それから、まっすぐ街に戻ってきた。
釣り針の回収は潔く諦め、現地調達した竿は自然に返却。
あ、即席手術台と称して木の板に縛りつけたトカゲ擬きのことは一応解放しておいた。
別に放っておいたところで、自分で抜けれるとは思うが……
変に人に恨みを向けられても困るし。
その足でギルドへと向かう。
そもそも、薬草採取しに森に入ったわけだからね。
依頼達成の報告に行かないと。
「おじさん、今日はやけに遅かったですね」
受付嬢は俺の顔を見るなり、怪訝な表情を浮かべそんなことを言ってきた。
もう数時間もすれば夕陽に照らされ街並みも赤く色づくだろう。
それぐらいの時間帯。
朝のうちに出たというのに、かなり時間を浪費してしまった。
いつもなら一刻もせずに依頼を済ませてくるのに。
まぁ、浪費したところで何かあるわけじゃない。
せいぜい飲んだくれる時間が減るぐらいで、客観的にはいいことである。
そもそも、確かに普段からすれば遅いけど。
それだって、別にその日のうちに終わらせて遅いと言われる筋合いは本来ないはずなのだが。
どうやら俺のおかしなペースにすっかり毒されてしまってるらしい。
そんな訝しげな顔を向けられましても……、あ!
「……いや、ちょっと散々な目に遭ってな」
「え!? 何かあったんですか?」
俺の言葉に、思わずといった様子でカウンターの上に身の乗り出す受付嬢。
依頼に送り出した冒険者の帰りが遅れて、そこに心配ではなく怪訝な表情を向けるこやつ。
ちょっとからかってやろうと思ったのだが。
予想外に効果が高い。
表情も真剣そのもので、こんな殊勝な態度は久々である。
よくよく考えてみれば、別に俺の相手だけしてるわけじゃないからな。
帰ってきた冒険者が大怪我してたりとか、パーティーが欠けてたりとか、日常茶飯事ではあるか。
「やっと大物を釣り上げたと思ったら、それ横取りされちゃってさ」
「何をしてるんですか……」
「いやー、ほんと災難だった」
引っ張ってもしゃーないので即ネタバラシ。
さっきの真剣な表情はどこへやら、一瞬でわかりやすく呆れ顔に変わる。
少しでも心配して損したと言わんばかり。
一応、危機ではあったんだよ?
Dランクの冒険者的には。
たまたま俺だったからアレなだけで、あのトカゲ擬きは多分結構強いし。
まぁ、奴の態度的に?
別に俺の普段から隠してる魔力に気づいてる様子はなかったし。
強さ関係なく襲う気はさらさらなさそうだったけど。
それでも危機には変わりない。
水中で大型のサメとすれ違って、仮に向こうにその気がなかったとしてもなら安心となるわけないし。
まさに、九死に一生を得るってやつよ。
「何が災難ですか、全く。おじさんの話を真面目に聞いた私が間違いでした」
「帰りの遅い冒険者に心無い言葉を投げかける輩を成敗しようと思って、つい」
「ついじゃありませんよ。私もおじさん以外にこんなこと言いませんって。……というか、釣りってどこでやってたんです?」
「ん?」
「おじさんって漁師の組合になんて入ってましたっけ、確か勝手に魚取るのはダメなんじゃ」
……
「うるさい!」
「えぇ……」
色々言い訳しようか、一瞬迷ったが。
受付嬢相手に無駄な気がしたので清く押し通すことにした。
ほら、横のつながりとかありそうじゃん?
誤魔化すだけ無駄である。
辺に誤魔化すより正当化するのが吉。
「森の中だし、誰にもみられてないし。ま、大丈夫でしょ」
「それはそれでどうなんですか……って、もしかして魚横取りされたって、それ魔物じゃないですよね」
「さぁ? ちょっとデカいトカゲにこうパクッと、襲って来なかったから多分安全だとは思う」
危険度的には、おそらく間違ってはいないはず。
強さ的には、そこらの魔物よかよほどやばかったけど。
「なんですかその状況。おじさんは言わずもがなですが、トカゲの方も警戒心が薄いというかなんというか。罠でもかけたら速攻捕まりそうですね」
確かに。
まぁ、罠確認しに行く頃には仕掛け破壊されてそうだけど。
もしそのまま捕まってたら?
それこそバッドエンド。
そう思うと歩く爆弾みたいなやつである。
「雑魚釣れるたびに餌付けしてたら、近くで日向ぼっこし始めたからね。本当警戒心のないトカゲだった」
「……それで魚横取りされたんですか?」
「そう! デカいの釣った瞬間、一口で丸呑みに」
何か言いたげな視線を向けてくる受付嬢。
「バカですね」
そして、躊躇いもなく口に出した。
こいつ……
完全に愚か者を蔑む目である。
「でも、そんな生物あの森にいましたっけ?」
ひと通り蔑み終わったとばかりに視線を外し、首を傾げる受付嬢。
職業病だな。
俺の話からじゃトカゲ擬きそれ自体が危険だとは感じないだろうが、普段見かけない生物がいるってのはちょっと気になるらしい。
あのトカゲ擬きが森に元からいたのか、他所から来たのか。
完全な予想だが、最近よそから流れてきたのだと思う。
ずっと薬草採取やってきて、流石に昔からいたのを見逃してたって事はないはず。
作業中はずっと魔眼使いっぱなしなのだ。
いくら普段から雑に生きてる俺とはいえ、あの魔力を無視はしない。
願わくば定住しないことを。
そんでもって、人に興味を持たないことを望む。
「ま、こんなことおじさんに聞いても仕方ないですよね」
依頼で毎回のように森に入ってる俺にその言い草、言外にいろいろ含まれてそうではある。
さっさと討伐依頼受けろとか、ランクを上げろとか。
じゃないとこういう扱いされても仕方ないんですよ、って事だろう。
が、無駄に藪蛇を突くつもりはない。
甘んじて受け入れてやろう、俺は自分のプライドなんて物より仕事の楽さの方が大切なんでね。