ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者   作:哀上

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死闘 5

 静かな森に獣っ娘と巨大猪の呼吸音がやけに響いていた。

 空気が張り詰め、まるで森そのものが息を潜めているかのような緊張感。

 いつ、どちらが飛び出してもおかしくない。

 

 獣っ娘の耳は伏せられ、尻尾がピンと張っている。

 完全に戦闘態勢だ。

 

「……ちょっと、ストップ」

「え?」

 

 その空気に水を差すのも野暮かと思ったが。

 流石にね。

 このまま戦わせるわけにもいくまい。

 

 俺の言葉に獣っ娘は不満げな様子。

 睨み合ったまま。

 振り向く事はせず、耳をわずかに動かしこちらへ向ける。

 

 大丈夫だって、戦うなとは言わないから。

 

 本当やる気満々だよな。

 よくやるよ。

 相手は自分の何倍もある化け物だってのに。

 

 巨大猪と呼んではいるが。

 この魔物。

 姿こそ猪とか豚に近い見た目なものの、その威圧感はサイやカバを超える。

 チート持ってても本能的にあまり近寄りたくない相手だ。

 

 それこそ、攻撃が掠りでもすれば……

 質量差から言って、人間なんてひとたまりもないだろう。

 

 しかも、獣っ娘は武器も持ってないのだ。

 小動物相手だったらそれで良かったのかもしれないけど。

 今回は相手が違いすぎる。

 このまま戦うのは、無謀を超えてただの自殺行為。

 

 その心意気は買うけどね。

 

 獣人の文化なんてのは詳しくない。

 もしかしたら、爪と牙だけで狩るのが彼らの美学なのかもしれないが。

 

 まぁ、今はコミュニティの外にいるのだ。

 本人に抵抗さえないなら。

 文明の力は使った方がお得である。

 

「これ使うか?」

 

 俺は懐からアイテムボックスに手を突っ込み、適当なナイフを取り出す。

 

 せめて、武器ぐらいは貸してやった方がいいだろう。

 素直に受け取った獣っ娘。

 それを静かに見つめ、何度か手の中で握り込む。

 

「……ありがとうございます」

 

 俺の意図は伝わった様子。

 巨大猪から目を逸らさないまま、礼を返す。

 

 こちらこそ、これから真剣勝負って時に水を差して悪いな。

 

 謝罪代わりにあげちゃってもいいのだが。

 そういう訳にもいかない。

 ミスリル製のナイフ。

 と言っても、元は銀製だった品に大量の魔力流し込んでミスリルに変質させた物だ。

 元値自体はたいしたことない上、そもそも拾い物である。

 

 ただ、下手に持たせておくと面倒ごとを呼び込むし。

 俺と一緒にいる間しか使わないんだ。

 レンタルで十分だろう。

 

 巨体相手だし、本当は直剣とか渡したかったんだけどね。

 獣っ娘には武器の攻撃力より本人のスピードと機動力の方が重要なはず。

 戦闘慣れもしてないし。

 ナイフみたいな軽くて扱いやすい物の方が良いかなと思って。

 

 獣っ娘が構える。

 

 いいね。

 結構、様になっている。

 まるでアサシンだ。

 

 敵はあれだけの巨体だ。

 皮膚の防御力も相当なものと見て間違いない。

 流石に、武器なしは不可能だろう。

 

 逆に、魔力はそこそこ。

 温泉街の森の中では目立つ存在だが、ドラゴンやオーガのような災害級には到底及ばない。

 魔法的な防御はあまり警戒しなくてよさそう。

 皮さえ突破できれば、おそらく……

 

 もしミスリルのナイフ使ってもダメージ自体与えららない様なら、どのみちまだ早かったって事だ。

 

 「っ!」

 

 先に動いたのは、巨大猪だった。

 

 その巨体を活かした突進。

 戦術もへったくれもない、質量の暴力。

 単純。

 それ故に、ただただ強力だ。

 

 森の木々がなぎ倒され、幹がバキバキと折れる。

 土が跳ね、枝が宙を舞う。

 

 獣っ娘は動かない。

 何か、狙いがあるのだろう。

 構えを崩さず、じっと真正面から突っ込んでくる敵を見据えている。

 

 俺はさっさと退避。

 こっちターゲットにしてきたらどうしようかと思ったけど。

 どうやら、巨大猪は彼女の殺気に引かれたらしい。

 今の所こちらは眼中にないようだ。

 

 そして、衝突の寸前。

 獣っ娘はひらりと身をかわした。

 

 ギリギリまで引きつけての、ゼロから百への加速。

 巨大猪の視界から彼女の姿が消える。

 すかさず、首元をミスリルのナイフが撫でた。

 

 一瞬後にはもう、彼女は安全圏に跳び退いている。

 

 見事。

 だが、傷が浅い。

 

 おそらく、ダメージは入っていると思うが。

 皮か皮下脂肪に阻まれて、刃は深く届いていない。

 致命傷にはならないだろう。

 

 経験不足か。

 慣れていれば今ので仕留めきれていた。

 

 ま、そこまで求めるのは贅沢か。

 欲張らずに一撃で引いたことを褒めるべきだな。

 反撃を喰らったらそれこそおしまいだ。

 

 向こうも警戒度が上がったらしい。

 巨大猪が低く唸る。

 傷をつけられたことで、ようやく自分を殺し得る敵として認識したのだろう。

 小さな存在だからと油断してくれていたが、もはやそうはいかない。

 

 どうやら、かなり厳しい戦いになりそうだ。

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