◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆   作:タナゴコロ

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◆四章◆
*1* 奇妙な組み合わせ。


 

 朝から甥っ子達に鍛錬をつけてやり、妹や弟達の妻とアフタヌーンティーとやらを楽しんだのち、自室のベッドで日課である妹の遺した短剣の手入れをしていると、遠慮がちにドアがノックされる。

 

 磨きすぎてやや持ち手の丸くなった短剣をベッドに置いてドアを開けると、そこには人間換算すれば私より頭一つ半ほど背の高い、セイルフィッシュを祖に持つ一番上の弟の姿。その隣にはバラクーダーを祖に持つ二番目の弟も並んでいる。

 

 触れれば切れるような冷たさと熱しやすい獰猛な一面を持つ長男と違い、陸でも海底でも見慣れた雰囲気で平時でも気難しそうな次男の面立ちは、やはりどこか海底(ここ)にはいない人物を思い起こさせる。

 

 そして今が陸で初めて奴を見た時とまるきり逆の立場であることに思い至り、そのことに苦笑した私に真面目な弟達が小首を傾げる。それに対して軽く首を横に振れば、察しの良い弟達はそれ以上何も訊こうとはせずに、頼んでおいたことの報告に移った。

 

「姉上、海上にいたカモメ達に訊いたところ、どうやら近々王城で何か動きがあるようだ。姉上が陸にいた頃から経過した期間を考えると、おそらく戴冠式に関することで間違いないだろう」

 

「兄上の言葉に付け足すならば、カモメ達もまだ詳しい日取りは把握出来ていないそうです。しかし二日後までには必ず確かめて来るようにと伝えておきました。この先も海上で安全に羽根を休めていたいなら、と」

 

 この近海で私が幼い頃から鍛え上げた弟達に脅されて、さぞカモメ達も恐ろしい思いをしたことだろう。武力だけの私を補うように頭脳もきっちり鍛えた上二人の弟達は、特に頼りになる。

 

 たとえこの仇討ちを果たして私がいなくなったとしても、おいそれとこの海域に仇なせる馬鹿は出ないはずだ。

 

「そうか、分かった。日中に海上へ顔を出すような危険な任務を、お前達二人に任せてしまってすまないな」

 

「この程度……姉上がこれまで尽力されてきたことを思えば、何でもない。姉上の為とあらば我等弟妹、たとえ六海の王を敵に回しても構わないと思っている」

 

「兄上の仰る通りです。本当なら戴冠式にもお供したいところだ」

 

「ふふ……それは心強いが、何度言っても同行はさせんぞ? これは私の我儘なのだ。それに付き合うお前達に何かあっては本末転倒になってしまう。決して危ないことはしてくれるな。分かったか?」

 

 やんわりとだが確実について来ることを拒否しておかなければ、弟達は本当に陸に侵攻しかねない。二人は私の言葉に「――ああ」「……了解しました」と、かなり不承不承という風に頷いた。

 

 そんな両者の頭を撫でてやろうとしたものの、少し伸び上がらなくては撫でられないことに気付き、そういえばもう二人ともそんな歳でもないかと思い直して伸ばしかけた手を引っ込める。

 

 だがそんな私の反応に気が付いたらしく、わざわざ少しだけ屈んだ弟達が可愛くて。口では「いくつになっても仕方のない弟だな」と言いながら乱暴に撫でるが、内心では悪い気はしなかった。

 

 しかし今まで柔らかだったその視線が不意に殺気をはらみ、私を通り越して背後に向けられたことで来訪者の存在に気付く。魔力の動きに鈍い私は弟達にやや遅れる形で部屋の隅へと視線を投げた。

 

 姉弟そろって同じ方向に視線を集中させていると部屋の隅がグニャリと歪み、そこから赤いリボンのような触手が現れる。殺気立つ弟達を手で制して、来訪者が空間に開いた穴から産み落とされる瞬間を眺めた。

 

 程なく「あら、今日は随分とお出迎えが豪勢ね~?」と少し間延びした声を上げて、時空と時空をねじ曲げてこの部屋に繋いだ緑海の魔女が姿を現す。ふわりと軽やかに翻る触手は優雅で、緊張感と殺気で張り詰めるこの部屋には不似合いに感じるが、個体の特徴であれば仕方がない。

 

 全体的に乳白色の肌をした《海のイラクサ》とも呼ばれるクラゲの魔女は、おっとりとした口調で「ご機嫌よう? ジェルミーナ姫」と微笑む。スキュラの魔女(ババア)とは違い時を止めて老けないようにしている分、この魔女の方が質は悪そうだ。

 

 警戒心を剥き出しにする弟達に「私は少し魔女殿と話がある。用が出来れば呼びに行くから、お前達は引き続き玉座のお守りをしておいてくれ」と言付けて、まだ何か言いたげな二人を部屋から退室させる。

 

 当初はスキュラの魔女(ババア)がいなくなったせいで、絶望的になったかと思われていた地上行きは、今から一週間前に突然姿を現したこの緑海の魔女のおかげで再び実現の目処がついた……のだが。

 

「弟達が部屋にいる時は出てくるなとあれほど言っておいただろう? 何故わざわざ命を危険に晒すような真似をするのだ貴様は」

 

「まぁ、いやだわ。それは以前も言いましたでしょう?」

 

「……あのスリルがどうとか言う話か。理解に苦しむ」

 

「ええそうですわ。やっぱり憶えておいでではありませんか。長い刻を生きるのには起伏がないと、飽きてこの身体が溶けてしまうわ」

 

 げんなりとするこちらとは裏腹に、にっこりと妖艶に微笑む緑海の魔女に背筋がざわつく。本来なら陣営に引き入れたくないような、腹の底の読めない薄気味の悪い奴ではある。

 

 しかしながら現状尾ひれを二本の脚に変えるには、この他海域の魔女の手を借りる他に道がないのだ。諦めを胸に溜息を吐いたこちらを見て、緑海の魔女は「物憂げなこと」とのたまい、私が手にしたままだった短剣に視線を移すとそれまでとは少し違った趣の微笑みを浮かべた。

 

 その違和感に私が言葉をかけるよりも早く、急に緑海の魔女は「ジェルミーナ姫、本当にワタシが呪いをかけてもよろしいの?」と今更な質問を投げかけてくる。面白がる響きの含まれた魔女の問いかけに、弟達を部屋から追い出していて正解だったと心底思う。

 

 それというのも弟妹達は未だに私の地上行きをよく思っておらず、隙あらばこのクラゲの魔女を亡き者にしてでも計画を潰そうと狙っているからだ。

 

「くどいぞ緑海の魔女。このジェルミーナ、今更怖じ気づいたりせん」

 

「あら、そう? お父様と違って勇敢なのね~。あの方ったらワタシの声を聞いただけで“部屋に一歩も近付けるな”と衛兵さん達に命じたそうじゃない。元・妻に対してひどいと思いませんこと?」

 

「チッ……何が元・妻だ、忌々しい。貴様は誰ぞから仕事を請けてこの海域に潜り込んだだけだろう。それと……次にクソ親父と比べることがあらば、貴様の自慢にしているその触手を全部もぐぞ?」

 

「ウフフ……怖い怖い。でも、それくらいの方がスリルがあって痺れるわ~。心得ましたわジェルミーナ姫。この緑海の魔女の呪い、とくとご覧に入れましょう」

 

 口では殊勝なことを言いつつ、フワリと優雅に一礼する様は慇懃で。こうしてみると、何を欲しがっているのかすぐに口に出すスキュラの魔女(ババア)はまだ人魚が出来ていたのだなと妙な納得をしてしまった。

 

 けれど今更いなくなった不届き者に追っ手かけるのも無駄だろう。元より魔女などという怪しい存在がいなくとも、この海域は私の可愛い弟妹達とその家族がしっかりと治めているのだから。

 

「精々その口だけではないこと証明して見せよ。それと報酬の話だが、支払う物は以前貴様が言っていたもので変わらないな?」

 

「変更はありませんわ。姫さまが仇討ちに成功したらワタシは何も受け取らず、もしも失敗した場合にはかけていた人化の呪(まじな)いが解けて、人間達の目の前で本当の姿を晒す。そうなったら……どうなることでしょうね?」

 

 秘め事でも囁くようにうっとりとした表情で、美しいリボン状の口腕(こうわん)を翻して舞を舞うようにクルクルと私の周囲を漂う。その姿は楽しい宴席での酒に酔ったようであり、或いは片恋に身を捩る若い娘のようでもある。

 

 初めてこの部屋に緑海の魔女が現れた時。魔女は自身に宿った魔力のせいで長く一人で生きることに飽きたのだと笑っていた。緑海ではもう魔女を必要とする輩があまりいないらしく、退屈しているのだとも。

 

 だとしたらこれは、端からどこまで歪な取引に見えたところで、きっと対等な関係なのだろう。

 

「どうなるも何も、戴冠式に乱入した気狂いが化け物の正体を現すだけだ。普通に考えてその場で殺されるだろうな。どうだ、スリルがあるだろう?」

 

 当たり前のようにそう吐き捨てた私の言葉に、緑海の魔女は「ええ、きっとその通りだわ」と嬉しげに笑った。

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