【完結】少年が秤アツコの傷になるまでの話。   作:\コメット/

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06 Rose

 

 

トリニティ自治区の中でも人通りの多い都市部の交差点、周辺にはデパートや企業が拠点とする高層ビルがいくつも立ち並び、繁栄を嫌でも物語らせる場所。

その端でひっそりと、『MiracRose』は黒字営業していた。

 

『お祖父ちゃん、選定終わったよ』

 

『おお。そこのバケツに浸けといてくれ』

 

『はーい』

 

幼い頃からカナエは、花屋を営む祖父の手伝いをしていた。大の男が女々しい職業を、と忌避する後継候補だった父親の代わりだったが、花好きは祖父から一代跨いで受け継がれたらしく、カナエはMiracRoseの仕事に楽しさと誇りを持って臨んでいた。

 

『俺の手伝いなんてせず、友達と遊んでくりゃいいのによぉ』

 

『遊ぶより花いじってた方が楽しいからいいの。それに、ボクがこの店を継ぐんだから仕事の要領は抑えてた方がいいでしょ』

 

『おまえ本当に小学生?』

 

最近になってようやくランドセルを背負い始めた男子とは到底思えない将来の見据え方に、我が孫ながらなんだこいつという顔を隠さない祖父。

しかしそれは無理もないこと。父親の不倫により家庭は崩壊、母親は自ら命を断ち、離婚の原因となった父はカナエを見捨てて不倫相手と共に行方をくらませた。

必然的に唯一の身内である祖父の元に彼は引き取られ、今は男手一つで育てられている。

父親は言わずもがな、母親も母親で金遣いが荒く実の息子に手を上げるなどの暴行をはたらいていて、クズ二人の背中を見続けたカナエは彼らを反面教師とし成長を遂げ、気づけば同年代の子供と比べればその精神は成熟し切っていた。

 

『もっとあるだろ、男ならこう・・・スポーツ選手とか。夢追いかけてみろよ少しは』

 

『興味無し。そもそも夢が花屋だから』

 

『俺の後継なんて別に気にせんでもいいんだぞ』

 

『そんなの関係ない。ボクは花が好きで、お祖父ちゃんが好きで、そのお祖父ちゃんがやってる仕事が好きなんだから。絶対にこの店継ぐんだもんね』

 

『・・・そうかい』

 

ならこれ以上何も言うまいと、祖父は素直に孫の善意を受け取ることにした。

 

『ね、今日も勉強しよ?いっぱい教えて、お店のこと!』

 

『わーったわーった』

 

カナエがメモ用のノートと鉛筆をポケットから取り出し、祖父は棚から茶菓子を引っ張ってくる。客の入りが少ない時間帯は、こうして孫と話す機会を設けているのだ。

 

『ほんで、今日は何が聞きたいんだ?』

 

『うーん、いっぱいあるけど・・・じゃあ、このお店の名前ってなんでMiracRoseなの?』

 

『お、ついにそれ聞くか。少し長くなるぞ』

 

『平気!』

 

『死んだ婆さんも知らない話だ。子供には少し早いかもな』

 

『だ、大丈夫!』

 

『なら、まぁ茶菓子食べる片手間に聞いとけや』

 

一拍置いて、さて何から話すかと思考したのち、祖父はどこか懐かしむ口調で話し始めた。

 

『MiracRoseはな、二つの英語が合わさってできた名前なんだ』

 

『英語?』

 

『おお。Roseは薔薇で、Miracleは奇跡。奇跡の薔薇。花言葉は前に教えてたな?』

 

『うん。奇跡と薔薇って言ったら一つしかないよ。青い薔薇だよね』

 

『正解だ』

 

夢は叶う、神の祝福、そして奇跡。

昔は交配による品種改良が難しかったので、不可能という意味もあったらしい。

祖父にとってその花は、特別なものだったという。

 

『祖父ちゃんは、昔っから花屋をやってた訳じゃないんだ。ある学校に庭師として雇われてたんだよ』

 

『学校って、トリニティ?それともゲヘナ?ミレニアム?もしかして、レッドウィンター!?』

 

『はっはっは!レッドウィンターで花育てるのはちとキツイな!・・・もうその学校の名前を聞かなくなって、随分と経つ』

 

『無くなっちゃったの?廃校?』

 

『に、追いやられた。トリニティ総合学園の設立理由は絵本とかに描いてあったろう。数多の学園が一致団結し、一つの学校を打倒したって。それが俺の雇われてた、アリウスってとこだ』

 

『怖いところだったの?』

 

『いいや全然。普通の学校と何も変わりはなかった』

 

『じゃあ、なんで仲間外れにされちゃったの?』

 

『考え方の違いだな。数多くある学園を一つに統合し、自治区をまとめる。聞こえはいいが、それは同時に強力な武力を持つことを意味する。気に入らない輩がいれば、問答無用で押し潰せてしまえるほどの力を。それに最後まで反対したのがアリウスの生徒会長だった』

 

当時アリウスの長を務めていた人の姿を思い浮かべているのか、祖父の目が過去を追い求めるために細められる。

 

『皮肉なもんだよな。巨大な武力を持つことを真っ向から否定した人達が、その武力による最初のターゲットに選ばれた。結果は火を見るより明らかだった。一つの学校に対して、まとめ上げられた数十校が一斉に襲いかかるんだ。当然だろう』

 

『アリウスの生徒さんたちは、どうなったの?』

 

『さて、どうなったんだか・・・学校としての機能を失ったんだ。今もどこかで生きているかもしれないし、そうじゃないかもしれない』

 

『・・・』

 

ちと暗い話になっちまったな。

祖父は、思い詰めるカナエの頭をガシガシ撫でて、気の紛らわしを図る。

 

『でよ?祖父ちゃんを雇ってたのが、その、当時のアリウス生徒会長だったんだよ』

 

『どんな人だった?』

 

『えらい別嬪さんだったな。薄紫の長い髪、宝石のような赤い瞳、白い衣装が似合う、物語のお姫様ってのが例えにハッキリ当てはまる。それぐらい美人で、可憐で・・・綺麗な人だった』

 

『お婆ちゃんより?』

 

『カナエェ・・・』

 

『クスクス、ごめんなさい』

 

この辺りが、祖父が祖母に話さなかった理由なのだろう。

カナエが生まれる前に祖母は亡くなっているので人物像は知らないが、とても快活な人だったらしい。なので、素直に話してももしかしたら笑って話を聞いていたかもしれない。

 

『ゴホン。ま、あれが多分初恋だったんだろうな。さっきは雇われたって言ったが、本当は俺からあの人の元で働きたいって自分を売りに行ったんだよ』

 

『どんなところに惹かれたの?やっぱり綺麗で美人なところ?』

 

『そりゃまぁ、それもあるだろうが・・・一番は、あれだ』

 

『あれ?』

 

『その人は、花が好きだったんだ。美人の下で働くなんて、下心に満ちた俺の育てた花を、あの人は綺麗だって、素敵だって、褒めてくれたんだ』

 

生徒会長に一目惚れする、どうにかお近づきになろうと自分を売り込み庭師になる、褒められる、不純だった気持ちが誠実なものに変わる、という順序だったらしい。

目の前に茶菓子があるのも忘れ、カナエは祖父の話に夢中になった。

 

『それからあの人を喜ばせたくて、仕事には今まで以上に精を出した。毎日庭を訪れる彼女を笑わせたくて、喜ばせたくて・・・いつもは凛とした表情なのに、時々見せる笑顔は正に、花のようだった』

 

祖父もまた、カナエへ過去を話すのに夢中になっている。

 

『特に薔薇。そう、青い薔薇が好きだった。昔は交配も大変でよぉ、花束にして渡すつもりが咲いたのはたったの一輪。事前に束にしてプレゼントしますって言ってたから、約束を破った罪悪感もあってなぁ』

 

『渡せなかったの?』

 

『それがな?渡すのを渋ってたら向こうから言ってきたんだよ』

 

あなたが咲かせたものなのだから、それはたとえ一輪でも、私にとって百輪以上の価値があります。

だから、胸を張って。

 

『恐る恐る、丹精込めた一輪を手渡した。そしたら、今まで見たことない笑顔で、その人は笑ってくれたんだ。───ありがとうって、言ってくれたんだ』

 

嬉しかったなぁと、当時を鮮明に思い出して少年のような笑いを浮かべる祖父を見て、カナエも心が湧き立った。

 

『告白は?告白はしたの?』

 

『・・・いいや、しなかった』

 

『えぇ、なんで!?好きだったんでしょ、生徒会長さんのこと!』

 

『向こうは仕事で忙しいから迷惑かけたくなかったし、それに俺みたいな平民が釣り合うわけないって・・・まぁ、ヒヨっちまったんだよ』

 

『オッケーかもしれなかったのに。もしかしたら、会長さんは言ってくれるの待ってたのかもしれないじゃん』

 

『ハハッ、だったら嬉しいな。で、戦争があって彼女とはそれっきりになり、未練タラタラで彼女が好きだった花の名前を店名にして、祖母さんと出会って、今に至るってわけよ』

 

どうだ、少しは楽しめたか?

いつもの調子に戻って笑う祖父に、カナエは少し物足りなさ気。

一歩踏み出して想いを伝えなかった意味が、説明されてもわからないのだろう。

 

『いつかそういう日が来るさ、カナエにも』

 

『ボクはちゃんと伝えるもんね』

 

『ほんとかぁ?俺の血を引いてるからなぁ』

 

『父さんの血も引いてるよ』

 

『おまえなぁ』

 

誰が上手いことを。いや上手くもないし自分を卑下して欲しくないが。祖父は複雑な表情になりながら、カナエの頭を撫でた。

 

『───なぁ、カナエ』

 

『なに?』

 

『いつか・・・』

 

そこで、祖父との記憶の追想は途絶えた。

 

 

 

********************

 

 

 

「・・・いてぇ」

 

左肩の痛みが、カナエを夢から現実へと引き戻す。

夢の内容はなんだっか。とても懐かしく、大切なものだった気がする。

 

「ようやくお目覚めか」

 

思い出せそうになったところで声をかけられ、追憶は無為と化した。

誰だよおまえは、と目の前にいる相手に視線を送る。

ガスマスク、アリウスの紋章がついた装備一式。そして聞き覚えのある声。部隊長を務める人物に間違いない。

 

(ここは、どこだ・・・?)

 

眠気以外にも吐き気、他にもナニカが思考の邪魔をするが、状況を確認する。

襲撃を受けた街中でないのは確かで、今いるのは屋内。窓の外から漏れる光は月明かりで、どうやら既に日が暮れているらしいことがわかる。

機材を全て取り払った工場のような内装、放置されてからかなりの時間が経っているのかやけに埃っぽく、所々に蜘蛛の巣も見受けられる。

カナエ自身は足と腕をロープで縛られ椅子に拘束。左肩の傷は止血だけ施されていた。

リーダー格の生徒以外にも人はいて、数は合わせて六人。装備は四人が軽装備、二人がガトリングを持つ重装備。襲撃の際はもっと人数がいた筈なので、ここにいるのはほんの一部なのだろう。

 

「姫様はどこだ、答えろ」

 

「起きて早々それかよ。こっちは怪我人なんだ、少しは」

 

ドンッ

 

銃声、薬莢の落ちる音。屋内でそれらはやけに響いた。

リーダー生の持つハンドガン一発が、カナエの右足の甲を貫いたのだ。

 

「が、ぁ・・・っ!」

 

新しく生まれた痛みに、思わず絶叫しそうになる。これでもかと激痛が体全体を支配しているのに、右足の感覚が無くなり動かせなくなる。

流れる血が熱いのかも、冷たいのかも、あやふやになってその思考すら痛みで消える。

 

「姫様と違い、おまえにはいくら危害を加えてもいいと許しを得ている。人質であるのは確かだが、おまえには価値がない。死んだところで誰も困らんからな」

 

「こ、これ、でも・・・各所から愛される、花屋なんだがな・・・。俺が、死んだと分かったら・・・ゲヘナの風紀委員長さんがかっ飛んでくるぞ・・・」

 

「我々を脅す気か?あいにくとそんな嘘に騙されてやるほど、こちらは馬鹿ではない」

 

事実を言ってるんだけどな、と内心乾いた笑いを浮かべるカナエ。

その様子を面白くないと思われたのか、右足に空いた血の穴を踏んづけられ、感覚を取り戻すと共に激痛で失せる。

 

「次は左足だ。さっさと吐け」

 

「・・・」

 

「強情な奴め。なら望み通り」

 

『おやめなさい』

 

女性の声。

芯まで通り、凍てつかせるほど、冷酷無比なその声に、カナエはおろか他生徒達まで身を竦める。

 

「マ、マダム・・・」

 

『少し、ほんの少し。蟻程度の興味が湧きました。彼とお話をしても?」

 

「ですが」

 

『下がりなさい』

 

「・・・っ、御意に」

 

リーダー生が地面に何らかの機材を置くと、声の主がホログラムで現れた。

異形。

第一印象はその一言。人型だが無数にある血のように赤い眼、赤い肌がそう思わせる。

それは人間ではなかった。

それはキヴォトスの生徒ではなかった。

それは常軌を逸した存在だった。

それは、氷と血に満ちた大人だった。

 

『初めまして、私の名はベアトリーチェ。ゲマトリアという組織に身を置く者であり、同時にアリウス分校の生徒会長を勤めている者です』

 

扇子は愛用品なのか、広げて口元に持っていく動作は滑らかで、三日月のような笑みを隠す。

 

『あぁ、あなたは名乗らなくてもいいですよ。どうせ忘れますし、覚えるほどの興味もないですから』

 

「そいつは、どうも」

 

『あらゆる拷問にも耐え、秘匿に徹する姿。並の精神力ではありません。素直に賞賛に値します』

 

(・・・あらゆる?)

 

困惑する。確かに銃撃を貰いその傷を踏まれもしたが、計二つだ。

言うほどのレパートリー豊富な拷問を受けた覚えが、カナエには無い。

 

『ああ、もしかして記憶が飛んでいらっしゃる?───手の指、力入ります?』

 

無数の目のうちの一つが細められた。言われるがままに彼は拘束されている両手に力を込めようとして、気づく。

思うように動かせず、握力が出せない。

なぜか。

 

「・・・ぁー」

 

爪が無い。

親指から小指まで、根本から剥がされている。

土いじりの経験と感覚が乗った仕事道具が、よく見るとその辺に10枚転がっていた。

 

『爪剥がし、薬物投与、水責め、簡単な暴力に先ほどの銃撃。どのような拷問を受けてもあなたは屈服せず、アツコの情報を吐こうとはしなかった』

 

「・・・まぁ、虐待に慣れてたってのはあるかもな」

 

あの後、襲撃の後、彼は一度ここで目覚めていた。

その際も黙りを決め込んだ少年を前に、アリウスの生徒たちは容赦なく対応。

数時間にも及ぶ拷問の末、彼は気絶し夢心地。記憶は飛び、走馬灯のような夢を見て、現実に戻ってきたのだ。

眠気以外のナニカとは、薬の後遺症だったらしい。道理で思考がまとまらず、嘔吐感もあった訳だ。

 

『ですがわからない。何故に、そうまでしてアレを庇うのですか?是非ともご教授下さる?』

 

「・・・れの」

 

『はい?』

 

「おれの、質問に答えてくれたら、答えてやってもいい」

 

「貴様、マダムに向かってなんという態度をッ!」

 

『待てもできないのですか、あなたは』

 

「し、しかしマダム!」

 

『この程度で狼狽えては器が知れます。強者とは常に、弱者がどれほど吠えようと悠然としているべきなのです。いいでしょう、それで?質問というのは?』

 

「アツコは、アンタにとってなんだ」

 

ポカンと、こいつは何を言っているんだと、拍子抜けするようにベアトリーチェは口を丸く開けた。

数秒後、質問内容を理解した彼女は余裕と笑みを取り戻し、カナエの問いに答える。

 

『お答えしましょう。秤アツコは私にとって、悲願を成就するためのかけがえのない存在。パーツであり、部品であり、駒であり、

 

 

 

最高級の、道具です』

 

 

 

舌と興が乗り、彼女は続ける。

 

『アレに巡る特殊な血、ロイヤルブラッド。そこから神秘を一滴残らず搾取し、キヴォトス外の未知の力を掛け合わせ、私を高位の存在へ押し上げる。黒服は暁のホルスで失敗したようですが、私は違います。時間をかけ、生徒達に教えを説き、ここまできました』

 

「・・・」

 

『あなたはアツコが死ぬのを良しとしないのでしょう?しかし、それは仕方のないことなのです。アレは必要な犠牲、崇高へと至る道を通るのに必要な鍵』

 

少年は何も言わない。

 

『私がより高位の存在になることによって、世界は救われる。そのためならば、一人の犠牲など最早些事。むしろ、この私のために命を捧げることができるのですから、感謝して欲しいものです』

 

少年は頷かない。

 

『日々を無為に生きる子らに、意味を与えてやったのはこの私です。それなのに、その恩を仇で返すような真似をしでかしているのが現状。非常に腹立たしく、同時に悲しい・・・あれだけ教えを受け、教育を施されたにも関わらず、私の思想に反対するだなんて』

 

少年は、もう聞かない。

 

『どうでしょう、強靭な精神力を持つあなた。私の崇高なる目的について、ご理解いただけましたか?』

 

 

 

「わかるわけねえよバカか?」

 

 

 

饒舌だったベアトリーチェの声は、彼の罵倒によって寸断された。

カナエにとっては当然の答え。

しかし、アリウス側にとっては予想打にしない返答だったらしく、無礼な態度を見るや否や銃を構えたリーダー生すら間抜けに口を開けて突っ立っている。

 

「あー、そう。うん、わからないけど、よくわかった」

 

目の前の怪物の妄言を、彼は理解できない。

だが、コイツの人間性───人間ではないが───だけは、完璧に理解した。

 

「アンタがどうしようもない最低のクズで、ただの盗っ人ってことがな」

 

『───は?』

 

怪物は初めて、取るに足らないその男に激しい苛立ちを持った。

 

「自分だけじゃできないから他人の力を借ります。そのためなら手段は選びません。洗脳します。奪います。殴ります。殺します。今まで相手が築き上げたものを根こそぎ攫い、自身の価値観を押し付け、逆らえば暴力を振るい、気に入らなければ殺すのも厭いません。オマエがやってるのは簡単に言えばそんなところだ」

 

ミシリと、ホログラムの中で化物の扇子にヒビが入る。

 

「とんでもない悪党、いや悪党と例えることすら烏滸がましい。盗っ人、犯罪者、蛮族、エセ教祖。そう、エセ教祖だ。恐怖と憤怒を説いて洗脳するところとかは最早三流の手口だ」

 

血が溢れる、手足が麻痺する。

それに反比例して、彼の口撃は更に加速する。

 

「いい歳こいた大人が、肩書きも年齢も偽って玉座に座り、子供に教えという名の洗脳を施し、都合の良い駒に育て上げ、使えないと見るや否や切り捨てる。使えると分かれば手元に置くために他者を傷付ける。これが大人のやることか?」

 

違うだろう。

ふざけるな。

 

「大人ってのは、子供に手本を示し導く存在だ。先頭に立ち、背中を見せ、時に叱る。それが大人だってのに、オマエは真逆だ。後ろでふんぞり返り、恐怖で支配し、憤怒に染め地獄に堕とす。子供はオマエの駒じゃない。パーツでも、部品でも、ましてや道具なんかじゃないんだよ」

 

生徒を物と認知している時点で、彼女は終わっている。

 

『・・・だったら、なんだというのです?』

 

「それが分からないから、現在進行形でアツコ達に逃げられてるんだろ。少しは搾取するしか能のない頭で考えてみたらどうだ?」

 

『貴様・・・ッ』

 

「子供は何にだってなれるんだ。花屋にも、お姫様にも、優しい姉のような存在にも、便利屋にも、医者にも、生徒会役員にも、風紀委員にも、テロリストにも、普通の学生にも・・・オマエのような化物にも」

 

だから大人が必要なのだ。

だから大人は、子供を導かなくてはならないのだ。

 

「オマエみたいなのが生まれないために、大人はいるんだ。そうならないように、自分で選んだ未来を辿るのが子供という存在なんだ。どうだ?死んだ祖父さんの言葉を丸々パクっただけだが、今生きてるオマエよりも説得力があると思わないか?」

 

後半の最後の方しか祖父は言っていない。

大部分は全て、カナエがベアトリーチェを否定し、煽るために宣った言葉である。

効果は的面、ホログラム越しの化け物は怒りを抑えるために彼を睨みつけている。

 

「ご清聴感謝。それじゃあ約束通り、アツコの居場所を吐いてやるよ」

 

『・・・ええ、あなたの与太話にも飽き飽きしていたところです。さっさと』

 

「と、言うとでも思ったか?」

 

『・・・は?』

 

「誰が吐くかよ、阿呆め。オマエらは単にいつでも殺せる俺の話を聞いて時間を無駄にしただけなんだよ。残念でした」

 

戯けて嘲笑う満身創痍の少年。

それに対して、ベアトリーチェは。

 

『───撃て』

 

並々ならぬ憤りを抱え、

 

『撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て!!!!』

 

カナエへ呪詛ともとれる号令を、連呼した。

無数の目は瞳孔まで開き、扇子は折れ、鼻息も呼吸も荒くする彼女に、初見に感じた威厳はない。

 

「おいおい、この程度で吠えるなよ。強者はどれだけ弱者に言われようと悠然な態度でいなきゃならないんだろ?器が知れるぜ?ほら、落ち着け。笑えよ化物」

 

『何をしている!?おまえ達、疾くこの愚か者を撃ちなさい!私の目の前から、その男の命を消炭にするのです!』

 

「は、ハッ!」

 

銃が構えられる。

頭に、心臓に、急所目掛けて銃口が添えられる。

己の命がもうすぐ尽きるのだと、悟る。

 

(ま、言いたいことは言えたな)

 

まさかラスボスが自分から出てきて論破されにくるとは思ってもみなかった。

取るに足らないただの人間にしては、出来過ぎもいいところだろう。

 

(・・・ああ、でも)

 

一つ心残りがあるとすれば、自分も祖父と一緒だったこと。

自身の想いを、伝えられなかったこと。

 

(結局、俺はお祖父ちゃんの孫なんだなぁ)

 

言えなかったことに後悔はある。

けれど、それが祖父に育てられた証明であり誇りだ。

それが嬉しくて、同時に悔しい。

ちゃんとしたサヨナラも言えていない。あの後無事に逃げれたのかも、わからない。

でも、アツコなら、サオリ達ならきっと大丈夫だ。

根拠はないが、カナエはそう思った。

 

『撃て、殺せ!死ねええええッッ!!!』

 

彼女の怒号を最後に、少年は目を閉じる。

死ぬ直前とは、意外と思考がクリアになるんだと一つ彼は学んだ。

痛みも引き、鈍くなっていた感覚も徐々に取り戻し───、

 

(・・・ん?)

 

違う。

死に近づいているのではない。

むしろ遠ざかっている。

 

「なんだ!?」

 

周りの生徒達も気づいたようだ。

 

『───キヒッ』

 

ベアトリーチェは笑っている。

余裕を取り戻し、口を三日月にして笑っている。

 

「・・・これ、は」

 

傷口が塞がっていく。

血が止まり、爪の剥がれた痕も、銃撃を受けた痕も、暴行を受けた痕も、元通りとはいかないが回復していく。

ナニカの恩恵を受ける彼は、その正体が頭上にあるものから発せられていることに気づく。

先ほどまでは無かった、刺々しいフォルムの黒いドローン。

そこから出る得体の知れないパルスが、カナエの傷を治しているのだ。

 

「ど、どこから入った!?」

 

「撃ち落とせ!」

 

生徒達が銃を構え、ドローンを攻撃しようとする瞬間、窓のガラスが快音と共に勢いよく割れ、四散した。

それと同時に、人影が空いた窓から飛び降りる。

月に照らされ、正体が露になる。

頭を深く隠す、白いローブ。アリウスの紋章が刻印されたプロテクター。持ち主の愛銃であるサブマシンガン、スコルピウス。

赤い瞳、芸術のように美しいその顔に、一人は笑い、六人は驚愕し、一人は───もう一度会えた喜びと、なぜ来たんだという戸惑いの混在した表情を浮かべる。

 

そこに少女が立っている。

 

そこに姫君が立っている。

 

そこに、秤アツコが立っている。

 

 




Rose:薔薇
花言葉:あなたしかいない
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