【完結】少年が秤アツコの傷になるまでの話。   作:\コメット/

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05 lotus

 

 

女の子の手は、こんなに柔らかいのだと。

男の子の手は、こんなに大きいのだと。

 

少年の方は、少女が怪我で立つのが困難だった時のフォローをする時。

少女の方は、仕事に打ち込む少年の姿をマジマジと観察していた時。

今まで、互いに手を握る機会もジッと見る機会もあった。

しかし、いざ離れないように繋いでみると、改めてそういった感想を頭に浮かべざるを得ない両者。

手汗は大丈夫か、変に強く握りすぎていないか、ドギマギの中には熱っぽさと不安が混在している。

 

「歩くペース、早くないか?」

 

「(コクリ)」

 

「な、ならよかった」

 

いつもは顔見て反応してくれるのに、なんで今日に限って俯いてるんだ。

普段の揶揄い上手な姫君の振る舞いはどこに行ったんだと、言わないがツッコミまくるカナエ。

緊張しているのが自分だけではない、というのが分かったのは安心だが、こうもコミュニケーションが成り立たないとただ黙って歩くだけでこの外出は終わってしまう。

何事もなければそれで良しだが、アツコにとって久しぶりの昼間のキヴォトスがこんな形で終わるのは可哀想だ。

 

「とりあえず、飯でも食おう。何か食べたいものは?」

 

なので、空気を変えるべく食事の提案をした。

 

「(軽めの物、出店みたいなところでサッと食べれる物がいい)」

 

カナエの気遣いにアツコは気づき、曖昧に答えてはダメだと自分なりにハッキリと意見を伝える。

 

「それならいいところを知ってる。少し歩くぞ」

 

「(わかった)」

 

『MiracRose』から暫く行けば、人通りの多い街中へ出る。

そこを人の流れに任せて歩き、ある駅前に辿り着く。

マンモス校として有名なゲヘナ学園は、自治区の広さも一般校の比ではない。それは駅の大きさも同じで、電車を使うほかに態々買い物に出向く客もいるほど施設が充実している。

昼前から屋台が何台も並び、ご飯にありつこうと多くの客で賑わう場所に、二人はやってきた。

 

「軽めの物・・・なら、クレープだな」

 

迷いなく、アツコを連れてクレープ屋台へ。

そこそこ人が並んでいるので、その間にオーダーを決める。

 

「何味がいい?」

 

「(これか、これ・・・これもいいな。どうしよう)」

 

「昼食も兼ねるから、二つでもいいんじゃないか?」

 

「(いいの?)」

 

「ああ」

 

「(なら、このランチクレープとストロベリー&バナナがいいな)」

 

「ん。俺もランチクレープと・・・餡蜜きな粉にするか」

 

食べ比べてみる?じゃあそうしようか。

やりとりを終える頃、ちょうど二人の番が回ってきた。

 

「いらっしゃいませっ、ご注文をどうぞ!」

 

笑顔が眩しい、黒髪ツインテールと猫耳が特徴的な店員が出迎える。

 

「ランチクレープ二つと、ストロベリー&バナナ、あと餡蜜きな粉を」

 

「わかりました、少々お待ちくださいっ」

 

注文を復唱し、カートの奥で調理に専念するスタッフへ伝える黒髪少女の店員。隣を見れば、なぜかアツコは訝しげな表情をしており、

 

「どうした?」

 

「(あの子、どこかで見たような・・・)」

 

ダメだ、思い出せないと追想を諦める。

知り合いかと思えば、そうではないらしい。

 

「お待たせしました!お手渡の前に、お会計をお願いしますっ」

 

「はい・・・あ」

 

「(どうしたの?)」

 

「これじゃ会計できない」

 

これ、とは繋がれたままの手を指す。

鞄から財布を取り出すには、片手だと些か難しい。

 

「(本当だ、どうしよう)」

 

「困った・・・」

 

「あのー、一旦手を離せばよろしいのでは?」

 

「「あっ(あっ)」」

 

その手があったか、と店員の言葉で気づいた二人。

すぐさま手を離し、会計を済ませ、クレープの入った袋を受け取る。

 

「ありがとうございましたっ!」

 

店員に会釈をして、再度手を繋いだ二人はその場をあとにした。

 

「・・・はぁ」

 

「セリカちゃん、昼休憩良いよーってどうしたの?」

 

「とんだバカップルがいたんですよ。甘ったるくて見てられないくらいの」

 

短期バイトでクレープ屋台に勤めるアビドス生、黒見セリカは呆れ気味に人混みへ消えていく二人に目をやり、しかしこの時間が勿体無いと自身に与えられた昼休憩に向かうのだった。

 

(今にして思えば、とてつもなく恥ずいことをしていたのでは?)

 

人の空いたスペースでクレープを取り出す際、今し方自分がとった行動を思い返し、やはりそうだと顔を赤くして頭を抱える。

相方のアツコは頭上に『?』を浮かべているが。

 

「(食べないの?)」

 

「お、おう。はいこれ」

 

「(ありがと)」

 

互いにランチクレープなるものを手に取り、一口。

構造はクレープ生地がサニーレタスを包み、その中に刻まれた辛味チキン、チーズ、トマトが入っている。

程よいピリ辛さ、チーズが味をまとめ、生地も層が重なっているのか食感はモチモチ。

 

「美味いな」

 

「(コクコク)」

 

腹が減っていたのか、二人して一瞬で食べ切ってしまった。

続いて、カナエはきな粉餡蜜、アツコはストロベリー&バナナ。

 

「ん、これもイケる」

 

「(カナエの美味しそう)」

 

「ほい」

 

「あむっ、んっ」

 

「もぐっ」

 

それぞれのクレープを差し出し、共にパクつく。

三日目以降、こういった間接キスは一切抵抗がなくなり、変なところで距離感がバグっている。

 

「こっちも美味い」

 

「(ね、ホントに)」

 

屋台の外観、客対応もスムーズ、何より好みの味。あの店のリピーターになってもいいかもしれない。

 

「さて、腹ごしらえは済んだ。次はどこにいく?」

 

完食。

しかしこれといった予定のないカナエは、隣のアツコに行きたい場所はあるか尋ねた。

クリームの付いた口元を拭きながら少し考える目線は、駅に。

 

「電車、乗りたいのか?」

 

「(気になる)」

 

「なら、3、4駅先まで行ってみるか」

 

「(コクリ)」

 

手を繋ぎ、二人は駅へと向かい、切符を購入して目的の電車に乗り込む。

平日なのもあってか昼時の車内はあまり人が居らず、余裕をもって座ることができた。

間も無く発車し、ゴトンゴトンと一定のリズムで電車が揺れ、景色が右へ流れる。

その様子を身を乗り出すほどではないがマジマジと見つめるアツコ。

 

「もしかして、乗るの初めてか?」

 

彼の問いに、少女は頷く。

 

「(移動は殆ど徒歩が多かったから。軽トラも新鮮で楽しかったよ)」

 

「そうか?まだ祖父さんのヤニの臭いが染み付いてるから心配だったけど、いらない心配だったか」

 

急に孫から1Hit食らう天国にいる祖父。

一日一箱は当たり前のヘビースモーカーで、亡くなった理由も肺が病気したのが原因だ。

しかし、客前に立つ時は消臭を怠らず、花を扱う時は全く吸っていなかった。

メリハリがハッキリしていたことも、カナエは覚えている。

それに、彼は軽トラ内の臭いを嫌っていない。むしろ、祖父を思い出せるので好んでいるまである。

 

「ま、祖父さんが煙草が理由で死んだから、将来俺は吸わないけどな」

 

「(カナエはお酒も飲まなそう)」

 

「どうしてそう思う?」

 

「(特に仕事でストレスを感じてるわけでもなさそうだし。なによりお子様舌だから)」

 

「後半なんで殴った?これでも炭酸は飲めるぞ」

 

「(お酒は独特の風味とか、あと苦いらしいよ)」

 

「・・・飲まないかも」

 

「(フフフ)」

 

話しているうちに4駅通過。

当てはないが降りて、適当にその辺をぶらついていると、白が基調のお嬢様然とした制服を着た女子生徒を何人か見かける。どうやらゲヘナ領を抜け、トリニティ自治区に足を踏み入れたらしい。

 

(そういえば、知ってる道だ)

 

元々済んでいた地域なだけあって、地理にはそこそこ詳しいカナエ。

行き先は告げず、アツコの歩調に合わせて足を動かし手を引く。

 

「たしかこのあたりなんだが」

 

「?」

 

トリニティ自治区は住む人間の格式高さもあってか、人の手の行き届いた優美な場所が数多くある。

茶会を行うための広場、庭園は毎日こまめに整備が施され、年中いたるところでその華やかな景観を楽しむことができる。

 

「ここだ」

 

カナエにとって気にいる場所はいくつかあるが、ここはその一つ。

 

「───」

 

声が出ないほどに───声は出せないのだが───感嘆のために小さな口を開け、目の前の光景にアツコは魅入った。

一面に咲くコスモス、視界の端から端に至るまで、色とりどりの秋桜が地面を埋め尽くしている。

そよ風が吹くと密集する花々がまるで波のように揺れるのを見て、初見ではないカナエもおぉ、と声を漏らす。

 

「季節によって植え替えをしているらしくてな。良い場所だろ?」

 

「(うん。とても・・・)」

 

目を幼子のように輝かせるアリウスの姫君。

花畑を歩く彼女はまさに姫のようで、エスコートする少年は花よりもそちらに目がいってしまう。

 

「(どうしたの?)」

 

「なんでもない。そういえば、近くに喫茶店があるんだよ。景色を見ながら紅茶を飲めるし、その店のスイーツが絶品なんだ」

 

花ではなくおまえに見惚れてた、なんて臭いセリフ言えるわけがない。照れ隠しも兼ねて、行ってみよう、と彼女の手を引き歩き出そうとした時だった。

 

「ねぇ、あの二人・・・」

 

「ええ。なんだか・・・」

 

前から歩いてくるトリニティの制服を着た、四人の女子グループ。

ヒソヒソと身を寄せ合いながら、こちらの様子を観察していることに気づく。

まさかアツコがバレたか?と視線は送らず警戒を強めるカナエ。来た道を引き返すか、と考えるがそれでは怪しまれる。

 

「(すまん、アツコ)」

 

「・・・っ」

 

理由を説明することもなく、彼は隣にいる彼女を自身へ抱き寄せる。

突然何を、アツコが嫌じゃないか、と我ながら苦しい行動だとカナエは自覚しているが、こうすれば顔を見られなくて済む。

キャッとなぜか喜色の小さい悲鳴が上がり、細やかに盛り上がりながら四人は通り過ぎていった。

どうやら、誤魔化せたらしい。

 

「行ったか・・・悪い、咄嗟に思いついたのがアレだった」

 

「(・・・気にしてないよ、大丈夫)」

 

「いやでも」

 

「(だ・い・じょ・う・ぶ)」

 

強調した手話、少し赤みを帯びた頬、繋ぎ直した手に込められる力は少し強くて、明らかに大丈夫ではない。

絶対に気にしているだろうが、それを指摘したらなおのこと不機嫌になるだろう。

大人しく、カナエは彼女の言うことを信じさせられた。

 

「は、破廉恥ですわ・・・!公共の場であんなに熱烈な・・・!」

 

「でも、憧れます・・・」

 

すれ違ったトリニティ生は、単に二人をカップルと勘違いして盛り上がっていただけというのを、カナエとアツコは知る由もない。

 

少し歩くと、目的の喫茶店へと辿り着いた。

年季の入ったアンティーク調な外観で、中も同じようにレトロな空間。そのせいか、店の雰囲気が子供より大人にウケるらしく、トリニティ生よりも大人客の方が多い。

店員から案内を受け、席へ移動。ちょうどその数少ないトリニティの生徒と隣り合う形になった。

 

「あら?もしかして・・・」

 

「ん?」

 

メニュー表をアツコに手渡したタイミングで、お隣から声が。

向こうはカナエを知っているようで、カナエもその声には聞き覚えがあった。見れば容姿にも覚えがあり、記憶を掘り起こしそして辿り着く。

 

「あ、ひと月前に来てくださったお客さん?」

 

桃色の長髪に、抜群のプロポーションの美少女。友人へのお見舞いにと、白い薔薇を購入してくれた生徒さんだった。

 

「はいっ。奇遇ですね、お店の方はおやすみですか?」

 

「今日は午前営業でして。お客さんはご友人と勉強会ですか?」

 

彼女を含め四人のグループ。テーブルの上には飲み物の他、教科書やノート、過去問や自作の単語帳などが見受けられた。

 

「正解です。来週あたり試験があるので」

 

「ハナコ、その少年とは一体どんな関係なんだ?」

 

ハナコというらしい少女の向かいの席、白い長髪の子も中々の美人さん。

というか、グループ四人は全員もれなく美人だ。

 

「ふふふ、さて・・・ナニの関係なのでしょう?」

 

「も、もしかしていかがわしい関係!?エッチなのは駄目!死刑!」

 

「コハルちゃん、決めつけるの早いよぉ!すみませんすみませんっ」

 

黒い小さな翼、そして制服は正義実現委員会のものだろうか。一際小さい少女は髪色だけでなく頭の中もピンクらしい。

失礼極まる見解だが、カナエの分析は当たっていた。

亜麻色の髪に、コアなファン層を獲得しているペロロ様のリュックサックを傍に置く少女は、ハナコと同じく常識人らしい。

カナエの分析は外れていた。

 

「アズサちゃん、一ヶ月前にお見舞いとしてお花をプレゼントしたでしょう?その、買ったお店の店主さんがこの方なんです」

 

「む、そうか。白洲アズサだ。貰った薔薇は大切に世話をしている。ありが・・・とう」

 

ご丁寧に自己紹介からお礼まで。花屋冥利に尽きるが、最後の方でありがとうを言い淀むアズサ。

視線はカナエ、ではなくアツコの方に向いている。

 

「んん?」

 

「・・・」

 

「むむ・・・?」

 

(まさか、アツコの正体に気づいて・・・!?)

 

ᓀ‸ᓂ(ばにっ)』な表情でマジマジと、変装したアリウスの姫を観察する白い少女。

どう乗り切ろうか考えるカナエだったが、当事者のアツコは至って冷静だ。むしろ、この状況を良しとしているようにも見える。

 

(・・・待てよ?)

 

アズサという名前、心当たりがある。

今聞いたから、ハナコが以前花選びの際にボソリとこぼすのを覚えていたから、ではない。

他でもないアツコから、その名前をカナエは聞いている。

 

『(サッちゃん、ミサキ、ヒヨリ、アズサ。幼少の頃から一緒に時を過ごした、文字通り家族みたいな子達だよ)』

 

(そのアズサって)

 

今目の前にいる少女のことか?

 

「あ、アズサちゃん、あまりジッと見つめるのは・・・」

 

「もしかして、彼女さんですか?」

 

「え、えっと」

 

亜麻色の髪の少女がアズサを窘めつつ、フォローのためかハナコが少年に問う。

気まずい沈黙を破ってくれたのはありがたいが、その質問は聞いていない。

どう答えれば正解なのか、カナエはわからなかった。

チラッとアツコの方に視線をやっても、反応は返ってこない。

不思議と、少年の答えを待っているようにも見える。

 

「・・・」

 

カナエにとってアツコはなんなのか。

どうあって欲しいのか、どういう存在なのか、考えて考えて、自らの解答を模索する。

 

「彼女じゃ、ない」

 

苦し紛れに出たのはとても曖昧なもの。

その言葉を聞きムスッと口を尖らせた姫君は、

 

「あら、それは失礼を」

 

まだ(・・)・・・」

 

照れ臭そうに頬を染め、頭を掻く少年による、『いずれ』の意味を含んだ冴えない2文字に虚を突かれた。

 

「・・・っ」

 

向かい合う二人は同じように、目線を互いから外し、俯き、耳まで赤く色づける。

 

「ちょ、ちょっと。なによこの雰囲気」

 

「あれって実質こ、こ・・・っ」

 

「?」

 

状況についていけない一名、盛り上がる一名、意味をよくわかっていない一名。

 

「───ふふっ」

 

全てを把握した一名。

 

「みなさん、勉強もひと段落したところですし、ここはお暇しましょう。このままいると、コハルちゃんのエッチな妄想が捗ってしまいますから」

 

「だ、誰の妄想も捗らないわよっ!」

 

いそいそとテーブルの上を片付け、その場を離れようとするハナコ。あとは二人でごゆっくり、邪魔者は去りますよ、と行動とノリは完全におばはんのソレだ。

彼女に連れてカバンにノートを仕舞う面々、その中でアズサだけ未だ俯くアツコに近づく。

 

「事情は聞かない。追われる原因の殆どは、邪魔した私にある」

 

「───」

 

「だけど。今の立場の私が何を、と思うかもしれないけど・・・どうか無事で」

 

自らの居場所へと、氷の魔女はアリウスの姫に背を向け去っていく。

ハナコからは『今度はお店で会いましょう』と再会を願う言葉を受け、空返事気味に返したカナエはアツコとその場に残された。

 

「(向こうも、一緒だった)」

 

しばらく止まっていた少女の手が、再び動き始める。

 

「(私もアズサを想ってて、アズサも、私達を想ってくれてた)」

 

もう会えないかもしれなかった少女と出会し、自らの想いが一方的なものではないものと知れた。

それが、本当に嬉しいのだと表情に表れている。

 

「(カナエ、ありがとう。私をここに連れてきてくれて・・・私を助けてくれて。でないとああしてアズサと会うことも、あの子の気持ちを聞くこともなかった)」

 

「大袈裟だろ」

 

「(それは違うよ)」

 

謙遜するカナエ、対して真剣な眼差しでそれを否定するアツコ。

いつもの調子で揶揄う彼女を想定していただけに、隙を突かれたように面食らう。

 

「(素直に、私の感謝を受け取って)」

 

「・・・ん」

 

「(返事はちゃんと)」

 

「あーはいはい、受け取りますよどういたしまして」

 

「(やっぱり素直じゃない。でも、今日のところは大目に見ま「アツコ」・・・なに?)」

 

手話を途中で遮るように、少年は少女の名前を呼ぶ。

 

「店出たら、話がある。今後のことと・・・さっきのこと」

 

『彼女じゃ、ない。まだ・・・』

 

さっきのこと。

何のことかはすぐ分かった。

心臓が跳ねて、脈打って、早って、あの時の熱がカナエに、そしてアツコに再来する。

 

「(うん、うん・・・)」

 

固い動作で、最初は小さく、二度目は大きく頷いた。

 

 

 

『マダム、対象を発見しました』

 

窓の外から、怪しげなドローンが見つめていることに、二人は気づかない。

 

 

 

********************

 

 

 

ホワホワした雰囲気のままお茶をして、名物の洋菓子を食べないで会計する客に首を傾げる店員から背を向け、二人は喫茶店を出て、花畑を出て、ゲヘナの街へ戻ってきた。

 

「「・・・」」

 

店を出てから手を繋ぎはしたが、二人の間に会話はない。

話がある、と言ったもののどう切り出せばいいのかカナエがわからなかったからなのもあるが、何もない今の現状を、彼女の手から伝わる温もりを感じていたかったのも理由の一つ。

不意に、お互いの手が離れもう一度繋ごうとすると、アツコの方がそれを拒んだ。

 

「どうした?」

 

「・・・」

 

そうではなく、と顔に書いてある。

アツコは再度手と手が触れると、指を絡め、挟み合わせ、キュッと握りしめた。

形も、温かさも、全てわかってしまう、俗に言う恋人繋ぎ。

一層心臓が跳ねて、前から歩いてくる人々の視線も増える。

 

「あ、アツコ」

 

「(いつまでたっても話さないから)」

 

「ごめんて・・・」

 

彼女の言う通り、ナヨナヨしていられない。

少年は覚悟を決め、心に燈る熱に身を任せる。

 

「アツコ」

 

「(うん)」

 

「このまま、一緒に暮らさないか?」

 

今後のことも、さっきのことも。全部ひっくるめての提案を、カナエは提示した。

少女はただ黙って、少年が次に続ける言葉を待っている。少し、ほんの少し、表情に影が落ちてどこか寂しげに、微笑を含んで待っている。

手を握る力を強めて、待っている。

 

「スクワッドの他の三人の居場所も、俺がどうにかする。アツコが三人といたいならそれでもいい。俺が、絶対になんとかする」

 

「───」

 

「どのみち貯金を娯楽に費やす予定なんて無かったし、養う人間が増えても充分賄える。迷惑だとか、そんなことは一切ない」

 

「(カナエ)」

 

「初めは無理をさせるかもだけど、きっと上手くいく。ほとぼりが冷めるまで我慢すれば、普通の日常だって送れるはずだ」

 

「(カナエ)」

 

「俺が大人になる。なって・・・アツコを、サオリさん達を、みんなを幸せにするからさ。だから」

 

「(カナエ)」

 

話すことに没頭していた彼は、腕を引かれてようやく少女が自分を呼んでいることに気づく。

アツコはカナエを安心させるよう慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、歩みを止め、手を解き、彼の頬にソッと両手を添える。

落ち着いた?と瞳が言っており、戸惑いながらも彼は頷く。

 

「(ありがと)」

 

少女の口の動きは、声がなくとも感謝の言葉と理解できた。

両手が離れ、手話が紡がれる。

 

「(本当に嬉しい。カナエがそこまで考えて、私達を想ってくれたことが、本当に。この気持ちは嘘じゃない)」

 

本心から出た言葉。

 

「(でもやっぱり、喋れないと不便だね)」

 

直接言われたわけではない。けれど、カナエは提案に首を振られたのだと、理解した。

 

「(衝動で言ったんじゃなくて、必死に悩んで出した結論なんだと思う。あなたの態度に打算も無茶も感じられなかった・・・無理は多少してるだろうけど、お金に余裕があるのも、きっと嘘じゃない)」

 

でもね、とアツコは続ける。

 

「(いつか限界が来る。カナエを危険な目に合わせてしまう。カナエはよくても、私はそれが本意じゃない・・・きっと、全ての精算を付ける日が、必ず訪れる)」

 

だから、その提案は飲めない。

だから、ずっとあなたと一緒にいることはできない。

だから、

 

「(ごめんね)」

 

少女の謝罪に、少年は謝らないでくれと手で制する。

わかっていた。

彼女はこの案に無茶は入っていないと言ってくれたが、男子としてのソレは多分に入っていた。

意地を張って、見栄を張って、己の都合でアツコを守ろうとした。

断られて当然だ。

 

「・・・悪い。忘れてくれ」

 

「(ううん、忘れない)」

 

「ええ・・・?」

 

流石に意地悪が過ぎるのでは?と思わず困惑の声を漏らすカナエ。

 

「(この先ずっと、あなたの言葉は私の中にあり続けます)」

 

「同年代男子の情けないフラれ話なんて、覚えてても意味ないだろ」

 

「(別にそっちはフった覚えないけど)」

 

「・・・は?」

 

意味がわからないという彼にキョトンと首を傾げてから、ああそういうこと、と一人で納得して、言う。

 

「(さっきのこと(・・・・・・)について、私は反応した覚えはないよ)」

 

それはつまり、と呆けた面を晒すカナエ。

女の子に言わせるの?と頬を膨らませて怪訝な眼差しのアツコ。

そうだな、うん、そうだと自分で納得して、改めて少年は少女と向き合う。

 

「アツコ」

 

「(はい)」

 

「俺、アツコのことが───」

 

 

 

ドンッ

 

 

 

銃声。

 

誰に対して、どこから、誰が、そんなことを考える暇はなかった。

音が鳴った瞬間にソレは既に目標に着弾しており、被弾箇所から服を赤く染める。

 

「あ、れ・・・?」

 

急に左肩に衝撃が走った。

間も無く違和感が体全体を支配し、薔薇のように赤く黒い血がボタボタと、腕を伝って地面に落ちていく。

その様を、銃撃を受けた本人───カナエは呆然と見つめていた。

 

「・・・っ、カナエ!?」

 

日中聞いたことのなかったアツコの声がトリガーになり、ようやく違和感が痛みに変わる。

 

「が、ぐ・・・っ」

 

今まで経験したことのない激痛が、立っていられないほどの激痛が、叫びたいのにそれすら許さない激痛が、傷口、脳、傷口、脳と往復する。

しかし、痛みに思考が汚染されながらも、抱き止めたアツコが止血作業に取り掛かるところを見るや否や、彼は彼女へ逃げろと伝えるために、死ぬ気で口を動かそうとした。

 

「動くなッ!!」

 

その行動は、二人を襲撃した張本人達によって妨げられる。

何もないところから(・・・・・・・・・)突然現れる、重装備とガスマスクをした部隊。ゲヘナ領平日の昼下がりは、テロリスト集団の出現により非日常へと変貌した。

逃げ惑う一般市民には目もくれず、カナエとアツコを瞬く間に取り囲んだ彼女らの正体は、アリウス分校の生徒。

ロイヤルブラッドの姫君を手中に戻そうと躍起になっている、彼女(・・)の駒達。

 

「一体、どこから出て・・・!?」

 

「───光学迷彩」

 

少年の疑問を、少女は瞬時に解消させた。

対象を透明化させる技術であり、戦術に役立てないか現在ミレニアムが研究を進めていると聞いたことがある。

 

(でも、それはおかしい。こうも完璧な代物をどうやって・・・!?)

 

研究を進めているといっても、戦闘に転用するのは数年先との見立てだった。

それを、科学力の無いアリウスが完成させ、全員分の数を揃えてくるなど不可能とアツコは思ったが、

 

(・・・いや)

 

脳裏に、木製の人形がカタカタ動く音と赤い無数の瞳がギョロリとこちらを睨む姿が浮かぶ。

彼彼女らに連なる存在がもしいるのだとしたら、ヘイローを破壊する爆弾を開発した製作者が関わっているとするなら、合点がいく。

 

「ようやく見つけました、姫様。ご無事で何よりです」

 

数週間振りの邂逅。

あの日、水路へ身を投げた時に手を掠めたリーダー格の生徒が、二人の前へと躍り出た。

本当に無事を喜んでいるのだろうか、その声に抑揚は無い。

 

「マダムも貴女をお待ちです。さぁ、共に参りましょう」

 

血を流すカナエなど最初からいないものとして見ているのか、彼女の視線はアツコ一人に向けられている。

 

「(逃げろ、アツコ・・・っ)」

 

小声で、周囲の敵に悟られないくらいの音量で、カナエはアツコに囁く。

 

「(何言って・・・カナエを置いていける訳が)」

 

「(よく、考えろ・・・俺に、人質の価値は皆無だ。俺を捕まえてどうにかなるなんて、連中考えてない)」

 

「(仮にそうだとしても、殺されちゃう。捕まえる意味は無くても、生かしておく意味も無いって。彼女(・・)が教育した人は私を捕まえるために平気で禁忌を犯す。カナエが殺されるくらいなら・・・)」

 

「(アツコ)」

 

負傷していない右手が、少女の手の中に何かを握らせる。

小さく、細い、金属質なもの───カナエの、家の鍵。置いてある荷物を取って、すぐにゲヘナを去れと、彼はそう言っているのだ。

 

「(逃げろ)」

 

「・・・っ」

 

もう何を言っても聞かない、カナエの瞳は覚悟で塗り固められていて、

 

「───っ!」

 

後ろ髪を引かれながらも、アツコは行動を起こす。

懐から取り出した、いつも戦闘の際に重宝している煙幕。地面に打ち付けると瞬時に煙が散布され、視界は一面グレーに染まる。

触れていたアツコの感触が消え、言う通りにしてくれたのだと安堵しながら、カナエは意識を失った。

 

 




lotus:蓮(ハス)
花言葉:離れゆく愛
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