◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆   作:タナゴコロ

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★8★ 部下への疑惑。

 

 

「ええ~、今日もここで食べないで彼女のとこに行くんスか?」

 

「あ~……悪い、ちょっとな。明日の晩飯はこっちで食べるから、な?」

 

 午後の巡回を終えて夕食に向かった食堂の入口付近から、そんな会話が聞こえてきた。一瞬やましいことなどないはずなのに、俺は廊下の柱の陰に身を隠す。

 

 声の主がファビオに困ったようにそう返して立ち去る足音を聞いて、ほんの少しだけ胸を撫で下ろす自分がいることに気付いた。ざわざわと騒がしい中でも声が、背の高い団員達に紛れていても髪が、ふとした瞬間に目と耳につく。

 

 理由はだいたい分かっているが、然りとてまだ確信も持てていないことを口にして、相手とのこれまでの関係性が壊れることが、連日言及しようとする俺に二の足を踏ませたのだ。

 

 こんなことを感じるようになった発端は、約三週間前に遡る。すっかり習慣になりつつある早朝の鍛錬の場所に、あいつが……アルバがいないことから始まった。

 

 しばらく周囲を捜索したもののどこにも姿がなく、やっと岩場ではためいている見慣れた服を見つけて近付いてみれば、中身はもぬけの殻だ。

 

 神経の図太そうなアルバに限ってそんな心配はないと感じつつも、目の前が海であるこの場所や、あいつが置かれた状況が状況であるだけに嫌な予感がして、焦る気持ちを抑え込んで砂浜を探し回った。

 

 そしてそんな俺の視界に、海の沖から驚いた様子で顔を覗かせるアルバの姿が見えて……気がつくと苦手なはずの海へ肩まで浸かっていたのだ。まあ、結局のところはすぐに波に足を取られて、溺死する寸前に助けに入ったはずの相手に助けられたわけだが――。

 

 あのときにはすっかり気が動転していたせいもあり、諸々のおかしな事態に突っ込む気力もなかったが、三日ほど溺れる悪夢を見続けた結果、あの日の出来事について幾つか思い出したことがある。

 

 その一つ目の疑問は、見上げたアルバの喉元。あいつの喉には、本来男であればあるはずの喉仏がなかったのだ。元々出逢った頃から、体格の割に声が高いとは感じていたが、すらりとした首は思っていたよりも細く、ともすれば女性的ですらあった。

 

 二つ目は、俺の鳩尾の上で組まれた腕だ。アルバの腕は男のそれとは違い白くて華奢だった。三つ目はあの肌の柔らかさと、水中に見えたスネだ。筋肉質ではあったが体毛が極端に薄かった。男でも体毛が薄い者や、身だしなみに気を使って剃る者もいるが……前者では体格が、後者ではアルバの性格的に考えにくい。

 

 そして最後の四つ目は――……波間を漂うあの独特の浮遊感を、以前にもどこかで感じたことだ。最後の四つ目においては、別にそれがアルバに関係することではないだろうが、それでもどこかに引っかかるものを感じたのは事実だ――と。

 

 これだけではまるで変態の独白のようだが断じて違う。団長がほぼ留守であるこの騎士団において、副団長である俺が団員のことを気に留めるのは当然のことだ。

 

 水臭いとは思うが、これが単に俺の勘違いであるか、記憶のないアルバがここにしか居場所がないせいで性別を偽っているだけなら構わない。

 

 ただ最近のアルバは何を調べ回っているのか、一日の仕事が終われば兵舎を抜け出して、数時間どこかへと姿を眩ませる。出て行く際は武器の類は一切持っていない様子なので、特に人道に外れたことをしているわけではないだろう。

 

 仮にバティスタ団長の言うように他国の間者だとしたら、とも考えなくはないものの、どこかそういう人種からする澱んだ“匂い”のようなものは、あいつからはしてこない。

 

 しかしそれは要約すれば、あまり隠し事が出来るような賢(さか)しさがないということでもあり……。こんなことを本人に言えば、絶対にただでは済まない制裁を加えられるだろう。

 

 だが実際どこに行っているのか気にはなったので、気配に気づかれない限界の距離を保って尾行したこともあるにはあった。けれどアルバが辿り着く先は、ここ三週間決まってあのアルバが助けた娘の店だ。

 

 まさか普通の大衆向けの食事どころで密偵が動くとは考えにくいが、バティスタ団長の疑うように出自を偽っているのだとすれば、ことは思いのほか厄介かもしれなかった。

 

「これはただでさえ微妙な時期に、厄介なことを呼び込んだか……?」

 

 今年の四月頃に次の王位を戴くはずだったフォンタナ家の長子が駆け落ちした。現国王はドラーギ家の出身だが、年齢を鑑みてもそろそろ穏やかな余生を送らせて差し上げたい。

 

 そうなると玉座が実質空位になっている今、他国からの政治介入という横槍を受ければ、元々一枚岩でないザヴィニアは混乱期に入る。勿論そうさせないためにも現在水面下で、二年の戴冠式の先送りのもと捜索を続けてはいるのだが……他国に協力者でもいるのか、未だその足取りの一つも掴めていない。

 

 そのせいで一時期なりを潜めていた、領地から一度帰省するようにとの母の手紙が復活しつつあるのも厄介だ。二年後にフォンタナ家が間に合わなければあるいは、とでも思っているのだろうか?

 

「父が死んでもう十四年だというのに……今さら玉座や王冠など、何の魅力があるというのか。あの人にも困ったものだな」

 

 苦笑混じりに躾に厳しかった母の顔を思い出そうとしたものの、最後に顔を合わせたのは十年前に領地を出て行くと告げたあのとき以来で。父とは違い、思い出せるような母子の情も持ち合わせていない母が、今どんな姿になっているのかは、想像すらつかなかった。

 

 

***

 

 

 ――翌日の夕食時。

 

 

「アルバさん……今日はこっちで一緒に食べる約束だったのに酷いッスよ」

 

「そういうなファビオ、俺たちがいるだろ。それにこいつはもう俺たちの知ってるアルバじゃねぇんだ!」

 

「彼女持ちに用はない! とっとと彼女の手料理でも食ってこいよ!」

 

「そうだそうだ! もしオマエが手酷くふられたってなぁ、もう一緒に飯を食ってなんかやらんからな!」

 

 

 食堂を訪れた途端、入口付近で昨日よりもさらに人数を増やした団員達が、アルバを取り囲んで下らないやり取りをしていた。うちの騎士団は前までもう少し落ち着きがあったような気がするんだがな……。

 

 仲が良いと言えば聞こえはいいが、これだとただの知力低下に見えなくもない。というか、実質そうだろう。見苦しい男共の嫉妬の声に苦笑したアルバが「いやー、悪いな野郎共。実は明日も明後日も彼女と飯の約束をしてるんだ」と煽る。

 

 実際は何か調べごとに進展があって連日話を聞きに行くのだとしても、性別を疑うことがなければただ足繁く恋人に会いに行っているようにしか見えない。アルバはそれを逆手に取ることにしたようだ。

 

 次々に「裏切り者ぉ!」「新参者のくせにモテやがって!」「彼女に友達紹介してって言っといてくれ」などと、呆れるような発言が投げかけられる中で、ようやくこちらの存在に気付いた数名が姿勢を正し始めた。

 

 咳払いや肩をつつくといった不自然な情報伝達は速やかに進み、俺の前に不自然な空間が出来る。

 

 真っ直ぐアルバまでの道を作った団員達が、気まずそうに俺を見やるが「別にこんな程度で処罰を加えんぞ」と呆れた声で言うと、あっという間に「さすが副団長!」「裏切り者のアルバとは違う!」といった調子の良い発言をし始めた。やはり以前より団員達の緊張感が緩くなっているな……。

 

 それでも以前より団員達との距離感が近くなったのは嫌ではない。道の先に立っていたアルバが「おおっ、登場が遅いぞ副団長。さっさとオレに代わって寂しい独り者のコイツ等と一緒に飯を囲んでやれよ」と笑う。

 

「それは構わんがアルバ、お前も団員達をからかうのも、恋人に熱を上げるのも程々にしろよ?」

 

「オレとしても言われなくたってそうしたいんだが……コイツ等がな」

 

「出会いの少ない職場なんだ、許してやれ。それよりも今さら言うまでもないが、出かけるなら武器の所持は禁止、門限は九時だ。分かったなら、こいつ達のやっかみが再燃しないうちに早く行け」

 

「了解だ。この借りは今度返すから楽しみにしてろよ?」

 

 そう言ってニイッと唇をつり上げたアルバは「副団長のお許しが出たからもう行くわ」と団員達を煽って走り去る。

 

 残された団員達が口々に「とっととフラれろ!」「もげろ!」「自分だけ女の子とご飯とか狡いッスよ~!」とその背中に呪いじみたヤジを飛ばす姿を眺めながら、少しだけ……食事どころのあの娘はアルバの“本当の名前”を知っているのだろうかと。

 

 ――そんな詮無いことを考えている自分がいた。

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