【完結】少年が秤アツコの傷になるまでの話。   作:\コメット/

2 / 21
02 honeysuckle

 

 

レッドウィンターの雪のように白い、触り心地も滑らかな柔肌。

銃撃の痕があろうと、その眩さが褪せることはない。

起床後、包帯と当て布を変えがてら、一人で風呂に入れないアツコのために、少年は彼女の身体を濡れタオルで拭いてやっていた。

 

「前は自分でやってくれ」

 

「(コクリ)」

 

お湯にタオルをつける、絞る、拭くを繰り返す。

 

(傷は塞がってないが、流石の回復力。普通ならこうはいかないだろ)

 

背中に数発弾丸を撃ち込まれれば、それだけで一般人にとって致命傷であり、死へと直結する。

だがヘイローを持つアツコを含めた少女達は、肉体強度に差はあれど大抵の攻撃は弾いてしまう。

恐らく彼女が受けた銃弾は特別製で、威力から考えてヘイローを砕く、言い換えれば、無力化を目的とせず殺すことを絶対視した弾。

 

「・・・?」

 

キョトンと、自身の胸部や腹部を拭いていたアツコが、首を傾げながら手の止まった少年の方へ振り向く。

その視線に気づいた少年。悪い悪いと謝りつつ、拭かれた箇所から包帯を巻いていく。

処置が終わると服を着させ、洗面所へ。

椅子に座らせ、ワシワシ髪を洗いタオルでワシワシ水気を落とす。

そこで枝毛を発見。髪の手入れがあまり行われていないことに気づき、急遽散髪を実施。

傷んでる先端を重点的に切り、ドライヤーで乾かしブラシで梳く。

最後に後ろで髪を一つに束ね、ヘアゴムで纏めて終わり。

 

「我ながら良い感じにできたな」

 

「(気持ち良かった)」

 

「それは何より。さて、働かざる者食うべからず。手先は動かせるみたいだし、少し手伝ってもらうぞ」

 

9時、開店時間。

店のシャッターを開け、店頭に出す品を並べる。

選定と雑草抜き、水やりと鉢替え、おまけに発注した商品の受け取りやブーケの作成と、仕事は事欠かない。

アツコには、ベッドの上でもできるブーケに使う花々の茎を、ハサミで長さを切り揃えてもらう作業を与えた。

 

「とりあえず昼食までに100本、休み休みでいいからな。花弁は散らすなよ」

 

「(コクコク)」

 

「よし、何かあったらタブレットからアラームを鳴らしてくれ」

 

コクリ、パチッ、パチッ。

再度頷き、黙々と作業に取り掛かるアツコを見届け、少年は店頭へ。

 

「今日は晴れ予報だから、日光に当てたい奴は外に出しとくか」

 

意外と肉体労働な花屋。

土が入った鉢などは結構な重さであり、腰をやる人もいるキツイ仕事だ。

 

(予約が2件、昼頃に荷物の搬入。あとは客対応だな)

 

キヴォトスにおいて花の需要は高く、規模の小さい少年の店でもそれなりに客が来る。

 

「こんにちは。注文、受け取りに来たんだけど」

 

開店して30分経ったぐらい、予約の内の一人がやってきた。

 

「ああ、いらっしゃい。お名前を伺っていいですか?」

 

「えっと、ごめん。それ名字っぽかった?それとも阿呆っぽい会社名だった?」

 

「どちらかと言えば前者ですね」

 

「あー・・・おっけ。陸八魔です」

 

「あ、陸八魔さんでしたか。電話越しの声とは別の人ですよね」

 

「注文はうちの社長がやったから。受け取りは社員の私任せ」

 

いい迷惑だよほんと、とため息を吐きながらもその割には手のかかる妹の面倒を見る姉みたいな、喜色が少しの表情を浮かべる白髪黒角の少女。

多分、背は低いが自分よりは年上だよなと大人びた雰囲気から察する少年。

 

「こちらですね」

 

「へえ・・・思ったより、ちゃんとしてる」

 

社長さんのオーダーは、事務所に置くのに適した、けれど質素ではなく華やかなもの。

曰く薔薇が良いと言っていたので、ダークレッドのスプレーバラを包んでみた。

 

「事務所に飾るとのことだったので、その際は日光の当たる場所は避けて、茎部分の保湿ゼリーが塗られた箇所は切ってください。葉も多ければ切って、花瓶の水は毎日変えてください」

 

「ん。値段はいくら?」

 

「5000円です」

 

「・・・」

 

「えっと?」

 

「あぁ、ごめん。大丈夫。払うから(帰ったら社長説教だなコレ・・・)」

 

値段を聞いた途端一瞬フリーズしたが、冷静さを取り戻し「領収書、便利屋68で」と5000円を払う際に抜け目なく言い、店をあとにして行った。

 

「ありがとうございましたー」

 

その後は時折くる客に対応。

休日なのもあって家族連れが何組かみられた。野菜の種も売っており、家庭菜園のためにそれらを購入するのだと。他にはサラリーマン風の男の人が急ぎで花束を所望してきたり、喪服の人が献花を頼んできたりと、それなりに忙しかった。

 

ブブブッ

 

「ん?」

 

開店から1時間。客がいなくなったタイミングで、アツコからのアラームがかかる。

何かあったか?とカウンターに呼び出しベルを配置し、居住スペースである二階へ上がると、

 

「どうし・・・た」

 

そこには、ノルマの100本を既に終わらせたアツコがいた。

 

「(終わった)」

 

「手際良いな。休憩は?」

 

「(夢中になっちゃって、とってない)」

 

要領は良いが、阿呆らしい。

頼んだのは自分とはいえ、自身が怪我人だということを忘れていないか?

 

「(もっと仕事、ちょうだい)」

 

「そこまで無理はさせられない。あとは昼まで休んでおけ」

 

「(まだ働ける。大丈夫)」

 

「・・・なら、もう100本頼む。いいか、絶対に休憩挟めよ。でないと今すぐヴァルキューレに突き出すからな」

 

「(わかった)」

 

脅しをかけても動じず、アツコは作業に戻る。

それを少し面白くないと思うものの、店をこれ以上空ける訳にはいかず、一階へ。

 

「ふむ・・・」

 

外した時間は1分少々だが、それでも一人、客が舞い込んでいた。

服装的に看護、医療系の職に就いている人だろうか。見る商品も鉢植えではなく、水につけてある一本花だ。

 

「いらっしゃいませ、お探しの商品は?」

 

「ああ、はい。死体・・・こほん、病室に置く花を考えてまして」

 

(今死体って言いかけなかったか?)

 

言いかけたというか、言い切ってから咳払いで誤魔化していた。

だが、踏み入ったりはしない。地雷だった時に痛い目を見るのは自分だと、少年はわかっているから。

 

「でしたら、お見舞い品でよく買われるオレンジのガーベラは如何ですか?こちらなんですが・・・」

 

花言葉は『我慢強さ』

辛い入院生活を過ごす人に対して贈る花として、人気がある。ガーベラ全般はこういった明るい要素の花言葉が多く、希望、前進という意味も含められる。

 

「では、6輪いただきましょう。保たせ方などは?」

 

「日光を好むので、風通しと日当たりのいい場所に置いてやってください。水変えも毎日」

 

「わかりました」

 

代金を少年に渡すと、おそらくゲヘナの救急医学部に所属しているであろう少女は店のすぐ近くに停めていた緊急車両を走らせていった。

 

「死体以外はマトモな人だったな・・・」

 

行動はテキパキ過ぎたが。

即断即決とは彼女のことを指すのだろう。走り去る車の後ろ姿を見届けながら、少年はそう思った。

 

「あのー、よろしいですか?」

 

今日は客入りが多いな、と内心嬉しがりつつ、可憐でお淑やかな声をした客に対応。

 

「はい、いらっしゃいませ」

 

人となりは、声の通りだった。

便利屋68の陸八魔さんの代行さん、今し方の医学部の生徒さんと美人さんが二人続く中、この人も大概な美人であった。

桃色の長い髪、白い制服はトリニティ総合学園のものだろうか、胸は布が悲鳴を上げているのではないかというほどに張っている。つまりはすごく大きい。

 

「友達への見舞いのお花を探していまして・・・どれか見繕っていただけますか?」

 

一瞬見惚れかけるが、今は仕事だろうと少年は弁える。

 

「承知しました。ご友人の好きな色ってわかりますか?」

 

「えっと・・・そうですね。イメージとしては白か紫なのですけど、お見舞いには向かない色ですよね」

 

「よく知ってますね、お客さん」

 

博識な彼女の言う通り、白と青と紫はお悔やみの際に用いられる色だ。

友人間で渡すには、些か適してはいない。

本来なら先ほどと同じくガーベラを勧めるところだが、

 

「花言葉ってのは、自分としても意味を持つものだと思います。それを重視して選出して提供するのも、自分の仕事ですので。でも、それ以上に大切なのは渡す人・・・お客さんが渡す人へ抱く気持ちです」

 

「私の・・・アズサちゃんへの気持ち」

 

ご友人の名前は聞かなかったことにして、話を続ける。

 

「どうか気に入った花を、渡してあげてください。こちらとしても、お客さんの満足する品をお出ししたいので」

 

「なら、薔薇なんてどうでしょう。気になってて」

 

「白い薔薇、いいと思います。心からの尊敬という意味が込められているので」

 

ラッピングは?という問いにお願いしますと首を縦に振られ、丁寧に仕立てる。

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます。少し遠出になりましたが、良い買い物ができました」

 

「トリニティの学生さんですよね。ゲヘナの郊外まで、何か理由が?」

 

「実は知っていたお花屋さんが、移店してしまって。店名は確か・・・」

 

『MiracRose』

言葉にしたのと店の看板が目に入ったのは、ほぼ同時。

お淑やかで優しげな目が大きく開けられ「あら、もしかして!?」と心底驚かれる。

 

「そのもしかしてです。いやぁ、ミサイルの爆発に店が巻き込まれちゃいまして。あの辺の復興にはまだまだ時間がかかるらしいので、どうせなら新天地にとゲヘナでも比較的落ち着いてるここへ移店したって訳です」

 

「素晴らしい、チャレンジ精神ですね。是非見習いたいです」

 

「恐縮です。よろしければ、ご贔屓に」

 

「ええ。次は親しい友人と伺います」

 

店に来た時よりも明るい表情になった美少女は、去り際も頭を下げていた。

 

その後も仕事をこなしていると、いつのまにか昼時に。

12時から13時まで、少年はいつも休憩を摂る。

店頭に『休憩中です。至急の際はベルを押してください』の看板を置き、2階へ。

予想した通り、アツコは追加の100本も終わらせていた。

ただ、最初とは違い終わってからはちゃんと休息をしていたらしい。

 

「昼飯は・・・ロイヤルブレッドが余ってたなそういや」

 

「ゴホッゴホッ!」

 

「どした?風邪か?」

 

「(大丈夫。気にしないで)」

 

急に咳き込んだことに『?』を浮かべるも、本人が何もないと言っているので何もないのだろう。

気を取り直して、少年は余った2枚の食パンを取り出してバターとケチャップを塗り、上にチーズ、輪切りしたピーマン、ウインナー、小さくカットしたマッシュルームを乗せ、オーブンで焼く。

その間に付け合わせのサラダ、作り置きのコンソメスープを皿と汁椀に盛り、注ぎ、ちょうどオーブンから甲高い音が鳴った。

チーズの溶け具合、ピザトーストの出来応えに満足した彼は、皿に乗せて机へと運びベッドに座るアツコの元へ。

 

「立てるか?」

 

「(コク)」

 

ベッドから降ろし、手を貸して立たせようとする。

だが、

 

「・・・」

 

一向に、立ち上がる気配がない。

様子を見てみると、身体が寒さに耐え兼ねるように震えており、呼吸も荒く感じる。

 

「おい、大丈」

 

「・・・っ!」

 

大丈夫か?と問おうとした直後、少女は無理をして立ち上がった。

 

「のわっ!?」

 

そして、身体を支え切れず少年に全体重を乗せて寄りかかってしまい、二人まとめて床に倒れる。

同じシャンプーの匂い、少女の慎ましくもけれど確かな膨らみを感じる胸が腹部に触れ、絶賛思春期の少年は心臓を跳ねさせるが、それら全てを跳ね除けて少女の無事を確認する。

転倒の怪我は無い。問題は、

 

「触るぞ」

 

「・・・っ」

 

了承を得ずにアツコの額に触れると、明らかに熱い。

表情もキツそうで、頬も異常に紅潮している。

 

「いつからだ?」

 

「・・・」

 

居心地悪そうに、彼女は少年の目線から逃げるようにそっぽを向く。

どうやら先ほどの咳は風邪で間違いなかったようだ。

 

「正直に答えろ。朝起きてからか?身体を拭いてる時か?朝飯か、それとも作業を任せた時か?」

 

少年は視線を逸らしたアツコの頬を掴み、矯正してこちらへ向けさせ自白を促す。

観念したのか、彼女は二回目に渡した花たちを指差した。

 

「俺は言ったよな。何かあったらアラームで知らせろって。無理をすれば俺の助けになるとでも思ったか?」

 

「・・・」

 

昨日冷水に浸かった弊害がここにきて足を掬ったのだろう。

少女に落ち度は無い。あるとすれば、それは少年の方だ。

ほぼ病み上がりのような人間に作業を任せ、無理をさせ倒れたら叱る。理不尽もいいところだ。

だが、彼は言いつけていた。何かあったら言えと。アラームを鳴らせと。

それをしなかったことに、少年はキレていた。

 

「・・・」

 

縮こまる少女は母親に怒鳴られた子供のようで、反省の色の他に何か言いたげな感情と、そして今の体勢ではキツイのか更に呼吸を荒くする。

 

「・・・あーくそっ」

 

一先ずこのままではいかんと、少年はアツコを立たせるのではなく自身の身体に預けたまま立ち上がり、再度ベッドへ。

ゆっくりと寝かせ、冷凍庫から氷を取り出しビニール袋に詰め、タオルで巻いて簡単な氷嚢を作る。

 

「飯は食えないな。飲み物だけでも・・・ん?」

 

せめてスープを、と思ったところで、今更アラームが鳴った。

鳴らした主、アツコの方を見るとタブレットで顔を隠してこちらを向いている。

 

『(ごめんなさい)』

 

「・・・」

 

『(邪魔したくなかった。お客さんと喋ってる声、聞こえてたから)』

 

グスッ、と鼻を啜る音。涙を堪えて潤む両目が見え隠れする。

さすがに言い過ぎたし、そもそもの原因は病み上がりの彼女に仕事を頼んだ少年なわけで。

 

「・・・悪い、言い過ぎた。ごめんな」

 

女の子の涙を見て、自分より先に謝られては立つ背がない。

素直に、彼もアツコに頭を下げた。

もう気にしなくていいから、と少年はタブレットを預かり代わりに氷嚢を渡す。

 

「ピザトースト、ラップしておくから。楽になったら少し齧るだけでいい。飲み物も置いて・・・」

 

これ以上同じ空間にいたくなかった少年は、そそくさと自分の分のトーストを持って下へ行こうとする。

しかし、それをアツコは許さなかった。

彼の袖を掴み、歩みを止める。

 

「なんだ?」

 

「・・・」

 

荒い息遣い、トロンとした双眸、火照り赤くなった顔。

それらが相まって、同い年の少女とは思えない色気を感じ同調して耳が赤くなる。

 

「───、───、───」

 

スッ、スッ、スッ。

タブレットがないので、手話で伝えようとするアツコ。

こちらを差し、自身の左胸に手を当て、人差し指を左右に振る。

手話の心得がない彼は『?』をいくつも浮かべ困惑。けれど、一つ一つ、部分的に考えて、解釈する。

あなた、───、なに?

真ん中は、きっと。

 

(ああ、そうか)

 

彼女は、恐らく。

 

「───カナエ。カナエだよ、俺の名前」

 

少年の名前を知りたかったのだ。

 

 

 

********************

 

 

 

自分の名前を教えると、アツコはそれはもう嬉しそうにして、今度は少年───カナエに、自身も名前で呼ぶようにと言ってきた。

 

「名前聞けたぐらいで、そんなに嬉しいかねえ」

 

安堵と喜びで感情の起伏がピークに達し疲れたのか、現在彼女は寝息を立てて熟睡中。

あれだけ涙を溜めていたのに、とあまり異性との関わりがないカナエは理由を模索しては行き詰まるを繰り返し、ため息を吐く。

 

(手話、勉強しとくか)

 

ネットが普及している現代、少し調べれば日常会話が成り立つくらいの知識は手に入るはずだ。

久しぶりの徹夜も悪くない。どうせ自分は床でしか眠れないわけだし。

カナエはアツコが寝た後にでも勉強をすることに決めた。

 

「あ、イロハせんぱーい!お花屋さんあるよ!」

 

「ホントですね。前この辺りを通った時はなかったのですが、最近できたのでしょうか」

 

午後最初のお客さんは、ゲヘナの制服を着た二人の生徒。

それも、ただの生徒ではない。二人の腕には、ある組織の者であることを示す腕章が付けられていた。

 

(パ、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー))

 

キヴォトスの学園には、校内を統括する生徒会が存在する。

トリニティ総合学園のティーパーティ、ミレニアムのセミナー。

万魔殿はゲヘナのソレであり、噂ではアリウスと結託しミサイル発射を手引きしたのは彼女らではないかとも。

もしかしたら前店舗の仇かと思われるが、噂はどうあれ客は客。そこに自らの事情は挟まない。

店を継がせた祖父も、孫のそんな様を見たくはないだろう。

 

「いらっしゃいませ。よろしければ、是非見て行ってください」

 

「あぁ、これはご丁寧に。イブキ、せっかくです。マコト先輩に花でも買っていきましょう」

 

「はーい!」

 

天真爛漫、ブカブカな袖を商品に当たらない程度に振り回しながら、イブキと呼ばれた少女は店の奥へ。

 

「贈り物でしたら、カーネーションはどうです?色や本数によっても意味がありまして」

 

「色は知っていましたが、数でも変わるんですね。ちなみに、紫は?」

 

「気品、ですね。万魔殿の議長さんへのプレゼントでしたら、きっとピッタリだと思います」

 

「あー・・・まぁ、そういうもんですか。そうですね。そうだと思います。きっと、多分」

 

なんとも歯切れの悪い返答だ。

もしかして、見た目に反してマコト議長は残念な人なのだろうか、と失礼なことを考えてしまう。

 

「これからの繁栄を願うならば、10本。意味は栄光を指します。数はあったと思うので、用意はすぐにできますよ」

 

「では、それをお願いします。イブキ、何か気になるものはありましたか?」

 

「先輩先輩!イブキ、これ!かぼちゃ!かぼちゃの種!」

 

「わかりました。まとめて会計お願いします」

 

「ありがとうございます。領収書は?」

 

「経費で落とす・・・いやそれは流石に、けどイブキの買い物に付き合ったと言えば先輩も納得するか・・・はい、万魔殿でお願いします」

 

長い葛藤の末、間接的に議長に払わせることにしたらしい。

哀れ、マコト議長。自らのプレゼントを自分で買わされるとは。

 

「お兄ちゃん、また来るねー!」

 

「縁がありましたら、また。イブキ、そういえばお昼を食べていませんでした。何がいいですか?」

 

「カレー!」

 

なんとも微笑ましいやり取りをしながら、手を繋いで二人は店を去っていった。

 

「警戒し過ぎたか」

 

過激危険デンジャラスなゲヘナを統括する組織と身構えていたが、案外普通の女子生徒と変わらない。

むしろ、イブキという少女は中等部にしては幼過ぎる気も。

たしか飛び級制度があったので、あの子もそうなのかもしれない。

 

「はーっはっはっは!ここか!?ここだな!ああそうに違いない!この私の温泉センサーがビンビンに反応している!」

 

「ん?」

 

何やら甲高い声をした少女が、道の真ん中で騒ぎ立てている。

ここはゲヘナ郊外とはいえ商店街の一角。そこそこ人通りがあり、道行く人は彼女を見た途端に血相を抱えて一目散に逃げ出していく。

 

「鬼怒川部長、総員配置につきました!」

 

「結構。それでは、始めるとしよう!」

 

数十人の隊員らしき生徒を引き連れた少女は、懐から何やらスイッチを取り出した。

 

(待て、温泉?それに鬼怒川って)

 

ゲヘナに移住する際、不動産屋で耳にタコができるまで聞かされたこと。

曰く、美食研究会と温泉開発部には関わるなと。

前者は防ぎようがあり、珍しい食材や飲食店の近くに店を構えなければいいらしい。現に今いる場所は商店街ではあるが、半径300m圏内に食品を取り扱う店はない。

だが、温泉開発部、それを率いる部長の鬼怒川カスミに目をつけられたら潔く諦めろと言われた。

温泉、鬼怒川、手に持つスイッチ。

 

「ちょ、ちょっと待てええええ!!」

 

ポチッと押されるすんでのところで、カナエは温泉開発部の前に躍り出た。

 

「むむっ?なんだ少年、下がりたまえ。これより設置した爆弾を起爆し、温泉開発を行う」

 

「させねえよバカなのか!?こっちは一週間前に開業したばかりなんだ!爆破なんてされたらうちの店が吹っ飛ぶだろうが!」

 

「それは気の毒に。しかし必要な犠牲、というものだ。安心しろ、我々が掘り当てた温泉を見れば、その怒りも収まる」

 

「現在進行形で高まってんだよ!」

 

ゲリラで犯行を行い、引き起こすのは大爆発と大陥没。

経験したミサイル被害ほどではないが、彼の新店舗を粉々に消し飛ばすには充分な威力なのは間違いない。

 

「なあ頼むよ!今回ばかりは勘弁してくれ!」

 

「悪いが聞けない相談だなァ。我々一人一人が掲げるゲヘナ全域を温泉街にするという大義を成し得るためには、いくら都市部から離れている場所とはいえ諦めることはできん!」

 

言葉は通じるのに会話にならない恐怖を、カナエは初めて経験した。

陽気にはつらつに話しているように見えて、内に秘めているのは純度100%の狂気だ。

 

「それではいってみよう!」

 

ああ、もうダメだ。

取っ組みあってもヘイロー付きの少女に勝てるわけが無い。

爆破は止められないと判断し、カナエは二階で眠るアツコを守りに店の中へ───、

 

 

 

「あら」

 

 

 

その一声は、物事の時間を止めるには十分過ぎる圧があった。

 

「奇遇ね、カスミ。尤も、お互い目的は違うみたいだけれど」

 

身長は140cmぐらいと低い。だが、その体型の幼さを加味してなお、場を制圧、粛清する威圧感は誤魔化せない。

白いふわりとした長髪、悪魔を思わせる角、翼。そして何より、魔王のような威厳すら感じさせる、他者とは一線を画す凶暴なデザインをしたヘイロー。

ゲヘナ学園風紀委員会委員長、空崎ヒナ。

トリニティ領内にあった前店舗にも通ってくれていたお得意様であり、本日2件の予約のうちの一人でもある。

 

「ひ」

 

彼女を見た途端、鬼怒川カスミは素っ頓狂な声をあげ、

 

「ひえええええええっっ!!!」

 

恐怖に駆られたのか、動揺する部下たちを置いて全速力で泣きながら逃げ出した。

 

「ぶ、部長!置いてかないでくださいよおっ!!」

 

他の隊員も彼女に続いて、爆弾やらを回収しそそくさと退散していく。

 

「ヒナさん、助かったよ本当に」

 

姿を見せるだけにも関わらず、一瞬で事態を収めたヒナに、カナエは心の底から感謝を伝える。

側から見れば30cmは身長差のある男が少女に頭を下げるというなんとも情けない構図だが、彼女の威厳を知っている者からすればそれは気にならない。

 

「開店早々不運ね、カナエも。商品に被害は無いかしら?」

 

「それは大丈夫。爆破される前にヒナさんが来てくれたから」

 

「そう、ならよかった」

 

先代店長である祖父が亡くなる前から、空崎ヒナは祝い事やその他で扱う花をカナエの店で買ってくれている。

それは、店を継いだ現在も変わらない。

 

「注文の品、用意できてるよ。スイートピーって、親しい後輩でも編入する感じ?」

 

「これからトリニティ総合学園へ行くから、そのためよ。向こうは組織改革ってほどじゃないけど、体制の見直しを図るみたいだから」

 

赤色のスイートピーの花言葉は、門出。

険悪とはいえ一時はエデン条約を締結しかけるまでいったのだ。

また長い月日は必要になるだろうが、いずれは両校の関係も改善するはず。

元々垣根を気にしないヒナが先頭に立てば、それも不可能では無いだろう。本人は早く引退したがっているが。

 

「たまには休・・・んだ時を狙って問題起こす生徒がいるんだっけか」

 

「今に始まったことじゃないわ」

 

「エデン条約が結ばれれば引退って、前来た時は珍しく上機嫌だったのに」

 

「ほんとよ。まったく、マコトにはいつも困らされてばかり。身を引くのは当分先の話になりそう」

 

「やっぱり万魔殿も関わってたのか・・・」

 

空崎ヒナがいれば、ゲヘナの安泰は保たれる。その事実が逆に、彼女自身の首を絞めていた。圧倒的な戦闘力と人望、スキルにカリスマ、リーダーに必要な素質はあるものの、気難しく神経質な性格と自分が先導しないといけない現状が災いし、休みは削られ精神も削られる毎日を送っている。

エデン条約はそんな毎日から解放される手段だったのだが、マコト議長とアリウスにより無に帰した。

 

「たまにはこうして愚痴を吐きにきてよ。お茶でも出すから」

 

「ええ。───そういえば、話は変わるのだけれど」

 

「ん?」

 

「最近、ゲヘナでアリウスの生徒・・・それも手配書に出回ってるスクワッド三人の姿が確認されたの」

 

「・・・それは、危ないな」

 

「三人は現在も逃走中なのだけれど、残りの一人がどこにいるかわからないのよね」

 

別れての撹乱が狙いなのか、他にも目的があるのか、手を焼かせるわ。

ヒナは本日何度目かわからないため息を吐く。

対するカナエ、ゴクリと生唾を飲む。

 

「ところで、カナエはお祖父様が亡くなってから一人暮らし?」

 

「え、ああうん。そうだね」

 

「最近いい女の子が見つかったのかしら」

 

「いや、そんなことは・・・なんで?」

 

 

 

「アナタの家から、気配を感じるわ」

 

 

 

気怠げなアメジスト色の瞳が、ジロリとカナエを見た。

身は竦み、どうせ居住スペースには上げないし、姿を見せるわけでもないしとたかを括っていた自らの考えにボディブローをかます。

相手はあの、空崎ヒナだ。そこに可能性の話を持ってきてはいけなかった。

 

「さ、最近猫を拾ったんだ。水路のところでずぶ濡れになってたメスの子猫で」

 

「・・・」

 

「毛並みは乱れてるし弱ってるし怪我はしてるしで、処置が大変だったよ。今は疲れが一気に来たのかぐったりしちゃって」

 

拾ったのが猫ではなく指名手配中の少女、という嘘を除けば殆どが事実である。

しばらく汗ダラダラ、引き攣った笑み、即興で思いついた言い訳で乗り切ろうとするカナエをヒナはジーッと見たのち、呆れたように再びため息。

 

「これからトリニティとの会合があるから、あまり面倒事には顔を突っ込みたくないの。特別に、そういうことにしといてあげる」

 

また頼むわ。

ゲヘナ最高戦力の少女はそれだけ言い残し、踵を返した。

完全に背中が見えなくなると、彼は止めていた息をプハーッと吐き出す。

 

(じゅ、寿命縮まった・・・!)

 

長い付き合いとはいえ、やはり怖いものは怖い。

肝を冷やすとはこのことなのかと理解した。

そして、今自分が渡っているのが極細の綱渡りだというのも、改めて痛感する。

やっていることはほぼ犯罪であり、ヴァルキューレやゲヘナ、トリニティにバレればタダでは済まない。

だが、彼はアツコを見捨てる気は毛頭なかった。

 

「・・・荷物の搬入終わったら早めに閉めて、風邪薬買いに行くか」

 

ついでに病気中でも食べやすいものを買ってやろう。

ちょうど、そう思案した時に注文物を乗せたトラックが到着。両頬を叩き、気を引き締め、カナエは仕事を続けた。

 

 

 

********************

 

 

 

「はぁ・・・」

 

「?」

 

今日はいつもの倍は疲れた。

夕食後に机で突っ伏すカナエに、どうしたのかなと首を傾げるアツコ。

理由の一端は君なんだよと思いつつも、昼時よりだいぶ顔色は良くなり、ご飯も残さず平らげてくれたことに安心。文句は引っ込んだ。

 

「もっ、もっ」

 

(美味そうに食うなあ)

 

デザートとして作った寒天ゼリーにありつく少女を見て、これまでに分かった彼女のことについて振り返る。

無表情に思えて、意外とアツコは表情豊かだった。

手話があまりわからないカナエを気遣って無理をしているとも考えられたが、どうもそうではないらしい。

聞けば微笑と共にタブレットで意図と返答を伝えてくれる。夕食の卵粥も、少し薄味過ぎたとカナエは思ったが花のような驚きの表情を咲かせて、無心にパクついていた。

アリウス自治区がどういうところか不明だが、もしかすると真面な食事等は行えていなかったのかもしれない。

そう思うと自然と、顔に憂いを含んだ感情が出てしまい、少年の突然の表情変化にアツコは機敏に反応した。

 

「どうした?」

 

「(大丈夫?)」

 

「それはこっちの台詞なんだけどな・・・うん、大丈夫。ゼリー美味しいか?」

 

「(コクッ)」

 

「なら良かった」

 

いい感じにはぐらかされたアツコ。

それが少し面白くなくて、どうにか目の前の少年の鉄壁のような牙城を崩せないか思案する。

そして、ある行動に行き着いた。

 

「(カナエ)」

 

「ん?」

 

事前に3文字を打ち込んでからタブレットを置き、両手を柔らかく握ってあざとく、

 

「(みゃあ)」

 

鳴いてみせた。

一瞬何が起こったのかわからないというカナエだったが、ヒナとの会話が聞かれており、その際にアツコを猫扱いしたことを知られていたらしいことに時間差で気づく。

猫の真似は慌てて取り繕った言い訳を考えた彼を揶揄うものであり、真意に気づいたカナエはみるみる顔を赤くして、

 

「い、意地悪するなよ・・・」

 

目を逸らし、悄らしくボソボソと俯いた。

アリウスの姫君はそれに大層気分を良くし、クスクスと笑ってみせるのだった。

 

 

 




honeysuckle:匂い忍冬(スイカズラ)
花言葉:献身的な愛

カナエの声のイメージは、内山昂輝さんです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。