【完結】少年が秤アツコの傷になるまでの話。   作:\コメット/

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最終回でキャラのフルネームがわかるってなんか良いですよね。


09 Southern Cross

 

 

夢と現実、共に幸せな時間の行き来を繰り返し、カナエは目を覚ました。

 

「すぅ・・・すぅ・・・んぅ」

 

可愛い寝息を立てて、アツコが隣で寝ている。起きて早々に彼女の良い香りが鼻を突く。

艶のある小さい肩がはだけてこちらに覗かせていたので、隠すためにシャツを戻してやり、寒くないよう布団を掛け直し、少年は少女の寝顔を堪能する。

 

(綺麗だ)

 

長いまつ毛、薄い唇、柔らかな吐息。

瞑られた目にかかる髪をソッとどかすと、小さな口がむにゃむにゃと動いた。

アツコの年不相応の美しさに、年相応の可愛さに、カナエは首っ丈である。

 

サオリ達がヘイローを消して寝静まったのを確認したのち、実はこっそりと布団の中で二回戦をおっ始めていた二人。

互いの体温を交換するために抱きしめ合い、心臓の鼓動も同時に輪唱した。

腕の中にすっぽり収まってしまった、触れたら容易に手折れそうで、柔らかくて小さい、実は頑丈な少女。

少女を覆う包容力と優しさに溢れた、大きくて強かな、傷だらけの少年。

互いの全てを知りたくて、互いに分かって欲しくて、互いに分かりたくて、対照的な男女は身体全体を使って伝え、求め、ふれ合い、触り合った。

理解するにつれて幸福感と快感が増し、別れが近づくのを察してもっと一緒にいたいという想いが強まる。

それが熱を更に掻き立て、少年の首に二つ目の甘噛み痕を、少女の鎖骨にキスをそれぞれ付けた。

 

途中からミサキとヒヨリは度重なる物音により起きていたが、カナエとアツコは気づかなかった。

 

アツコは戦闘の疲れもあってか二回戦を終えて早々に夢の中へ。

カナエはある事(・・・)をやった後に同じ布団に入り、就寝。そして起床し今に至る。

 

「んみゅ・・・」

 

夢見心地に、伸ばされた少年の腕を抱き枕代わりにし、アリウスの姫君は自身の身体へ密着させた。

頬ですりすり、胸元へギューッと寄せられる右腕。少女の柔らかい感触を一身に浴びせられる右腕。引き抜こうにもびくともしない右腕。

尤も、少年は引き抜く気もないが。

 

「んん・・・っ」

 

ブゥンッと頭に、煌めくようなヘイローが出現。

 

「ん・・・」

 

シュンッと再び消えて眠りに入る。

 

「くくっ」

 

その光景が面白くて、思わず吹き出しかけた。

体勢を変え、左手でもアツコを撫でることにしたカナエ。

絹のように整った髪に沿い、優しく手櫛で梳く。指に痛みはまだあるけれど、少女の感触を感じれば無問題。

撫で、梳く。撫で、梳く。梳かす度に気持ち良さそうに口をもにょもにょさせる好反応が返ってくるので、何度も繰り返してしまう。

 

(会った当初は、まさかこんな関係になるとは思っても見なかった)

 

綺麗な人だとは思った。

儚く、可憐で、今にも消えてしまいそうな危うさを持った───まさに、物語のお姫様のような少女。

年頃の男子特有の照れ臭さは生活する中で勿論あったが、それを差し置いてアツコを守りたい、助けたい、力になりたいという想いの方が先行し、そういった欲求は静まりを見せた。

風呂の一件でそのダムは決壊した訳だが。

 

「・・・ぅ」

 

ふと、少女の反応に変化が訪れる。

起こしてしまったかと思えば、ヘイローは消えたままなので違うらしい。

では、なにか。

 

「───っ」

 

雫が、筋を描いて彼女の瞳からこぼれ落ちる。

ポロポロと、止めどなく、瞑られた眼から流れ、シーツを濡らす。

悪夢でも見ているように表情は先ほどと打って変わって真っ青で、体も恐怖によるものか震えており、密着する腕に彼女の不安感が伝わる。

涙がトリガーになり、カナエの腕を握る力が強まった。

 

『いなくならないで』

 

出してはいけない声、発してはいけない声。

震える唇はそう言っているように見えて、咄嗟に少女を抱きしめる。

 

「・・・ここにいるよ」

 

ずっと、この子の側にいたい。

しかしそれは叶わないのが確定事項で。

アツコが泣き止むまで、カナエは彼女の背中をさすってやり、暫くして落ち着きを取り戻したのを見てから再び眠りについた。

 

 

 

********************

 

 

 

泥中を掻き分け、光の差す場所へ。

 

「・・・」

 

カナエの腕の中で、アツコは眠りから目覚める。

シャツを汗が濡らし、悪夢による疲れで出た倦怠感が身体を支配している。

それを緩和してくれたのは、他でもない傍の少年。

 

(・・・酷い顔)

 

机に置いてある鏡に映る自分の顔を見て、そんな感想を抱いた。

真っ赤な泣き腫らした目元、とてもカナエには見せられない有様だ。

 

(嫌な夢だったな・・・)

 

鮮明に、内容を覚えている。

少年といつも通り共に過ごし、幸せを実感しているところに『彼女』が現れ、カナエを自分から取り上げてそのあとは、といった夢。

泥のような闇が四肢に纏わりつき、もがき苦しむ中で一筋の光が視線の先に差した。それを目印に足掻いて、手に掴むと苦しみは緩んで、目が覚めた。

 

(ありがと)

 

隣で眠る愛しい少年の頬を、プニッと突く。

 

「んんっ」

 

(ふふふ)

 

えいえい。

触れる度にこちらが望む反応と感触が返ってくる。

それが嬉しくて、同時に彼という存在が自分の中で、アリウススクワッドの三人と同じくらい大事なものになっていると実感する。

無意識に腕を抱き枕にするのだから、余程だろう。

 

(愛情の種類は、多分違うものなんだろうけど)

 

サオリ達に向けるものは、家族愛。

カナエに向けるものは、恋愛。

 

初めてできた、そういう意味での好きな人。

 

この人でなければいけなくて、この人じゃないとダメで、この人以外にいない。

他人が聞けば赤面するかもしれない感情も、アツコにとっては誇らしいものであり、大事にしたい、失いたくないもの。

昨日は少年を危険な目に遭わせてしまい、出会いを後悔した。傷つけた原因は自分にあり、きっと暫くは仕事も満足にこなすことはできないだろう。剥がされた爪、撃ち抜かれた右脚、全身打撲に薬物で侵された身体。

傷痕を見る度に申し訳なさが込み上げ、埋め合わせではないが自らが付けたカナエの首にある噛み痕を指で掠め、添える。

 

これは証だ。

 

自分が、秤アツコが彼と共にいたという証。

 

確かに少年を傷つけた事実は変わらない。消えず、これからも背負うべき重い罪だ。

それは分かっている。だけど、それを差し引いても、彼と過ごした日々はかけがえのないものであり、否定してはいけないもの。

故に愛する。彼を、彼の全てを、共にいた時間を。

 

「・・・んっ」

 

首の噛み痕に一つ、頬に一つ、それぞれキスをする。

昨夜に致した行為の導をなぞり、印に愛情の上書きを施す。

 

(ちょっと長かったかな)

 

頬への口付けは、想定よりも長くなってしまった。

でもそうなったのは少年のせいで、その点については自分は悪くない。

名残惜しむようにソッと唇を離すと、カナエと目が合った。

 

もう一度言う。カナエと目が合った。

 

「「・・・」」

 

硬直、沈黙。

無かったことにするべく布団で彼の顔を覆うとして、待て待てと止められる。

 

「おはよう、アツコサン」

 

意地悪さを多分に含み、自然と馬乗りになっている少女へ少年は笑いかける。

 

「(・・・おはよ)」

 

どうやらキスがバレていたようだ。赤面を隠せずに強がりながら、苦し紛れに挨拶を返す。

いつもはアツコが優位に立ち回るのが、今は完全にカナエの手の上である。なんだかその事実がとても悔しくて、誤魔化すべく顔を彼の胸に埋める。

 

「目元赤かったけど、怖い夢でも見たか?」

 

優しく頭を撫でられる。

これだけで喜んでしまい、曲げたヘソを即戻してしまう自分に腹が立つ。

何がタチが悪いかといえば、カナエはアツコが魘されているのを目撃しているという点。分かっていてこの対応なのだ。

 

(もしかしてカナエって、すごく性格悪い?)

 

ベアトリーチェに対して口論で勝っているのも加味すれば、相当な捻くれ具合である。

 

「今俺に対して失礼なこと考えてるだろ」

 

「(ブンブン)」

 

「嘘つけ。まぁ別に良いけどさ」

 

もう片方の腕も動員し、少女の背中に回す。

 

「そろそろ起きないとな。日が昇る前には出なくちゃだろ?」

 

「(コクリ)」

 

「なら、色々渡す物を準備しないと。朝ごはん任せていいか?」

 

「(コクリ)」

 

「それじゃあ取り掛かろう・・・なんで離れないんだよ」

 

少年に抱きつく力は、解かれるのとは反対に強まった。

 

『もう少しこのまま』

 

まるで、そう言っているかのように。

 

「・・・はいはい」

 

なら付き合うよ、と再度彼も少女を抱きしめ、温もりと柔らかさを堪能した。

 

 

 

********************

 

 

 

「三日分だけど食料と、弾薬。頼まれてた装備と包帯、薬もこの中に入ってる」

 

「助かる。最後まで苦労をかけたな」

 

礼を言う、とサオリはカナエに握手を求め、彼もそれに応じる。

日はまだ昇らず、街灯も付いたまま、けれど少し空に明るみが出てきたところで、アリウススクワッドの四人はMiracRoseとゲヘナを去ることにした。

 

「手袋したままでごめん」

 

「爪のこともある。気にするな・・・姫から貰ったのか」

 

「スペアがあるからって、な」

 

「(素手のままだと辛いだろうし)」

 

伸縮し丈夫な、融通の効く黒い革手袋。

なんと撥水加工も施されている優れ物で、暫くは不自由になる仕事も幾らかマシになるだろう。

 

「ヒヨリ、ミサキも。世話になったんだ、握手ぐらいは」

 

「は、はい。その、差し入れで頂いたご飯、美味しかったです」

 

「また会えたら振る舞うよ」

 

「本当ですか!?え、えへへ・・・」

 

「・・・あまり無理に動かないように。ゆっくり時間をかければ、ちゃんと回復すると思う」

 

「うん、ありがとう」

 

「姫も」

 

「(・・・コクリ)」

 

二人ともそれぞれ握手を交わし、最後に残ったアツコと向き合う。

たった一ヶ月。されど一ヶ月。

共に過ごし、離れることのなかった少女が目の前に立つ。

腕を出そうとするカナエだったが、対するアツコは何か言いたげで、その手は何を紡ぐのか待つことにした。

数秒、その数秒にどんな思考と葛藤があったのかわからない。それを経て、少女は両手を動かす。

 

「(先ずは、今までありがとう)」

 

「うん」

 

「(この一ヶ月で、色々なことを知れた。でもまだ、カナエから聞いてない)」

 

「なにを?」

 

「(私を助けてくれた理由)」

 

「あー・・・」

 

そういえば話していなかった。

あれだけ別れるまで時間はあったはずなのに、アツコが今の今まで聞いてこないのをいいことに放っとかしでいたのだ。

 

「うーん」

 

「(約束だった。話すって)」

 

「まぁ、な。けど」

 

「(なに?)」

 

「いつ話すかは言ってないよな」

 

「(・・・意地が悪い)」

 

いい加減話してよ、と不機嫌な彼女の頬が膨れる。

 

「じゃあさ、今度会った時に話すよ。必ず、絶対に」

 

「(本当?)」

 

「俺が約束破った時があったか?」

 

「(グレーなことを除けばないけど、私としては今話してくれた方がいい」

 

「結構長いんだよ。その時が来たらゆっくり、懇切丁寧に話すから」

 

「(・・・わかった)」

 

渋々、アツコは了承した。

しかしこのまま別れたらそれぞれにシコリが残るだろう。

それを解消するべく、カナエは今まで背後に隠していたある物を取り出しつつ、片膝を付いた。

 

「アツコ」

 

「(ど、どうしたの。急に改まって)」

 

「これを」

 

差し出したのは、花だ。

綺麗に包装された、一輪の───青い薔薇。

 

「移動の邪魔とかになるだろうから、これだけ」

 

「(・・・うん)」

 

少女はソッと、自分に向けて渡された花を大事そうに受け取る。

 

「(これ、カナエが育てたの?)」

 

「ああ。店の奥でずっと試してたんだよ、薔薇の交配。本当はもっと包みたかったんだけど、成功したのは一輪だけでさ」

 

「(ううん。カナエが咲かせたものなのだから、それはたとえ一輪でも・・・私にとって百輪以上の価値があるよ。だから、胸を張って)」

 

「───」

 

いつか聞いた、昔話。

その登場人物と殆ど同じ言葉を、目の前の少女は言って。

 

「・・・やっぱり、血筋なんだろうな」

 

「(?)」

 

「お互いの話」

 

立ち上がり、少女を抱きしめる。

 

「何もかも全部終わったら、一緒に花屋をやろう。いいか?」

 

彼の問いに、少女は返答できない。

ただ、薔薇を散らさないように優しく、少年の背中に手を回して抱きしめ返した。

それが答え。

ぎゅーっと、永遠とも思える抱擁を、温もりと感触の交換を行い、名残惜しそうに離れる。

 

「(きっと、この花にも意味があるんだよね)」

 

「一応な」

 

「(次会う時までに、意味・・・調べておくから)」

 

「ん」

 

「(またね)」

 

「ああ、また」

 

さよならは言わない。

 

「世話になった」

 

最後にリーダーのサオリが帽子を深く被り直しながら会釈をし、マスクを取り付け先頭を行く。

彼女に続くように、アツコ、ミサキ、ヒヨリも走り始めた。

朝を迎える準備を始めた街の中に、消えていく。

 

「・・・さて」

 

完全に背中が見えなくなったところで、カナエは背後に現れたソレに振り向いてから言う。

 

「よおっ、やっと来たか。思ったより遅かったな」

 

「───」

 

「おまえと話すことは何もない。一思いにやれよ」

 

 

 

タンッ

 

 

 

銃声と街灯が消えるのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

********************

 

 

 

『いつか───ずっと未来の話になるかもしれない。もしかしたら、明日明後日にも起こることかもしれない』

 

『なにそれ』

 

昔話を語っていた祖父が、急に訳のわからないことを言い出した。

遂にボケたか、いや先程までスラスラ話していたしそれはないかと一人で納得しながら、幼少期のカナエは次の言葉を待つ。

 

『あの人の・・・血を引く子がおまえの前に現れた時、助けてやってくれないか?』

 

『うん、いいよ』

 

『即答』

 

素直に育ってくれて嬉しいが、いかんせん返事が早すぎやしないだろうか。少し悩むと思っていた祖父は再度、我が孫ながらこいつはよぉと肝の座り過ぎてるカナエの頭をガシガシ撫でる。

 

『俺のお願いだからって無理してないか?』

 

『困ってる人を助けるなんて、当たり前だよ。それがお祖父ちゃんの大事な人の孫だっていうのなら尚更』

 

『・・・ありがとよ』

 

『なら、花屋の仕事以外にも色々と覚えなくちゃね』

 

『なにがだ?』

 

『ボクがお祖父ちゃんに引き取られた時みたいに、その子はすごく困ってるかも知れないでしょ?だから綺麗なお家でお迎えして、手作りのご飯でおもてなしして、他にも力になれるような事があれば助けてあげるんだ』

 

母親が自ら命を断ち、父親に見捨てられ、独りになったカナエ。

彼を救ったのは祖父の愛情だ。

世界を呪い続ける地獄の最中で、光と手を差し伸べてくれた救済のおかげ。

自分と境遇は違えども、いずれ会うことになる彼彼女に助けが必要なら、カナエは喜んで力になろうと心に誓う。

 

『沢山お話するんだ。その子を笑わせられるように、心の空白を埋められるように。お祖父ちゃんがボクにしてくれたみたいに』

 

『・・・俺には』

 

『え?』

 

『俺には、勿体無い孫だよ。おまえは』

 

声を震わせながら、祖父は握り拳を作ってカナエの前に突き出す。

 

『じゃあ、頼んだぞ』

 

『うんっ、任せといて』

 

彼も同じように手のひらを握り、互いにコツンと拳を合わせた。

 

『絶対に、ボクが助けてみせるから!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それだけの)

 

半分失った視界、ドクドクと流れ落ちる血液、仰向けに倒れる指先一本も動かない己の体。

残った片目に、星がまだ見える明け始めの空が映った。

痛みもなく、苦しみもなく、ただ銃弾が直撃した部位が熱い。

 

(本当に、それだけのことだったんだよ。アツコ)

 

昔祖父と交わした約束。

御伽噺のような存在の姫君のために、彼女を助けるためだけにひたすら待ち続けた。

あの日の約束が、誓いが、カナエの行動原理だった。

馬鹿だろうと、阿呆だろうと蔑まれるかもしれない。けれど、彼にとってはそれは苦痛でもなんでもなくて。

その人のためならなんでもできると、命を燃やせると、心の奥底で感じていた。

 

カナエにとって、アツコを助ける事が自分の役割であり、使命であり、戦いであり、生き甲斐・・・生きる意味だったのだ。

 

祖父に助けられた時に彼の世界に色が灯り、約束をしたことでツマラなく終わる筈だった人生設計に燃料が点火された。

会ったことのない少女が、姿形も声もわからない少女が、少年を生かした。

本人にその自覚は無かろうと、アツコはカナエの命の恩人だったのである。

 

その事をアツコに伝えられるか?できる筈がない。

 

言語化するのは可能でも、いざ口に出そうとすれば意地とプライドが邪魔をする。

それに、きっと、優しい彼女は怒るから。それだけのために爪も剥がされ、消えず癒えない傷を負ったのかと、叱るだろうから。

ほとぼりが冷め、アツコにとっての何もかもが終わったら、カナエの気持ちの整理がついたら、再会し、正直に話そうと思っていた。

叶いそうには、ないが。

 

(思えば、アツコとの約束を破るなんて初めてだ)

 

ことあるごとに誓ってと約束をせがむ少女の顔を、花のように笑う少女を、思い出す。

自分の目に映るアツコはいつも綺麗で、美しくて、可憐で、儚くて、可愛くて・・・時を経て、愛しくなった。

 

「・・・ぁ」

 

またねと言ったのに。再会を約束したのに。

もし叶うのならば、もう一度───アツコに会いたい。

彼女に触れたい。指を絡め、鼓動を交換し、柔みを感じ、キスをしたい。

 

愛してると、言いたい。

 

 

 

「今際の際まで私の神経を逆撫でするとは。全くもって腹立たしい」

 

 

 

化け物が見下ろしている。

 

「しかし、ええ。この手で始末できたこと、この上なく嬉しく思います」

 

口を三日月に歪め、少年を嘲笑っている。

 

『マダム、スクワッドの四人を捕捉しました』

 

「結構。襲撃を開始なさい」

 

『御意』

 

通信を終え、怪物・・・ベアトリーチェは血を流し倒れる少年に向き直る。

 

「あなたの戯言に動かされたのは癪ですが、この通り。後ろで踏ん反り返るのはやめ、こうして自ら出てきてあげましたよ。光栄に思ってください。他でもない私の手で、あなたはその生を終えるのですから」

 

遠くで戦闘が始まった。

朝を待つ商店街には似合わない、非日常の音、銃撃戦の音が響き渡る。

 

なぜベアトリーチェは、アリウス側はカナエとアツコ達の場所を把握していたのか。

それは、拷問時のカナエの発言に基づいてのことだった。

 

『これでも各所から愛される花屋』

 

ゲヘナ領の花屋など、調べればすぐに見つかる。捕獲部隊の編成に時間を取られはしたが、店主の少年は既に虫の息。アツコも時期捕まり、サオリ達の始末もつく。

 

「あれこれ言おうと、あなたは子供。そして私は大人。そこには圧倒的な力と明確な知恵の差があるのですよ。墓穴を掘ったのが運の尽きです」

 

カナエを討ち取って上機嫌なのか、ツラツラと言葉を並べて勝利の余韻に浸る。

笑みは深みと邪悪さを増し、新調した扇子が広げられ表情を隠した。

 

「全ては虚しく徒労に終わる。アレの逃走も、あなたの人生も、全て私に搾取され、還元され、そこで漸く意味を持つのです。ご自身の命を持って、どうぞご理解ください」

 

少年からの返答は無い。

それもそのはず、彼には既に抵抗する力など残されていないのだ。

指を動かすことも、声を発することも、耳で聴くことすら、ままならなくなってきた。

視界はぼやける。片目の熱さが引く。血が溢れる。

命が、無くなる────、

 

 

 

(バーカ)

 

 

 

花屋の少年は、全てが上手く行ったことに安堵し、自身を撃った怪物に心の中で高らかな嘲笑を浴びせた。

 

 

 

イシュ・ボシェテ

 

 

 

耳を劈き、空気を切り裂き、目標を穿つ魔王の銃撃。

それが一身に、ベアトリーチェへと注がれる。

 

「───ッ!!??」

 

初撃に反応できずモロに食らい、以降は特殊加工の施された傘を広げて雨のような弾丸をガードする紅の怪物。

 

「思ったよりも頑丈ね。これは骨が折れそう・・・面倒くさい」

 

攻撃が止み、紫と白の少女が翼を広げて地面に降り立つ。

手には凶暴さと冷徹さの体現、愛銃の機関銃、デストロイヤー。

瞳はいつも以上に冷え切っており、細められた視線が目前のベアトリーチェへと向けられる。

 

「空崎、ヒナ・・・!?」

 

ゲヘナ風紀委員長がどうしてここに。

いや、ゲヘナ郊外とはいえここは領内。いるのは当然。

問題は、到着が早過ぎるということ。

 

「・・・いつも遅いわね、私は」

 

血を流し倒れている少年の有様を見て、エデン条約襲撃事件での失態を思い出す。

大切な存在を守ろうとして、一撃を許してしまった、あの日を。

 

「───そうか、そうかそうかそうか!!この、ガキィ・・・ッ!」

 

まるで知り合いかのような二人の距離感を目の当たりにした怪物は、合点がいったようで憤慨する。

彼女は、カナエに嵌められたのだ。

 

「部隊長!!こちらへ兵を派遣なさ」

 

ドゥン・・・ッ

 

遠く、ちょうど先ほど銃撃戦が開始された辺りから、一発の轟音が轟いた。

アリウスの兵装にそのような音を出す武器は無い。困惑するベアトリーチェに、一報が入る。

 

『ま、マダム!大変です!』

 

「何がどうしたというのです!?さっさと兵を・・・!」

 

『それが・・・奴らが!』

 

「・・・なに?」

 

 

 

『ゲヘナ風紀委員会に・・・ぱ、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)です!!奴ら、襲撃する我々を待ち伏せしてしていたんですよ!!』

 

 

 

********************

 

 

 

「キキッ、流石は我ら万魔殿が誇る重戦車、超無敵鉄甲虎丸!!この威力、このフォルム、この重量感!まったくいつ見ても惚れ惚れするなァ!おまえもそう思うだろう、イロハ!」

 

「ああ、ええ、まあ」

 

相変わらず恥ずかしい名前だな、けれど愛情を注いで整備している虎丸を褒められるのは嬉しいな、それは当然だけどな。

そういう想いの込められた淡白な返答を、棗イロハは万魔殿議長、羽沼マコトへと返す。

 

「ばんば〜ん!今の砲撃すごかったね〜!悪い人たちいーっぱい吹き飛んじゃった!」

 

「そうですね。きっとイブキの狙いが良かったのですよ」

 

「イロハ先輩に褒められた・・・!わーい!」

 

赤いモフモフの傍らで戦車から顔だけ出し、着弾場所を眺める丹花イブキ。

頭を撫でられ、ご満悦だ。

 

「向こうの数は・・・大隊ですか。多いですね」

 

それはこちらも一緒ですが。

虎丸の前から後ろにかけて、囲むように風紀委員会と万魔殿に属する生徒達が姿勢を正して並んでいる。

その数は、単純にアリウスの倍だ。

 

『マコト議長、部隊配置整ったよ』

 

「うむ。・・・やれやれ、まさか風紀委員共と手を組むことになろうとは」

 

通信してきたのは、先陣を切り場を荒らす役を担った先鋒、銀鏡イオリ。

この度、ある理由から学園内で対立関係にある両者は一次的にではあるものの協力関係を築くことになった。

 

「は、羽沼マコト!?風紀委員まで・・・ゲヘナの二大勢力がどうしてここに!?」

 

「キキッ、あまり喚くな。程度が知れるぞ?」

 

ボンッ

 

「だあああああ!!??油断するとすぐこれだ!イロハ、ヘアアイロンを持ってこい!大至急だ!」

 

「まだ直ってなかったんですかその髪」

 

エデン条約襲撃事件以来、どうもアフロヘアーがひょっこりと顔を出す時があるらしく、マコトは日々対応に追われている。

言った側から喚くのはどうなのか。しかもアリウスよりも声がでかい。

 

「マコト先輩、イブキが梳かしてあげるね〜」

 

「おお、すまないイブキ。ククッ、実に気が効く。良い後輩を持ったな私は」

 

愛で対象のイブキに髪を弄られることについては、このボンバーヘアーも捨てたものではない。

 

「まさか、狙いはスクワッド!?お、おい!我々の目的はスクワッドの確保だ!お前たちには一切危害を加えない!身内の問題は身内で片付ける、だからここは引け!」

 

「と、申していますが」

 

「ふむ、どうしたものか」

 

「・・・忘れたんですか、風紀委員長とのやり取り」

 

「おぉ、そうだったそうだった。キシシッ、当然忘れてはいない」

 

「本当ですか・・・?」

 

虎丸の上に立ち、アリウスの生徒たちを見下ろすマコト。

 

「悪いが、それは出来ない相談だ」

 

「な、なぜ!?」

 

 

 

「風紀委員長空崎ヒナとの契約上、我々万魔殿風紀委員会連合軍は、アリウススクワッドを全力で見逃す手筈になっているからだ」

 

 

 

********************

 

 

 

それは、数時間前に遡る。

 

「こんな深夜に、一体どういう要件?・・・ふわぁっ」

 

欠伸と眠気を交え、ヒナは連絡を寄越した少年、カナエに問う。

 

『本当にごめん、ヒナさん。どうしても頼みたいことがあって』

 

「それって今じゃいけないこと?」

 

『うん。そして一生のお願いでもある』

 

友人間では幾度となく使われる言葉、一生のお願い。

つまらない話であればいくら親しい間柄とはいえ何かと理由をつけて電話を切ろうとしていたヒナだったが、カナエの声音から何かを察し、話に身を乗り出す。

 

「内容によるわ」

 

『今日の早朝、日も上がらないくらいの早朝に、俺の店に花を買いに来て欲しいんだ』

 

「・・・それだけ?」

 

『ああ、それだけ。出来れば気合い入れて装備を整えてくれていると嬉しい』

 

花を買うだけなのになんだってそんなことを。

そう思考したところで、いや、と考えを切り替える。

 

(態々カナエが、そんなことで夜中に電話をする・・・?)

 

彼の人物像を知っているヒナは、それはないと断定した。

 

「面倒ごとかしら」

 

『・・・まぁ、そうなる』

 

歯切れの悪い答えに、彼女はただ一言、「そう」とだけ返す。

 

「拾った猫は元気?」

 

『・・・え?』

 

「前に買いに行った時に、ずぶ濡れの猫を拾ったって言っていたでしょう。その子は元気かしら」

 

『あ、ああ。もうピンピンしてる・・・でも、居場所があるみたいでさ。今日仲間たちと出ていくって』

 

「それは残念。撫でてみたかったのだけれど、できればお話もしてみたかったわ」

 

『はは・・・』

 

「───花、ちょうど部屋に置こうと思っていたの。買いに行くから安心して」

 

『・・・ありがとう。待ってるよ』

 

「どうせなら、私以外の子も誘うわ。風紀委員と・・・万魔殿にも話をつけてみようかしら。その分、相応の準備と見返りも欲しいわね」

 

『じゃあ、今後ゲヘナ学園への発送費用は無料ってことでどうだろう』

 

「時々部室にある花の手入れをしてくれるのも追加でなら、いいわ」

 

『お安い御用だよ。それじゃあ』

 

「ええ」

 

それが、ヒナとカナエの最後の会話となった。

 

 

 

********************

 

 

 

自身が花屋ということ、後ろで喚き立てるだけ煽ったこと、風紀委員長との縁、地道な商売の末に培った人脈。

それらをフル活用し、少年は怪物を誘い出し最強と相対させた。

 

(・・・バカね)

 

死んだら、もう花を買えないじゃない。

翼を広げて衝撃に備え、銃身を眼前の怪物へ。

 

「あなたが諸悪の根源になるのかしら。アリウス分校の親玉さん?」

 

「く・・・っ!」

 

「聞きたいことが沢山あるの。本当に、沢山」

 

トリガーに指がかかる。

愛銃は今か今かと、持ち主の期待に応えるべくその時を待っている。

 

(この私が、踊らされていた!?あんなちっぽけで矮小な人間に!?ありえないッ!ありえないありえないありえないありえない!!!)

 

対するベアトリーチェは、初手の攻撃により傷を負い、絶望的な状況ながらも、怒りこそすれ我を忘れてはいなかった。

 

「この手だけは、使いたくありませんでしたが・・・ッ!」

 

「どれくらい耐えられるか、見物ね」

 

「ユスティナ聖徒会!!」

 

デストロイヤーが火を吹く。

敵を撃ち倒さんと、無数の銃弾がベアトリーチェへと殺到する。

着弾の寸前、それらは彼女の命令により現れた何者からによって防がれた。

 

「───これは」

 

見覚えがある。

忘れもしない、ガスマスクをつけた旧シスターフッドの格好をした亡霊、ユスティナ聖徒会。

手応え無く、直撃を受けた彼女らは消滅したのちに再生したかのように顕現し直し、矛先をヒナへと集中させた。

 

「ミメシスが間に合っているのが幸いしました・・・では、私はこれで。不本意ですが引かせていただきま」

 

亡霊による防壁をも貫通する一発が、ベアトリーチェの肩を貫いた。

 

「き、さまァ・・・!!」

 

「逃すと思う?」

 

敵戦力の増加、それは空崎ヒナが意に介する理由にはならない。

集中射撃状態への換装、旋律の一撃目。

間髪入れずに二撃目を放つヒナ、防壁の量を増やす怪物。

だが、

 

「ぐあッ!?」

 

二撃目は、一撃目よりも威力が増している。

同じ結果となり、続けて終演となる三撃目。

こちらもユスティナ聖徒会を再三貫き、ベアトリーチェへ直撃させる。

だが、倒すには至らない。

 

「やはり硬い。そう一筋縄ではいかないか」

 

「良い気に、ならないでくださいッッ!!!バルバラを!!」

 

ネームドの信徒、バルバラ。

他の戦闘力を大きく上回る上位モデルであり、ベアトリーチェの虎の子。切り札中の切り札。

威圧感と巨体をもって出現し、二人の間に割って入った。

 

(雑兵とは違うってわけね)

 

集中射撃状態を解除、通常射撃形態へ。

 

「アコ、戦況はどうなっているかしら」

 

『はいっ、現在マコト議長率いる連合軍がアリウス分校の大隊と会敵。戦力は倍ですので、任せて問題ないかと』

 

「了解。なら、アコは私のバックアップに集中してもらうわ」

 

『わかりました!お任せください、ヒナ委員長!』

 

通信を終え、現れた強敵へと対峙するゲヘナ学園最強の少女。

スゥッと息をし戦闘のスイッチを切り替え、

 

「───始めよう」

 

開演を告げる。

 

 

 

********************

 

 

 

「ぁ・・・て・・・」

 

約束通りヒナが来てくれたことを見届け、少年はもう安心だと力を抜く。

同時に、生気も抜けていく。

自分の命がもう長くはないことは、霞む視界と遠くなる銃撃音、無くなる痛みと熱によりわかっている。

 

「・・・ぃし・・・る・・・」

 

だから、彼は生を終えるその時まで、秤アツコへの愛を叫び続けることにした。

もう会えなくて、もう彼女自身に言えない。そんなことは百も承知。

胸の内に抱える全てを今ここで吐き出してしまわないと、きっと後悔する。故にカナエは、既に発声能力が欠けている口と喉を全力で動かし、肺へ空気を送り続ける。

 

「ぁぃ・・・て・・・」

 

藤の花のように綺麗な、薄紫色の長髪。

赤い薔薇のように美しい、赤い瞳。

白い秋桜を思わせる、柔らかい雰囲気。

一関節分短い、彼女の手。

無駄のない調律の取れた、彼女の姿体。

聞いた瞬間幸色の広がる、彼女の声。

笑った顔、拗ねた顔、憂いた顔、楽しげな顔。

全てが愛しい少女の姿を思い浮かべながら、声にならない叫びを上げる。

 

「あ・・・して・・・る」

 

聞いてくれなくていい。

届かなくてもいい。

ただ、言わせてくれ。

何度でも、何度でも、何度でも。

呼吸ができなくなるまで、声が出なくなるまで、この命尽きるまで。

思えば自分から言っていない。告白はアツコからで、カナエは自身も同じだと伝えはしたが、結局自分で言えずじまいで別れてしまった。

今なら言える、はっきりと。遅くなったが鮮明に、愛を吐き出せる。

 

「あい・・・して・・・る」

 

愛しています。

あなたを、秤アツコを、心の底から愛しています。

ずっと、一生、永遠(えいえん)に、永遠(とわ)に、永久(えいきゅう)に、永久(とこしえ)に。

好きです、大好きです、愛しています。

 

愛してる。

 

愛してる。

 

愛してる。

 

アイシテル。

 

アイシテル。

 

アイシテル。

 

あいしてる。

 

あいしてる。

 

あいして───、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叫び、消え行き、果てゆく。

 

 

 

********************

 

 

 

医療技術の発達、生来住う人間の頑強さから、キヴォトスにおいて死は希薄だ。

それ故に一人の少年の死は、学園都市で暮らす人々の耳にすぐさま知れ渡った。

アビドスに、ゲヘナに、トリニティに、レッドウィンターに、山海経に、百鬼夜行に、ミレニアムに、ヴァルキューレに、シャーレに。

 

「───」

 

アリウススクワッドに。

 

『今日早朝、ゲヘナ郊外の商店街にて、アリウス分校による襲撃事件がありました。偶然戦闘演習のために居合わせた万魔殿羽沼マコト議長、空崎ヒナ風紀委員長率いる大部隊により鎮圧されましたが、主犯となる女と他数名は現在も逃走中とのことです。

 

尚、この事件に巻き込まれたのか、商店街にて花屋を営む蒼井(あおい)カナエくん15歳が、頭から血を流して倒れているのを風紀委員長が発見。ゲヘナ学園救急医療部へ搬送されましたが、先ほど死亡が確認されました。調べによると、蒼井くんを殺害した犯人はアリウス分校を率いた主犯の女で間違いないそうで、ゲヘナ学園はヴァルキューレとの協力を満にし対応にあたると・・・』

 

MiracRoseをあとにし、すぐアリウスの追手と会敵したアツコ達アリウススクワッド。

数の差により劣勢を予想したが、突如現れたゲヘナの勢力により状況は一変。隙を見て逃走し、現在は人目の少ないアビドス砂漠の廃墟へ逃げ込んだ。

そこで、何か情報でもとヒヨリが三人に気を利かせてニュースを付け、

 

「あ、あの、これって」

 

今に、至る。

 

「・・・ああ」

 

「・・・そんな」

 

端末に映る数時間前まで彼女らがいた店が、変わり果てた姿でキヴォトス全土に晒されている。

建物は火災があったのか黒焦げで、今は火の手は消し止められているがほぼ全焼。店の前のアスファルトには大量の血痕があり、ちょうどヴァルキューレの捜査員によりブルーシートで隠された。

状況を理解できないヒヨリはリーダーのサオリに目を向け、そのサオリは重苦しく頷き、ミサキは目を大きく開けバカなと震えた声を絞り出す。

 

「だ、だってぇ・・・えぇ?さっきまで話してたのに。握手もして・・・喋ってたのに」

 

まだ握手の感触が、右手に残っている。その相手は、もうこの世にいない。

 

「・・・ヒヨリ」

 

混乱する狙撃手を、ミサキは落ち着かせるためにソッと抱きしめる。

ヒヨリの方はひとまずこれでいい。問題は、

 

「姫」

 

アツコの方に、サオリは視線を向ける。

立ち尽くし、胸に少年からもらった薔薇を抱き、茫然とした様子でニュースを見る姫君。

花弁が一枚地面に落ち、花はその命を確実に減らした。

 

「・・・」

 

大丈夫か、なんて気休めの言葉、言えるわけが無い。

二人の仲は把握していた。

恋ごとに疎いサオリも、最後の抱擁を見ればただならない関係だと流石に気づく。

最愛の人を失ったのだ。その悲しみと喪失感は、計り知れないだろう。

 

「・・・みんな、聞いて」

 

沈黙を破り、少女は三人を見る。

 

「姫、声は」

 

「わかってる。でも、言わせて。これからのことを・・・私たちがやるべき事を」

 

薔薇を握る力を強め、何度も息を吸って吐いてを繰り返し、伝える。

 

「シャーレに、いこう」

 

「シャーレ?連邦生徒会に何の用が・・・いや、まさか」

 

「うん、先生に会うの。会って、頼るの」

 

なんのために、と聞き返すほど三人は察しが悪くない。

恐らく、ベアトリーチェはあの襲撃にアリウス分校の殆どの戦力をつぎ込んでいたはずだ。これ以上逃す気はないと、確実にアツコを捕えるために。

しかし、ゲヘナ学園によりそれらは大打撃を受け、人員も殆どがヴァルキューレの世話になっている。

それに加えて、ベアトリーチェは恐らく手負い。

今まで無かった確実な隙が、彼女に生じているのである。

この機を逃す手はない。

 

アツコは、アリウス分校への襲撃を提案しているのだ。

 

「・・・私たち四人だけじゃ、マダムのところに辿り着くには足りない。だから、先生という存在で作戦を盤石なものにする、ってこと?」

 

「で、でもシャーレで捕まる可能性もありますよね。私たち、先生にあれだけ酷いことをして・・・特に、リーダーなんて・・・」

 

「・・・」

 

腹を撃ち抜き、重傷を負わせた。

教え込まれた怒りに侵されていたとはいえ、やったのは事実。いずれは清算しなくてはならないこと。

 

「お願い、サッちゃん。ミサキも、ヒヨリも」

 

深く、アリウスの姫君は頭を下げた。

 

「これは、カナエがくれたチャンスなんだと思う。逃げるだけしかできなかった私達に、攻勢の選択肢をくれたんだよ」

 

恐らく、この機を逃せば二度とこんな機会は訪れないだろう。

叩くなら相手が消耗している今が唯一の、一番の好機。少年が命を賭して生んでくれた、数少ないチャンス。

 

「あの人の・・・カナエの犠牲を絶対に無駄にしちゃいけない。だから・・・」

 

「───顔を上げてくれ、アツコ」

 

いつもと変わらない声音、しかし何かを決心した雰囲気の中、サオリは告げる。

 

「聞け、皆。これより我々アリウススクワッドはシャーレへ向かい先生の協力を取り付け、マダムを・・・ベアトリーチェを討つ。───過去の清算をする」

 

異論は無いな、とミサキとヒヨリの目を見れば、そんなのは必要ないと二人も覚悟を決めていた。

 

「すぐに出立する。ここでジッとしていれば、作戦の成功確率は下がるだけだ」

 

「「「了解」」」

 

各々が自身の荷物を持ち、廃墟を出て、目的地であるシャーレへと歩き出す。

 

「・・・アツコ」

 

「なに?」

 

「平気か?」

 

「大丈夫」

 

「いや、だが」

 

「大丈夫だよ」

 

雫が滴る。

止めどなく、ポロポロと、涙腺が決壊し、涙が赤い瞳からこぼれ落ちる。

 

「だい、じょう・・・ひぐっ」

 

平気なわけがない。

 

好きだった。大好きだった。愛していた。

今も、現在も、この先の未来も。

彼の隣を歩くことを夢想していた。いつか薬指に指輪をはめて、白いドレスを着ることも、夢見ていた。

幸せで、温かで、華やかな日々を送ることを、望んでいた。

それはもう叶わない。実現しない。

 

蒼井カナエは、秤アツコの傷になった。

 

「いいんだ、泣いても。私もそういう気分だ」

 

「う・・・うあぁ・・・っ」

 

込み上げる感情を抑えるのは、不可能だった。

 

「嘘つき・・・っ、カナエの、嘘つき・・・!約束、したのにっ、一緒にお花屋さんを、しようって・・・約束したのにぃ・・・!」

 

「姫ちゃん・・・ふ、ふえええええん!」

 

「なんでヒヨリまで・・・やめてよ。私まで、あてられるでしょ・・・」

 

二人は声をあげて、もう二人は静かに、泣いた。

彼女らの泣き声は、アビドス砂漠に吹く風に曝され、消えていく。

砂に足跡だけを残して、消えていく。

 

Vanitas vanitatum et omnia vanitas.

 

全ては虚しく、どこまで行っても、全てはただ虚しいものである。

 

けれど、それがわかっていたとしても、最後まで彼女達は抗い続ける。

 

進み続ける。

 

 

 




Southern Cross:サザンクロス
花言葉:願いを叶えて


蒼井カナエ 15歳
職業:花屋MiracRose店主
好きな食べ物:デザート系
嫌いな食べ物:コーヒー、ピクルス
趣味:栞作り、掃除

幼少期は両親から虐待を受け、母の自死と父の身元放棄をキッカケに先代店主の祖父の元に引き取られる。
祖父の愛情により閉じていた心は次第に明るみを見せ、精神は熟していながらも普通の少年に近い感情を取り戻した。

そして、名も姿も本当にいるのかも分からないお姫様の話を聞き、それを生き甲斐とする。

出かける際はハンドガンを持ち歩いているが、狙って打つ技術は無い。住んでいる場所がキヴォトス故に護身用の為持たざるを得ないが、荷物になるので毛嫌いしている。

大人びた印象なのに食べ物の好き嫌いがはっきり分かれているのは、幼少期に発揮できなかったイヤイヤが一人になったことで今更発動している。闇深ポイント。本人は自覚無し。

顔立ちは整っている。遊ばせていない黒髪、つり気味の黒い瞳、身長は歳の割に高い。

いつもアツコに揶揄われているが、ベッドの上では逆転する(性癖の開示

《名前の由来》
青い薔薇
青い→蒼井 花言葉、奇跡→カナエ

《愛情の矢印》
カナエ→→→♡←アツコ

《人間関係》
アツコ:幼少期に守ると誓った相手。好き好き大好き、ラブラブユー

サオリ:面倒見のいい姉のような印象

ミサキ:ダウナーで格好いいと思っている

ヒヨリ:一つ年上なのに妹みたい

ヒナ:中等部の頃からの付き合い。風紀委員長就任祝いの花を渡すなど、関係は深い。少し怖い

補習授業部:ヒフミ→良い子そう。ファウスト?先輩?そう・・・。コハル→頭桃色。アズサ→アツコの家族。ハナコ→お淑やかなお嬢様。

万魔殿:マコト→頭が残念な議長なのか? イロハ:したたかで要領良さそう。イブキ→可愛い。

祖父:育ての親、花の師、たった一人の家族だった。亡くなった時はそれはもう泣いた

祖母:カナエが生まれる前に亡くなった。祖父が言うには快活で明るい人だったそう

父親:会ったら確実に中指立てる。なんで祖父祖母からこんなのが生まれたんだよ

母親:事情は理解できる。それはそれとして中指

ベアトリーチェ:小物、鼻で笑う

先生:便利屋先生好きなので便利屋先生で。カナエが掲げる理想的な大人の体現なので、気に入るし話は合いそう。もう会えないけど

畜生ロボ:出かけなきゃ助かったのに・・・




ひとまず完結です。読了感謝。
後日談をいつか投稿しますので、よろしければ暫しお待ちを。
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