火と玻璃の海の向こう   作:KenRB

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CE 401年7月6日 1807 AIT

地球 アルヤ共和国 浪花市手島区

 

 学校を出てから、暮川綴美が自分の後ろにずっと付いてくる一台の銀色のワンボックスカーの存在にすぐに気づいた。上空を飛ぶ陸戦隊展開軍のUAE-4A無人戦術偵察機を通して車の中を覗いてみると、知らない男4人とナイフや棍棒などの凶器、そして面白いことにクロロホルムの入った小瓶が積まれていることまでもがわかった。この世界はまだアナログなため残念ながら車のナンバーからすぐに所有者を照会することはできないが、彼らの目的はだいたい見当がつくので、期末試験期間中になにをしてくれると半ば呆れながら、綴美はわざと彼らを学校から遠ざけさせ、河川敷近くの人気の少ない路地に誘導した。

 二ヶ月半前に美雪が西手工の不良集団に絡まれたあの寂れた公園が見えてきて少し懐かしい気分になったところ、自分の隣に急停止したワゴン車から3人の男が飛び降り、その内の一人がクロロホルムを染み込ませた布を自分の顔に乱暴に押し付けてきた。いかにもテレビドラマや漫画の描写を本当だと信じ込んでいたド素人の犯行だが、彼らに正しい知識を教えてやる義理もなく、彼女は大人しく気絶したふりを演じ、男らにされるがままに車の中に引きずり込まれた。

 両手を縛られ目隠しをされたまま車の中で揺られて三十数分、車は隣の甘崎(あまさき)区の湾岸地帯にある一つの廃倉庫の中に入っていった。彼女は男らに車から降ろされ、本来貨物を載せるためであろう鉄製のパレットラックに手を繋げられた。もう失神状態を演じることも飽きてきた彼女はとうとう目を開けたが、ちょうど自分の目隠しを解いてくれた男を驚かせたようで相手を「わぁ」と言わせた。なんとも腰抜けな連中だ。

「ちっ、もう目ぇ覚めたか。まあええ、せやったら話が早い」

 目の前に現れた一人の茶髪の男が咥えていたたばこを吐き捨て、どうやら残念そうにこちらの顔を覗き込んできだ。彼の周りにはあの日にもいた学ランを着た不良たちと、自分をここまで誘拐してきた明らかに学生ではない大人のチンピラも数人いる。中の数人は角材や釘バットなどの凶器を手に持っており、小柄な女子高生一人を始末するのにたいそう物々しい布陣だ。

 どうやらこの茶髪男こそがこの一帯の小悪党どもを束ねているリーダーのようだ。そしてあの時自分に手首を折られたスケバンも、右手に分厚いギプスをしたままビクビクしながら遠くからこちらの様子をうかがっている。あまりにも予想通りすぎたこのメンツに、綴美はつまらなささえ感じた。特務員の仕事として、もうちょっと大きなヤクザ組織との繋がりがなければ、関わる価値すらないただのクズどもだ。

「こんなかわいい顔してえげつないことするなぁ、くれかわの嬢ちゃんよ」

 茶髪男がしゃがんできて、両手を後ろで縛られ地面に座り込んでいる自分の顔をくいっと持ち上げった。漫画の悪役がよくやる仕草そのままで、綴美は今にも笑い出しそうだが、なんとかポーカーフェイスを保つように努力した。

「おめぇとおめぇの友だちの名前と住所は全部わかっとるさかい、もうどこにも逃げられへんで。わしの女にしたこと、きっちり返さしてもらうわ」

 茶髪男が銀色のスイッチブレードを取り出し、自分の顔に押し付けながらそう脅した。なるほど、あの日スケバンのやろうとしたことはこいつの見よう見まねだったのか。周りの取り巻きたちも「イヒヒ」といやらしい笑い声を上げた。彼らは「こいつを痛めつけたあとは好きに回していい」と言われたから進んで犯行に協力しているのはその顔を見ればわかる。実にわかりやすい人種だ。

「なぁまりこ、こいつを好きなようにしたらええで。とりま腕の一本でも外したるか?」

 茶髪男は後ろに振り返り、スケバンにそう聞いた。

「え、ええ……」

 あの日のことが彼女にとってよほどの恐怖体験だったのだろうか、スケバンの目にはやっと復讐を果たせる興奮よりも、むしろいまだに不安と畏怖の色が見える。もしかするとあの日も取り巻きたちを従わせていたからこそ強気に出られただけで、実際には茶髪男の威を借りたただのヘタレかもしれない。しかしそんな事情を知らない子分たちがすでに茶髪男のことばで盛り上がり、「やったれやったれ」と彼女を煽り立てた。スケバンが唾を飲み込むように無言でうなずくと、茶髪男はにやりと気味悪い笑みを浮かばせ、子分の一人から鉄パイプを受け取り自分の前に歩み寄った。

「ほな」

 自分の左肩をめがけ、茶髪男は思いっきり鉄パイプを振り下ろした。

「やめ…」

 ガッ! という鈍い音がすると、茶髪男はたまらず持っていた鉄パイプを落とし、しびれた右手を押さえた。ほら言わんこっちゃない。悪いがそんな鉄パイプなんかより、自分のフレーム(ほね)のほうがずっと硬いのだから。

 女の子が苦痛と恐怖で泣き叫ぶ顔が見られるという願望が完全に裏切られた茶髪男は困惑の表情を見せ、制服の胸元から乱暴に手を突っ込んできて肩や胸の辺りを撫で回した。当然ながら肩当てなどの防具を身につけているわけではないので、いくらまさぐっても無駄だ。綴美は南手高の制服がセーラー服でよかったと思った。もしブレザータイプだったら、今の茶髪男の乱暴な手付きで胸元のボタンの一つや二つでも飛べば、自分はたぶんもうキレて相手に蹴りを入れるところだった。

「あ、兄貴! こ、こんなんが! やっぱこの小娘は……!」

 ちょうどその時、隣の車で自分が持ってきた学生鞄の中を物色していたチンピラが空気も読めずに突然騒ぎ出し、恐る恐るあるものを茶髪男に手渡した。それを見た周りの子分たちもざわつき始めた。どうやらカバンに忍ばせていた仕事用のサプレッサー付きのGlock 45*1が見つけられたのだ。

「なんや、こんなんプラモやんけ。おもちゃに決まっとる」

 幸いあれはこの世界には存在しない銃だ。ポリマー製のフレームに撃鉄を有しない四角いフォルム、彼らが持つであろう「拳銃」というもののイメージとは少し違うはずのためおもちゃだと勘違いされても無理はない。とはいえ彼もあくまで素人で、手に持つそれが本物の拳銃かどうか判別できる自信はなかったが、子分たちの前に弱気を見せることもできず、声を震わせながらそう言い切るしかなかった。

 茶髪男は拳銃を発見した子分に雑に突き返し、再び自分の方に迫ってきた。

「嬢ちゃんおもろい趣味持っとるやんけ。おにいたちがたっぷり遊んだるで。なあ、おめぇ大口叩くのが得意やて聞いとるけど、なんか言うてみぃや」

 自分のことを思うがままに凌辱できるどころか、おかしなことばかりが起き、茶髪男がとうとうしびれを切らしているように見えた。だがそれは綴美にとっても同じだ。茶髪男の後ろで物珍しそうに自分の拳銃をいじっている子分らを見て、彼女は時間切れだと悟った。セーフティがかかっているとは言え、何らかの拍子で暴発してしまっては面倒だ。

 彼女は両膝を曲げ、足裏を地面に付けた。

「そうだな。あれはチンパンジーどもが遊んでいい代物ではない。大人しく人間に返しなさい」

 自分のことばがパンチを効かせすぎたせいか、自分の顔面めがけてすかさず茶髪男のパンチが飛んできた。これだから頭にすぐ血が上る人は困る。

「なぬ…!?」

 さっき痛い目にあったばかりだというのに、記憶が5分も持たないとはチンパンジー以下だ。しかも鉄パイプを介さなかった分今回はもっと痛かったのだろう。拳に全力を込めた茶髪男が二度も運動の第3法則を身をもって体験してしまい、顔を歪め後ろに後ずさりした。

 茶髪男のパンチを避けずに律儀にも自分の顔面で受け止めてやったものの、綴美はすぐに後悔した。体にダメージはない。しかしこんなクズみたいな人間に触れられたことは、やはり想像以上に気持ちが悪い。もうこれ以上ごまかすことはできない。彼女もついに芝居を打つことをやめた。彼女は膝を伸ばして地面から立ち上がり、自分の両手を縛っていた電線を引きちぎった。

「てめぇやりよったな……!!」

 茶髪男の内心も本当は動揺しているのがわかる。だが子分らの前で格好悪いところを見せるのは決して許されることではなく、それが彼の命取りとなった。暴力で他人を支配するやり方しか知らない男が、自分より大きな力を持つ者が現れることに本能的に恐れていたかもしれない。目の前にいる相手がなんであろうと、傍から見てそれがただのか弱い少女の形をしている以上、負けるわけにはいかなかった。メンツを潰されたと怒り狂った茶髪男は再び鉄パイプを拾い上げると、なりふり構わず自分に襲いかかってきた。

 綴美は小さくため息を漏らした。交戦規定の要件は、もうとっくに満たしている。

 

 綴美は乱れた服と荷物を直し、周りに目撃者がいないことを確認してから倉庫を後にした。このアナログな世界に不便なことも多々あるが、あちらこちらに監視カメラの目がないことだけは気が楽だ。

 思えば自分がヒトを殺したのはまだこれが初めて。しかも誰かに命令されたのではなく、自分自身の意思でだ。別に皆殺しにしようとまでは思っていなかったが、突進してきた茶髪男をいなしたら相手が勝手にパレットラックに足をつまづき、そのまま倒れたラックの下敷きになった。それを見た子分たちが一斉に自分に襲いかかってきて、あとはもう成り行きに任せるしかなかった。生身のヒトに比べ汎用素体の力があまりにも圧倒的すぎて、彼女が相手の手足に触れればその骨が砕け、胴体に触れれば内臓が破裂した。乱戦の中相手を殺さぬよう一人一人に手加減するほうが難しかった。

 この想定外の大立ち回りは当然任務ではないが、交戦規定には則っており、火器類の使用もなく証拠を一切残さなかったので問題にはならないはず……なわけがない。いくらチンピラや不良どもだとはいえ、これだけの人数が一箇所に変死しているのが発覚すれば、国中のトップニュースになるに違いない。それだけならまだしも、さっき茶髪男の発言から自分や友人の身元もすでに彼ら一味にばれていることがわかったので、警察が探りを入れてくるのももはや時間の問題。自分はまだいいが、結局のところ美雪たちにも迷惑をかけてしまうのではないか。

 彼女はあーあと声を出し自分の頭を掻きむしった。いずれにせよ上には正直に報告するしかない。COSの任務管制に「対応を確認する。しばらく待て」と言われ、どきどきしながら待っていたら、たった数秒後に「現状の任務に復帰せよ」とだけ告げられそのまま通信が終わった。

 お咎めどころか、教官の誰かから説教の一つさえなかった。綴美はむしろ一層戸惑ってしまったが、その後すぐ一本のプライベートの着信が入った。

(綴美、大丈夫か? あとのことはこちらでカバーアップしとくから、心配ない)

 夕叢大佐の声を聞いた綴美はなぜか思わず涙が出そうになった。今思えば限られた偵察機のリソースをさっきの自分が簡単に使わせてもらったのも、彼が根回ししてくれたおかげだろう。

(はい、大丈夫です。ありがとうございます……ごめんなさい、私、やらかしてしまいまして……)

 彼女は自分の顔を押さえ、つい弱音を吐いてしまった。

(ん? なにを言ってる。交戦規定をちゃんと守ってるし、その上物的証拠何一つ残さなかったじゃないか、実に見事だよ。これならいくらでもごまかしようがある。犯人のグループは最近調子に乗って金橋組の縄張りにも盗みに入って、彼らにお灸をすえられたばかりだ。君の誘拐はその腹いせと部下たちのガス抜きも兼ねてるんじゃないか、と我々は見ている)

(……なんか思ったよりもダサい犯行理由ですね)

(だろう? だから気をもむ必要はない。君のおかげで金橋組に着せる濡れ衣もできたし、これだけの死人が出れば警察もさすがに見て見ぬふりできなくなるしね。感謝するよ)

(しかしたとえ相手が極悪人だとしても、オペレティブは自らの正義を振りかざして私刑を加えてはならないという原則が……)

(COSからはなにも言われなかっただろう? そのための交戦規定だ。正義だなんて仰々しい話ではない。これで君と君の友だちも安心して登下校できる。それだけで十分だ)

(そう……ですね。ありがとうございます、夕叢お兄さん)

 いくら体が傷つかなくても、初めて人間の悪意にこれほど赤裸々に晒されたことがやはり彼女の精神にとっては強いストレスのようだ。心のしこりがすべて取り除かれたわけではないが、しばらくぶりに夕叢の声を聞けた綴美は少しだけ気持ちが晴れた。

 

 その翌々日の深夜、日付が変わってまだ間もない頃。今日は早く任務を終え自宅にいた暮川綴美は、事件がいつ公になるかと畳の上に倒れ込んで悶々としていたところ、COSの任務管制から急に呼び出しを食らった。

「いまさら?」とおどおど部屋を出て自宅マンションから離れた街灯のない暗い路地に入ると、近くの建物から一人光学クロークを被った特務員が飛び降りてきた。

「これを」

 なにもない空気の中から一本の腕だけが伸びてきて、拳銃の入ったホルスター一式を渡された。

「もう聞いてると思うが、エヴァンゲリカの大船団が出航した。目的地はアルヤの可能性が高い。また大戦が始まるかもしれないから、人事部から現在アルヤにいるすべてのオペレティブへのサイドアームの支給が決まった」

「はい。しかしもし本当に戦争になったら、私はどうすれば……?」

「あ? 君はまだ実習中だろう。なにも言われてなければ現状の任務をそのまま続行すればいいんじゃないの? あそうそう、あとこれも。情報部の夕叢大佐から」

 一度消えた腕が一本の飲料缶を持って再び現れた。

「……ジュース?」

 この世界ではまだペットボトルが普及していないので、清涼飲料水と言えば瓶か缶だ。

「自分が行けないから代わりになにか差し入れを持っててやれって。君なんかやったの? 私はまだ他の人の所も回らなきゃいけないから、じゃ」

 特務員はそう言い残しまた闇夜に消えて行った。

 綴美はひんやりしたその飲料缶を大事そうに抱えながら自分の部屋に戻った。明るい照明の下で改めてそれを見てみると、黒い缶に大きい黄色い文字とみかんの図柄があしらわれ、その辺の自販機に売られているごく普通のオレンジジュースだ。もうずっとこのまま宝物として取っておきたかったが、飲食物はいずれ腐り、夕叢お兄さんの心遣いを無駄にするわけにもいかなかったので、彼女は目をつむり思いっきりプルタブを引っ張った。

 甘い。そして濃い。

 ピリピリする炭酸の中に申し訳程度の香味料が入っているようなサイダー類だと想像していたが、本当の果汁入りジュースだ。なるほど、この世界ではまだこちらのほうが主流か。普段クラスメイトとの会話でなんとなくみんなに合わせて清涼飲料水のことを「ジュース」と言っていたが、まさか本当にジュースだったとは。やはり何事も実体験してみるものだ。

 思わぬところでCOS実習の意義を再確認した綴美がジュース缶を一旦置き、さっきもらった拳銃を取り出してみた。

 PE-2A1 12.5mmレールピストル*2。ホルスターには予備マガジンが2本付いているので、拳銃に装填されている1本を加え、合計48発のM1500A2弱装徹甲弾が入っている。

 軍の制式サイドアームであるこのオフホワイト色の銃器は拳銃の中でも大型の部類に入るもので、自分たちU-1B型は少女体型でありながら手のサイズだけが成人と同じなのはこれを握るためだという説すらある。口径こそ陸戦隊展開軍用のRME-1 12.5mmバトルレールライフルと共通するが、弾長の短いM1500番台の弱装弾を使用し、有効射程と威力と引き換えに装弾数の確保と反動の制御を優先している。もっともそれはあくまで戦闘小銃であるRME-1と比べてのことで、装甲宇宙服を貫くことのできる手軽な個人防衛火器として設計されたPE-2の銃口初速は優にMach 6を超え、いかなる火薬推進銃をも遥かに凌駕する銃口エネルギーを持つ。そのためCOSの日常の任務にとって明らかに威力過剰であり特務員が通常携行することはないが、これを配られたことの意味は、彼女は当然理解している。

 綴美はマニュアル通りに銃口を塞いでいるメンテナンスロッドを引き抜き、銃身のエローションを修復するナノイドの残量を確認してから銃身下の収納部に差し替えた。これだけで拳銃の使用準備が整った。

 彼女は一瞬息を呑み、レールピストルのグリップを握りしめた。使用者とのリンクを確認した拳銃の制御システムが瞬時に立ち上がり、視界の右下に数行の文字列が表示された:

 Safe

 AP 16|32

 STD

 EXT PWR

 訓練ではシミュレーションでも実弾でもたくさん撃ってきたはずのこの銃だが、地球の重力のせいか、そのオフホワイト色の銃身がいつもよりずっしりと重たく感じた。これを使うシチュエーションが永遠に来ないことを祈り、彼女はレールピストルをホルスターに戻し、荷物入れとして使っているデイパックにしまい込んだ。

 

 

「落下癖?」

「まあ、それより適切なことばがあればだけど」

 ルシール・S・アウトウィル大尉が目の前で指を小さく振り、ファイル一式を送ってきた。彼女が所属する軍備部はアーカイブ部に協力して人類の兵器技術の収集と分析も行っているが、なんでも「最近プリソニア海軍に派遣されているあんたの従妹に異常な行動が見られる」と、夕叢見は突然彼女に呼び出された。

「端的にいうと、最近早伊崎准尉が派遣先のプリソニア海軍での訓練飛行中、意図的に機体を失速状態にして、高度を大きく下げてから強引に機動するような行動が複数回確認されている。まるで一種の遊びのようにね」

「それだけだと特に問題があるようには聞こえないが……訓練飛行なら、単なる空戦機動の一環として行っている可能性は?」

 夕叢はルシールから転送された行動データや映像記録などのファイルを逐一確認し始めた。

「展開軍の可変戦闘機ならなんの問題もないよ。問題は地球人(テラン)の戦闘機は変形どころか、推力偏向すらできんから、そんなことしたって危険なだけでなんの意味もないわ」

「じゃあ彼女はどうやってポストストール機動を……まさか」

「ええ、無線通信に影響しない程度に短時間機体内にTフィールドを展開し、無理やり姿勢制御を行ってるらしい。理論上可能ではあるが、大した芸当ね。こんな器用なことしてまで……」

「……まるで落下すること自体を楽しんでるかのように、か」

「おー、やっと話わかってくれた?」

「確かにオペレティブは緊急避難のためなら極小規模なTフィールド展開は事後報告でも認められているが、これはさすがに正当な運用だとは言い難いな。COSからは?」

「テランのパイロットたちは多少当惑する様子が見られるが、プリソニア海軍からはまだ公式的に苦情の類が来てるわけではないので、COSはまだこのことを認知してないと思う」

「そうか、教えてくれてありがとう。これ以上問題になる前になにか手を打ったほうがよさそうだな」

「ええ、いくら金払ってるとは言え、戦時中に人様の大事な戦闘機を壊したらさすがにプリソニア軍部も黙っちゃいない。政策部が頭を痛めるよ」

「ルシールは彼女の動機がなんだと考える?」

「知らないわよそんなの」

「人間の小さい子どもが重力の存在に気づいた時、自分の身体能力を確かめるかのようにわざと高所から飛び降りたりする遊びをする話を聞いたことあるが、それと似たようなことかな」

「それはない。ガザだって地球(テラ)と重力がそう変わらないし、いまさら重力を珍しがるようなことあるか」

 ルシールはきっぱりと夕叢の推測を否定した。

「落下を体験すること自体が目的ではない……だとしたら、考えたくはないが……」

 ファイルを確認し続ける夕叢の表情がだんだんと曇り、まるでこれから話す内容が人に聞かれたくないかのように、彼は口元に手を当てた。

「『落下癖』より、『希死願望』のほうが近いか……人間でもよく墜落する夢を見る。それが死への恐怖の本能的な表れだとも言える。彼女は夢を見る代わりに現実でそれを再現しようとしているのか……」

「ばっかばかしい。私たちは死ぬことがないから、死に興味を持ったとでも言いたいのか?」

 銀髪の美女は呆れた顔で夕叢を見やった。

「わからない……しかしあの事故のことを考えると、なにか関係があるかもしれない」

群雨(むらさめ)姉妹の事故か? いまさらどうして?」

 これは長話になると覚悟したルシールは腕を組み、通路の壁にもたれかかった。

「我々の中でも実際に仲間の死の瞬間を目の当たりにしたのはあの子だけだからな。彼女は気丈に振る舞ってはいるけど、メンタルへの影響がどうしても懸念される」

「群雨姉妹が死んだわけではない。ロールオフしたばかりの事故なので、再生するほどの知識と経験がまだないと、人事部がそう判断しただけだ」

「理屈上はそうだ。君の言うように群雨姉妹の人格データは今も(トネリコ)に残っているだろう。しかし体が再生されなければそのデータは永遠に呼び出されることなく、彼女たちの存在もいずれ人々の記憶から消え去る。死なないはずの我々にとって、『除籍』イコール『死』だということに彼女は気づいてしまったのだ」

「『人間は二度死ぬ』、って話か。我々汎用素体は不滅であっても、その第二の死からは逃れられないと……本気にそう思ってるの?」

「いいえ、そうは思っていない。あの事故は極めてレアケースで、もう二度と起きることはないだろう。だがそれが原因で人事部は双子タイプが危険だと判断し、以降作られなくなったのも事実だ。そのせいで綴美と依実とも引き離された。突然姉たちを亡くされたあの子もきっと、彼女なりにいろいろつらい思いをしているのかもしれない。そしてそれに気づかなかった我々にも責任がある」

「あんたの言う通りあれは単なる事故だから、誰のせいでもないわ。あんたはすぐそうやってかっこつけてなんでも自分のせいだとしょいこむのは勝手だけど、そんな言い方じゃまるで私たちみんなが悪者になるから、むっかしからあんたの悪いところよ」

 ルシールは憎たらしい目で夕叢を睨んだ。

「いえ、そういうつもりじゃ……」

「まあ、言わんとすることはわかるけどね。彼女に必要なのはメンタルカウンセリングだと。しかし我々を作った連中は我々とは精神構造が違うし、彼女の周りに誰か相談できる同じ第二世代の先輩がいればいいのだけど、こんな戦時中じゃ……」

「ともあれ一度桜庭先生に相談するよ、ありがとう。しっかしルシールが他人のことを心配するだなんて……うっ」

 夕叢が言い終える前に、ルシールに思いっきり脇腹にパンチを入れられた。

「人のことをなんだと思ってやがる。これもあんたら政策部に恩を売ってやってんのよ」

*1
CUCE 1.2宇宙の地球に実在していた銃器を元に、当時の第2総軍広報省戦略局軍備部支援装備課がCOSの任務のために製作した複製品。基本構造はオリジナルと同じだが、製作に使用された材質や弾薬の性能が高いため、元の銃よりも命中精度と威力が優れている。また装備しているサプレッサーも支援装備課製のショートタイプで、エネルギー転換ナノイドを用いてるため音響エネルギーのみを吸収し、コンパクトでありながら弾丸の威力が低下しない。

本来このような複製銃は特定の世界でのみ使用される前提で、次の宇宙に展開する際は原則すべて廃棄されるはずだが、この時代の広報省ではコスト削減のため次の世界の人間社会でも同じ口径の銃器が使用されている場合に限り一部を流用していることが確認されている。またこの場合は主に戦闘任務に参加することの少ない軍務学校の実習生に支給されている。

なお余談だが、暮川綴美が任官されるまで結局一度もこのGlock 45を撃ったことがない。

*2
この時代ではまだ軍備部歩兵課が個人用銃火器に独自の型式番号を付けていた。後の時代では施設装備省の共通型式番号に統一している。PE-2も後にGEPI-2 12.5mmレールピストルと改められている。

なお後述のRME-1は型式番号が変わる前に調達が終了し、後継としてGEMI-2 12.5mmバトルレールライフルが採用された。

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