◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆   作:タナゴコロ

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◆二章◆
*1* 意外と言ってみるものだな。


 

 

 昨日で情報収集を始めてから、日中に細々と続けていたものも通しで計算すれば三十日目。

 

 兵舎の同僚達から逃げ回り、エレオノーラの食堂に入り浸って入手した情報のお陰で、段々と妹が熱を上げていた“王子様”とやらの姿が絞り込めてきた。

 

 この国では王家というものが存在せず、五つある古い貴族家の中から回り持ちで次代の王を決めるらしい。人間界のことには疎い私だが、それでもこの決まりが奇妙なものだということは何となく分かる。

 

 そして……そんな奇妙な決まりごとの中で、妹が海底の兄姉達を捨ててでも一緒になろうとした“王子様”の名は恐らくダリオ・フォンタナ。

 

 “恐らく”というのは、回り持ちである玉座に座る中で、この男が一番有力であるということだ。現・玉座の主はドラーギ家だが、一度王を出せばその後の三代ほどは玉座に座らせることが出来ない決まりなので省く。

 

 その他にコルティ家は女系らしく、王になれる男児を出産する率が低いせいで、あまり玉座に座ることがないらしい。あとはスカリア家は才気走った者を多く輩出するが、病弱な者が多いそうでこれもまた玉座から遠退いているという話だ。

 

 最後の一つにベルティーニ家という家名もあったが、こちらは前・当主が海難事故で亡くなってから息子が家督を継ぐはずであったそうなのだが、母親との反りが合わずに家を飛び出してしまったらしい。なのでベルティーニ家の現・当主はその息子の母親が担っているのだとか。

 

 ――と、別にそんなことまで知らずとも構わないが、とにかく次に玉座に座ることになっていたフォンタナ家の長子が、妹を誑かし、挙げ句他の女と駆け落ちを企てて、妹を失意の死に追いやった憎い男だ。

 

 顔はまだ知らないものの、名前だけでも偉大な前進である。それに知る時は相手も自分も死ぬ時でもあるため、あまり興味がない。

 

 今大切なのは私の殺意が逃げ場を求めている心が、名前という言霊を得たお陰で焦燥感を薄れさせられることだ。焦りは下手な失敗を呼ぶ。それだけは避けなければならない。

 

 ともあれ、そのおかげで二日ほど前からは、脳内の顔も分からない貧弱な“王子様”を相手に、短刀を用いてのイメージトレーニングを欠かさない。最初は胸骨の邪魔をされないように刃を寝かせて隙間から突き入れ、根元まで短刀を突き刺した後は、簡単に抜けないように捻って短刀の柄を折る。

 

 これで例え短刀の刃渡りに不安があろうが、失血性ショックで死に至らしめることが出来るはずだ。その時のことを考えただけで、今からニヤリと上がる口角を抑えることが出来ない。

 

 そんな風に夏の日差しがジリジリと肌を苛む早朝の砂浜で、凶悪な笑みを浮かべながら汗を流していると――……。

 

「アルバ……お前という奴は、朝からそんな凶相で鍛錬をするな。お前を知らない人間が見たら何事かと思うだろう」

 

 不意にかけられたその声に短刀の形を模した木の枝先から視線を上げ、声がした方角へと顔を向ける。そしてそこに立っている人物を認め、フンと鼻を鳴らして枝先をピシリと突きつけてやった。

 

「おお、オズヴァルトか。お前こそ朝から無礼な奴だな。それに遅かったじゃないか。最近弛んでいるぞ?」

 

「あのな……俺が遅いのではなく、お前がここへ来るのが段々早くなっているだけだろうが。俺は毎日いつも通りの時間に来ている」

 

 オズヴァルトはそう呆れた様子で言うと、こちらに歩み寄ってきて私の手から枝を抜き取って「先の尖ったものを人に向けるな」と説教をしてくる。それが何となく私の長子としてのプライドに傷を付けてくれたので、若干意地悪くここにいる理由を教えてやることにした。

 

「ふん、そうだったか? こうも暑くなってくると、男ばかりの五人部屋ではよく眠れんからな。あれでは蒸し風呂状態だ」

 

 私の苛立ちを感じたのか、オズヴァルトは「ああ……」とやや苦々しい表情を見せる。この男も見習い騎士からの叩き上げだと聞くから、昔はあの部屋にいたのだろう。ただ改善されていない状況を鑑みるに、上に立つと忘れるものらしいな。

 

 海底だと鍛錬で体力切れになった兄弟と一緒に眠ることはあれ、地上のように汗臭さや湿度を感じることはなかったので、今朝の部屋の惨状を思い出して辟易する。まあ、湿度の点だけで言えば毎日百が通常運転の状態だったが。

 

 人魚の中でも比較的水温が高いことを好む私はまだ良いが、低温を好む弟妹達にはかなり辛い気候だろうと思う。

 

 ズボンを脱いでパンツとシャツ……もしくはパンツのみで眠りこける同僚達に、それでも止めるように言えないのは何かと不便だ。むしろ一度言った時には“じゃあオマエも脱げば良いじゃねえかよ!”とひん剥かれかけた。無論全員ボコボコにのしてやったが。

 

「この季節にあの部屋で起床時間まで寝ていられる奴がいるとは思えんな。暑苦しすぎてかえって気力が削られるぞ」

 

 むしろ現在進行形で削られている立場から言わせてもらえば、即刻の改善を求めたくなるほどだ。元が水棲生物のこちらにとっては、とっくに死活問題のレベルに達している。

 

 しかし、そんな私の魂の訴えにオズヴァルトは眉根を寄せた。

 

「言いたいことは分かるのだが……この国は見ての通り小さい。いくら国を護る騎士団とはいえ、そうそう軍備以外のことで金を使えないのだ」

 

 その言い分は確かに一理も二理もある話ではある。だが、私にも人間界を相手取っての言い分くらいはあるのだ。

 

「そうは言うがなオズヴァルト。兵士の士気が下がれば錆びた剣を所有するようなものだぞ? いざという時に抜けぬ剣に何が護れると言うんだ?」

 

「それは――……」

 

「お前が言うように軍備が大切なのも、平和な時期が長ければ軍事系統に割かれる予算が減るのも分かる。それも分かるがだな……兵士も人間だ。兵舎がああも暑苦しいから風紀が乱れて、そのことを注意したオレまでひん剥かれかけるんだぞ?」

 

「なっ……!?」

 

 私は“男”が嫌いだが、何も無条件に嫌っているわけではない。仕事上の同僚や、弟達であれば平気だ。私が嫌いな“男”というのは、自分に生殖機能があるという自覚が足りない馬鹿者。無節操に子供を増やして不幸にする男が嫌いなのだ。

 

 故に、同僚達がどれだけ馬鹿な絡み方をしてきたところで、そこまで殺意は抱かない。私が殺意を抱くのは適当に“愛”を囁いて、運動か何かのように子供を作る阿呆である。

 

 故に、同僚達がどれだけ私の二の腕が冷たいと張り付いてきても、拳骨を食らわせる程度で許す。何だ……私は意外と心が広いな。

 

「今朝も蹴散らして来たのだが……ああも暑苦しいと頭が茹だるのも分かる。思わずどちらが強いかという野生の勘すら鈍るからな」

 

「…………」

 

「うん、どうしたオズヴァルト? 急に黙り込ん――、」

 

「そこまで拙(まず)い状況だとは思わなかった。お前はうちの正式な部下ではないというのに……すまなかった。今日中に上に掛け合って、今夜から違う部屋で眠れるように手配しよう」

 

 こちらが訝しんで言葉をかけきるよりも早く、砂を蹴り上げる勢いでズイッと一歩近付いてきたオズヴァルトは、そう言うやいきなり直角に腰を折り「本当にすまなかった」と謝罪をしてきた。

 

 この季節、男だらけの兵舎部屋の居心地がよろしくないというのは偽らざる真実だが、だからといってそこまで真剣に謝罪されるとは思っていなかったので、思わず気圧されて「本当に急にどうしたんだ?」と答えてしまう。

 

 結局そんな私を見てさらに「すまなかった」と謝罪し続けることで、オズヴァルトを相手に暴れることの出来る朝の貴重な鍛錬時間は過ぎていってしまった……。

 

 

***

 

 

「今日からここがお前の私室だ。今のうちに足りない物があれば、揃えられるかは分からんが、言ってみるだけ言ってみると良い」

 

 おかしな朝から始まった一日の仕事を全て終え、夕飯を久し振りに兵舎の食堂で同僚に囲まれながらと摂ったあとに私が通されたのは、狭くはあるが、それでも五人で使う相部屋よりは広く感じる個室だった。

 

 こっちとしては本当に今朝の一件を真に受けているとは思っていなかったので『夕飯後に話がある』と言われた時も、ここに通されるまですっかり朝の出来事など忘れていたのだ。

 

 だからというわけではないが、急すぎる「お、おお……」以外の感想が出てこようはずもない。しかし今朝のことがあってから夜には改善出来るものなら、もっと早くそうしてやれば良いのではないだろうか? と訝しんだのも束の間。

 

「あとはしばらく過ごしてみないと分からんことも多いだろう。何かあれば隣の俺の部屋に来ると良い。それから――……む、どうした?」

 

 すでに頭の中で言いたいことと言われたことが混ざって、何が何だか情報過多な状態になった私は、まだ話を続けようとするオズヴァルトの目の前に掌を翳して“待て”の姿勢をとる。

 

「あのな、オズヴァルト。お前にはこの状況について訊きたいことが……沢山ある、はずなんだが……いきなりすぎてちょっと頭が追いつかない」

 

「アルバのようなタイプは頭が追いつくよりも先に感覚的なもので慣れる。それに、お前と同室だった者達には“騒がしくしていると匿名の苦情があったので、一番騒ぎを起こしそうな者を副団長の監視下に置く”と言ったら、あっさりお前を差し出したぞ?」

 

「……アイツ等、そんなにオレが邪魔だったのか」

 

「いいや? アネーリオなどはだいぶ渋っていた。他の連中も“アルバは時々お袋みたいに口うるさい”とは言っていたが、あれは邪険にしているというよりは、母親の小言を煩わしがる反抗期の息子のようなものだろう」

 

 そうどこかおかしそうに。けれど……どこか寂しそうに見える表情をしたオズヴァルトに何と言葉をかけるべきか一瞬迷っている間に、こちらの視線に気付いたオズヴァルトの方が先に口を開いた。

 

「さて、どこまで話したんだったか……と……そうだ。それから、お前からずっと預かっていたあの大槍だがな。俺の部屋の隣に移ったのだから、今夜からはこの部屋に置いておくといい」

 

 グングニルを返してくれるという意外な申し出に、思わず「良いのか?」と答えたものの、この男にしてはらしくないほどお粗末な話題のすり替えだと感じた。だが、まあ――、触れられたくない部分というのは誰しもある。

 

 知ろうが、知るまいが、この地上に訪れた理由が“末妹の敵討ち”でしかない私には、コイツの悩みをどうしてやることも出来ない。だから私はその場で提案に頷いて、短く簡素な礼を述べた。

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