◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆   作:タナゴコロ

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*2* 面倒事は忘れた頃に。

 

 

 この兵舎に記憶喪失の不審者として身柄を引き取られたのが、五月の中旬頃。六月に見習い騎士として配属されてから今日までで約二ヶ月が経った。現在は海底出身者には日射しが洒落にならない八月上旬だ。

 

 人間社会での生活に慣れられたのは良かったものの、残念ながら市井の人間から聞ける“王子様”の噂話は段々と先細り、有力な情報を選別すると大した情報が望めなくなってきた感があるな……。

 

 二ヶ月の中ですっかりお定まりになったオズヴァルトとの朝の鍛錬を終え、朝食を済ませた午前中の巡回に出かける組と、書類仕事のために登城するオズヴァルトを見送ったのちに、今度は鍛錬場にて午後の巡回組と手合わせをするのだが――。

 

「なんだ、もう終わりなのか?」

 

 常から私に及ばない連中は、オズヴァルトのお陰で八日前に安眠出来る部屋と、海底から持ち出したものの中で、唯一ここに運び込んだグングニルを枕許に立てかけられる権利を得て絶好調な私の前に、為すすべもなく倒れ伏していく。

 

 その数ザッと十五人。夏の暑さでバテているとはいえ、地上の暑さに慣れていない人魚の私一人を相手に十五人で歯が立たないのは、些か情けない。

 

 毎朝のオズヴァルトとの鍛錬で、すっかり動きをマスターした剣での模擬戦は、慣れてしまえば海底で毎日のように弟達と行った槍での模擬戦よりも数をこなしやすい……気がする。あくまでも、気だが。何よりもまだアイツから一本も取れていないことが悔しい。

 

 しかし死屍累々とばかりに地面に突っ伏した同僚達は「うるせぇよ、この体力馬鹿が」「個室の奴はやっぱ質の良い睡眠が取れるからな……」「人外かよ」「同じもの食ってるはずなのによぉ」などなど。いずれも国を護る騎士団員とは思えん情けない言い様ばかりだ。

 

 けれどそのやる気のない口調とは裏腹に、ここの連中は筋は悪くない。海底の弟達には遠く及ばないが、それでもやはり人間の中ではかなり強い部類だろう。

 

 ただ一つ問題なのは、そこそこ腕が立つせいで相手との力量差を瞬時に悟って諦めてしまうところだろうか? これではいざという時に役に立たない。――まあ、仇討ちをする身としてはその方が都合が良いのだが……。

 

 私も元が海底では弟達や他の人魚を従えていた戦士だったせいか、どうしてもやる気のない兵士は叩き直したくなるのは自然なことだ。しかし、敵の能力の底上げを手助けするのはやはり少し躊躇われる。

 

 地面にダラリと身体を投げ出したまま、立ち上がることも億劫そうな同僚達を横目に時計を見れば、まだ昼食までは四十分ほど時間が残っていた。けれど私の相手をしようという物好きな連中は大方のしてしまったし、さてどうしたものかと思案していると――。

 

「へえ、大したもんだ。うちの連中が良いようにやられちまってるわな」

 

 突如として真後ろからかけられた聞き憶えのない声に、思わず腰の鞘に戻していた模擬剣の柄へと手を伸ばした――が。

 

「まあまあ、そうカッカしなさんな」

 

 という飄々としたその声の主に、柄にかけた右手の甲を押さえ込まれる。その瞬間私はかつて感じたことのないような、背筋にザワリとくるものを感じて、抜剣出来ないことに焦った。

 

 そこで剣が抜けないのならと、声の主の方へ左後方へ重心を下げて当て身の体制を取ったのだが、それも「おっと、うちの連中と違って諦めないね」と難なく動きを読まれて封じられてしまう。

 

 ……というか、相手の背丈がオズヴァルト並みにあるのか、後ろから覆い被さられる状態になっている。そのせいで顔も見えない。見ず知らずの男に簡単に背後を取られた悔しさから、私は冷静さをなくして、思わず“この無礼者!”と叫びそうになった。

 

 ――しかし。

 

「バティスタ団長、あまりアルバをからかうのは止めてやって下さい。そいつは記憶をなくしているせいで気が立ちやすいので」

 

 これも背後からの言葉で顔は見えないが、今度は聞き馴染んだ声が私を羽交い締めにしている男を制止した。その声に私を拘束していた男の腕が緩み、少しだけ身体の自由がきくようになる。

 

 オズヴァルトは確か今、この男のことを“団長”と呼んだ。普通に考えてここで一番偉い人間だが――……そんなことは知ったことか!! 私は即座に剣の鞘尻で男の脇腹辺りを突き上げた。

 

 ――が、これも読まれていたのか手応えが浅い。舌打ちをする私の頭上から「おお、オズヴァルト。お前さんのお気に入りは随分とイキが良いな」と笑う男の声を聞いて歯噛みする。非常に悔しいがこの男と私の間には、目の前で地面に突っ伏している同僚と私くらいの力量差があるだろう。

 

 子供のようにあしらわれ、悔しげに舌打ちした私を見ていた同僚達が「流石団長! アルバ相手に俺たちの仇を取ってくれたぞ!」「城詰めでも鈍っちゃいませんね!」「中年の星!」と大盛り上がりだ。……明日からはそんな無駄口を叩けないようにしてくれる。

 

 私がそんな感情を視線に乗せて同僚達を睨み付ければ、スッと潮が引くように静かになった。まったく、馬鹿共め。

 

 外野からの声に「はっはっ、もっと私を讃えろ悪ガキ共」と悪ふざけをする男の手から今度こそ逃れ、距離を取って振り返る。そこに立っていたのは、金髪の中に銀髪が混じった髪を後ろで短く束ねた、彫りの深い顔立ちの中年男だった。

 

 面白そうに細められた赤みのある茶の瞳からは、こちらのことを異物として認識していることがありありと見て取れる。だがそうまで露骨な認識をしておきながら、不思議と敵意のような感情は読み取れない。

 

「悪ふざけを止めるのが遅くなってすまない、アルバ。こちらの方はこの騎士団の団長で、俺達の上司であるカルロ・バティスタ殿だ。今日は城での仕事が少し早く済んでな。どうしてもお前の顔を見ておきたいと言うのでお連れした」

 

 やや疲れた様子のオズヴァルトがそう説明をするのを見届けた男は、ニッと人好きのする顔で笑いながら「ま、そういうことだ。よろしくな新入り」と握手を求めて手を差し出してきた。

 

 私が無言でその手をはたき落とすと、オズヴァルトは渋面になり、男はさもそれが面白いと言わんばかりに笑みを深め「よしよし、それじゃあせっかくの昼飯時だ。私も久々にこっちで飯を食べよう」と声をかければ、それまでへばっていた同僚達が一斉に立ち上がって食堂へと駆け出す。

 

 その背中を呆れた表情のオズヴァルトが「おい、団長の前で見苦しい真似をするな!」と追いかけていく。すっかり興醒めになった私はそんな連中の背中を見送りながら鼻を鳴らしていたのだが……真っ先に同僚達と一緒に食堂へ向かうかと思われたカルロ・バティスタは、何故かこの場に残っていた。

 

「お前さん、アルバ……だったか?」 

 

 こんな得体の知れない男と私を二人で残して去ったオズヴァルトに、内心で毒を吐きつつ「ああ」と短く答えると、男はさっきまでとはまた少し違った真意の汲めない笑みを浮かべる。

 

「まあ、そう怖い顔をしなさんな。お前さんの話は、二月前にオズヴァルトが拾ってきた頃から私の耳にも入っていたんだ。どの道顔を合わせようとは思ってたんだが……ちょっと【虫の知らせ】があってな。半信半疑で覗きに来たら、まさか本当に地上(ここ)で“同郷”の“同種”と会えるとは思ってもなかったぜ?」

 

 その意味深な発言と、さっき感じた違和感の正体に背筋が戦慄く。そうしてそんな私の反応に気付いたのか、少しだけ屈んだ、クソ親父と同年代の男であるバティスタの瞳孔がキュウッと小さくなる。

 

 その瞳孔の収縮した様は、私が時折弟妹達から怖いと注意を受けたものと同じ、同種(サメ)の目で――……恐らく海底にいた頃の私より遥かに発達した鰭を持っていただろうと思わせた。一度だけブルリと大きく背筋が震え、野生の勘が告げる強者との戦いを望む戦闘欲求なのだと分かる。

 

「だがな、お嬢ちゃん。何をしに来たのか詳しくは訊かんが、くれぐれも地上で余計な騒ぎは起こさんでくれよ?」

 

 そう耳許で低く囁きかけ「さてと、昼だ昼だ」と笑いながらオズヴァルト達のあとに続くカルロ・バティスタ。しかし私はその言葉の衝撃に無言でその場に立ち尽くす。

 

 ――あの男にこの企てが知られれば、確実に私を殺そうとするだろう。

 

 そして人間界にいながらあの地位を得るまでに登り詰めた同族の男を相手に、例えグングニルを手に戦おうが私も無事では済まないはずだ。これが私達“サメ族”が好む一対一の死合いであるならば、それでも構わない。

 

 けれど私は末妹の仇討ちに地上(ここ)までやってきたのだ。その悲願を達成させようとするのなら、あの男と直接対決をすべきではないだろう。

 

 ――正体がバレた以上、もうここにはいられない。

 

 再び暗雲の立ちこめる状況になった今、それだけがはっきりと、考えることが苦手な私にも分かる唯一のことだった。

 

 

***

 

 

「おいオズヴァルト、食堂のおばさんの手伝いをしたら酒をもらったんだが、お前も一緒に飲まんか?」

 

 私の突然の来訪に、城から持ち帰った書類を片付けている最中だったオズヴァルトは「……ノックをしろと言っているだろう」と呆れた声を出したが、そんなことは気にせずさっさと部屋へと滑り込む。

 

 今日は昼間のこともあり、午後からの巡回を終えて兵舎に戻ってからもエレオノーラの店に行く気にはなれず、夕飯も兵舎の食堂で済ませた。その際におばさん達の手伝いをして得た酒二本を手にオズヴァルトの部屋に来たというわけだ。

 

 ちなみにもらったのは恐ろしくアルコール度数の高い酒で、おばさんいわく『どうせ酔い潰れるために飲むんだろう?』とのことだった。

 

「どうせ隣のドアが開く音が聞こえていただろう? だったらここへ来るのはオレくらいしかおらんだろうが」

 

「そうだとしても、マナーだ」

 

「いつまでたっても口うるさい男だな……。まあ良い、お前が飲まんのならファビオ達のところにでも――、」

 

 何も説教を受けるつもりで酒を持ってきたわけでもないので、さっさと楽しく飲めそうな部屋に退散しようと踵を返しかけた私の背に、

 

「待て、誰も飲まんとは言っていない。すぐに仕事を片付けるからその辺で大人しくしていろ」

 

 と、少しだけぶっきらぼうな声がかけられる。そのことににんまりとしながら振り返った私を見て、オズヴァルトは苦虫を噛み潰したような愉快な様相になった。

 

 十五分ほど待たされた後、用意してきたお互いのゴブレットに並々と酒を注ぎあう。その段になって、ふとつまみをもらってくるのを忘れたことに気付いたが、オズヴァルトは私の失敗など心得たもので、自室に置いてあるつまみになりそうなものを分けてくれた。

 

 最近でお互いの身に午前中起こった面白い出来事をもつまみにして、二杯、三杯とゴブレットの酒をあおるうちに、段々と話す話題も尽きてきて、途中からはただ酒を注ぎあって無言で飲んだ。

 

 だが何となく、今夜ここを訪れた本当の理由であるカルロ・バティスタの話を持ち出すことは出来ずに、ただただ差しで飲む時間は過ぎて。

 

「……疲れが溜まっているのか今日は酒が回る気がする。これ以上飲むとお互いに明日に差し障るだろう。そろそろ部屋に戻れ」

 

 二本のうち一本を空けきり、もう一本も残すところお互いのゴブレットにあと一杯ずつというところで、オズヴァルトが切り上げの合図を出した。こんな量を残したところでどうということもないだろうとは思ったものの、私がここに残していけるものなど他には何も思いつかなかったので――。

 

「ああ……そうだな。それじゃあお休み、オズヴァルト」

 

 いつの間にか自然に浮かべられるようになった笑顔でそう告げた私は、翌早朝、誰にも告げることなく二ヶ月を過ごした騎士団の兵舎をあとにした。

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