【完結】少年が秤アツコの傷になるまでの話。   作:\コメット/

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一ヶ月、キングクリムゾン。


04 hibiscus

 

 

アツコの気を紛らわせるために軽トラを飛ばしてアビドス砂漠まで行き、そこでさまざまなことを聞いた。

テロの理由、追われている理由、正体はお姫様。

アリウスの現在、スクワッドとは、秤アツコとは。

情報量が多過ぎてパンクしそうになるが、それでもカナエの目的は変わらない。彼女の怪我を完治させ、送り出す。むしろより強固な意志を持って、達成を心中で誓った。

 

若い花売りの少年と、アリウスの姫君。

あらゆる奇跡と偶然が重なってできた出会い、互いを知る機会を経てからも二人の関係は続いたが、特別変わることはなかった。

アツコは相変わらず猫のような奔放さでカナエを振り回し、対してそっけない態度で返す少年に少女は揶揄いを加速させる。

ゲヘナ郊外の小さい花屋で、同じ年頃違う性別というのも気にせず二人は共に時を重ね、気づけば数週間が経過し、カナエにとってアツコという少女はイレギュラーではなく、日常に当然としている存在になっていた。

それはアツコにとっても同じことで、綱渡りながらも心の底から笑えるこの空間が、スクワッドに次ぐ第二の居場所になりつつあった。

 

そんな生活も、もうすぐ終わる。

 

傷痕はこまめな処置のおかげで綺麗さっぱり無くなり、あとはアツコを返すだけだったのだが。

 

「頼みがある」

 

「頼み?」

 

あれ以来、定期的にスクワッドと交流をするようになったカナエ。

二度目の合流時、アツコは彼を紹介したいとサオリ、ミサキ、ヒヨリの前に連れ出した。

初見は上辺で姫の無事を感謝しつつも獣のように唸られているようで居心地悪かったが、以降会う度に食料の差し入れをしてくれる少年の気遣い、みるみる回復する姫を見て、徐々に彼女らの警戒心を緩和させ、今では信頼はされていないが信用はされている、という仲になった。

 

「もうしばらく、姫のことをキミに頼みたいんだ」

 

今日は、初めて信頼を寄せ、託そうとサオリから動いた。

アツコが寝息を立てた頃にカナエの携帯に着信が入り、二人で話をしたいということで指定されたポイントへと向かう。

商品棚は空でガラスにもヒビがある、廃墟と化したコンビニでサオリは待っていて、開口一番、アツコをまだカナエに任せたいという話が出た。

 

「できるか?」

 

「それは問題無いけど、どうしてまた?怪我の後遺症も無さそうだし、もうアツコは普通に動けると思うよ」

 

元々資金面には余裕がある。

アツコが住み始めて、スクワッドに補給を渡すようになっても経営は変わらず黒字で、生活に支障はない。

アリウスの追手に見つかる、ゲヘナ、トリニティ、ヴァルキューレに処される、というデメリットは度外視ではあるが、普通に暮らしていく分には少女一人増えたところで何も問題はなかった。

気になるのは、なぜ預託の延長を促してきたのか。

 

「最初に姫と合流を果たせた時、ある仕掛けをした。アリウス分校にアビドス高等学校をぶつけるための、な」

 

「仕掛け?」

 

「信号弾だ。こちらの狙い通りアビドス側は気付いたみたいで、私達が去った後の廃墟で2校は会敵したらしい。結果、アリウス側は大損害を受けて、一度自治区に撤退した」

 

「だからここ最近、動きがなかったのか」

 

「ああ。しかし、そろそろ動きだしてもおかしくない・・・そこで、最初の相談に戻るのだが」

 

「今まで通りサオリさん達が三人でいることで向こうの目を誤魔化し、目当てのアツコを俺の方で隠し通す。それだけで撹乱になるし、リスクは分散され、何よりアツコを戦わせなくて済む」

 

「話が早くて助かる」

 

アリウス分校からの追手を欺くには、確かに有効な策と言えるだろう。

 

「けど、アツコは嫌がるんじゃないか?」

 

今までは怪我が治るまで、という建前があった。

きっと、姫君はカナエとちゃんと別れをして、スクワッドとの合流を望む。

これ以上家族に、命の恩人に、迷惑をかけないために。

 

「短い期間で、よく姫を理解したな。素直に感心するよ」

 

そうだな、確かに。

怒るアツコを想像したのか、目を伏せて一人納得するように小さく首を縦に振るサオリ。

 

「───姫が、昔みたく笑うようになったんだ。多分、キミのお陰で」

 

幼少期からの付き合いで、花のような笑顔を振り撒くアツコをサオリは知っている。覚えている。

その笑顔が少なくなり、失われ、サオリ自身も朧げになりかけた彼女の陽の光のように明るい姿が、最近戻ってきた。

整った環境で、優しく献身的なカナエの対応に充てられて、幼い頃のアツコが今に引っ張られたのだ。

 

「私はこのまま、姫にとって・・・アツコにとって、キミが第二の居場所になって欲しいと思っている。私達三人に何かあっても、キミがいれば少なくともアツコの安全は保証されるからな」

 

「・・・」

 

「無理強いで傲慢な考えというのは理解しているつもりだ。しかし、それがあの子にとっての幸せになるのなら、私は頭を地面に擦り付けてでも頼み込もう」

 

だからお願いだ。

膝を地につけ、有言実行を果たそうとするサオリをすんでのところでカナエは止めた。

 

「自分に何かあったら、なんて考えないでくれ」

 

「だが・・・」

 

「もしそうなった時、きっとアツコは笑えない。もちろん、俺も」

 

彼女の将来には、必ずスクワッドの面々が必要だ。

これは依存ではない。人は誰しも心の拠り所を欲していて、アツコにとってはそれがサオリ達なのだ。

 

「その頼み、引き受けるよ。彼女の幸せに繋がるなら」

 

「・・・感謝する」

 

差し出された手、それが握り返され、カナエはサオリを立ち上がらせた。

 

「なら、明日はお姫様の説得か」

 

「苦労をかけるな」

 

冗談のつもりで言った言葉がツボを突いたらしく、黒い少女はマスクの下で微笑を浮かべる。

 

「キミは、強いな。私よりも歳は下なのに、まるで大人のようだ」

 

「まだまだ子供だよ。───でも、そうだな」

 

俺は、早く大人になりたいのかもしれない。

 

そうすれば、アツコを必ず守れるだろうから。

 

何の力も無い自分の現状を嘆きながら、彼は背伸びを続ける。

その先に待ち受ける運命が、たとえ暗く、闇に侵されたものだとしても。

全てが虚しく終わるものだとしても。

 

 

 

********************

 

 

 

明日、どうやってアツコを説得しようかと考えながらカナエは帰宅した。

とりあえずご機嫌を取るため帰りにアイスを買ったのだが、住み始めて一ヶ月以上が経った我が家に違和感。

 

「電気付いてるし」

 

カーテン越しに、ほんのり灯りが外に漏れ出ている。

さてはこちらが出た後すぐに起きたな?と家に上がってみれば、案の定彼女は起きていた。

 

「(おかえり)」

 

「た、ただいま」

 

妙に口調、いや違う。手話で会話する彼女にそれは無い。

なんだか出迎えるアツコの表情は、少し怒っているように見える。

黙って外出したのだから当然といえば当然だが、にしては不機嫌だ。

 

「アイス食べるか?」

 

「(食べる)」

 

食べるんかい。

心の中でツッコミを入れながら、二人は二階へ上がり机に座り、向かい合う。

高めの、300円はするカップアイスを見て機嫌を持ち直したのを見て、カナエはこの際だと話を切り出した。

 

「さっき、サオリさんと会ってきた」

 

「(やっぱりそうなんだ)」

 

「は?」

 

「(なんとなくそんな気はしてた。普段深夜に外出なんてしないし、車もそのままだったから目立たないようにしてるのかなって)」

 

流石の観察眼。

 

「(で、話の内容はこの生活の延長。違う?)」

 

「違わない・・・」

 

「(ほら当たった。私も連れて行けば早かったのに)」

 

アイスにパクつく彼女は、仲間外れにされたのが気に食わないらしい。

美味しさに感動するも、しかし置いていったカナエと呼び出したサオリには思うところがある彼女の表情は忙しい。

 

「色々、あるんだよ」

 

「(その色々を知りたいな)」

 

「誰にだって話したくないことはある」

 

「(またそうやってはぐらかす。私をこうして助けてくれてる理由も曖昧だし)」

 

「最初に言っただろ」

 

「(美少女と屋根の下で暮らしたかったって?)」

 

「・・・まぁそうだ」

 

言葉を遮り、いつもの如く少年を揶揄う態勢に入った姫。

 

「(何日も生活してれば分かる。アレ、嘘なんでしょう?)」

 

「・・・根拠は」

 

「(だって、それならもう私に手を出してる。カナエが超奥手な根性無しなら、話は変わってくるけど)」

 

「今俺貶されてる?」

 

「(本当の理由は何?なんで、私を助けてくれるの?)」

 

赤い瞳が少年を射抜いた。

隠す理由を、カナエは持たない。素直に打ち明けてもなんら問題なかった。

今後に影響することも、ましてやバレたらまずいことでもない。

 

「・・・」

 

だが、カナエが選んだのは沈黙だった。

 

「(言えないの?)」

 

それは年頃の男子が抱く、仲の良い女子には知られたくないという想いからなる意地だ。

言えないのではなく、言いたくない。こればかりは、カナエは譲れなかった。

黙りを選んで下を向いた彼にアツコはしばしその様子を観察したのち、「(なら、いいよ)」と口を閉ざす少年を許した。

 

「(でもいつか話して。必ず)」

 

「善処する」

 

「(検討じゃなくて、絶対)」

 

「わかったよ・・・」

 

「(よろしい。じゃあ、アイス食べよう?溶けちゃうよ)」

 

気を取り直して、スプーンを手にアイスを掬い、頬張るアツコ。

それに連れられ、自身もアイスを食すカナエ。

美味しい、と思うのは同時で、目と目が合うのもまた同時で、少女が笑うと少年は恥ずかしそうに目を背ける。

 

「(カナエ)」

 

ちょいちょい、と彼の袖を引っ張る。

 

「(改めて、これからまたよろしくね)」

 

「・・・ああ」

 

甘くて冷たい夜食の時間は、ゆるやかに過ぎていった。

 

 

 

********************

 

 

 

「マダム、部隊の編成が整いました」

 

トリニティ領内にある地下墓地、カタコンベを抜けた先。

そこに、過去に創設当時のトリニティ総合学園から追いやられ、ひと月ほど前キヴォトスに混沌を招いたアリウス分校は存在する。

 

「結構。成果を期待しています」

 

「ハッ」

 

バシリカの至聖所、怪しく辺りを照らすステンドグラスの下にその女はいた。

本来であればアツコがいるはずの席、現アリウス生徒会長の座に君臨し、スクワッドの面々が『彼女』と例える独裁者。

数週間前に予想だにしなかった襲撃を受け、半壊させられた裏切り者の捜索部隊は時を経て力を取り戻し、再度行方を追うために女から解き放たれた。

 

「───まったく、使い勝手が悪い」

 

リーダー格の生徒がその場からいなくなってから、女───ベアトリーチェは悪態をついた。

白い薔薇が散りばめられた白いドレスを纏う彼女の肌は通常の人間とは違い、血のように赤い。

頭上にヘイローは無く、代わりに頭には夥しい数の目玉が生えている。

人のフォルムをとっているが、見た目は人外、怪物と呼ぶに相応しいだろう。

 

「遊ばせるつもりはなかったのですが、こうも逃げ続けるとは思いもしませんでした」

 

彼女がスクワッドの四人に抱く感情は生徒を愛でるための愛情ではなく、檻の中で猛獣から逃げ惑う鼠を滑稽に思う哀れみ、嘲笑。

子供は大人の所有物であり、自らのために消費される駒、道具。

それが、ゲマトリアという組織に身を置く彼女の考え。他メンバーが外界に対して滅多に干渉しない反面、ベアトリーチェは接触を怠らない異端ではあるが。

 

「けれど、それももう終わりが近い」

 

調印式襲撃作戦の成功失敗に関わらず、彼女はアツコを手中に収めるつもりだった。

サオリ───駒との約束など無いに等しく、全ては自らの野望、悲願を成就させるためと、誓いを破る行為を正当化していた。

だが、あろうことかスクワッドは逃亡を選び、一時的にではあるが彼女の手を逃れる。

そして、今日に至るまで鬼ごっこは続いていた。

その終わりが近づいていると感じ、ベアトリーチェはステンドグラスの前に聳える磔台を見つめ笑みを深めた。

 

「ええ。アツコ、おまえは生贄になるのです。この私の、偉大なる計画の礎に」

 

ロイヤルブラッドであるアツコから神秘を搾取し、キヴォトスの外から到来する未知の力を掛け合わせ、今よりも高位のものへ自らを昇華させる。

それが果てには全てを救う行為に繋がると、彼女は本気でそう思っていた。

 

「舞い上がっているところ失礼しますよ、マダム」

 

どこからともなく、その人物は杖が地面を叩く音と共に現れた。

古びたトレンチコートを着た首のない男。代わりと言っていいのだろうか、抱えるモノクロの絵にはシルクハットを被った男性が後ろ向きに描かれている。

 

「あら、ゴルコンダ。遠路はるばるというやつでしょうか。歓迎のお茶は出せませんが、どうぞゆっくりなさって」

 

「お気遣い感謝しましょう。しかし、そう長居するつもりはありません。ロイヤルブラッドを捕らえるために動く彼女らに、あなたから製作を頼まれていた物を渡しました。わたくしはその報告に来ただけです」

 

「それは何より。満足のいくものは作れたのですか?」

 

「少なくとも、マダム。あなたの期待には応える代物ではあると自負していますよ」

 

「そういうこった!」

 

ゴルコンダを抱える首無しの胴体、デカルコマニーの相槌が至聖所内に響く。

一層気を良くしたベアトリーチェは、自らの赤い三日月のような笑みをさらに鋭利に開かせる。

 

「ええ、ええ。やはり貴方に頼んで正解でした」

 

アツコを無傷で捕縛、彼女が命じた任務はそれだけ。

他三人に関しては心底どうでもよく、邪魔ならば消せばいいという認識と見解。

いくら戦闘に特化した精鋭部隊とはいえ、物量を押し付け、それを継続すればいずれは潰れる。

捨て置いていい存在だ。

しかも、動向を推測するにスクワッドの三人はアツコと別行動をとっている。

 

(それなら好都合。スクワッドを潰す戦力全てを、アツコの捕獲にまわせばすぐに方が付きます)

 

成功の確率を上げる道具も、ゴルコンダに作らせた。

随分長い間遊ばせてしまったが、それももう終わり。

 

「心よりあなたの悲願の成就を願っていますよ。───自らが愛でる花を手折る楽しみを、正直わたくしは理解しかねますが」

 

「それは誤解というものです、ゴルコンダ。花を生けるという過程において、その花を折るという行為は必ず必要になってきます。花は形を変え、私を高位の次元へと押し上げるのですから、それは持ち主を彩る花にとって、本望というものでしょう?」

 

その花に逃げられている現状についてどう思うか、とはさしもの彼も聞けなかった。

 

「それに私、花は好きでしてよ。特に、何色にでも染められる純白。ああ、真紅に染めやすければ尚よいです」

 

「左様ですか」

 

愛用の扇子で口元を隠した彼女は、思惑の叶った自分の姿を模したステンドグラスに照らされると、より一層その笑いを強くした。

 

 

 

********************

 

 

 

カーテンの合間から漏れる日の光。

それがちょうどカナエの顔を直撃し、彼を夢から引き戻す。

 

(・・・朝か)

 

昨日はサオリと会って方針を固め、帰ったらぶーたれていたアツコの機嫌をアイスで取ったなと、微睡中の脳を覚醒させるために振り返る。

 

(少し寝過ぎた)

 

仕事がある日は5時半に起きているのだが、遅くまで起きていたせいか7時と、珍しく寝坊。

朝食と洗濯物、店の掃除とやることが目白押しだ。

たしかヨーグルトが余っていたはず、蜂蜜かジャム、アツコはどっちがいいかと献立を思案しながら起きあがろうとして、気づく。

 

「ん?」

 

ベッドの上で上体を起こし、優しげな目でこちらを見つめるアツコに。

まるで古くから美術館に並ぶ絵画のような美しさ。そんな彼女に心奪われそうになる彼は、鼓動を早らせながらもゆっくりと立ち上がった。

 

「おはよう。もう起きてたんだな」

 

「(おはよう。カナエより少し早く、ね。時間も時間だったし起こそうか迷ったけど、寝顔を見たら起こせないなって)」

 

「そんなに熟睡してたのかよ、俺」

 

「(結構可愛い寝顔と寝息だったよ)」

 

「言うな恥ずかしい」

 

「(言ってないよ)」

 

飯抜きにするぞ、それは嫌だ反則だよ、なら揶揄うな。

布団を畳みながらやりとりを終え、その後は洗濯干しをアツコに任せて店の掃除、朝ごはんの支度とテキパキ片付け、8時前に食卓についた。

 

「(今日、昼にはお店を閉めるよね)」

 

自家製ヨーグルトに蜂蜜をかけて頬張りながら、アツコはカナエにそう提案した。

 

「ああ、そうだな」

 

『MiracRose』は一週間のうち、休みが一日、午前営業が一日あり、今日はその正午までの営業日だ。

 

「(なにをしよう)」

 

「映画でも見るか?録り溜めて見てないのがいくつかあるぞ」

 

「(んー・・・)」

 

何かピンと来ないのか、首を傾げて塾考するアツコ。

そして、手元のヨーグルトが無くなったタイミングで名案を思いついたのかパーッと表情を明るくして、言った。

 

「(お出かけしたい)」

 

「ダメだ」

 

即、カナエはこの案を切り捨てた。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「(ぷくーっ)」

 

「そんな見るからに嫌そうな顔しても、ダメなものはダメだ」

 

頬を膨らませ不貞腐れる彼女の態度に、つとめて冷静に少年は対応する。

昨日サオリから、改めて姫君を任されたばかりだというのにリスクを自分から犯すのはどうなのか。

 

「そもそも、顔が世間にバレてるんだろ?」

 

「(今までサングラスとマスクで誤魔化せてた)」

 

「車の中で、しかも暗くなってからだけどな」

 

「(うーっ)」

 

ポンポンと事実を突き、アツコを抑えつけるのは別に意地悪したいからではない。

全てはアツコを守るため。厳しさは気遣いの裏返しなのだ。

 

「(分からず屋)」

 

「分からず屋で結構」

 

「(鬼店長、ピクルス嫌い、お子様舌)」

 

「後の二つ今関係ないが!?」

 

そして鬼店長でもない。

 

「(お願い、絶対に迷惑かけないから)」

 

「そんなこと言ったってなぁ・・・」

 

お出かけ自体が迷惑なので、初手からその宣言は破っていることになる。

テロリスト、追われる身、指名手配犯とスリーアウトの肩書き。日中から街を出歩くなんて論外だ。

ただ、この一ヶ月外出はサオリ達と夜に会うくらいで、他の時間はずっと部屋でしか過ごせていない。

リスクを犯したくないが、アツコ自身の鬱憤が溜まる気持ちも、理解できる。

どうしたものか、といつもハンバーガーをピクルス抜きで頼むコーヒーを飲めないカナエくん15歳は、相反する二択のどちらを選ぶか悩みに悩む。

 

「・・・はぁ、わかったよ」

 

その末に、ため息混じりに外出の許可を出した。

 

「ただし、変装はちゃんとしろよ。あと、俺からあまり離れないように」

 

「(うん、ありがと)」

 

先ほどの不機嫌そうな顔とは思えない、にへらっとした笑顔。

どうやら、久しぶりにまともな外出をできるのが嬉しいらしい。

 

「(お仕事が終わるまでに、準備するね)」

 

「そんな時間かかるのか?」

 

「(女の子の仕度は、それだけ手間がかかるの。デリカシー無い)」

 

「わ、悪い。けどたかが数時間程度の外出だぞ?変装は入念にとはいえ、変に気張る必要もないだろ」

 

キョトン、ハッ、クスクス。

カナエの言葉に首を傾げ、何かに気づき、声を出さずに手で口元を隠しながら笑うアツコになんだよと聞くと、

 

「(異性と出かけるんだから。それに、ただのお出かけじゃないよ)」

 

ズズイッと上目遣いにカナエの前に立ったアリウスの姫は、右手で親指と小指を立て、

 

「(ね、デートしよ)」

 

そう、少年の心を弄ぶのだった。

 

 

 

********************

 

 

 

普段通り仕事を終わらせたカナエ。

店のシャッターを下ろし、二階へ上がると机にメモが置いてあった。

 

『洗面所で待機中。準備が終わったら声をかけてください』

 

普通に待っていればいいのに、いやこちらが着替えることに気を遣っているのだとすれば、それはありがたいか。

カナエは事前に用意してあった外行きの服を着ると、髪を少し整えてからサイフ、護身用の銃の入った鞄を持って仕度は完了。

 

「おーい、準備できたぞ」

 

少年の声に対し、洗面所の中にいるアツコはドアをノックすることで返答。

すぐに出てくると思ったが、少女がドアを開ける気配はない。

まだ準備に手間取っているのだろうか、と思うのと携帯に通知が入るのは同時だった。

 

『お披露目は外で』

 

「はいはい」

 

よほど気合を入れてオシャレしたのか、狭いここで晒すつもりは無いらしい。

言う通りに、カナエは店側ではない居住スペースの方の玄関を使い、外に出た。

 

(デート、デートねえ・・・)

 

アツコは揶揄うために言ったのだろうが、思春期真っ盛りの青少年にとってそのカタカナ3文字はやけに耳に残る。

初めての体験、おまけにあれだけの美少女と、だ。

死んだ祖父が聞いたら祝いだ祝いだと騒ぎ立てそうで怖い。

 

「これはただの外出、これはただの外出・・・勘違いするな、特に他意はないただの・・・」

 

「(ツンツン)」

 

「のわぁ!?」

 

暗示中に脇腹を突かれ、情けない声を上げるカナエ。

自身に言い聞かせるのに集中していたせいで、いつの間にか店を出たアツコに気づかなかった。

 

「(ビックリした)」

 

「それはこっちのセリフだ!・・・って」

 

不意打ちによる怒りは、目の前の少女の姿で霧散した。

ダボっとした白のロングTシャツ、レザータイプのショートパンツに、口にフリルと黄色いリボンのついた靴下、使い馴染んでいる革ブーツ。

薄紫色のベレー帽、髪は後ろに束ねて三つ編みにし、目には見慣れない赤縁の伊達メガネ。

夜にサオリ達と別れた後、立ち寄った出店で服を買っているのは知っていたが、まさかここまでバッチリ決めてくるとは思っても見なかったカナエ。

 

「(カラコン入れようと思ったんだけど、痛いから付けないで来ちゃった。どう?バレなさそう?)」

 

「お、おう・・・」

 

暗い雰囲気の手配書とは対照的に、こちらのコーディネートは明るいのでバレはしないだろう。ナンパやドクモに声をかけられそうなくらい魅力的な姿でもあるが。

 

「に・・・」

 

「?」

 

「似合ってる、と思う」

 

素直に、今自分が思っている感想が口から漏れてしまった。

また揶揄われるな、と身構えるカナエ。しかし、アツコの手は動かない。

 

「───っ」

 

感想を言われたのが予想外だったのか、頬を赤らめ少女は下を向く。

元々言わせようとしていたが先手を取られたこと、頑張ってコーデした苦労が報われたこと、その二つが想像以上に嬉しいこと。

心中で幸福の波と闘うアツコと、いつもと様子が違うのに気づきアタフタするカナエの構図。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「(コクリ)」

 

ぎこちなく頷く彼女に、一先ずホッと息を吐く。

 

「ジッとしとくのもアレだし、取り敢えず行くか・・・」

 

しかし、この提案には首を横に振られた。

なんでだよ、と聞く前にアツコから右手が差し出される。

 

「(カナエから、離れちゃダメなんでしょう?)」

 

何のために出された手なのかは、手話で理解できた。

再度、右手が彼の前に。

 

「───」

 

恐る恐る、自身の左手と繋ぎ、彼女の横に並ぶ。

 

「これで、いいか?」

 

「(合格)」

 

強がる彼女の頬はまだ赤く、自分も同じなのだろうと、冷たく、しかしけれど確かな体温を感じる右手をキュッと握りしめて、思った。

 

 

 




hibiscus:ハイビスカス
花言葉:勇気ある行動、あなたを信じる、信頼
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