【完結】少年が秤アツコの傷になるまでの話。   作:\コメット/

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※この話には、欠損描写や本編よりも残酷な表現、死亡表現が含まれます。苦手な方はブラウザバック推奨です。




番外編3:ivy《if》

 

 

『何もかも全部終わったら、一緒に花屋をやろう』

 

別れて。

 

逃げて。

 

走って。

 

...捕まって。

 

『姫...アツコ、生きてくれ。どうか私の分まで』

 

別れて。

 

逃げて。

 

走って。

 

『二人とも。私、もういいよ』

 

別れて。

 

逃げて。

 

走って。

 

『ひ、姫ちゃん...逃げて、ください。私はもう、無理そうなので...えへへ』

 

別れて。

 

逃げて。

 

走って。

 

走って。

 

走って。

 

少女は、未だ生きている。

 

 

 

********************

 

 

 

その日は雨だった。

 

キヴォトス観測史上最高値を記録する大雨で、営業日ながらも、カナエはこんな天気で客など来ないだろうと店のシャッターを閉める。

 

「いつ止むんだこれ...」

 

見上げれば、大きな雨粒の向こうに憎たらしいほど分厚く黒い雲が空を覆い隠していた。

歩道は水没、店の中にまで入ってくるのではと思える量の雨水に、今後の処理のことを考えると億劫になる。

 

(アツコと会った前日よりも降ってるんじゃないか...?)

 

一瞬しか店外に出ていないにも関わらずずぶ濡れの少年は、ひと月を共に過ごした少女のことを思い出す。

藤の花のような薄紫色の長髪。

宝石を思わせる赤い赤い瞳。

一挙手一投足が可憐な、幸薄げで儚いあの子を、脳裏に浮かべる。

元気にしているか、上手くやっているか...再会の約束をし、アリウススクワッドを見送って、かれこれ数ヶ月が経過していた。

 

(報道とかは無いしヴァルキューレには捕まってはいないだろうが)

 

そもそも警察学校の生徒があの四人を捕まえるビジョンを思い浮かべろ、というのが至難である。

各自地区における介入権の規制が厳しい昨今、警察という名を戴いているヴァルキューレ警察学校といえど、発見の報告が出たところで現場に到着する頃には既にアツコ達はその場をあとにしている。

それぐらい、今の警察機関には信用が無い。

 

(どうか、この心配が杞憂であってくれ)

 

無事を願う。それだけが、少年に残されたできること。

彼女らの目指す先が光射す場所であることを願いつつ、店へと入る。

買い物には行けないし、昼飯は残り物で済ませるかと二階へ上がろうとした。

 

ピンポーン

 

直後、玄関からインターフォンが鳴る。

 

(誰だ?こんな雨の日に)

 

シャッターに店休日の看板を掛けたはずだが、と訝しむ。

余程の急用を抱えた客か、ヒナやナギサといった知人か、はたまたそのどちらでもない...アリウス分校の手先か。

念の為玄関備え付けの拳銃を手に取り、微かに人影の見えるドアを開放した。

 

「どちらさま...え?」

 

そして、来訪者の正体を知る。

出会った頃のように雨で濡れたその人物の顔は、フードと髪に隠れてよく見えない。

だが、背丈と服装、髪色、何より持ち前の雰囲気で判別できた。

 

「...アツコ?」

 

ピクリと、少年が名を呼ぶと少女の肩が動いた。

そう。彼女の名前は秤アツコ。

アリウスの姫君であり、精鋭部隊スクワッドの一員、短い間ではあるもののカナエと時を過ごした女の子だ。

 

「なんで...いやそんなことより、取り敢えず中に入れ。風邪引くぞ」

 

タオル持ってくるから、と一旦玄関をあとにしようとしたカナエ。

ところが、それは咄嗟にアツコが出した手によって妨げられる。

 

「お、おい。離せって」

 

「...」

 

「...どうした?」

 

「...っ」

 

「おわ!?」

 

沈黙を決め込んでいた、捨て猫のような少女。

少年の気遣いに、声に、体温に堪え兼ねて、もう我慢できないと勢いよく抱きついた。

体の片方にだけ強まる腕の感触、肌着にまで及ぶ浸水、

 

「カナエ、カナエ...っ」

 

そして、雨粒とは違うクリスタルの輝きを放つ涙。

胸の中で自身の名前を呼びながら啜り泣くアツコは、ひどく憔悴していた。

初見の頃のように痩せ細り、身体のところどころには下手な処置を施した手当の痕、何より、

 

(腕が)

 

分厚いパーカーにも見える白いローブが邪魔をして、最初はわからなかった。

意気消沈し、暗さと陰りをまとった自分の知る少女だと、認識していた。

だが、接触した今なら鮮明に、痛々しいほどに理解できる。

 

 

 

右腕が、肩の付け根から消失していた。

 

 

 

余計に軽く感じる体重を一身に受け、ただ呆然とすることしかできない。

初デートの際に繋いだ彼女の右手、それが持ち主から消え失せている事実を、到底受け入れられなかった。

 

「う、うぅ...ひぐっ...」

 

泣き声のおかげで、我に返る。

 

「...とりあえず、風呂に入ろう。何があったのかは、落ち着いてからでいい」

 

風呂場へと連れて行くべく、カナエは会った当初よりも更に軽くなったアツコを抱え、階段を上がった。

 

 

 

********************

 

 

 

「これ、飲めるか?」

 

「...うん。ありがとう」

 

湯船に浸からせ、適切な処置を施し、ベッドに座る少女に温かいココアを渡す。

一口啜ると、止まっていた涙が再び溢れ落ち、それを少年はハンカチで拭いてやった。

その際、どうしても着せたTシャツの右袖口が気になってしまう。空白、何もない、あったはずの右手が、握った感触がまだ残っているあの右腕が、存在していない。

 

(どうして、こんな...)

 

自然と、カナエはアツコを自身の方へ抱き寄せた。

 

「温かい...」

 

ココアに対してなのか、それとも少年の体温に対してなのか。

瞳を閉じ、熱に浸る彼女の背中を摩りながら、不躾と理解していながらも口を開く。

 

「薔薇、ごめんなさい。捕まった時に、全部散らしちゃって...」

 

別れの際に渡した、青い薔薇のことを言っているのだろう。

その状態で今更、そんな心配と謝罪をしないでくれと、カナエは首を横に振る。

 

「いいよ、気にしないでくれ。...何があったか、話してくれるか?」

 

「...うん」

 

ポツポツと、アツコは語り出す。

 

カナエと別れて数週間後、スクワッドの四人はアリウス分校の追手に捕まったらしい。

その際に自分が生贄になるからサオリ達は見逃して欲しい、と交渉を仕掛けたが聞き入れてもらえず、全員分校へと強制連行されたという。

道中に反抗ができなくなるまで暴行を受け、中でもアツコはこれ以上逃げることがないよう手酷くやられたようだ。

足を折られ、全身に打撲痕ができるまで殴られ、右腕は複雑骨折...今後の生活に支障が出るほどの怪我を負わされた。

ベアトリーチェにとって、ここまで刃向かうのであれば道具の状態などどうでも良かったのだろう。

大前提として彼女のお目当てはアツコの血であって、身体ではないのだから。五体満足ではなくとも、その特殊な血液を手に入れることさえできれば、それでよかった。

 

「生贄にされる前日、隙を見てサッちゃんが私たちを逃がしてくれたんだ。拘束を解くのに右腕はこうなったけど...おかげで私は、こうしてまだ生きてる」

 

「サオリさんは?」

 

「...多分、もう」

 

「...そうか」

 

強面で、けれど優しかった黒髪の少女。

短い時間ではあったが、面倒見の良さと不器用な優しさに触れていたカナエにとって、サオリは姉のような存在だった。

そんな彼女は、もうこの世にはいない。その事実を、目の前の少女の方がツラいのだと自分に言い聞かせ、どうにか受け入れる。

 

「ミサキさんと、ヒヨリさんは?」

 

「ミサキは、疲れちゃったみたい。ヒヨリは私を庇って...」

 

ポロポロと、大粒の涙が赤い瞳から落ちる。

皆の最期、見送った背中を、拠点とした廃墟での光景を、血塗られた愛くるしい狙撃手の顔が過ぎり、涙腺は決壊する。

 

「置いて、いかれちゃった...っ」

 

「アツコ...」

 

「みんな、私のために戦ってくれたのに...!なのに、なのに...!」

 

三人の家族。決して、離れることはないと思っていた愛しき彼女達の死が、重く、重く、一人の少女にのしかかる。

残ったのは、秤アツコただ一人。

失ったものは多く、手元には追われる立場だけが残された。

 

「私のせいでサッちゃんが、ミサキが、ヒヨリが...こんなことなら、最初から私が犠牲になるべきだった!」

 

痛々しいほどに悲痛な自虐。

ミシリと、天井が軋んだ気がした。

 

「素直に従ってれば、みんなが死ぬこともなかったのに...!」

 

叫びに、重みが増した気がした。

二重に重なり、脳に直接響く音に、変わった気がした。

 

「私が、みんなを殺した!サッちゃん達を殺したのは、私...!」

 

部屋が揺れる。

ココアの水面に波紋ができ、デスクに置いてある物、台所にある物、ベッドが、ソファがガタガタと震え、一階の花壇達も、微振動により互いを擦らせて金属音を高鳴らせる。

 

「そうだ、私さえいなければ...私が、この世に、いなければ...」

 

世界が壊れる音がする。

理を砕き、常識を砕き、概念を砕く、そんな音が聞こえる。

煌びやかに白く輝く少女のヘイローに、ガラスの割れる音と共に亀裂が走った。

 

「全てが虚しいなんて、嘘だった」

 

こんなに胸が痛いのは。

 

こんなに息が苦しいのは。

 

みんながいなくなったのは。

 

私が生きているからだ。

 

私の。私の。私の。私の───、

 

「私の.........んむっ」

 

秤アツコという存在が反転しかける寸前、蒼井カナエは彼女の唇を自身の唇で塞いだ。

ベッドの上にマグカップが落ち、シーツにココアの染みができる。

そんなことはお構いなしに、少年はただただ少女を優しく抱きしめ、過分となっていた呼吸を落ち着かせるべく奮闘する。

 

キミが自分という存在を否定するなら、俺はその否定を否定しよう。

 

その「苦しみ」を、「絶望」を、許容するために、長い長いキスを続けた。

 

(なん、で───)

 

涙ではなく、自我を失いかけた末に霞んだ視界が、戻ってくる。

部屋の揺れが収まり、世界の亀裂は修復し、ひっくり返ろうとしていた自己が再び中に収まったことを、実感した。

 

(なんで、なんで)

 

柔らかな、温かな彼の唇に身を委ね、アツコは理解不能なカナエの行動にその3文字を繰り返す。

咄嗟のキスを馬鹿にしたのでは無い。

なんで放っておいてくれなかったのか、彼女の疑問はそれだった。

全てを投げ出したかった。もう、終わりにしたかった。

このまま自分が自分でなくなる感覚に身を預けることができれば、それで何もかもが反転し、終焉を迎えると思っていたのに。

なのに、カナエがそれをさせてくれなかった。

繋ぎ止め、離そうとしてくれなかった。

 

「...なぁ、アツコ」

 

永遠にも思えたその行為が解け、少年が少女を見る。

 

「キミが今、どれだけ悲しいか。俺は分かるって言えない。それは不用意に言っちゃいけない言葉だと思うから」

 

ヘイローのヒビ割れ、その進行が止まる。

治りはしない。一度抉れた傷は、修復不可能なもので、本人でさえも干渉できない領域だ。

 

「俺は、サオリさん達の代わりにはなれない。精々、こうしてキミの側にいることしか、できない」

 

そこには無い右腕、空を掴む。

 

「キミを導くこと、それは俺にはできない。でも、でもな?こんな力不足で頼りない俺だけど、アツコを抱きしめることは、できるんだ」

 

施せることといえば、それだけ。

誰にでもできることであって、しかし今はカナエにしかできないこと。

 

「さっき、キミは自分さえいなければと言った。けど、キミがいなかったら俺は死んでいたんだ。あの拷問で...いいや、もっと前に」

 

首を絞められたことがある。

自身を生んだ母親が、精神安定剤を規定量の数倍も含んだことで狂乱状態になり、その理不尽な反動をカナエは受けた。

父親は嘲笑を浮かべていた。

ああ、ボクは生まれてきちゃいけなかったんだと、幼少期に悟った。

前者は自殺、後者は蒸発。心に深い傷を負った彼に手を差し伸べてくれたのが、祖父。

そして、生きる意味をくれたのが、今目の前にいるお姫様だった。

 

「キミが、俺を救ってくれたんだよ。たとえ自分を蔑もうと、その事実だけは覚えていてくれ」

 

秤アツコの傍には、まだ蒼井カナエがいることを、忘れないでくれ。

 

「俺、なんだってするよ。前みたいに笑ってくれ、なんて無理強いは絶対にしない。生きてさえくれればいい。そのためなら、キミのためなら...誰だって敵に回せる。アリウスも、ベアトリーチェも...世界も」

 

とうに覚悟は決まっている。

あの日から、祖父との約束をした日から。

必要なのは、その決意をより強固にするための不屈の想いだけ。

 

「...カナエに、危険な真似はさせられない」

 

「アツコ...!」

 

「あなたは、大切な人。サッちゃん達と同じくらい、私にとってかけがえのない...好きな人。そんなあなたに、一緒にいてって、側にいてって頼むなんて...そんなの」

 

死んでくれと、言うようなものだ。

 

「俺は「でも」...っ!?」

 

俺はそれでも構わない。

その台詞を、少女は遮る。

 

「今の、私には.........一緒にいてくれる人が...あなたが、必要...っ」

 

いつもの凜とした、薔薇のように美しい表情を涙でボロボロに崩したアツコ。

現存する左腕が、カナエの背中に回される。

 

「お願い、カナエ...っ。私を、離さないで。ずっと...ずっと..っ!」

 

「...うん、わかったよ」

 

抱擁に、抱擁で返す。

歪な運命に翻弄されてきた二人は、今、その魔の手から逃れるべく手を取り合う。

 

「カナエ...っ」

 

「うん」

 

「一緒に...地獄に堕ちて...っ」

 

「それが、キミの頼みなら」

 

終わり果てるまでの心中路。

その道行を辿る誓いを、ここに立てた。

 

 

 

********************

 

 

 

業火と、爆発。

 

ゲヘナ郊外二代目MiracRoseに起きた事象は、その二つだった。

 

「な...ッ!?」

 

ドアを蹴破り、窓を破り、土足で家内に侵入したアリウス分校の生徒達に待っていたのは、文字通り熱烈な歓迎。

衝撃と熱風吹き荒ぶ、字面と同じ熱々なサプライズだ。

この大爆発により、店は崩壊。侵入者達もその数を大きく減らすこととなった。

戦線離脱という甘い言葉ではなく、命を捨てることによって。

 

「お、おい...無事なやつは...」

 

「おまえ以外もういないよ」

 

「...ッ」

 

爆発をモロに食らって起き上がれないリーダー格の生徒の前に、カナエが立った。

 

「貴様...!」

 

「驚いた。結構な爆薬を仕込んだつもりだったんだが。やっぱり上級職の装備は他と違うのか?」

 

「ほざけ...!クソッ、なぜ襲撃がバレた...!?」

 

「予測くらい付くだろ。アツコが逃げ出して、手負いのあの子が行く当てはここぐらいだ。数ヶ月前におまえらの襲撃が無かったのは誤算だったが...俺の店の場所がわかっていたようで、良かったよ」

 

アツコとの再会から数日、アリウス分校はロイヤルブラッド確保のためにゲヘナ郊外に訪れた。

手負いの姫君、協力者は無能、制圧など容易い。そういった慢心を持って、彼女らは作戦に臨んだのだろう。

結果はこの通り、返り討ちの全滅だ。

 

「おまえらにとっては雨が誤算だったな。編隊を組んでの移動、しかも風紀委員会の目を盗みながら。あれだけの悪天候じゃ、行動に差し支える。失態を挙げるなら三つ。もっと少数で動くべきだった、俺を無能と侮るべきじゃなかった、そして...俺たちに時間を与え過ぎた」

 

おかげで全員消し飛ばせるだけの仕掛けを施すことができた。

 

「この...せいぜい、後悔することだ...!これからおまえ達が逃げたところで、また私たちが捕まえに行く。その繰り返しだ!安寧など、どこにもない!」

 

「───なんだ。アンタ、もしかして自分に次があるとでも思ってるのか?」

 

「...え?」

 

ガチャリ。

少年の手に、拳銃───別の世界線で、ミサキから貰うはずだった物───が、握られる。

それをゆっくりと、大火傷で地面に伏すリーダー生の頭部へと、構えた。

 

「お、おい。待て、やめろ」

 

「ダメだ、やめない。ここでアンタを殺さなきゃ、また俺たちの邪魔をしにくるんだろ?」

 

「おま、え、正気か!?人の命を、なんだと...!」

 

「...それを言うのか、アンタが」

 

予想外の言葉に、カナエは呆れてため息も出ない。

 

「サオリさんは、辛かったはずだ。ミサキさんは、苦しかったはずだ。ヒヨリさんは、痛かったはずだ。...三人とも、できることなら生きたかったはずだ」

 

その三人の命を奪ったおまえ達が、自分の命可愛さにそんな世迷言を宣うのか。

ふざけるな。

 

「サオリさん達を殺したおまえらが、命を語るな。そもそも、アツコをあんな目に遭わせたんだ。末路なんて、とうの昔に決まってるだろ」

 

腕を失い、バランスが取れず歩行が不自由になった少女の後ろ姿。

彼女のあの様を見るだけで、カナエの腸は煮え繰り返った。

怒りと、憎しみ。他人に対して、これほどまでに憎悪を抱いた経験は他に無い。

 

「あの世で、死んだ三人に詫びろ」

 

「人殺しが...狂ってる...!」

 

「狂う?違うな。これは───覚悟だよ」

 

「この」

 

三発の銃声。

 

頭皮を、頭蓋を、脳を突き破り、凶弾は対象を絶命へと至らしめた。

 

「...」

 

ヘイローが砕け、永遠に沈黙したアリウスのリーダー生を視界から外し、カナエは見るに耐えない有様の店を見た。

 

「ごめん、祖父さん。せっかく建て直したのに、こんなにしちゃったよ」

 

でも、約束を守るためなんだ。どうか許してくれ。

初めて人を殺した感覚。迫り上がる嘔吐感を塗り固めた覚悟で押し潰し、元花屋の店長はもう戻らないと決めた店の跡から目を背く。

 

「カナエ、こっちは終わったよ。そっちは?」

 

「ああ、俺も済んだ」

 

拳銃をホルスターに仕舞い、深くフードを被るカナエは、存命だった他の兵にトドメを刺してきたアツコを迎える。

 

「...ごめん、カナエのお店が...」

 

「使えるものならなんでも使うよ。...もう、あとには引けないけどな」

 

尤も、引くつもりは毛頭無い。

 

「行こう、アツコ」

 

「...うん」

 

残った彼女の左腕を取り、二人は炎に背を向け闇へと消えた。

 

 

 

********************

 

 

 

追手からの逃走、追いつかれれば返り討ち、そしてまた逃走。これらを繰り返して、もう二年になる。

 

片腕を失ったアツコを守るため、必然的に戦闘技能が必要となったカナエ。アリウススクワッドのタンク指導の元、彼は徐々に徐々に本来伸ばすことのなかったスキルツリーを実らせた。

極限状態におけるカナエの技術向上は凄まじいもので、僅か半年で教えを我が物とするに至る。

 

「髪伸びたな」

 

「え?...そういえば、そうだね。言われなきゃ気づかなかったかも」

 

雪吹き荒ぶレッドウィンター郊外、誰の目も及ばない暗い洞窟内に、カナエとアツコはいた。

 

「梳いてやるよ。それか切る?」

 

「なら、梳いて欲しいな。髪は、もう少しこのままでいたいの」

 

「わかった」

 

二年前は腰に届くか届かないかくらいの長さだった後ろ髪は、結んではいるものの地面スレスレにまでその勢力を拡大している。

 

「毛先だけ、整えるために切るよ」

 

「うん」

 

事前に確認を取り、櫛を使い長い髪を線に沿って梳く。

風呂に入らないこともないが、割合としては野宿の方が多い二人。水浴びに水拭きと、清潔さを保つための行為を続けているおかげか、アツコの髪は超ロングヘアーではあるものの、その質は良を保ち続けている。

相方のカナエが、毎日こうして手入れをしてくれるのも、ポイントの一つだ。

 

「そろそろ弾薬の数が怪しい。一度街に降りるか」

 

「食料も心許ないから、補充しないとね」

 

「ああ」

 

「...もう、二年も経つんだ」

 

「早いもので」

 

「サッちゃんと、同い年になっちゃった」

 

「ミサキさんとヒヨリさん、もう俺たちより一個下なんだな」

 

「不思議...背は、もう少し欲しかったかも」

 

「女の子なら高い方じゃないか?」

 

「160cmって、そうなんだ。カナエも伸びたよね」

 

「祖父さんがデカかったから、もう少し伸びると思ったんだけど...まぁ182cmで贅沢は言えないか」

 

巨漢、ではないが痩せ身でありながらも190cmあった祖父。いつか自分もあれぐらいには、と心躍らせていた時期があった。

 

「ついでに結んどく」

 

「ありがと」

 

毛先を整えたのち、いつもの髪型へと仕立て上げる。

手際といい、もしかするとカナエには床屋の才もあるのかもしれない。

大抵のことが人並み以上にできるそんな彼に、戦うことを強制してしまっている。

アツコは、それが申し訳なかった。

 

「...ねえ、カナエ」

 

「全然後悔とかないよ」

 

「...心、読まないで欲しいな」

 

「キミがその声音で話す時、決まってその話だし、予測は付く」

 

よし、できた。

髪型の出来栄えに満足しつつ、少年は少女に向き合う。

 

「一生離すつもりは無いからな。キミが言ったんだ、自分の言葉に少しは責任持ってくれ」

 

「でも、あなたの幸せを私は」

 

「奪ってるなんて、そんなこと一切無い。俺は今が一番幸福だよ。惚れた女の子と共同作業で生きてるんだ。辛いことがあっても、隣にはいつもアツコがいる。それだけで十分幸せなんだ」

 

彼の夢は、アリウスの姫君を助けること。

現在進行形で、それは叶い続けている。

 

「アツコは、今が不幸だと思ってるのか?」

 

「そんなこと!...そんなこと、ない。寧ろ、こんなに貰ってていいのかってくらい、私は幸せ」

 

「言わせた?」

 

「ううん、私の本心」

 

「なら良かった」

 

互いの歪んだ関係の確認を終え、カナエはアツコの隣に腰を下ろす。

コテンと、少女は少年の肩に自身の頭部を乗せた。

 

「...疲れてないか?」

 

「平気...って言いたいところだけど、ちょっと眠たいかな。髪梳くの、気持ち良くて」

 

小さい口から、可愛い吐息が漏れる。瞑りそうになる目をゴシゴシと、眠気に抗うべく左手で擦るアツコ。

 

「私が眠らないように、何かお話しして。暗いことでもいいから」

 

「それじゃあ、この二年のことを振り返るか」

 

逃亡劇の間、キヴォトスの勢力図に大きな変化が訪れた。

三大学園と名高いゲヘナ学園、トリニティ総合学園の二校が衰退の一途を辿ったのである。

理由は、多大なる影響力を持った人物の死。

ゲヘナは、空崎ヒナを。

トリニティは、聖園ミカと百合園セイアをそれぞれ失った。

 

キヴォトスでも最強と名高かった風紀委員長、空崎ヒナ。彼女は、原因不明の爆発事故に巻き込まれたらしい。

このアビドス砂漠で起こった、歴史上最悪とも言える事件は何人もの死者を出したという。

ヒナもその一人であり、恐らく彼女は事件を阻止しようと単独で動き、帰らぬ人となった。

面識もあり、世話にもなっていた人物の唐突な訃報に、カナエも酷く驚き、悲しんだことを思い出す。

 

次に、トリニティの二人。

聖園ミカはエデン条約騒乱の件で監禁中の身でありながら、脱獄し暴走。アリウス分校があるという地下墓地に単身乗り込み、そこで亡くなった。

百合園セイアは聖園ミカと接触後に意識を失い、そのまま二度とヘイローを点灯させず帰らぬ人になったらしい。

 

現在は留年といった形で羽沼マコトと桐藤ナギサが学園に留まり、学園の指針を一つにしようと頑張っているようだが、それも長くは保ちそうにない。

 

二校の没落により、自動的に一強となったのがミレニアムサイエンススクールだが、生徒会長の方針により他校との接触を限りなく閉鎖。

技術提供を途絶させ、周囲からの反感を買いながらも学園は現存している。

 

連邦生徒会は、底だった支持率を更に低下させた。

理由は、新しく生徒会長として就任した代理人の政策の悉くが失敗に終わったためである。

クーデターにテロ、治安の悪化は避けられず、今やハリボテとなった見た目だけは立派なビルで、無駄な書類仕事を続けているらしい。

 

ベアトリーチェ率いるアリウス分校は、錠前サオリの殿作戦、聖園ミカによる単身特攻、更にカナエとアツコの返り討ちにより、生徒数は大幅に減少。

最後の襲撃から、一ヶ月が経過しようとしていた。

 

「本当に、色々なことがあったな」

 

「あれだけ規律の行き届いていたトリニティも、デモや事件が絶えないみたい」

 

「首脳が優秀な学園は、なんとか体裁を保っているらしいがそれも限界だろうな」

 

終末期、学園都市キヴォトスという世界の終焉が近づいているように、彼は感じた。

 

「これからどうしよっか。アリウスの追手も、最近見かけないし」

 

「油断はできないけど、確かにこのまま野宿を続けるのは辛いな」

 

吹雪が二人を隠してくれるため、レッドウィンターの郊外は何かと都合がいい。

暫くは雪を防げる洞窟で寝食をこなしていたが、流石に延々とこれを続けるわけにもいかなかった。

 

「アツコ」

 

「なに?」

 

「提案だ。キヴォトスの外に行ってみないか?」

 

「外って...学園都市の?」

 

「ああ。詳しくは出てみないとわからないけど、そこならベアトリーチェの目を気にする必要も無いだろ」

 

「...そっか。その手があったんだ」

 

こことは違う、別世界とも言える二人にとっての未開の地。

その存在に心躍らせるアツコ。

 

「たしか、D.Uで交易のための船が動いてたはずだ。積荷に忍び込めば、なんとかなるだろ」

 

「なら、明日吹雪が弱まったら出発しよう。善は急げだよ」

 

「だな。なら、今日はもう寝ようか。髪を整えたばかりだけど」

 

「明日また結んでくれればいいよ」

 

「わかった」

 

分厚い毛布を鞄から取り出し、二人寄り添ってソレに包まる。

互いの体温を感じつつ、飽きることのない密着の幸福を味わい、明かりを消した。

 

「おやすみ、アツコ」

 

「うん。おやすみ、カナエ」

 

交互に頬へキスをして、少年と少女は目を瞑った。

 

 

 

********************

 

 

 

声を発することでの位置判明、逃亡生活において嫌でもついて回るこの問題は、実は早期に解決していた。

 

錠前サオリ、アリウススクワッドのリーダー、その手柄である。

 

死の間際、彼女はアリウス分校の機器計器類を一つ残らず破壊した。その中には秤アツコを追跡するための機械もあり、ロイヤルブラッドを欲するベアトリーチェにとっては苦渋を舐める結果に。

代わりとしてサオリを生贄にしたものの、本来目当ての血とは違うモノを取り込んだところでメリットは少なく、結局、エセ教祖は再びアツコを追う手間を取らざるを得なかった。

 

手駒である洗脳した生徒も底を突き、あとは自らが動くしかない状況。

カナエとアツコは、そう思っていた。

 

それが、失態だった。

 

 

 

 

 

 

「......あ」

 

雪に染み込む紅を見て、自分は撃たれたのだと分かった。

一撃で、たったの一撃で、少年は満足に体を動かすことも叶わなくなる。

力無くうつ伏せに倒れ、自身の生温かい血が腹の下の雪を溶かしていく感覚、指先にすら力が入らない己の様。極限状態なのもあってか、彼は無意識にそれを俯瞰して見ていた。

 

「アツ...コ...」

 

傍らに倒れる少女は、カナエよりも入念に無力化されたらしい。

浅い呼吸、長髪が真紅に染まり、蜂の巣にされた腹部からは少年の重傷が可愛いとさえ思えるほど、血がドクドクと流れている。

閃光を思わせる、ヒビの入ったヘイローは不安定に点灯を繰り返す。

 

「が...ぐ......っ」

 

手を伸ばす。

今すぐに彼女に触れないといけない。

それで状況が好転するわけでは断じて無いが、そうしなければきっと後悔する。その確信が、彼にはあって。

 

グシャッ

 

「がぁ...っ」

 

しかし、カナエの震える左手は第三者により踏み潰される。

骨の折れる音がした。皮膚のズレる音がした。一生使い物にならないほどの致命傷を、彼は負った。

激痛に耐え、苦悶の中足の主を見上げる。

 

「誰、だ...こいつら...」

 

旧シスターフッドの装束、顔全面を覆うガスマスク、雰囲気は人間のものとはかけ離れている。

ユスティナ聖徒会。

ベアトリーチェがミメシスにより得た私兵であり、秤アツコ確保のために温存していた隠し球。

雪で霞んだ風景から続々と、ソレらは二人を囲うように集結する。

中には狙撃銃を持った個体もおり、カナエの腹を撃ち抜いたのはその亡霊だと推測できた。

 

「───」

 

一言も発することなく、事務的にミメシス達はカナエとアツコを引き離す。

無造作に、無遠慮に、無慈悲に。二度と離れることはないと誓った二人を、手の届かないところまで離れさせる。

 

「アツコ...っ」

 

「ひゅぅ...ひゅぅ...っ、カナ、エ...」

 

互いの名前を叫ぼうとも、何も変わらない。

少年は数人に押さえつけられ、少女は不可思議な機械を持った何人かの個体に囲われた。

取り出されたのは、ちょうどアツコの腹部に突き刺さっている弾丸と同じくらいの形状の管。

これから何が行われるのか、察しの良いカナエは一眼見て分かった。

 

「やめろ」

 

頭を地面に叩きつけられる。

アツコの腹部の弾痕へ、被弾した箇所を埋めるように無数の管が差し込まれた。

 

「やめ、ろ...やめろ、やめろ!やめろって言ってるだろうが!!」

 

抵抗するたびに、腕の骨を、足の骨を折られる。

それでも、彼はやめない。咆哮を、抗うことを、やめはしない。

 

「クソッ、アツコ!アツコ...!待ってろ、俺が...!がぁっ、邪魔だどけ...!今行く、から...助けるから...!」

 

雪の冷たさよりも、頭に血が上る憤怒の熱が勝った。

這ってでも姫君を助けんとする少年を、ユスティナ聖徒会は万力の力をもって抑えつける。

管が、機器が、彼女の血を吸い上げる。

吹雪の中でもわかるほどに、駆動音と吸引音を撒き散らかして、少女の命を吸い上げる。

 

「やめろ...アツコを...放せ...!」

 

顔を殴られる。

傷口を抉られる。

力が、抜けていく。

 

「やめ...ろ...くそ...」

 

背骨を折られる。

 

「やめて...ください...アツコを、放してください...」

 

荒げた口調が身を潜めるも、それで止まるベアトリーチェの兵士ではない。

地面に敷かれる雪の色と大差ない肌色になろうとも、少女の呼吸が薄くなろうとも、尊厳を破壊する行為は尚も続く。

 

「ア...ツ..........コ...」

 

視線の先で、アツコが酷い仕打ちを受けている。

悪辣で、人を人とも思わない光景が、繰り広げられている。

ソレを止めたいのに、体が動かない。動けない。動かせない。

 

「......」

 

遂に、少年の口から声が掻き消えた。

彼が行動に起こせる事柄は、全て消え失せた。

祈ること。もはや、彼に残されたのは思考による願いのみ。

 

神様、どうか、どうかお願いです。

 

アツコを助けてください。

 

沢山の人を傷つけたかもしれません。

 

生まれながらの運命が彼女を呪っているのかもしれません。

 

でも、お願いです。あの子を生かしてください。

 

花が好きな子なんです。

 

笑うと可愛らしい子なんです。

 

境遇が境遇なだけで、どこにでもいる普通の女の子なんです。

 

俺の全てを捧げます。

 

血も、肉も、骨も、臓物も、記憶も、来世も、全てを捧げます。

 

ですのでアツコだけは、秤アツコという少女だけは、どうか助けてあげてください。

 

「おね、がいです...誰でもいい...アツコを、助けてくれ...」

 

その願いすら、ユスティナ聖徒会は踏み躙る。

懇願を聞き届けることなく、ロイヤルブラッドの血を一滴残らず搾取せんと機器の出力を上げた。

 

 

 

(泣かないで、カナエ)

 

涙と怪我で男前を台無しにした少年の方を見て、アツコは彼を安心させるべく微かに微笑んだ。

 

(あぁ...さすがに、これはもうダメ...かな)

 

視界が霞む。

血液を吸い上げられる度に、自分が死体に近づいているのが分かった。

正に血の気が引くとはこのことなのかと、自嘲気味に苦笑をこぼす。

 

(サッちゃんも、こんな風に苦しかったのかな)

 

ミサキとヒヨリは、多分恐怖を抱えて命を散らしたのだろう。

でもサオリは、もしかすると安らかに逝ったのかもしれない。なぜかはわからないが、そんな気がするのだ。

 

(私も、悔いのない死に方...したかったな...)

 

運命を呪ったりはしない。

それが定めなら、甘んじて受け入れるつもりだ。けれど、今は少し耐え難い。

こんな終わり方は、望んでいない。

とはいえ、盤面を覆すカードを持っているかと問われれば、それは否と答えるしかなくて。

 

(...神様)

 

奇しくも、アツコのとった手段はカナエと同義であった。

 

神様、どうかお願いです。

 

カナエを助けてください。

 

彼は人を殺めました。

 

災厄ともいえる私の、共犯者となりました。

 

けれど、それは全て私のためなのです。

 

花が好きな人なんです。

 

屈託ない笑顔が、年相応に可愛い人なんです。

 

私が大好きな、私の大好きな男の子なんです。

 

私の全てを捧げます。

 

正真正銘、秤アツコという存在を構築するもの全てをあなたに捧げます。

 

ですのでどうか、カナエを、私の愛する人を助けてあげてください。

 

「...ぁ」

 

意識が遠のき、死が迫る。

 

「───あ」

 

その最中、確かにアツコは見た。

仰向けに倒れる彼女の頭上、

 

 

 

そこに、闇とも虚空とも見て取れる現象が顕現する瞬間を。

 

 

 

ブラックホールのように無機質な漆黒、けれども極彩色の可能性を感じるソレは、何も語らないし、何も言わない。

ただそこに在るだけで、少女に干渉することはない。

 

けれど、アツコにとっては『力が欲しいか』と問いているかに見えて。

 

(...うん、欲しい。カナエを助ける力が...今直ぐに)

 

躊躇わず、彼女はその虚空へと手を伸ばした。

 

 

 

********************

 

 

 

事態は、数分で決着がついた。

 

自らの意思で反転したアリウスの姫君は、周囲のユスティナ聖徒会を一掃。

間髪入れずワープゲートを作り出し、地下墓地のややこしい構造もスキップしてベアトリーチェの元へと辿り着く。

突然の登場に、驚きを隠せないエセ教祖。

それもそのはず、彼女の目の前にいるのは未来の自分であるべき姿だったのだ。

由緒ある特別な血筋、ロイヤルブラッド。未知の力、色彩。

二つを掛け合わせたテラーを前に、ベアトリーチェはなす術もなく一瞬でその命を散らした。

 

「───」

 

神秘によって作り出された右手が握る、憎き敵の首を放り投げ、アツコは再度雪景色へ飛ぶ。

舞い戻った地では、愛しの思い他人が血を流して倒れていた。

 

「終わったよ、カナエ」

 

ゆっくりと、少女は少年を抱き起こす。

生気の無くなった傷と痣だらけの彼の頬を撫で、因縁の終焉を報告する彼女の目には、涙が溜まっていた。

ポツリ、ポツリと、カナエの顔に雫が滴る。

 

「本当に...可愛い寝顔...」

 

眠るように、彼は動かなくなっていた。

その瞼が開くことは、もうない。

 

「ごめん、ね...結局、助けられなかった...あなたを、殺してしまった...っ」

 

共に地獄に堕ちてと言ったから。

希望など望んではいけない道程で、僅かにも幸福を感じてしまったから。

だから、彼は死んだ。

自分のせいで、蒼井カナエの命は尽きた。

 

「ごめ、ん...ごめ...ごぶっ」

 

繰り返す謝罪、合間に挟まる咳。

口元に手を当てると、生温かく赤い液体が左手を汚していた。

 

「...そっか」

 

納得と同時に、体がガクンと少年に覆い被さるように倒れる。

自身の腹部から、止めようのない血が滲み出た。

 

色彩、テラー化の代償。

 

彼女には確かに適性があった。受け入れる器も、許容する強度も、扱う技量も。

ただ一つ、反転時の身体の状態。これが災いし、本来であれば問題なく使用可能な色彩の力が傷口へと牙を剥き、少女の寿命を刻一刻と減らしていく。

 

「カナエ...カナエ...私の、大好きなあなた。もうすぐ、私もそっちに...」

 

最後の力を振り絞り、少女はもう一度彼の寝顔を見ようと状態を起こす。

そして、気づく。

 

「───ぇ」

 

瞼が、瞳が、もう開かないと思っていた彼の目が。

薄く、微かに、こちらを見ている。少女の双眸に、自身の視線を重ねている。

 

「...つ.........こ...」

 

消え入りそうな声でアツコの名前を呼び、涙を払うべく彼の手が彼女の頬を拭う。

 

「カナエ...っ」

 

キュッと、その手を少女は握った。

もう冷たく、数十秒後には再び活動を止めるであろう手を、柔らかい所作で握った。

 

「あ...つ......こ...」

 

「うん、うん...聞こえてる。ちゃんと、聞いてるよ、カナエ」

 

「あ...あ......」

 

「うん」

 

声が失われる。

発声が無くなる。

それでも、少年は自身の口を全身全霊で動かした。

死力を尽くして、振り絞って、少女へと手向けた彼は、薄く微笑む。

 

「私も...私も、愛してる。大好きだよ、カナエ」

 

人生最後の告白を。

 

あなたに捧げるこの愛を。

 

証明のための口付けを。

 

叫び、謳い、噛み締めて。

 

二人は赤く染まる雪原で、共に果てた。

 

 

 

********************

 

 

 

吹雪が止み、晴れ渡る空の下。

そこに、黒い少女が立っていた。

 

「...」

 

純黒のドレスが風に揺れ、同時に彼女の視線の先にある雪景色...ではなく、

 

「これは...一体」

 

一面の花畑、その一輪一輪が、揺れ動く。

レッドウィンター郊外において、この光景は本来あり得ない。

雪原の中に咲く花など、御伽噺でもない限り夢物語の産物だからだ。

しかし、それは実際に目の前で咲き誇っている。

 

「あれは」

 

花畑のちょうど中央に、二つの人影が見えた。

死んだように眠っている、いや、眠るように、安らかに息を引き取っている男女だ。

少年の方はわからないが、少女の方は。

 

「...そっか。あなたが、反応の正体」

 

自分以外の色彩の顕現を確認し、大規模作戦の遂行直前ながらも、急遽こちらへ出向いた黒い少女。

薄紫の色をした長い髪の少女を一瞥して、この子がそうだと決定づける。

死体の状態はまだ新しく、この花畑を咲かせた神秘の強力さもあってか劣化はあまり進んでいない。

 

「そう。あなたは、大切な人を守れたんだね」

 

自分以外の色彩契約者、その光の無くなった瞳をソッと閉じてやり、傍らの少年と横になるよう寝かしてやる。

微笑のまま永久に眠る二人、それが少し、羨ましい。

 

「ん...なら、私は邪魔者」

 

踵を返し、死の神...アヌビスは片方の手を高々と上げた。

 

「始めよう、先生」

 

空が落ちる。

血の色に、紅に染まり、キヴォトス全土を包み込む。

箱舟が現れ、世界の終わりを到来させる。

 

黒きテラーが去った後、花畑の上に再び残された少年と少女。

二人の手は、学園都市の終末が訪れようとも、固く握られていた。

 

 






ivy:アイヴィー
花言葉:死んでも離さない


イメージソング『Pray』byレイチェル
『ゼロ』by BUMP OF CHICKEN

青空の下、雪原で倒れる二人が共に手を握り微笑んでいるのをイメージしてから曲を流していただければ、擬似EDみたいになります(気分

ifカナエ:物事を人並み以上に熟す才能が、アツコを守るために活かされた。一撃でお陀仏なのは変わらないものの、アツコ直伝の回避力、サオリと肩を並べるほどの戦闘技術によって、彼は無力を脱却している。
傍らの少女を守るためなら、何だってやる覚悟。
武装は敵から奪ったサブマシンガンと、ミサキのセイントプレデター、ハンドガン。

ifアツコ:天童アリスほどではないが、地面スレスレにまで髪が伸びている。右腕を失ったためタンクの役割はできなくなった。二年の時を経て、身長と胸は少し成長した。
義手でも付けようか考えたが、隻腕が作者の癖であり死に設定になりそうなので却下した。
カナエを守るためなら、何だってやる覚悟。
武装は変わらず、スコルピウスとドローン、スタンガン。

アツコ*テラー:黒服が例えるならば、高潔の神(ガブリエル)
ベアトリーチェの欲した姿であり、アツコがカナエを守るために獲得した姿。
失った右腕を強化された神秘で偽装、ドローンは高出力のビーム砲が備え付けられ、スコルピウスも従来の物とは比べ物にならない威力への改良が施されている。
衣装はZOZOTOWNコラボで想像してもらえると有り難い。
武装はスコルピウス百式、強化ドローン。

シロコ*テラー:死の神(アヌビス)
砂狼シロコ。色彩の力を使って転移してきた訳ではない、この世界線の彼女。
カナエとアツコの終焉を見届け、プレナパテスとプラナと共に世界を終わらせ、箱舟により旅立った。

ベアトリーチェ:慎重になったところで別におまえが強くなったわけじゃねえだろうがということで、アツコ*テラーに首チョンパされた。
もしもロイヤルブラッドの血を我が物にし色彩と接続しても、その瞬間シロコ*テラーに瞬殺されるので彼女に未来はない。



書きたいシーンと癖を拗らせたお目汚しSSでした。許せサスケ、これで最後だ。
最近刺激が足らないなと思い、プロットを作成。本筋はハッピーエンドだからバッドエンド√も作るか!と書き上げました。
終末世界を両想いの男女が追っ手から逃れるべく逃亡劇を繰り返す。少年は少女を守るために覚悟ガンギマリで、その少女は片腕を失ったことで本来の強さを失っている。不幸の中の幸福を噛み締め、直近で起こる尊厳破壊。少年の懇願に、少女の願い。そして覚醒、共に果てる。

もしも気分を害された方がいましたら、申し訳ない。
そして、今すぐにチェンソーマンとファイアパンチ、ノゲノラゼロ、ダンロン3を見てきてください。
でも楽しかったんですよ、書くの。正直尊厳破壊シーン書いてる時が一番...モニョモニョ。

これにて、本小説の更新は最後となります。
ゲーム内でアリウススクワッドのお話が更新されたら考えるでしょうが、今回で正真正銘の完結ということで。

数ヶ月に渡る支援、ありがとうございました。
感想、評価、お気に入りにしてくださった方々、全てを把握しております。

次もブルーアーカイブの小説を執筆しようと思っており、タグに「月雪ミヤコ」、作者に私の名前を見かけましたら、「あ、帰ってきやがった」と生温かい目で迎えていただければ幸いです。

本当に、本当に、ありがとうございました。






ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ



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