「ねえ、ここ見て! 『アマル王女は血まみれ力尽きた騎士の手からその水晶を受け取り、石像の手に持つ王笏の先端に取り付けた。すると空高く掲げられたその杖の先からたちまちまばゆい虹色の光が放たれ、空を覆い尽くすほどの翼蛇どもがことごとく撃ち落とされた。砂喰いの賊軍どもも皆恐れ戦き、城壁の下でひれ伏した』とさ」
「はぁ……」
「このシーン、
「いや、それはいくらなんでも飛躍しすぎでは……ここにある『アマル王女』の名前は現代マシュリク語にも通じる『希望』の意味を持っていて、この物語は単に古代マシュリク人が砂漠化や砂嵐など過酷な自然環境に打ち勝つ希望の話だと一般的に考えるのだが」
「え~そうだけどそうじゃない、こっちのほうが面白いじゃん~天音ちゃんの生真面目~」
「そもそも
「ところがどっこい、ここからが面白い話だが、伝説の中アマル王女が翼蛇を撃滅したあの光放つ水晶、なんと実在すると言われて、古代マシュリク人の都市ラスシャマルの城に保管されていたとも。もしあれの実物を調べられればなにかわかるかもじゃない?」
「ラスシャマルの遺跡か? しかしあそこはもうとうの昔に地震で廃墟になったのでは」
「ええ、でもあそこからの出土品は確かどっかの博物館にあるはずだよね……」
「それを言うなら今は隣国コーデュエネの『アインタイーブの大書庫』という資料館にあるみたいだよ」
「あそうそう! どれどれ……なにこれすごいじゃない! 面白いネタがありそうな所蔵品がこんなにいっぱいあるのに、なんで今まで手を付けなかったの?」
「言い方……仕方ないよ、ただでさえ人手が足りてないのに、こんな戦時中にオペレティブを同盟の主要国以外に割ける余裕なんてないし、加えてここは大陸の西側にあって戦争被害の可能性も少ないからどうしても優先度が下がる」
「そんな……あそうだ、君の妹くん…従妹くん?
「小宅なら今エトルリアでの遺跡調査のサポートに行ってるよ」
「ああ、あっこはもう現地の人に任せて早く切り上げていいから、アインタイーブに行かせよう」
「わかった。ではすぐにカバーストーリーを用意させる」
一
-いにしえの水晶-
CE 401年12月19日 1022 ACT*1
地球 アルヤ共和国 美津山州青岡郡洗山
「オレク!
ロストフ地上軍第233自動車化狙撃連隊第1大隊の大隊本部は、町の南側にあるどこかの金持ちの別荘であろう庭付きの屋敷に置かれている。大声を上げながら館に入ってきた大隊長のアレクセイ・アンドロソフ中佐だが、すぐまたトイレに消えていった。呼ぶ声を聞いたオレクサンドル・イーシェンコ少佐が大隊
「おはよう、イーシェンコ少佐」
オリーブ色のロストフの軍服の上にグレーのパーカといういつもの見慣れた格好をしている黒髪眼鏡の少女は、こちらに振り向き挨拶をした。
「おはよう
「いえ、今日は
少女はそう言って一枚の紙切れを差し出してきた。
「またいつものせびりか。どれどれ……」
オレクは冗談を言いながら受け取ったその紙を開いた。
メモ用紙にはいつものように、きれいな文字で補給品の要望リストがびっしりと書かれている。通常の武器弾薬の他に、コートや軍靴・靴下・手袋などの防寒着も、必要な数量とサイズまで事細かく書き込まれている。
「書は人なり」という古い言い回しがあるように、この繊細な文字と整然とした書式ももちろんそうなのだが、なによりこの歳で外国のことばを完璧に読み書きできていること自体が、書き手の教養の高さを端的に表している。この忌々しい戦争さえなければ、彼女はきっと良家のお嬢様として同年代の友人に囲まれ不自由ない暮らしを送っているに違いない。自分にも幼い娘がいるからだろうか、彼女のメモに何度目を通しても、このいたたまれない気持ちを決して忘れてはならないとオレクは自分を戒めた。
「今年は今のところまだ暖冬のようだが、年末にはさすがに冷え込む。民間から寄贈された衣類も届いてるけど、戦場では長く持たん。なる早で頼む」
「わかった。ちょうど今週師団のところに本国からの新しい補給品が届くと聞いてるから、なにかしらぱくってくるよ」
大隊の補給物資は「
第233連隊が所属するロストフ地上軍第81自動車化狙撃師団が今展開しているこの
開戦前の第81自動車化狙撃師団は本来アルヤと国境を接するプリアムール州に駐屯している、クラ海峡有事の際には同盟陸軍主力部隊の後方を警備する役割を担う二線級の部隊にすぎなかった。しかしエヴァンゲリカ軍の予想外の奇襲とアルヤ上陸によって図らずも戦争の最前線に立たされ、同盟陸軍の主力が到達するまでの時間稼ぎとして天津浦の北側の
それを聞いたオレクは一旦胸を撫で下ろしたが、後に第1大隊に送られたその「補充兵力」とやらは、なんと一人の民間人の少女が率いるアルヤ諸島部より脱出したアルヤ軍の敗残兵と民間人志願者の一個小隊強という、自分たち以上にボロボロの寄せ集めにすぎなかったと知った時はさすがに仰天した。今思えば彼らの預け先として第1大隊が選ばれたのは、参謀の中にアルヤ語を話せて、かつアルヤ軍に訪問交流した経験のある自分がいるからだ、という極単純な理由だったのかもしれない。プロパガンダとも口封じとも上層部の思惑は色々と噂されたが、現場の軍人たちは配られた手札で勝負するしかない。それにしても大隊長のアンドロソフ中佐は例の乙女の顔を見るや文句一つなく彼らを快く受け入れただけでなく、第1大隊の残り少ない兵力を彼らに分け与えなんとか一個中隊の体裁に整えさせ、さらに彼らが大隊本隊から離れ独自に行動することまでをも許可した。
結果中佐のこの采配は大当たりだ。彼ら「鉄の乙女」中隊は自国で戦う地の利を活かし、時には敵戦力の手薄い所を突いて背後深くまで侵入し補給拠点を叩いたり、時にはわざと敵を挑発しておびき出し味方の火制範囲内に引きずり込んだりして、常に敵に出血を強いた。自軍の正面にいる敵部隊を「鉄の乙女」が絶えずかき回して疲弊させてくれたおかげて、他の戦線の友軍が塹壕の中で縮こまって敵の砲弾や天使がいつ落ちてくるかと戦々恐々している中、自軍の兵士らは一日三食に昼寝が付くほど余裕ができ士気も高いままに保たれている。それゆえ自軍が担当するこの美津山州の戦域はアルヤ大陸戦線の中においても、敵の侵攻を食い止めているばかりかいち早く失地を奪還できると目され、補給や補充を優先に回される好循環が生まれている。「鉄の乙女」中隊は今や第233連隊だけでなく、第81師団や周辺の友軍部隊にも大変歓迎されている人気者になった。もっとも、今でも本隊から離れて一匹狼のように好き勝手に暴れ回っている当の本人たちがそのことに気づいてるかどうかはまた別の話だが。
「ああ、助かる。あとは頼んだ。中佐によろしく」
用事を伝え終えた少女は軽く手を上げると、そのまま踵を返し館を出ようとした。
「もう帰るのか? BTRの修理に時間がかかるようだったら送ってあげるよ」
「ああ、大丈夫。オルタネーターを交換するだけだそうであと30分で終わるって言ってた。その間に食料とかでも積んでおくよ。それじゃ」
手を振りながら玄関ドアから出ていく少女のきれいな黒い髪は、日の光の下できらきらと輝いているように見えた。
「
大隊本部からの帰り道、とある田舎道の交差点にBTRが差し掛かった時、車長席に座っている
「はい、なにか?」
「スピードを上げて全速であそこに突っ込め。敵が隠れてる」
「え!? 畑に落ちるよ!」
「構わん、アクセルをベタ踏みだ。お前らつかまえてろ!」
綴美が振り返って車内にいる全員に叫んだ。と言っても、今日はこのBTRの修理に便乗して大隊本部への雑用に出かけてきただけなので、車内には自分と乗員の運転手・砲手以外、護衛の兵士二人しかおらず、あとのスペースは荷物が積まれている。
仮にあの茂みに本当に敵が隠れているとしても、100m以上離れたここから見えるはずもなく、運転手は綴美のことばが本当なのかそれともただの冗談なのかと戸惑いながらも、命令された通りにアクセルを踏み込んだ。すると彼女の言う通り、装甲車があの怪しい草むらの10mくらい手前までに接近した時、茂みから草木のついた偽装服を着た敵兵7、8人がわらわらと出てきて四方八方に逃げ出した。
「トヴォユ・マーチ!?」
それを見た運転手が怯えの声を上げた。
「怯むな! このまま突っ込め! 轢き殺せ!」
オリーブドラブのBTR-94が吼える猛獣の如くエンジンを唸らせながら道路から飛び出て草むらの中に落ちていった。無線機を背負ったまま逃げ遅れた敵兵一人を車輪の下に巻き込んだものの、車底部が植生につたえたかそこから先へは進まなくなった。
「撃て! 一人も逃すな!」
砲手が後ろで慌てて砲塔の7.62mm同軸機銃を撃ち始めたが、土埃が舞い上がる中視界が悪く、機銃の俯角も取れないせいか全く敵に当たらない。
「もういい! 撃ち方やめ! 私が行く」
これ以上もたつけば敵兵をみすみすと逃してしまうと判断した綴美は座席の横に立てていたA-90小銃を手に取り、車長ハッチから装甲車を飛び出した。敵兵に一人くらい頭の回転が速いやつもいるようで、逃げる途中も忘れずにスモークグレネードを転がし味方の姿をくらまそうとした。だがそんな小手先の真似が彼女の目を欺けるはずもなく、ものの十数秒間に四方に逃げていたエヴァンゲリカ兵は一人を除き全員彼女に背後から撃ち倒された。
そして残った最後の一人の敵兵も、膝の裏を撃ち抜かれて前のめりの姿勢でねぎ畑に倒れ込み、大きな声で悶ている。彼女は捕虜を取るためにわざと要害を外し足を狙っていた。
「もう観念しろ。抵抗しなければ命は取らない」
彼女は銃を構えながら倒れた敵兵に近づいたが、その男は落とした小銃を拾い上げ抵抗を試みるのでもなく、命乞いして投降する素振りも見せず、ただうつむきになったまま背中を丸めうめき声を上げ続けている。違和感を覚えた彼女はすぐさま敵兵のそばに駆け寄りその脇腹を蹴り上げ彼の体を仰向けさせた。
「地獄に堕ちろ! この
案の定、その敵兵の左手にピンを抜かれた手榴弾が握られている。しかし彼が捨てゼリフを言い終える前に綴美はすでに間髪を入れずに手榴弾を握っているその手を上から自分の左手で鷲掴みにした。
「くっ……なにを…うぐ……」
手榴弾はレバーが外れるまで信管が作動せず、当然爆発もしない。相手の思惑を瞬時に見抜いた綴美の動きがあまりにも速く、そしてなにより自分の仲間たちをあっという間に全滅させた相手がこの眼鏡をかけたたった一人の少女だということに気づいたエヴァンゲリカ兵はひどく狼狽した。男は綴美の指を引き剥がそうと必死に抵抗するも、彼が両手を持ってしてもこのか弱そうに見える小柄な少女の片手の力に全く敵わなかった。やがて彼女につかまれた左手の指からボリボリと骨が折れる音がして、エヴァンゲリカ兵の顔の表情は狂気から恐怖へと変わった。
「自業自得だ」
綴美は何食わぬ顔で男の力の失った手から手榴弾を取り上げピンを差し戻し、自分のボケットにしまい込んだ。
「そうか……お前か…お前なのか、アルヤの
スモークグレネードから出続けている白い煙がまだ漂う荒れたねぎ畑に、エヴァンゲリカ兵の乾いた笑い声だけが響いた。