【完結】少年が秤アツコの傷になるまでの話。 作:\コメット/
カナエと???のやり取りは、番外編1と最終編の間の話です。
「いらっしゃいま...せ」
ある日のMiracRose、店頭にて客引きを行っていたカナエの前に、その男は現れた。
「クククッ、ここが...なるほど。失礼、店内を見てもよろしいですか?」
黒い男性だった。
漆黒のスーツを着こなす彼、その頭部は真っ当な人間のものではない。
新月の空のような暗黒、右目部分は白く発光し、枝分かれするように亀裂が走り、ユラユラとモヤが周囲を漂っている。
異形、そう呼ぶに相応しい来客を見て、すぐさまカナエは警戒態勢をとった。
(絶対見るからにベアトリーチェ関連だろこの人!?どうする、アツコは買い物、他の姉さん達はいないし、先生も来てくれるか...!)
「そう構えないでください。なにも、あなたに危害を加えるためにここへ来たわけではないのですよ」
少年の様子を気遣ってか、肩の力を抜けと手で制する黒い男。
そうは言われても無理なものは無理だ。アリウススクワッドに酷い教育を施し、且つ初代二代目店舗の仇、何より自身を撃った頭のイッてるエセ教祖の仲間が来たというのに、警戒しない方がおかしい。
「この通り、私は武器の類を持ち合わせていません。体を組み換える者はマダムのようなごく一部の者にしかできませんので、あなたを害する手段は何も」
「そう言われて信じるほど甘い教育受けてないんですよ...」
「では、そのままで結構です。再度になりますが、店を見ても?」
「...どうぞ」
「クックック」
なんで笑ってるの...怖...アツコ早く帰ってきて...。
『(今日は明太子スパゲッティにしようかな...ペペロンチーノもいいけど...迷う...)』
冷や汗をかきながらカナエは、現在スーパーでのほほんと買い物をしているであろう少女に向けて、届かないSOSを発信し続ける。
「ああ、申し遅れました。私のことはどうぞ、黒服とお呼びください」
そのまんまじゃん、のツッコミ待ちなのだろうか。
「あ、はい...MiracRose店長の蒼井カナエです」
「これはこれはご丁寧に」
コツコツと、革靴の底を鳴らしながら店内を見て回る黒服。
一度立ち止まっては商品を見て、また歩き出しまた止まる。その繰り返し。
幸か不幸か、この時間帯は客入りがあまり無いので異形とも言える彼の姿に不安感を覚えるのはカナエ一人しかいなかった。
(まさか、狙ってやってきたのか...?)
顔色を伺えず、何を考えているのかの思考予測もできず、早急に帰ってくれと祈る時間が続く。
「マダムは」
「...はい?」
そんな中、不意に黒服が口を開いた。
「マダム...ベアトリーチェは我々の方で始末をつけました」
「始末、というと?」
「簡潔に言えば、殺したと云うべきでしょうか」
憎き怨敵、あれだけ手を焼いた相手がこの世にいないと告げられる。
なんと呆気ない、しかしそうすることは黒服にとって容易いのだと、改めてゾッとする。
「元々、私を含むメンバー各位とやり方が合わない方でしてね、スクワッドが彼女を打倒したのが良いきっかけと思い、他の合意を得て手を下しました。今後あなた達に彼女が干渉することはありません。既に亡き者ですので」
「現在進行形でアンタがこの店にいるのは...?」
「これは失敬。本日はその報告と、ビジネスで伺いました」
「...ビジネス?」
「まずは、我々のことを知って貰おうかと思いまして」
カナエの方に向き直り、黒服は優雅なお辞儀を披露する。
「ゲマトリア───私めが属する組織の名です。あらゆる理の探究を旨としており、現在はここキヴォトスにおける神秘について知見を深めているところです」
「神秘...」
「そこに有るものの、詳しい詳細は不明。極めて理解の及ばない代物であり、それが同時に探究心を擽る。外から来た私達にとって、神秘とは実に興味深い」
「外って、キヴォトスの?」
「はい。ゲマトリアのメンバーはかの者...シャーレの先生と同じく、キヴォトスの外からやってきた存在です」
これは、聞いてていいものなのだろうか。どこか引き返せない道を進んでいるように、少年は感じた。
「我々は、神秘を手中に収めたいのです。そのためにはどのような柵も、あってないようなもの」
「そのために詳しく知りたいと...あのエセ教祖はその辺分かってたのか?」
「エセ教祖...ああ、ベアトリーチェのことですね。アレが持ち得ていたのは、神秘による自己強化の術です。ロイヤルブラッドである秤アツコという贄を捧げることで、自らの肉体を別次元のものへと向上させる...謂わば、文字通りの掌握を可能としていました。ですが、彼女は籠の作り方を知っていても、中に入れる物体についての知識は私と同程度だったと思われます」
「詳細の分からないモノを取り込むなんて、結構リスキーだな」
「ええ。おまけにそこへ色彩まで内包しようというのですから」
「...色彩って?」
「神秘と同じく、謎に満ちた代物です。人なのか、概念なのか、物なのかは分かりません。この目で見たことも、確認したこともありませんので。唯一分かっているのは、キヴォトス外における謎の存在、ということしか」
「謎に謎を足すのか...」
花の交配とはワケも規模も違うだろうに。
「ベアトリーチェの優先順位は、解明よりも掌握だったのでしょう。それか、イコールだったのか。自分の物になれば、それは解ったと同義でしょうから」
「けど、それは失敗に終わった」
「いくつもの歪みが重なり───あなたもその一部です」
「俺も?」
「物語には配役があります。シャーレの先生がこの世界における特異点、主人公です。それを取り巻く生徒達が彼の味方、仲間、ヒロインと言えるでしょう」
今時のハーレムものもビックリな人数だ。
「そして、物語には外伝がつきもの。その外伝にも、主人公という役柄が存在します。それが───あなたです」
「...」
「あなたがいなければロイヤルブラッドはどうなっていたのか、それは私の知るところではありません。予定通り贄となっていたのか、それとも先生の介入により事なきを得ていたのか。どちらにせよ、既に観測不可能な未来。重要なのは、今です」
亀裂のある白い眼光が、少年を射止める。
「あなたが少女と出会う事で、新たな道が開拓された。全てを虚しいと断じるアリウススクワッドの行き先に、光が投じられた。あなたという存在が、一つの運命を捻じ曲げたのです」
「俺はそんな大層なことをやった覚えはない」
「謙遜も仕方ありません。事実あなたにとってはそうなのでしょう。自身にできる当たり前を提供しただけ、そう考えているのだから。ですが、それが現在に結びついている。なぜ?何故?如何なる方法を持ってして、今を獲得したのでしょうか」
「ただ助けただけだよ。それが、俺のやるべきことだったから」
祖父との約束については伏せる。
関連づけてキヴォトスのどこかにいる親父に接触でもされたら、たまったモノではないからだ。
「そこには理由があるはずです。何らかの感情が、あなたを突き動かしたはずです。それは、一体何なのですか?」
「感情、か」
それなら、答えることができる。
傍らにアツコがいれば顔を赤くするだろうが、今彼女はいない。
ハッキリと、少年は黒服の問いに解答を告げる。
「愛ゆえに、だよ」
「───」
この瞬間だけ、カナエは目の前の黒い男の表情をなんとなく理解できた。
何を言っているのか、と困惑しているのだろうと。
「───クックック」
しかし、それも一瞬。
黒服はなるほどなるほどと、カナエの答えに一笑を手向ける。
「ご教授感謝。いやいや、益々興味を唆られる」
「そいつはどうも」
「ククッ...では、ここからはビジネスの話です」
スーツを正し、男は一歩、カナエへと近づく。
「我々ゲマトリアの目的は、神秘の解明。あらゆる側面からの技術的、論理的、科学的な試行錯誤による追究。そこには、概念...感情論も含まれます」
「...」
「あなたの、ベアトリーチェを出し抜いた手腕、ロイヤルブラッド...秤アツコや錠前サオリ達に向ける愛情。これら全てに、私は多大なる評価を与えます。そして、願わくばそれを我々の目的の一助としてもらえればと」
丁度空席があるのです、どうでしょう。
黒服は、自身の右手を差し出し、言った。
「蒼井カナエ───あなたをゲマトリアの一員として、迎え入れたい」
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夕陽が水平線に消えていく光景を、少年と少女は寄り添い眺めていた。
さざなみの音、握る手から伝わる体温、それぞれの肌感。ようやく日照りの熱さの取れた砂浜に座る二人を邪魔する者は、誰もいない。
「───」
「───」
二人でいる時間が好きだ。
何かを話さずとも、相手がそこにいてくれるだけで、互いは幸せだった。
肩を預け、側頭部を合わせ、指を絡め、ただ正面を見つめる、この時間が愛おしい。
休みの日、ソファに腰掛け溜まった映画を見てる時。
台所に並び、一緒に夕飯の支度をしている時。
夢であり、憧れだった共同での仕事をこなしている時。
全ての時間が、果てしなく尊いもので。
自身のプライベートが無くなったにも関わらず、幸せを更新する日々は続いている。
「サッちゃん、優勝できてよかったね」
「ああ」
昼を食べ終えた頃、ヘルメット団主催の水鉄砲大会が行われると放送があり、競技場のあるビーチへ移動した一向。
人集りで前が塞がっていたところ先生に肩車してもらうヒヨリに負けじと、カナエはアツコを足裏で肩乗りさせるという荒技を見せた───組体操のようで少し歓声が上がった───のだが、そこで参加者として競技に出ているサオリを発見。
獲物を狩る目、完全な本気モードで試合に臨もうとする彼女を応援しようというカナエ達だったが、何やら他チームが八百長を企んでいると小耳に挟む。
開始後、アツコ、ミサキ、ヒヨリは砂煙に乗じてサオリの邪魔をしようとするヘルメット団を一掃。カナエも低空飛行のドローンで参加し、サオリの優勝に貢献した。
「ちょっと疲れちゃった」
「家出る時からはしゃぎっぱなしだったからな。俺も体バキバキだよ」
「肩揉む?」
「いや、そこまでは。そっちは?」
「私も大丈夫。でも、もう少しこのまま座ってたいかな」
「同感」
ふぅ...と同時に一息。
アツコは戦闘、カナエは片道1時間以上の運転とどちらもハードな一日を過ごしている。
「思えば、アツコと会ってから退屈する日は無いな」
「良い意味で?」
少女の手が、眼帯に触れる。
「もちろん」
少年の腕が、少女を抱き寄せる。
「キミが俺の生きる理由なんだ。だから、これからもずっとそばにいてくれ」
「...うん」
「でないと俺、弱いから直ぐ死ぬ」
「そうだねって言うところなのかな...?」
事実少年は弱い。
ポジションBACKでも流れ弾一発であの世へ逝くくらいには、弱い。
「だから、シャーレ奪還作戦の時とか実はヒヤヒヤだった」
「命張り過ぎだよ」
「ごめん」
あの日、空が血の色に染まった日。
世界が終焉を迎えようとした日。
いつも通り店頭で商品の準備をしていた二人は、やけにカイザーPMCの出入りがD.Uで多いことに気づく。
最初はそういう日もあるか、と視界から外していたのだが、店前で包囲網を敷き始めたところでちょっと待てと。
調子に乗って店に入ってきた戦闘員を、アツコとバイトで丁度店にいたミサキとヒヨリがボコボコにしたのち、急ぎシャーレへと連絡。
ところが、電波がジャックされ先生との通信ができなくなっていた。
何か不味いことが起こっているらしいと悟り、ならどうすればいいか...そんな時、四人を案じたサオリが店に現着。
遠目から確認した彼女の話を聞けば、連邦生徒会とシャーレがカイザーに乗っ取られたという。
先生を助けよう。
アツコの提案に、全員が頷いた。
危ないということでカナエは留守番...ということになったのだが、一人家で籠るのは気が引ける。故に、彼は行動を起こした。
気絶したカイザーから装備を剥ぎ取り、隠密。
敵の通り道となるであろう道路に地雷をセットし、通過を確認し起爆。これを繰り返す。
その行動力と手際の良さは、RABBIT小隊が一目置くほど。
かくして、ロクな援軍も見込めないカイザーPMCは、RABBIT小隊とカンナ率いるヴァルキューレ生徒、およびガスマスクを被った超兵...アリウススクワッドの手により制圧された。
その後は各地域に出没した色彩の化け物達と大決戦。
何とか戦力になりたいとカナエは、浦和ハナコを通じて奥空アヤネと風倉モエにヘリの動かし方を指南してもらい、ヒエロニムス討伐作戦に参加。
空からの支援に従事し、アリウススクワッドとシスターフッドの戦いが有利に進むよう立ち回った。
『キミ気持ち悪いほど覚えいいね〜、スポンジかな?』
とは、モエ談。
「思えば俺、一歩間違えれば死んでたよな...覚悟決まり過ぎだろ」
「今頃...?もっと自分を大事にして」
めっ、と少年を叱る、普段覚悟の決まったインナーを着る少女。
「だってさ、みんなが動いてるのに俺だけジッとしてるわけにもいかないだろ?」
「物事には役割があって...でも、カナエのおかげで戦闘が有利に進んだのは確かなんだよね...」
「ならいいんじゃないか?」
「無茶はして欲しくない。もう、あなたが傷つくところを私は見たくないよ」
「...そうだな。自重する」
「是非ともそうして」
夕陽が沈みきり、さしもの夏空も夜の支度をし始めた。
一番星が頭上に点々と、灯り始める。
「そろそろ、DJステージの時間だね。サッちゃんの頑張りをこの目で見ないとっ」
「そんじゃ、行きますか」
少年がまず立ち上がり、少女へと手を差し伸べる。
童話の王子と姫君のような、優美な所作。
それに対して薄く笑い、ゆっくりと手を取り、少女もまた立ち上がる。
「アツコちゃ〜ん!カナエさ〜ん!もう私はおしまいですううう!!」
雰囲気をぶち壊して現れたのは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたヒヨリ。
「どうしたのヒヨリ姉さん」
「なにかあったの?」
ヨシヨシ。
二人の足に縋り付くヒヨリの頭を、優しく撫でてやる。
「うぅ、ゲームコーナーでボロ負けしました...クジは全外し、射的も思うように当たらず...私の人生は、さながら一週間と保たずアスファルトでひっくり返って生涯を終える蝉のようなものです...」
「蝉なら最後まで抗うはずだよ」
「アツコの言う通り。なんでも、死んでると思って近づいたら暴れ散らかす様をセミファイナルと言うらしい」
「最期なのに準決勝なんだ」
「ん?...ああ、たしかに。これ、サオリ姉さんに聞かせたら笑ってくれるかな」
「ツボに入るかも」
「ふええええん私は蝉に負けた女ですううう!」
砂浜の上でジタバタ転げ回る義姉。
たしかセミファイナルってこんな感じだよなと記憶を辿りつつ、元気出してと二人で蝉と化したヒヨリを起き上がらせた。
「DJステージが終わったら、リベンジに行こうよ。俺も手伝うからさ」
「あぁ、ありがとうございます...」
「二人とも、夕陽は堪能できた?」
ミサキも合流。
こちらは手にクマのぬいぐるみを抱えている。射的かクジで獲得したのだろう。
「うん、綺麗だったよ。写真も撮れた」
「そう。なら、ステージに行こう。先生は?」
「ごめんごめん!みんな、祭りは楽しめた?」
噂をすれば、先生が到着した。
走ってきたようで、額を汗が滴る。顔が良いのでどこか大人の色気があり、ミサキが少々頬を赤らめたのをヒヨリは見逃さなかった。
アツコとカナエは見逃した。
「うん、とっても。でも後でヒヨリのリベンジに付き合って、先生」
「ゲームでしこたま負けました...」
「オッケ、任せて。これでもくじ運には自信があるんだ」
「本当ですか!?な、なら、是非とも青色を引いてください。紫はダメですよ?」
「なんて残酷なくじなんだ...」
突如影を背負う先生。
青色に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
「それじゃ、行こう」
アツコに手を引かれ、カナエは隣を歩く。その二人の後を追うように、三人も続くのだった。
キヴォトスこそこそ噂話:子ウサギ公園に、時々ご飯を差し入れに来る花屋の少年がいるらしい。なんでも、シャーレ奪還作戦の時に仲良くなったのだとか。少年の奥方はジェラシー妬いて、ついてくるようになったという。
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