◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆   作:タナゴコロ

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*4* 敵を知……憶えきれんぞ?

 

 

 私が身柄をオズヴァルトが副団長を勤める騎士団に留め置かれてから、今日でもう早二週間目。一週間目と同じように、無駄な時間ばかりが過ぎて焦っているかと問われれば……意外なことにそうでもない。

 

「お~、これも正解! 今ので二十九問連続正解! アルバさん、次でいよいよ最終問題ッスよ。心の準備は良いッスか」

 

「よし……来い!」

 

「では、最終問題いくッス! “ここサヴィニア国は海に面した土地柄塩分を含んだ土質が多く、一般の農作物に適した土地が少ないですが、そのおかげである農作物がよく育ちます。その農作物とは?”これは複数回答ありなんで、一種類だけの回答もありッスよ」

 

 兵舎にある下級騎士や従騎士の見習いが集う一角にある一室で、今まさに奇跡が起ころうとしていた。目の前で分厚い本を抱えたまま出題をしているのは、私の同室であるファビオ・アネーリオ。十六歳のファビオは黒いつり目と、耳が隠れる長さの黒髪をした小柄な少年だ。

 

 しかし七番目のネコザメを祖にする弟に少し似ているので、他の奴よりは幾分心を許している。そんなファビオが出した、割と易しい難易度の最終問題に「……トマト?」と我ながら自信のない声で答える。

 

 すると――大きく一つ頷いたファビオが分厚い本の表紙をパタリと閉じ、やや勿体ぶった溜めを入れて「――正解!」と親指を立てた!

 

 次の瞬間私の背後で「マジかよ!?」「うわ、絶対今回も駄目だと思って賭けてたのに!」「ふざけんなファビオ、簡単すぎんだろー」とか散々好き勝手なことをのたまう同室の連中。

 

 ファビオだけは「ついにやったッスね! おめでとうッス!」と拍手をしてくれる。うんうん、伊達にうちの弟に似ているわけじゃないな。背後の連中は紙切れになった賭け札の枚数分殴ろう。

 

 ファビオに「ありがとうな」と笑いかけてから、背後を振り返って「ふふふ……お前らは覚悟しておけよ?」とにっこり死刑宣告(ホオジロスマイル)を叩きつけてやる。途端にピタリと騒ぎ立てるのを止めて震え上がる馬鹿共。

 

 しかしちゃっかりと「さあ先輩たち、とっとと僕にあり金を払うッス! あと、約束通り僕とアルバさんのトイレ掃除当番も一週間よろしくッスね~」と鼻息荒く言うファビオに、ちょっと苦笑してしまった。どうやらちゃっかりものなところも弟似だな。

 

 さて、何故こんなところでこんなお遊びをしているかと言えば、実はこれも私にとっては立派な鍛錬の一つだ。肉体的なやつでなく、知識系の。では何故こんな面倒なことをやらされているかというと――、

 

「でもこれでようやくこの国での一般知識が頭に入ったから、副団長から僕たちと一緒に市街の巡回に出る許可がもらえるッスね!」

 

 ――ということなのである。

 

 考えてみれば記憶喪失でなかろうが、私にはこの国の基礎知識なんて全く入っていない。海底出身者でここに来たのも妹の仇討ちであり、観光が目的でないのだから当然だ。本来であればこれから先知らなくとも、何の問題もない。

 

 しかしオズヴァルトの奴はそうは思わなかったようで、私を含めて五人、抜いたら四人になる同室の連中に毎日三十問の謎かけ形式で出題させているのだ。内容は毎日変わり、連続全問正解した時点で合格となる。

 

 当の本人は一週間目までは割とつきっきりで騎士団の兵舎や鍛錬場などの案内をしてくれていたのだが……途中で城詰めの団長に呼び出しをくらってから、朝の砂浜での鍛錬以外には顔を合わせていない。うっかりしていたが、アイツはそういえば副団長だったな。

 

 けれどそのおかげで私の面倒を見る人間がいなくなり、兵舎の部屋に半ば監禁状態で勉強させられる日々が続いた。……それがいつの間にかこんな賭けの対象に発展したのは、まったくもって度し難いが、うちの弟達もこういった賭けは好きだったから仕方がない。

 

「今日の午後の巡回前に僕から副団長に伝えるッスから、早かったら明日か明後日の巡回には一緒に出られるッスよ。楽しみッスね!」

 

「ああ、オレもファビオと巡回に行けるようになれば嬉しいぞ」

 

「へへっ、僕もアルバさんと巡回出来れば怖いものなしッス!」

 

 そうニコニコと人懐っこい笑みを浮かべるファビオは、最初会った時とは別人のように明るくなった。今になって思えば、オズヴァルトが不審者通報を受けて捕獲に出向いた私の身柄を預かろうと考えたのは、このファビオや、コイツのように出身階級の低い下級騎士達のためだったように思う。

 

 当初放り込まれたこの部屋は、今よりずっとギスギスしていた。ファビオはずっとオドオドと私の後ろにいる“先輩”連中に使い走りにされたり、理不尽な理由で小突かれたりと……考えてみれば、末端の見習い連中にまで上司の目が届くことはなかったのか、ここも結構腐っていたな。

 

 僅かでも家の格が上であれば下の者をいたぶる。如何に志の高い言葉を口にする騎士団といえども、集団になれば群集心理が勝るのは自明の理。そんな汚い感情が蔓延するこの一角に私を放り込んだのは、いわばショック療法のようなものだったのだろう。

 

 記憶喪失の不審人物として私が放り込まれた初日は、なかなか面白かった。なにせ気にくわないことを求められたら、記憶喪失を言い訳にして下らん馬鹿共をボコボコにしてやれたからな。手始めにこの部屋で。

 

 若干物足りなかったのは言いがかりをつけてくる他の部屋の連中も、三日ほどでいなくなったことだろうか。骨のない連中だ。しかしまあ、そのおかげでイジメのような使い走りの因習もなくなり、私の弟に似たファビオが笑顔を取り戻せたのであれば良い。

 

 ――海底で心配しているであろう弟妹達よ、姉様は復讐を果たすために、地味だが着々と頑張っているからな……。

 

 

***

 

 

 ファビオ達との昼食のあと、誰もいなくなった兵舎の部屋で一人この国の歴史が書かれた本を読み飛ばしつつ、気になった頁にしおりを挟んでいたものの、腹の虫が空腹を訴えたので窓を見れば、いつの間にか外は真っ暗になっていた。

 

 しおりを挟んだ頁の内容を軽く読み込んでから、唯一兵舎の外に出られない私が好きに出入り出来る食堂に向かえば、すでに夕食の準備が出来るからと呼び止められたので皿を並べる手伝いをする。

 

 少しだけ余った時間を使って軽くつまみ食いをさせてもらい、食堂のおばさん達と世間話をしているうちに玄関が騒がしくなり始めた。食堂の中から廊下を覗けば、鍛錬場から戻ってくる連中や、巡回に出ていた連中が戻ってきたのか続々とこちらにやってくる。

 

 その中に奴の姿を見つけた私が声をかけるよりも早く、こちらに気付いたオズヴァルトが部下達から離れて近寄ってきた。

 

 椅子を引いて隣に座ったオズヴァルトは、おばさんから焼き立てパンの入った籠を受け取り、そこから私の皿と自分の皿に一つずつ取り置く。

 

 私は変わりにオズヴァルトのゴブレットにワインを注ぎ、どちらからともなくゴブレットをぶつけ合う。そして無言のままゴブレットの中身を一気にあおってパンを一口頬張り、両隣から回ってくる蒸かしたジャガイモと、ソーセージ、たっぷり魚貝類の入ったパエリアをお互いの空いた皿に取り分けていく。

 

 これがこの二週間で手に入れた、男所帯の騎士団(ここ)で食いっぱぐれないための連携プレーだ。毎日この瞬間は弟達との食事風景を思い出す。

 

 食事を始めて十分ほど経った頃、四杯目のワインをゴブレットに注ぎあった時に、ふと思い出したようにオズヴァルトが口を開いた。

 

「そういえばアルバ、午後の巡回前に受けたファビオからの報告によれば、渡しておいた課題に合格したとあったが本当か?」

 

 その口調は値踏みをするというよりも、暗に意外だという心情が現れている。ここが海底(ホーム)なら魔槍で貫いて海龍のエサにしているところだ。

 

「おい……普通そこで不正を疑うか? 何だと思ってるんだ人の努力を。大体その方法を提示したのもお前だし、オレからの自己申告じゃないんだから、本当に決まっているだろ?」

 

「そうか……いや、今まで散々かかったから少し心配になっただけだ。不正をしていないなら構わん」

 

 “いや、この場合、今の言い様に構うのは私の方だろう”という言葉はグッと飲み込んでおく。コイツに悪意があってのことではない……たぶん。

 

 そこでさっきのコイツではないが、ふと夕食前に読んでいた本のしおりを挟んでいた頁を思い出して、騎士団の人間なら知っているだろうという安直な思考で、五杯目のワインを飲むオズヴァルトに「そういえば、あの本のことなんだが、この国の王族に関しての記載が少ないな?」と訊ねた。

 

 本番はまだ二年後とはいえ、倒す敵の情報は多い方が良い。

 

 するとオズヴァルトは一瞬“何だそんなことか”という表情を浮かべてから「あれは入門書のようなものだからな。他国と違いこのザヴィニアは特殊な成り立ちで、玉座は一つの家系だけで護られているわけではないのだ」と謎の発言を残したせいで、明日からの話は半分も頭に入らなかった。

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