火と玻璃の海の向こう   作:KenRB

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時は共通歴401年。5世紀最初の年、巨大宗教国家エヴァンゲリカが西側の文明国陣営に対し三度目の聖戦を発動し、凄惨な戦禍が再び地上を覆った。
交流プログラムの名目でプリソニア海軍の空母「イモータル」に着任した早伊崎結雨。アインタイーブの大書庫を訪れた小宅依実。そしてアルヤ北部の激戦地にいた暮川綴美は、敵の斥候部隊と遭遇するも……

(起稿:2023.1.5 初稿:2024.7.13)


一 -いにしえの水晶-
p.1


 大いなる地震ありて日は荒き毛布の如く黒く、月は全面血の如くなり、天の星は無花果の樹の大風に揺られて、生り遅れの実の落つる如く地に落ち、天は巻物を巻く如く去りゆき、山と島とは悉くその処を移されたり。

──『ヨハネの黙示録』6:12-14

 

 

CE 401年4月20日 1222 TST*1

地球 タワリシ共和国 サムボアンガン州インダンガン

 

「ボーリングするまでもない。地層に分厚い津波堆積物と凝灰岩があるのは肉眼でもわかる。年代測定と微量元素の分析結果はまだ待たなければならないが、たぶん同じ結果が出るだろう」

 そう言いながら崖にかけている梯子を登ってきた黒髪ポニーテールの若い女性に夕叢(ゆうむら)(けん)は手を貸した。

「やはりか。天体衝突によらない短期間での大規模な地質変動……これまで中央洋の西側でのボーリング調査の結果がすべてアーカイブ部の仮説を裏付ける形になった。残りの地域も全部調べないといけないが、約一万年前にこの地球(テラ)に『何か』が起きたことだけは確かのようだな」

「ええ。この乾季の間にスンダリ諸島で全部4回は掘る予定。年末にはイグノータ大陸。政策部はまだカバーストーリーを探していると聞くが、なくても展開軍だけで掘るのだそう」

「そうか、後でメランに聞いてみるよ。残すのはあと東側の大陸か。同盟が東側に攻め込むのは向こう十年ないだろうし、どっか人口のない辺境の地でこっそりやるくらいしか方法は……」

 グレーの常装軍服の上に灰色のパーカを羽織っている男は腰に手を当てながら遠い目になった。木々の隙間から生暖かい潮風が吹き込み、枝葉をざわざわと揺らした。

「その時は戦略局によろしく頼むね。それにしてもこんな地味な現場仕事に大佐がわざわざ地上に降りなくても……」

「ここへはちょっと寄り道しただけだ。もともと情報をあまねく集めるのが私の仕事だしね。この世界の情報伝達はまだほとんどアナログだから、とにかく人手が足りん。特務員(オペレティブ)たちを同盟の大国に集中させさせざるを得ないから、それ以外の国はどうしても手薄にる。その分君たちにも負担をかけちゃうのは申し訳ない」

「いえいえ、大災変(カタクリュスムス)仮説の証拠探しなんて言わば真縞(ましま)さんの個人的な趣味のようなもんだから、もともとこちらが自前でやるべき仕事だし、隠密行動課(COS)が情報部の任務を優先するのは当たり前だよ。あそうそう、話変わるけど、大佐はココナッツミルク飲んだことある?」

 真面目な会話の内容から一転、女性は腕時計に目をやると、突然話題を変えてきた。

「ええ、昔何度かあったと思うが……」

「おお、なら話が早い! 大佐この後空いてる? せっかくだから一緒にランチ行こうよ! ここではブコジュースと呼んでね、至る所に屋台が出てるから。搾りたてはうまいよ!」

 若い女性士官はなぜかキラキラと目を輝かせた。

「あ、ああ……どのみちこの後一旦インダンガン市内に戻らないといけないから構わんけど。……(ひとみ)は本当に現地のもの何でも口に入れるね」

「あら、実地テストのために人間社会に十何年も潜ってた人のセリフだと思わないわ。食生活は人間が生きていく上にもっとも重要な事柄の一つだもの、これも研究の一環なの。それに私たちお腹を壊すことないから、色んなもの食べてみないのもったいないじゃない?」

「まあその前に『お腹』ってものそもそも持ち合わせてないからな……」

「あ・る・の! さあ行った行った」

 丹羽眸に背中をぐいぐいと押された夕叢は、彼女と一緒に地質調査の工事現場を後にした。

 

 

CE 401年10月5日 1107 WUT*2

地球 北東大広洋 エスペリア西部沖 プリソニア海軍インヴィンシブル級空母「イモータル」

 

「おいウィル、急げ! KAS(カース)セキュリティのパイロットもう降りるそうよ!」

「待て、今行くから」

 同じ小隊の同僚ジェフリー・マキューウェン海尉に呼ばれたウィリアム・バージス海尉は慌てて着替えを済ませ、ロッカールームを飛び出し友人の後ろに続いた。

 アイランドから飛行甲板に出た途端、凛冽な海風が容赦なく男たちを襲った。二人はたまらず身を縮めフライトジャケットの襟を立てながら、アイランドの後方にできた人だかりの中に潜り込んだ。飛行甲板にはカラフルなベストを着ている航空要員らだけでなく、噂のKASセキュリティのパイロットの着艦を一目見ようとすでに多くの野次馬が集まっていた。

 空母イモータルがプリソニア南部の軍港ポーテスムサから出港して今日で3日目。昨日それぞれの所属基地から発進した各艦載機航空隊が続々と着艦した時は、空母がちょうどワルハランドとエスペリアの間にあるエウスカル海に差し掛かり、天気はよく晴れていて向かい風が強かったが着艦には好都合だった。しかしエスペリア西の大広洋に出た今日は空模様が一変し暗い雲が垂れ込めている。寒風が水しぶきを巻き上げながら甲板上に吹き荒れ、艦も大きく揺らいでいる。

「来た! あれだ!」

 双眼鏡を持った一人のパイロットが空を指差した。

 ウィルたちも目を凝らし北の空をよく見ると、黒い雲の中から一つの光点が飛び出していた。やがてその光点がターボジェットエンジンの轟音と共に近づいてくると、それが自分たちが普段乗っている機体と同じ濃いグレーで腹面だけが白いプリソニア海軍機塗装をしているスペクター戦闘機だとわかった。

「あれ、僕たちと同じ機体だ」

 隣でジェフが訝しげな声を上げたのを聞こえた。

「それもそうと。KASセキュリティが無人機とやらを持ってるらしいがPMCに空母なんて聞いたことないしな。まあ、違う機体で来ても整備がややこしくなるだけだ」

「じゃああのパイロットも?」

「ああ、恐らくどっかの国の海軍パイロットのOBだろう。空母の着艦なんて、そんじょそこらのパイロットがいきなりできる芸当じゃない」

「だといいが……でもこの悪天候での着艦は経験者でも難儀だよ。増槽抱えてるの見えるけどあの燃料で何回復航できるんだろう。艦はもう本国からだいぶ離れてるから、今日着艦できないとまずいよ」

「ええまずいぞジェフ、一発勝負はだいぶまずい。着艦を何回やり直したって構わんが、無理して甲板に突っ込むのだけはやめてくれ。だから俺は他人の着艦なんて見たくないんだ。いいかジェフ、あの機体がちょっとでも変な動きをしたらすぐ避難シューターに飛び込むんだ」

 ウィルはちらっと後ろの舷側を見て、万が一の時の避難経路を頭の中でシミュレーションし出した。

 しかし彼の憂いに反し、接近してくるあのスペクターは吹き荒れる強風を物ともせず、機首を風上方向に傾けながら滑らかにこちらに向かって滑り込んできた。エルロン・エレベーター・ラダー、すべての操縦翼面がまるで鳥の羽のようにパタパタと小刻みに揺れ動き、刻一刻と変わる風向きと風の強さをうまく受け流した。

「なんだあれ……」

 それはもはや飛行機という名の鉄の塊ではなく、それ自体が意思を持つ一つの大きな生き物のように感じた。

『ヒャッホー!』

 ランディングギアの車輪が飛行甲板にドシンとぶつかる振動と共に、周りのギャラリーからも大きな歓声と拍手が湧き上がった。この悪天候の中、一回目のアプローチで一本目のアレスティング・ワイヤーを捉えたこれ以上にない完璧な着艦だった。賭けに勝ったであろう一人の整備兵がドヤ顔で周りの兵士から金を徴収している。あのオッズではかなりの儲けになりそうだ。

「見惚れたか? 大したやつだ!」

 ジェフに背中を叩かれたウィルはやっと我に返り、興奮した群衆と一緒にケーブルに引き戻され駐機位置に移動したあのスペクターFA.4の前に集まった。誰しもがこの凄腕のパイロットの顔を拝んでみたいと思っているのだ。

 しかしいざキャノピーが開き、そのパイロットの姿がコックピットから浮かび上がると、人だかりの中には違う意味でどよめきが走った。

「なんだあいつ……」「まだ子ども……だと!?」

 やがてそのパイロットがタラップから降りヘルメットを取った時には、さっきまで興奮で騒いでいた周りの人々の声はすでにひそひそとした低語に変わっていた。ウィルもまた驚きのあまり、ジェフと互いの顔を無言で見合わすことしかできなかった。

 衆人のじろじろとした視線の中に空母イモータルの甲板に降り立ったそのパイロットは、身長160cmあるかないかの、栗色のショートヘアをしている十代にしか見えないアルヤ人の少女だった。

「ハロー! ええと、811の中隊長のアヴィントン少佐を探してるが……」

 この唐突に訪れる不自然な静けさに、一番困惑しているのは言うまでもなく彼女本人である。

「こんにちは、レディー。私がアヴィントンだ。ようこそ、『イモータル』へ」

 幸いなことに、この気まずい空気をある男の声がすぐさま打ち破ってくれた。ウィルたちが振り向くと、パイプたばこを咥えたロジャー・アヴィントン少佐はいつの間にか自分たちの後ろに立っていた。

 

「……よって彼女が新しいServal(サーバル) 2だ。俺の僚機になってもらって、俺が直接面倒を見る。文句はないだろう」

「ちょっと待ってください、デイヴは、スター海尉はどうした? 昨日から見かけないが……」

 アヴィントン少佐と新しいパイロットと一緒にアイランドの中のブリーフィング室に集合したウィルたち811のパイロットは、またしても中隊長の口から衝撃的なことを告げられた。確かに本来中隊の2番機を務めるはずのデイヴィッド・スター海尉は昨日の出発時にすでにどこにも見当たらず、その訳を誰も教えてくれなかった。

「ん? まだ聞いてなかったのか。デイヴはこの前の日曜日風呂場で滑って手首を折った。だから今回の遠征には参加しない。後で慰めの手紙でも書いてやれ。いいか君ら、シャワールームではちゃんとスリッパを履け。俺たちは戦争をやってるんだ。これ以上しょうもないことでパイロットを減らされてはかなわん」

 少佐の右手はパイプを持ったまま部屋中にいるパイロットたちを何回も指差し、かなりご立腹のようだ。

 部屋中がしーんと静まり返ったのを見て、少佐は一回たばこの煙を吐き、話を続けた。

「まあそういうことだ。ミス・サイサキが来てくれたおかげでなんとか欠員なく出航できたんだ。ウィルとジェフ、あとで彼女に艦内を案内してやれ。これからは同じ小隊(フライト)の仲間だ、仲良くやれよ」

「は、はい……」

「バージス海尉、マキューウェン海尉、よろしくね!」

 少佐の隣に立つ栗色の髪の少女は、自分たちににこっと笑ってみせた。

「ああ、僕のことはジェフでいいよ、こいつはウィルだ! よろしく! とりあえずまず食堂を見に行こうか?」

 ジェフがとても楽しそうに見えた。それもそうだ。むさ苦しい野郎どもの中に突然かわいらしい少女がやってきたんだから、嬉しくないはずがない。

「はぁ……これは面白い航海になりそうだ」

*1
Tawalisi Standard Time、タワリシ標準時。CMT-3。

*2
Western Urubba Time、西ウルッバ時間。CMT-11。

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