

 そんな理由で俺的には朗報である。

 

「大変お待たせしました」

「いえ」

「……あれ? ロルフさんですよね」

「ん? 俺の名前知ってるってことは、去年もいたのかな?」

「はい」

「そっか、今回もよろしくね」

「お部屋の方は、いつもの場所で大丈夫ですか?」

「うん、そこで」

 

 今度のスタッフは俺の事を知っていたらしい。

 と言う事は、去年からいたんだろうが。

 実際そう言ってるし。

 覚えがないな。

 一切、記憶にない。

 やっぱり俺の頭は当てにならないかもしれない。

 

 考えてみれば、この宿だとせいぜい女将さんぐらいしかしっかり顔が思い浮かぶ人間いない。

 何が去年は居なかった様な気がするだ。

 本当にただの勘でしかない。

 俺の記憶力、かなりボロボロでは?

 なかなかの重症である。

 まぁ、別に困る事はないんだが。

 客だしね。

 向こうのことを覚えてなかったとしても、失礼って事はないでしょ。

 

 後は、他の人間関係も結構希薄だし。

 もはや不要説。

 いや、ノアの件があったか……

 ま、あれは覚えてるのがおかしいぐらい関係値なかったし。

 モーマンタイである。

 

 この世界ではこんな感じだが、これ前世では結構困った覚えがある。

 上司やら取引先の名前を覚えられないのがね。

 かなりキツかった。

 特に、社員証ぶら下げてない奴。

 そういう奴らに限って中途半端に役職高かったりして。

 どう名前を呼ぶのを避けるかに必死だった。

 あと、親の知り合い。

 これを覚えられないのも地味にキツい。

 向こうは親しげに話しかけてくるんだが、こっちとしては全く記憶にないという。

 親戚の葬式やら結婚式。

 これが、毎回なかなかの鬼門なのだ。

 

 宿のスタッフに部屋まで案内される。

 場所は知ってるんだが。

 向こうもそれは分かってると思う。

 ただ、接客業だからね。

 これがマニュアルなのだろう。

 お客様に部屋まで自分で行かせるとか、この世界じゃあんまりないし。

 そういう店と、後はドヤぐらいだろうか?

 

「お部屋はこちらになります」

「ありがとね」

「いえ。お食事は部屋までお持ちしてよろしいでしょうか?」

「お願い」

「承りました」

 

 部屋についた。

 

 お気に入りの泊まり慣れた部屋。

 内装も匂いも、もはや懐かしいまであるかもしれない。

 別に特別高い訳じゃない。

 内装も他と同じ。

 普通の、2階の角部屋である。

 

 それに、お気に入りと言っても予約してる訳でもないし。

 毎回、必ずここに泊まれる訳じゃない。

 早い時間だから空いてたのだろう。

 幸先が良い。

 まぁ、そう言いつつ大体の場合空いてるのだけど。

 埋まってた方がレアケース。

 異世界じゃ、冬といえば温泉みたいなイメージもないからね。

 この温泉街は観光地なのだ。

 宿も立ち位置で言えば観光宿に近い。

 冬はむしろ客が減る。

 雪道での移動は危ないからね。

 わざわざこの時期に泊まりに来る客なんてそう多くない。

 

 そんな感じで、大抵の場合は問題なく泊まれる訳だ。

 だから、予約する手間を惜しんでるという話もある。

 たまに埋まってて、ぐぬぬとなるのだ。

 そもそも予約なんてできるのかは知らんが。

 俺は転移で戻れば良いけど、他の人は予約のためにこの街まで来て別の宿泊まる羽目になるし。

 やっぱそんなシステムない気がする。

 仮に出来たとして、使ったら不自然極まりないし。

 無しだな。

 

 来年の予約?

 俺がそんなスケジュール通りに動ける訳ないだろ。

 忘れるのがオチだ。

 

 情けない方向に向かう思考を打ち切り。

 窓枠に手を掛ける。

 この部屋を気に入った理由は内装ではない。

 ここから見る景色がいいのだ。

 

 ちょうど、森の中の源泉が見える。

 朝日をバックにすると湯気と森のコントラストが実に幻想的。

 朝風呂から戻って、窓に肘をかけ。

 それを眺める。

 俺の体からも湯気が立ち、ひんやりとした風が肌を撫で。

 

 まさに至福のひとときである。

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