【完結】少年が秤アツコの傷になるまでの話。 作:\コメット/
「花、好きなのか?」
カナエの店、『MiracRose』での居候三日目。
アツコは店休日のためシャッターの下りた店内で、マジマジと花たちを見つめていた。
そんな彼女に、ふと彼は尋ねる。
「(好き。名前はわからないけど、花は好きだよ)」
手話で返答。
「そうか、なら好きなだけ見てくれ。きっとこいつらも喜ぶよ」
会話は詰まらず、アツコの伝えたい言葉を容易に脳内で理解し、スムーズに返す。
徹夜というほどでもなかったが、カナエは彼女が眠った後、予定していた手話の勉強に励んだ。
一夜でアリウスメンバーと遜色ない理解度に至った訳なので、彼の勤勉さに心底アツコは驚く。
そして、同時に嬉しかった。
(お店や私のことで、忙しいのに)
パソコンでカタカタと、市場に並べて欲しい商品を打ち込んでいる彼を、花に続いてジッと見た。
怪我の痛みや高熱で余裕がなかった昨日までとは違い、今はそれなりに楽なアツコ。症状が緩和した彼女の興味を引いたのは、カナエという少年の本質について。
知りたいという欲求が芽生え、自然と彼の姿を追う。
端正な顔立ち、染めた形跡のない黒髪、目はつり気味で瞳の色は髪と同じく黒い。身長も歳の割には高く、仕事でついたしなやかな筋肉が服に隠れていても感じられる。
話し方はキツめだが、節々にアツコを気遣う優しさが滲み出ていた。
彼を築く根底はなんなのか、非常に興味を唆られる。
というか、アツコはそれしかやる事が無かった。端的に言って暇だった。
追われる身で贅沢だとは思うが、怪我で動き回れずにほぼ寝たきりだった二日間。
花があるのは嬉しいが、もう少し刺激が欲しいところ。
だから、アツコは目の前にいる少年で暇つぶしをすることにした。
(そろり、そろり)
逃亡生活の末に培った抜き足で接近、ちょこんとカナエの隣に収まる。
彼は仕事に没頭しているのか全く気づかない。
まずは横顔を観察。
「んー・・・在庫は・・・」
どうやら今は店の在庫確認を行っているらしい。
目元には少し隈。夜中に手話の勉強をし、尚且つ早起きもしたのだから当然だ。
タイピングの音をバックに、観察を続ける。
(指、細くてきれい)
手のサイズは一関節分違う。指が長く、爪は土が入らないように短く切り揃えてある。
キーボードを打つのはあまり速くなくて、ミスしないように的確に、ゆっくり一つ一つ押すスタイル。それが妙に小気味良くて、ずっと聴いていられそうで、眠気も誘う。
このまま彼に寄りかかって寝てもいいと思ったアツコだが、いやいやまだ終わっていないと首をブルブル振って再度彼を見る。
白いTシャツとジーパン、その上にお店のロゴが入ったエプロンを休日でも着用しており、一応パソコン業務も仕事の一環だと捉えているのだろう。
共に生活する中で、カナエという少年の性格は結構キッチリ真面目なのが分かった。
(でないと一人でお店なんて経営できないよね)
例えばそう、アリウススクワッドのメンバーでハンバーガー店を経営するとしよう。
恐らく1時間と保たず潰れる。誰に任せても愛想の悪いレジ打ち、ヒヨリはいくらかマシだろうがテンパると終わる。
唯一の取り柄といえばクレーマーに対して無類の強さを誇ることぐらい。
一般的な教養が殆どない四人とはいえ、想像するだけでもこの体たらく。
それに比べて、隣にいる少年は一人で一店舗を繁盛させている訳なのだから、称賛に値する。
(同い年なのに)
えらいえらい。
気づけば手が彼の頭に伸びていて、ポンポンと優しく髪を触っていた。
(・・・ハッ)
時既に遅し。
「・・・ビッ、クリしたぁ」
ようやく側にアツコがいることに気づき、困惑と驚愕の二つの感情を抱くカナエ。
「え? 何してんの?」
「(見てた)」
「な、何を?」
スッとカナエを指差す。
「なんで?」
「(暇つぶし)」
「暇つぶし・・・」
「(意外と面白い)」
そう言い残して、ふらっと離れるアツコ。その姿にカナエは、
「まじで猫かよ」
と、つい漏らしてしまった。
そんなことには気にも止めず、幸薄げに見えて行動が自由奔放な彼女は花々がある場所へと戻る。
叱るとしおらしくなり、時には従順で時には今のように思いがけない行動を起こす。本当に猫なのかもしれない。
「(なに?)」
「あっ、えっと・・・ついでに鉢植えに生えてる雑草を抜いてくれると助かる」
「(わかった)」
視線を送っているのがバレたカナエの咄嗟の指示に、文句を言わず従いプチプチ草をむしり始めた。
カナエという少年を堪能したアツコと違い、ますます少女の本質がわからなくなってしまった彼は、
(少し、様子を見てみるか)
アツコに倣って、観察をすることにした。
存外、本当に面白いのかもしれない。
「───」
黙々と作業に勤しむ少女は、トリニティとゲヘナ間に混沌を招いた凶悪犯には到底思えない。
色素の薄い紫色の髪、宝石のような赤く綺麗な双眸、容姿端麗な美貌。
服装はカナエの部屋着を貸しており、太ももの少し上まで隠す、着用者からすれば大きめなTシャツ。動きやすい半ズボン。下着は昨日、風邪薬を買う際についでにと買ったもの。レジでは居心地が悪かった。
今日も髪は彼が結び、髪型は手話と共に練習した三つ編みだ。髪を洗う時にされるがままなアツコを思い出して、やっぱり猫じゃんと勝手に決定づける。
(大人しそうに見えて、でもそれはベッドにずっと寝てたからで。本来のアツコは結構お転婆な明るい子なのかもな)
謎の行動に出て他人を困惑させるのにも合点がいく。
あとは、育ちに何らかの事情があったようなのにも関わらず、所作は儚げで美しい。
まるで童話に出てくる姫君のように。
「───お姫様、ね」
「?」
「こっちの話」
市場への注文、在庫整理、水やり草抜きに猫の世話。
休日にやる仕事は、こんなものだろう。
あとは趣味の時間だ。
「アツコ、少し手伝って欲しいんだが」
「(なにをするの?)」
「暇つぶしにも趣味にもなること」
パソコンを閉じ、二階へ上がろうとするカナエの前をなぜかアツコが遮る。
「なんだよ」
「(今の暇つぶしは、楽しかった?)」
「・・・ああ。悪くなかったよ」
こうして揶揄われるのも、案外悪くない。
********************
選定の際にあぶれた花の切れ端。
それらの水気を取り、適切な大きさに切り、紙と共にフィルターで挟み、ラミネート。
こうするだけで、簡単な栞の完成である。
「トリニティ領内にいたとき、意外と生徒さんからのウケが良かったんだよ。一週間もすれば中の花びらは枯れて、栞自体が見窄らしくなるんだけど。それでも、その時その時の勝負事のために貰ったこいつらを、捨てられないんだとさ」
「(勝負事って?)」
「単純に試験とか部活の大会とか。決まって期間中は、俺の作ったコレを貰いに来る子が結構いたんだ」
元々商品にならない物を使い、作った物。
当然お金は貰わないし、貰おうとも思わない。こういった細々とした手作業をカナエ自身好いていたのもあるが、栞兼御守りを手にして喜んでいる生徒達の顔があまりにも嬉しそうだったからというのも理由の一つ。実際、効果は多少あるらしい。
売り上げに繋がることもあったので、一石二鳥だ。
「あとは恋事。好きな子に告白する前の最後の後押しに、って。成功を報告しに来る度に、相手のいない俺は虚しくなるが・・・」
「(カナエ目当てで来てる子もいたと思うけど)」
「そうか?・・・そうだと思いたいな」
アツコの発言は的を射ており、店主のカナエに恋心を抱く生徒は少なからず存在した。
女子が多く通る学園の近くの花屋。それを一人で切り盛りする珍しい男店主。
下級生から見れば人の良いお兄さん、上級生から見れば可愛い後輩分と、彼は知らず知らずのうちに女子達のニーズに応えていた。
当の本人は知る由もないが。
「(カナエはそういう、好きな子っているの?)」
「いない・・・な。うん、いない」
「(今の間は?)」
「過去を振り返っただけだ。昔、そんな子がいた気もするけど、実際に会ったことはないし、話だけの存在だったし。憧れとか空想の、御伽噺の人だよ」
「(ふーん・・・)」
花屋を営んでるあたり、意外とロマンチストなのだろうか。
以前女の子と屋根の下、二人っきりで暮らしたいと言っていたのでそうなのかもしれない。
「アツコは?好きな人、大切な人とかっているのか?」
「(もちろん。サッちゃん、ミサキ、ヒヨリ、アズサ。幼少の頃から一緒に時を過ごした、文字通り家族みたいな子達だよ)」
「手配書で一緒にいた三人のことか。アズサって子は?」
「(あの子は、私達と違う道を進んだ。多分もう会えない。でも、アズサを想う気持ちはいつまでも変わらない。向こうも同じならいいんだけど)」
サオリとアズサ、死力を尽くした二人の一騎打ち。
師であるサオリに一矢報いるどころか勝ってしまった白い彼女。自らの居場所を見つけ、新しい仲間、友達に出会い、わかり合い、アリウスを打倒した彼女。
作戦を失敗し、帰る場所も平穏も失ったスクワッドの四人。
両者の立ち位置は対極にあり、かたやトリニティの一生徒、かたやキヴォトス全土の嫌われ者。
こうなってしまった今でも、アズサを想い、こちらを想って欲しいというのは傲慢なのだろうとアツコは自嘲する。
「・・・」
俯き、押し黙る少女。
仕事の気分転換に栞作りを誘ったのに、なぜか空気が重くなってしまったカナエは、質問なんてするんじゃなかったと後悔する。
かけてやれる言葉は何もない。
五人が経験した過去がどんなものなのかも、テロ事件で何があったのかも、どうしてあの日ずぶ濡れで倒れていたのかも、彼は知らないから。
アツコを気遣うセリフを吐いたところで、当事者ではないカナエの言葉は気休めにもならない。
(俺が大人だったら)
精神的に同年代よりかは成熟している自覚はある。
だから店が成り立っているし、変な詐欺にも遭ったりしていない。
それでも、自分は15歳でまだ子供。威厳も無ければ人生経験も無い。
かける言葉を思いついても、成り立たせる説得力がない。
もっと祖父から店のことだけでなく、多くの知識を学んでおくべきだった。
こうしてウジウジ悩んでいるところもまだ子供なんだろうと、カナエは想う。
「(ごめんなさい。空気悪くしちゃって)」
栞、作るんでしょう?
促す少女は微かに笑っていて、同時に少し寂しげで。
放っておけなかった少年は咄嗟に彼女の腕を掴み、
「外、行くぞ」
何の考えも無しに、そう提案するのだった。
********************
花屋の少年、アリウスの少女。
道路にまで侵食する砂を舞い上げながら、二人を乗せる白い軽トラは進む。
亡くなった祖父からのお下がりであり、自ら市場への買い出しに行く際にはいつも世話になっているのがこの軽トラだ。
型式は古く、もう何十年使ってるかわからないが、これが割とまだまだ頑丈で凹凸道も全然いける。
(結局、アビドス砂漠まで来ちまった・・・)
衝動的に、なんの計画も練らないままアツコを連れ出してしまったカナエ。
怪我も完治しておらず、風邪も症状が治っただけで未だ潜伏しているかもしれないのに。
申し訳ないことをしたと反省する彼の隣で少女は、
(一面砂、崩れそうな廃墟・・・久しぶりに来たけど、やっぱり壮観)
心配をよそに、ドライブと景色を満喫していた。
なんなら途中でハンバーガーのセットも買い、もりもり食していた。
頬にケチャップがつくのもお構い無しに食す訳なので、信号が止まるとカナエが拭いてやる、食べる、頰に付く、また拭くを繰り返す。
「美味いか?」
「(うん。でもカナエの料理の方が美味しい)」
「そりゃどうも」
シュバババッと片手で手話を形成する少女の服装は、ダボダボの白いフード付きパーカー。
深く被り、サングラスもかければ意外や意外、バレないものである。
「(カナエもハンバーガー食べる?)」
「ん、じゃあ貰おうか・・・なに?」
「(あーん)」
「やめろよ恥ずかしい。止まったら食うから」
「(フルフル)」
ダメです、今食べなさい。首を横に振る少女の目が訴えかける。
コースは直線で、走る車も見当たらないので少しは余所見をしても、と思うがしかし、差し出されたハンバーガーは食べかけだ。
女性関係が微塵も全く無い彼にとって、間接キスは難度が高かった。
「(食べかけは嫌だった?)」
「そういう訳じゃないけどさ。女の子はその辺気にするだろ。そもそも自分のあるし」
「(私の裸見ておいて今更?)」
「お、おま!?それは反則だろうが!第一あれは怪我の処置と身体を拭くのが目的だったからであって、見たいと思って見た訳じゃ・・・」
「(そうなの?)」
「そうだよ!?」
調子を乱される。
祖父は運転の仕方と花の育て方は教えてくれても、女の子との話し方は教えてくれなかった。
花を美しく咲かすことも、維持させることもできても、花に自分をわかってもらおうとは思わない。
祖父以外のどこかの誰かもそれっぽいことを言っていた。
「(冗談。それについては本当に感謝してるから・・・ありがとう)」
「お、おう」
「(それはそれとして、はい。食べて)」
「結局食べることになるのか・・・」
もう口元にまで良い匂いのするバーガーが近づけられている。
ん、ん、とついには無理矢理口に捩じ込まれた。
「(美味しい?)」
「もぐ・・・まぁ、美味い」
「(ポテトとジュースもあるよ)」
「あとで食べるというのは」
「・・・」
「食べる、食べるから。その目やめてくれ」
気を良くし、どんどん運ばれてくるアツコがつまんだポテト、既にアツコが口をつけているストローが差し込まれたメロンソーダの入ったカップ。
ジュースと共に情緒も腹の底へ流れていく。
そして、食べながら思う。
(本当に今更だけど、アツコって・・・)
かなり、とても、すごく、美人で、女の子だ。
今まで病人扱いだったが故に、裸を見た罪悪感等はあっても、そういった意識はしてこなかった。
しかし、本来の彼女と話し、接する中でわかったことがある。
それは、秤アツコも歴とした、他と変わらない普通の女の子だということ。
笑顔が可愛くて、憂いで目を細める姿は儚げで、見た目に反して行動は溌剌で、カナエを揶揄う姿は紛れもない、同年代の女子のそれ。
「アツコ」
「?」
その考えに至ったからこそ、彼は一歩踏み込んでみたくなった。
「君は、あのテロ事件を自分の意思でやったのか?」
先ほどまで楽しげだった少女の表情に、陰りが訪れる。
ドライブやハンバーガーで気を紛らわせたのが、これでは水の泡だ。それは、連れ出したカナエ自身が一番理解している。
だが、彼は知りたかった、彼女のことを。
いつの日かに、祖父と交わした約束を果たすべき相手なのか、知りたかった。
「(・・・車、停めて)」
言われた通りに、広い場所に出たところで彼は車を停めた。
アツコが下りるので、それにカナエも続く。
夕陽が廃墟と砂をオレンジ色に照らし、二人の足跡が砂漠に刻まれていく。
車から少し離れた場所で彼女は急に立ち止まり、カナエに対して手招き。
「アツコ、さっきの質問」
「(ここで、目を瞑って待ってて)」
「は?」
「(いいから)」
有無を言わせず、指定した場所に座らされる。
「(ほら、目を瞑って)」
「・・・」
言われた通りに両目を閉じた。
「・・・(チラッ)」
「(ジッ)」
「わかった。閉じるから。近くで凝視するな」
「(誓って。私が良しって言うまで、目は開けないって)」
「あーはいはい誓う。誓うよ。つーか、言えないだろ」
一瞬キョトンとして、そして『それもそうか』と一人で納得する少女を見届け、今度こそ本当に目を閉じ、ついでに顔を俯かせる。
それを確認したのか、アツコはどこかへ向けて歩き出した。足音はどんどん遠ざかっていき、やがて完全に聞こえなくなる。
(一体、何をしたいんだ?)
車を盗む、とは考えにくい。それならもうエンジン音が聞こえるはずだ。第一、鍵はカナエのポケットの中にある。
(もしかしたら、このまま)
アツコは、いなくなるのかもしれない。
怪我は動けるようになるまでは回復して、風邪のぶり返しもなく、ここアビドス砂漠は砂嵐や廃墟も合間って追手を撒くには持ってこいの場所だ。
カナエが思うに、スクワッドを積極的に追うのは身内のアリウス分校のみ。彼女が受けた弾丸がトリニティとゲヘナ両校が用いない物だというのも理由の一つに数えられるが、最たるは先日、ゲヘナ風紀委員長のヒナは面倒ごとにはあまり関わりたくないと言っていたこと。それはきっと、トリニティも一緒だろう。
戦犯を捕えるよりも、まずは自領の復興を優先した方が賢いという判断だ。
そして、唯一の追手アリウス分校は、恐らくゲヘナで捜索域を広げている。
アビドスはゲヘナのお隣だが、領内と領外ではやはり大きな違いがある。追跡者の目が無いともなれば、態々ゲヘナに留まる理由もない。
(でも、何も話さずお別れはクるものがあるな・・・)
72時間にも満たない二人の関係。
一介の花屋と、居候のテロリスト。そこに本来友情なんて生まれるわけがなく、縁が結び交わることもなかった。
様々な奇跡が重なり、収束し、成り立っていた歪な日常。
その終わりは、意外と呆気ないものだった。
「・・・」
目を瞑って10分程が経過しただろうか、未だ足音は聞こえず。
次第に日が翳ってきたようで、若干オレンジがかった視界の黒が徐々に暗闇へと変わる。
(決めた。あと5分待って来なかったら帰ろう)
ここは砂漠。傾いたとはいえ照り返しが暑い。
誓いを破るのは悪いが、これに関しては放置しているアツコの方に非がある。
それに、こう目を閉じてジッとしているだけだと昨日の夜更かしも合間って眠くなってきた。
「だーれだ」
ヒヤリとした両手が、カナエの閉じた両目の更に上から被せられる。
一気に眠気が覚め、同時に酷く後悔した。
ここはキヴォトスだ。弾丸が飛ぶのも日常茶飯事の、波乱万丈な学園都市。その中でも治安維持が行き届いていないアビドスで、武器も持たず一人になって、馬鹿じゃないかと。
「・・・」
鼓動が速り、汗が滴り、ヒナに睨まれた時と似た緊迫感がカナエの身体を支配する。
いざ自分の死の間際に直面してみると、何もできないものだ。声も出せなければ、手足を動かす気にもなれない。
「ねえ、聞こえてる?それとも寝てる?」
(・・・ん?)
声の主は、女だ。
聞き覚えのない、透き通った美声。
なのに、なぜか最近まで隣にいたような親近感がカナエにはあった。
そして目を覆う指からほのかに香る、ジャンクな匂い。
「む・・・起きてるでしょ。早く答えて。3、2」
揶揄うように、急かすように、カウントダウンを始めた声の主。
「えっ・・・と」
当てずっぽうだが、なぜか答えには変な自信があった。
「あ、アツコ・・・」
「良し。開けていいよ」
手が離れ、すぐさま少年は目を開けながら振り返る。
そこには、いなくなったと思っていた秤アツコの姿があった。
正解は正解であり、正体がアツコだったのは素直に嬉しい。しかし、納得できない自分がいる。
「なん、どうして」
「なにが?」
「もう、俺に用はないだろ。だからここに俺を置いて、逃げたんだとばかり・・・」
「まだ怪我が治ってないし。完治するまで、それがカナエと交わした約束でしょう?家にスコルピウスも置いたままだし」
「そ、そうだけど。そもそも!声!出せるなら出せるって最初から言っとけ!」
「勝手に喉が潰れてるって解釈したのはそっち。だから私は悪くない」
「そりゃ・・・そうなんだけどさ」
「ふふふ」
初めて聞く彼女の笑い声は、とても華やかだった。
放置された怒りも、揶揄われた憤りも、全て消し去ってしまうくらいの破壊力があった。
「ごめん、カナエ。色々と話せない事情があって・・・貴方が私にした質問も、それに当てはまるから」
「テロ事件を、なんで起こしたのかってやつか?」
「うん。───まだ少し猶予があるから、全部話すね」
自然と手を握られ、アツコはカナエを軽トラへ連れていく。
砂を払い、荷台へ座り沈む夕陽を見ながら、彼女は話し始めた。
「トリニティ総合学園が設立された顛末は、知ってる?」
「ああ」
ミレニアム、ゲヘナと並びキヴォトス三大学園に数えられるトリニティの自治区は大昔、数多の学園がひしめき合っていた。
頻繁に争いが起こる状況を重く見た当時の生徒たちは、ある会談にて一つの決議へ至る。
パテル、フィリウス、サンクトゥスの3校を筆頭に、その他の学園と連携した連合を設立。その果てに一つの学園への統合を目指した。
それに反対の立場として台頭したのがアリウス分校だったが、新たに手にした連合の武力により迫害され、鎮圧。
逆らう者がいなくなったその自治区は、トリニティ総合学園を名乗るようになり、永きに渡る繁栄を続け今に至る。
大雑把な理解としては、充分だろう。
「本当に大昔のこと。当時何があったかなんて、子供の私たちは知りもしないのに」
「でも、トリニティから弾圧された恨みが残ってたから、今回のテロを起こしたんだろ?」
「半分合ってるけど、半分違う。私達は、過去の憤怒を教えられて育った」
「・・・」
「確かに迫害の名残はまだあったよ。だから生活は貧しくて、外界と隔絶された学ぶ施設もない、分校とは名ばかりの場所で私たちは育った。その隙を、頻発する内乱で統率も取れなかったところを大人に狙われて、恨みを助長されて・・・」
「テロが、起こった」
アツコが頷く。
「他にも理由はあるけど、大体はそんな感じ」
「スクワッドが今も、執拗にアリウスから狙われているのは?」
「作戦を完遂できなかった私達を、排除するためだよ」
「───本当に?」
カナエが聞き返したことで、会話が止まった。
彼は疑ったのだ。排除とは別に、理由があると思ったから。
「それも、半分合ってて半分違うんじゃないか?」
「・・・根拠はなにかな」
「作戦は失敗、アリウスは尚のこと目の敵にされる。なら他から攻められる前に、周囲のガードを固めるのが普通だろ?それをせずにスクワッドへの制裁を優先するってのは、合理性に欠ける。なにかあるんじゃないか?スクワッドに、そのメンバーの中に・・・君に」
どうなんだと、目配せをする。視線が交錯し、一瞬黙り込んでからポツリと、アツコは自嘲気味に笑う。
「鋭いね、カナエは。これ以上は黙っていようと思ってたのに」
「君が全部話すって言ったんだろ。だから、その言葉を違えて欲しくなかった」
「そうだね、それは私が悪い。でも」
「いいから!聞いて俺は後悔しない。絶対にだ」
言い淀む彼女を遮って、カナエはアツコが躊躇う言葉の先を促す。
「本当に、後悔しない?」
「ああ」
「死んでも?」
「死んでも」
真っ直ぐな瞳、宣言。
それに気圧され、少女は諦めたようにハッと息を吐き、語る。
「私の血筋は、昔いた・・・アリウス生徒会長の血を引く、特別な血統なんだ。今の劣勢を覆すような、とんでもない利用価値が私にはあるらしいの。それが何かはわからなくて、でも一つ言えることは、役割は生贄。災厄を起動するための道具になった私は、きっと死ぬ」
言い切って、薄い唇を噛む仕草をとるアツコ。改めて言葉にしたことで、死が間近にあるのを意識してしまったのだろう。
「それをスクワッドのリーダーのサッちゃん、サオリがどうにかしようとしてくれて、作戦が成功すれば私を生贄にしないっていう契約を結んだ。まぁ、失敗しちゃったから、私の末路は確定したわけで・・・今は、その運命から逃げてる最中」
あのテロには、そんな理由があったのか。
カナエは納得すると共に、確信する。
「喋らなかったのも、やはりわざと?」
「うん。私が声を発するだけで、向こうは位置を特定できるらしくて。ここなら追手が来るのにも多少は時間がかかると思ったから、良い機会かなって」
「だとしたら、もう行こう。悠長に構えとくわけにもいかないだろ」
荷台から降り、君も早くと手を伸ばすカナエに、アツコは問う。
「ここで別れても、いいんだよ?」
それに対して、呆けた面になった少年は瞬時に一笑し、
「今更だろ。それに、まだ約束を果たせてない」
だから行こう。
全てを聞いてもなお、カナエは揺らがない。そこに損得勘定はなく、彼の原動力は幼少期の誓いと、目の前の姫君と交わした契りだ。
「・・・じゃあ、エスコートをお願い」
「まかせろ」
差し出された手を掴み、ゆっくりと少女を下ろす。
透き通る絹のような髪が揺れ、降り立つ様は服装がパーカーであることを差し引いても純然たる姫のものだった。
「そういえば、さっきは何してたんだ?」
「補給と、報告、あとはちょっとした嫌がらせ」
「?」
「嘘は言ってないよ・・・(さ、行こう)」
15歳の二人を乗せて、軽トラは再び走り出した。
近くの廃墟で、白い信号弾が打ち出されたのは、彼らが走り去った後だった。
********************
時間は10分ほど遡る。
「姫!」
カナエを待たせている間、アツコはサオリ達と合流を果たした。
そう、偶然にも彼が、落ち込んだ少女の気分を紛らわそうという行動は、予定していたスクワッドの合流へと繋がっていたのだ。
サオリはアツコの顔を見るや否や、突進するように抱きついた。
「い、痛いよ。サッちゃん」
「心配したんだぞ、あれからずっと・・・姫がここに来てくれるのをずっと望んでいた」
「ぐるじい」
側から見ればそれシメてんじゃないの?と思われてもおかしくない抱擁に、ヒヨリは焦り、ミサキはため息。
「連中が姫を殺す筈ないと思ってたけど、やけに遅かったね」
「ちょっとしくじっちゃって。背中のここと、足のここ撃たれて・・・」
「殺す」
「サオリ姉さんステイ。ヒヨリ、姉さんを止めて」
「リーダー、まだ大人しくしていましょうねえ」
羽交い締めにされウーウー唸るスクワッドのリーダーに懐かしさを覚えながら、アツコは三人を見渡す。
大きな怪我は無さそうだ。
サオリの処置も済んだようで、別れ間際より随分回復している。
「これ、差し入れ。三人で食べて」
「ん。・・・ハンバーガー、こんなに。どうやって買ったの」
「今お世話になってる人がいて、その人に買って貰った。ここでみんなと合流するとは言ってないけど」
「信用できるんですか?その人・・・」
「うん。怪我も・・・この包帯とかも、その人が。命の恩人だよ」
「姫が言うなら、そうなのだろう。───さて、ジッとしてるわけにもいかない。すぐにここから離れて・・・」
「待って」
合流も出来たので長居は無用、と移動を示唆するサオリに、アツコは待ったをかける。
「今日は、無事の報告の他にお願いをしたくって」
「・・・なにを?」
「装備一式をお世話になってる家に置いてきちゃったの。だから、別日で再合流を検討したい」
「ど、どうりで身軽だと思いました」
「これまで通り二手に別れれば追手の目を欺けるから、それなりにメリットはある。どう?」
「駄目だ」
即、サオリはアツコの提案をバッサリ切り捨てた。
「もう離れることは許さない。今回の再会は偶然、たまたま、奇跡の産物だ。再び上手くいく確証がない以上、姫はこのまま私達と来て貰う」
「・・・どうしても?」
「ああ」
鬼気迫る表情で引き留めようとするサオリ。二人の目と目が合い、どちらも譲ろうとしない。
そして、しばらくの沈黙のちにミサキが割って入る。
「サオリ姉さん、少し冷静になって。丸腰で足手まといの姫を守りながらなんて、無謀もいいところ。姫も、まだ満足に動けるほど回復してないんでしょ?」
ミサキの言葉に、アツコは首肯。
他に道はなく、だがサオリは引こうとしない。
「しかし・・・」
彼女には三人を守る役目がある。
それはアリウスから見捨てられた今でも変わることのない、使命であり、存在理由。
「サッちゃん、お願い」
「・・・」
「絶対に、必ず、また会えるから。ね?」
白い少女が、黒い少女を抱き寄せる。
力強く、最大級の愛情を持って、熱を伝える。
「───約束だ。破ったら、許さない」
「ありがとう」
最後にもう一度力を込め、二人は離れる。
「ミサキ、ヒヨリ。迷惑かけるけど、サッちゃんを助けてあげて」
「それしか道がないなら、やるよ」
「ひ、姫ちゃん。どうか無事で」
「うん。・・・じゃあ、これを」
三人からの了承を得たところで、アツコは懐からある物を取り出し、ミサキへ手渡す。
「これ、信号弾?」
「そう。ここを離れる時に撃って」
「───なるほど。そういうことか」
一瞬で彼女の意図を察したサオリ。
続いて、狙撃手故に地理関係を熟知しているヒヨリからも、感嘆の声が上がる。
「それじゃ、行くよ」
来た道を引き返すアツコの背中を、三人は見送る。
足音と気配が完全に無くなったところで、
「・・・姫が、自らの意思を示すなんてな」
囮の件といい、今回の件といい、大切な少女が成長する様を嬉しく思うと同時に、少しの寂しさもサオリは感じた。
********************
「こっちだ!マダムの情報からして、姫様はこの付近にいる!」
月も星も真上で辺りを照らす夜、カナエ、アツコ、スクワッドの三人がいた地点に、アリウスの部隊が到着した。
反応と命令、移動を通してかかったのは数時間。
場を離れるには充分の猶予があったわけだが、止まっている可能性も捨て切れない。
周囲を警戒しながらスクワッドを探すアリウス部隊。
だが、廃墟内に痕跡はあれど、肝心の人影が見られなかった。
「移動したあとか?」
「くまなく探せ。少しでいい。何か追跡に繋がる手がかりを見つけ出すんだ」
放置された家具、物陰、地面、天井、壁、調べられる箇所全てに、彼女らは目を通す。
だが、これといった手がかりは見つからなかった。
「くそっ、坊主だな・・・仕方ない。総員、撤収の準備を!一旦ゲヘナにもど」
「なーんだ、誰かと思ったらアリウスの雑兵かぁ」
暗闇の廃墟に、場違いのゆったりとした声が響いた。
「日没の時に信号弾が上がったから、何かと思えば・・・念のために来て良かったよ〜」
声は部隊の上、崩壊した天井の穴から彼女らを覗き込むように一瞥する少女からのもの。
背は低く、特徴的なのは桃色の長い髪。そして、夜の闇に輝くオッドアイの瞳。
名を、小鳥遊ホシノ。アビドス高等学校の対策委員会所属、三年生にして、委員会をまとめる委員長の立ち位置にいる、あの空崎ヒナも一目置く存在だ。
尤も、そのことをアリウスの学生達は知らない。両者間に隔絶した実力差があることも、無論知らない。
「信号弾、だと?」
「ん?仲間内の連携でやったわけじゃないんだ。どうでもいいけど・・・で、どうする?素直に投降してくれると、おじさんとしては嬉しいんだけどさ」
「戦力差を考えてからものを言え。一人で何ができる?」
「あーそう。じゃあいいや」
穏便に済ませられないと見るや否や、ホシノは愛銃Eye of Horusを手にアリウス生と同じ地面に降り立つ。
自ら高低のアドバンテージを消す行為に鼻で笑う面々だったが、その油断は直ぐに消え去ることになる。
目つきが、明らかに数秒前の彼女とは違うのだ。
例えるならば、獲物を追い詰める鷹のよう。刀を思わせる鋭利さで、睨んだものの動きを怯ませるほどの、強者としての格の違いを与える。
(推測するに、おじさんは利用された感じかな)
ホシノの見解は正しかった。
スクワッド側の目的は、この地点から一番近い学園、アビドスに居場所を知らせ追手とかち合わせるというもの。
寝ぼけるフリをして周囲の警戒をしていたホシノの目に信号弾が映り、日課のパトロールがてらこちらまで出向いたというわけだ。
サオリを筆頭に、相対した四人はアビドスの戦闘力を嫌というほど理解している。
オペレーターを含め五人しかいないにも関わらず、戦闘に秀でたスクワッドの面々と互角に渡り合った実力者。中でもホシノは、ツルギ、ヒナと同等の評価を与えるほどに警戒すべき人物。
一対多とはいえ、見方を変えればライオンと子猫の群れ。充分お釣りがくる。
「すこーし癪に障るけど、可愛い後輩達を危険な目に合わせたくないからさ・・・おじさん、手加減できないよ」
「う、撃て!撃てえええ!!」
その後、辛くも小鳥遊ホシノから撤退を果たしたアリウス部隊。
だが、目を背けられない損害を与えられ、しばらくは機能不全に。
ホシノはいつも以上に寝坊してセリカにプンスカ怒られるが、気にせず枕を抱き寄せ夢見心地となるのだった。
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「あれ?アツコ、俺の分のハンバーガーは?」
「(あっ)」
差し入れとして全てサオリ達に渡してしまったことに気づくのは、ゲヘナ領内に入った頃。
「(全部食べちゃった)」
「あの量を?」
「・・・」
結局、サオリ達とのやり取りも詳細に話すことになるアツコであった。
snowdrop:スノードロップ
花言葉:希望、慰め