「やっぱり空から戦場のど真ん中に舞い降りるのがベターかなぁ」
「やぁ主」
夜分遅く、僕が寮の自室でカッコいい陰の実力者の登場シーンを考えているとゼータが窓から入ってきた。
そこちゃんと鍵かけてたはずなんだけど。
磨き上げた隠密スキルを要らんところで使わないで欲しいものだ。
当の本人はどこ吹く風で僕のベッドにしっぽを擦り付けながらゴロゴロと喉を鳴らしている。
毛の処理が面倒だからマーキングはやめてほしい。
「今日はどうしたの?」
スタイリッシュに不法侵入をキメたゼータに用件を尋ねると、彼女は「ああ」と思い出したように口を開いた。
「主、ワンちゃんと一緒にお風呂入ったって?」
僕の脳裏に先日デルタが汚れていたため、髪を洗って上げた記憶がよぎる。
「久しぶりにワンちゃんと出くわしたらえらく自慢されてね、「メス猫はボスとお風呂入ったことないのです?」とか腹立つドヤ顔で煽ってくるものだから、ついカッとなってね」
何してくれちゃってんのデルタさん。
デルタとゼータは犬と猫の獣人だけあって、仲が悪い。
顔を合わせればしょっちゅう言いあいやケンカになる。
まぁ、大抵は最終的に単細胞なデルタをかなり頭のいいゼータがやりすごすのだが、今回はそうもいかなかったらしい。
「それで、なんでここに?」
「主がワンちゃんと一緒にお風呂に入って、髪を洗ってあげたって聞いてイラッとしたけどまだ我慢出来たんだ。けど、主、無法都市の女狐とも仲がいいみたいだね?」
ユキメのことかな?
先日耳かきしてもらった狐獣人のお姉さんを思い出し、僕は首を傾げる。
「ユキメ? 仲がいいって言うか、この前耳かきしてもらっただけだよ?」
「ふーん、あの女狐にお世話されてるんだ」
ゼータが僕の枕に顔を埋めながらジト目で睨んでくる。
さりげなく勝手に枕に顔をグリグリするのはやめてほしい。
姉さんが部屋に突入してきた時他の女の匂いがするとか言って超怖くなるから。
「しかも耳かきって膝枕でやるって聞いたよ?主が狐臭くなっちゃうよ」
デルタといい君ら狐の匂い嫌いなの?
以前デルタにもにたようなことを言われたことを思い出し、僕は頭を捻る。
「まぁ、そんな気にするほどの事でもないんじゃない?」
「……まぁいいや、主がモテモテなのは今に始まったことじゃないしね」
ゼータがベッドで横になりながら僕の枕を揉みつつ、うんうんと頷いた。
失敬な、普段モブを演じてる僕がモテるわけないだろう。
「それで? 結局今日は何しにきたの?」
僕がベッドに腰掛けながら尋ねると、ゼータは枕を揉むのをやめて僕に顔を向けた。
「主、私に耳かきしてくれない?」
「……え? いや、いいけど。なんで?」
耳掃除なんて医者に頼めばいいだろうに。
「いや、ほら、私って獣人だから」
「うん」
「獣人は耳とかしっぽを他人に触られるのが苦手な子が多いんだよ」
「へぇ」
僕はゼータのしっぽを手で掴みながら、ゼータの言葉に相づちを打つ。
僕には普通に触らせてくれるのにね。
「主は別さ、まぁそんなわけであんまり医者にも見せたくないから主にお願いできないかなって、ワンちゃんや女狐ともスキンシップ取ってたんだし、私もいいでしょ?」
少し迷ったがぶっちゃけ暇だし、ゼータのお願いを断る理由もない。
「いいよ、じゃあほら、おいで」
僕はベッドにあぐらをかいて座りながら足をポンポンと叩く。
獣人の耳は前を向いてるうえに頭の上にあるので、膝枕では耳掃除がしにくそうだからだ。
「やった、お邪魔しまーす」
ゼータが僕のあぐらの上に頭を乗せて寝転がった。
なんか今日は甘えるね、君。
僕はゼータの耳を軽く摘まんで、耳かきの体勢に入る。
入……る……
え?獣耳ってどうやって耳かきするの?
耳の構造が人間とは全然違う。
耳の内側の皮膚が人間よりかなり薄く、耳かき棒では傷をつけてしまいそうだ。
前世ではペットのジョンに耳かきする時は外側をコットンで拭いて内側は専用の洗浄液で洗っていた。
当然洗浄液何て今あるわけもないので、どうしたらいいものかと思案する。
「主?どうしたの?」
「ああ、いや、何でもないよー」
今更やっぱりできませんなんて言えないし、とりあえず外側を拭いてあげるか。
「じゃあまずは外側からね」
僕は指の腹で軽くゼータの耳を揉むと、化粧水で湿らせたコットンを滑らせ、汚れを落とす。
「んっ」
「あ、痛かった?」
ゼータが軽く身をよじったので、僕は慌てて手を止める。
「ううん、ちょっとくすぐったかっただけ」
ゼータの言葉に僕はホッとしながら再びコットンで耳の外側を拭いていく。
金色の毛並みをふわりと僕の指が撫でる。
普通の猫よりも毛がフサフサしている気がする。
手触りのよさに感心しつつコットンで拭いていく、外側はきちんと洗っているのかそんなに汚れは目立たない。
「いい毛並みだね」
僕は思わず呟いた。
「ふふん、そうでしょ?毎日の毛づくろいは欠かさないからね」
ゼータは自慢気に胸を張ると僕の手に頭をこすりつけてきた。
「じゃあ次は内側ね、ちょっと冷たいよ?」
僕は新しいコットンを湿らせてから耳の内側を拭いた。
やはり人間よりも皮膚が薄い、耳掃除は慎重にやったほうがいいだろう。
僕は注意しながらコットンで外側を拭いていた時よりさらに優しく拭った。
すーっ、きゅっ、きゅっ 耳の汚れがコットンに絡みつく。
「主、気持ちいいよ」
ゼータがゴロゴロと喉を鳴らしながら呟く。
僕は思わずしっぽに目を向けてしまった、ブンブンと千切れんばかりに揺れている。
デルタもだけどしっぽは正直だなぁ。
さて、そろそろ問題の耳の穴を見て行こう。
僕は綿棒を手に持ち、耳の穴へと滑り込ませた。
「んんっ」
ゼータがピクリと身体を跳ねさせる。
「あっ、ごめん痛かった?」
僕が慌てて指を引くと、ゼータはフルフルと首を振った。
「ううん、ちょっとビックリしただけ、もっとやっていいよ」
ゼータは僕の手に頭を擦り付けながら続きを催促する。
僕は再び耳の穴に綿棒を差し込み、軽く回しながら汚れを掻き出す。
すーっ、きゅっ、きゅっ、かりっ
「んんっ」
ゼータが僕の膝の上で身体をよじらせ、尻尾をピンと立てる。
僕は綿棒に絡みついた汚れを見て思わず息を飲んだ。
これは耳掃除し甲斐があるぞ。
けど、問題はここから。
ゼータの耳穴は本物の猫のように奥でL字に曲がっている、綿棒や耳かきじゃ届かないうえ目で見ることも出来ない。
どうしよう?
手前の所は綿棒で大分汚れを落としたので、あとは奥の掃除を残すのみ。
「主、どうしたの?まだ終わりじゃないんでしょ?」
ゼータは僕の膝の上に頭を預けながら首を傾げる。
僕は綿棒で手前の汚れを拭い取りながら考える。
奥の掃除は専用の道具が必要だ。
前世買ってたジョンの耳かきではペットの耳掃除用洗浄液をしばらく溜めてから流し出していたが、そんな物ここにはない。
「うーん」
僕は綿棒を耳から離し、少し考える。
そして閃いた。
ジョン、ジョン?ジョン・スミスだ!
僕がジョン・スミスに扮して偽札で稼ごうとした時魔力の糸で戦ったことを思い出し、指の先からその糸を放出するイメージをする。
「ふっ!」
僕の指先から魔力で出来た糸がゼータの耳穴に伸びる。
「にゃっ!?」
突然の感触にゼータは身体を跳ねさせて、僕を驚いたように見る。
僕は構わずそのまま魔力の糸を操作して奥の掃除を始めた。
「ちょっ!?主っ!?めちゃくちゃこそばゆいんだけどっ!?」
ゼータが首をすぼめてビクビクと身体を痙攣させる。
まぁ糸で耳壁をなぞられてるようなものだしね。
耳の穴を蛇のように這って奥に進む糸、考えただけで痒くなりそう。
「我慢してねー」
「ええっ!?」
僕はそんなゼータの様子に気をとめず、耳垢を取り除いていく。
魔力の糸で耳壁をなぞりつつまず小さな耳垢に巻き付けて掻き出す、この糸は便利だな。
しゅるっ、しゅるっしゅーっ!すぽぽぽんっ
「んにゃっ!?あっ!んんっ!主ダメだってぇぇっ!?」
ゼータがバタバタとベッドの上で身悶える、しっぽはピンと立ち、耳はピクピクと痙攣している。
僕はそんな様子に構わず耳掃除を続ける。
耳穴の奥、L字の先にある耳壁にこびりついた大きな耳垢を糸で絡め取り、そのまま引っ張る。
しゅるるるっ、ぐっぐぐぐっ
むぅ、なかなか取れないな。
下手に力を加えると耳垢が千切れてしまいそうだ、仕方ない。
僕は魔力の糸に回転を加えて耳壁と耳垢の間の隙間に滑り込ませる。
「ひにゃっ!?」
ゼータが再びビクンと身体を跳ねさせる、耳垢が剥がれたのだろう。
僕はそのまま糸を回転させて耳壁にこびりついた耳垢を更に剥がしていく。
しゅるるるっ、ぐっぐぐっ、ごそごそごそ……
徐々に耳壁から剝がれて行く耳垢、もうそろそろ取れるかな?
耳垢を巻き付けた糸をゆっくり耳壁から引き抜く。
ぐぐっ、バキバキバキッ!ずるっ
「んにゃぁぁっ!?」
ゼータが耳をピンと立てて叫ぶ、耳垢が取れたのだ。
僕は魔力の糸に巻き付いた耳垢を一本釣りのように引っ張り上げる。
よしっ、大物ゲット。
僕はゼータの耳穴から摘出した巨大な耳垢を見て満足気に頷いた。
「ゼータ、取れたよ」
僕はゼータの目の前に耳垢をぶら下げる。
いや、これホントに大きいな。
耳垢は直径が1センチ近くあり、ゼータの耳は真っ赤になっている。
「あ、主?これ本当に私の耳から?」
ゼータは耳垢を目の前にぶら下げられ、信じられないと言った様子で僕を見上げる。
「うん」
L字に曲がった耳の奥にずっとひっかかってたんだろうね。
医者もそんなに奥までは取らないだろうから今まで気づかなかったんだろう。
「嘘でしょ……」
ゼータは信じられないと言った表情で耳垢を凝視する。
まぁ、僕も耳かきしててこんなデカイ耳垢が出てきたら驚くな。
「こっちの耳はこれでお終い、反対やるねー」
「え?あ、うん」
ゼータは耳垢を見て固まったまま動かない。
そんなゼータを気にとめずコットンに化粧水をつけると反対の耳をさっきやったように拭いていく。
毛並みに沿って優しく拭く、うん、綺麗なもんだね。
耳の中もさっきと同じようにコットンで汚れを拭き取りながら奥へ進む。
「んんっ」
ゼータがプルプルと震えながら声を漏らす。
僕は構わず耳垢を掻き出していく。
L字型に曲がった耳の奥、やはりこちらも奥にこびりついているようだ。
僕は再び魔力の糸を伸ばし、今度はL字の内側の壁をなぞるように操作する。
しゅるしゅるしゅるっ!
「んにゃっ!?や、やっぱりこれかなり痒いよ主っ!?」
「我慢してねー、すぐ終わるから」
耳垢に糸を巻き付けて引っ張りながら答える。
「んんんっ!」
ゼータは目をギュッとつぶり、身体をプルプルと震わせる。
いつも飄々しているゼータにしては珍しい反応だ。
僕は構わず糸に力を込め、耳垢を壁から引き剥がす。
ズルッ!べりっ!!
「あっ」
ちょっと耳垢が千切れてしまった。
鼓膜の近くに落ちてしまったかな?
とりあえず糸に残った耳垢を引き抜いてもう一度糸で耳を探る。
「ゼータ、鼓膜の近くに落ちたかもしれないからちょっと確認するね」
「えっ?ちょっと待ってっ」
ゼータの返事を待たずに僕は落とした耳垢を探るべく耳穴をくすぐるように糸を動かす。
L字の奥なので目に見えないから手探りで探すしかないんだよね。
さわっ、さわっ 僕は耳壁に沿って探るように糸を動かす。
「か、かゆっ、んんっ!や、やっぱりこれ無理っ!」
ゼータがプルプルと震えながら叫ぶ。
「もう少しだから我慢して」
僕は構わず耳壁を探るように動かす。
L字に曲がった耳の壁に沿って探るように糸を動かしていくと……あった。
鼓膜の手前部分に耳垢がちょんちょんとくっついてる。
「見つけたよゼータ、ちょっとじっとしてて」
鼓膜に触れないように慎重に耳垢を壁から引き剥がす。
そーっと、そーっと。
するっ、つーっ
よし、取れた、鼓膜に引っ掛からなくて良かった。
「む、むず痒いよ主、早く取って」
ゼータがプルプルと震えながら潤んだ瞳で僕を見上げる。
「うん、すぐ終わるから」
僕は再び耳垢に魔力の糸を巻き付けると、ゆっくりと引っ張っていく。
今度は落ちないように耳垢全体を糸で覆い繭のようにして引き上げる。
ズルッ、ズズズッ!
「んんっ!」
ゼータが身体を跳ねさせる。
耳壁からそのまま糸で繭のように巻き付けたまま耳穴から引き抜いた。
すぽんっ
「んにゃぁぁっ!!」
ゼータが大きな悲鳴を上げて身体をのけ反らせた。
僕は耳垢に巻き付けた糸を解いたあと、綿棒で耳壁を拭うとコットンを化粧水に浸して軽く叩くようにゼータの耳を拭った。
保湿しておかないとね、ただでさえ皮膚薄いんだし。
「はい、これでおしまい」
僕がそう言ってゼータの顔を見ると、ゼータは僕のあぐらの上でぐったりと横になっていた。
よほど痒かったのかピクピクと小さく痙攣している。
「大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
ゼータは力なく答える。
うーん、ちょっと悪いことしちゃったかな? 僕は少し罪悪感を感じながらゼータの頭を優しく撫でる。
「ごめんね、次は気をつけるよ」
「ううん、主が悪いわけじゃないよ」
ゼータがそう言って僕の手に頭を擦り付ける。
そんなゼータの様子にホッとしつつ、耳掃除の後始末をしていると
……ドドドドッ!ガチャッ!!バタンッ!!!
部屋の外からものすごい足音が聞こえ、扉が勢いよく開かれた。
「ボスっ!狩り行こ~っ!」
足音の主、デルタは満面の笑みを浮かべて部屋に飛び込んできた。
だが僕の足に頭を乗せるゼータを見て、表情が一瞬で凍りつく。
「……メス猫、そこどくのです、ボスはデルタと狩りに行くのです」
デルタがゼータを睨みつけ、低い声で言う。
もう夜遅いし行かないよ?
「ヤダよワンちゃん、今は私と主の時間だから邪魔しないで」
ゼータはそう言うと僕の腰にギュッとしがみついた。
すると、デルタはゼータの態度にムッとした表情になり、ズカズカと部屋に入ってくるとゼータの首根っこを掴んで僕から引き剥がした。
そしてそのまま窓にゼータを投げた。
ガッチャ~ンッ!!
「ちょっ!?」
ゼータが窓を突き破って外へ放り出される。
……ここ僕の部屋なんだけど。
「デルタ?窓割っちゃダメだよ」
僕が諭すように言うと、デルタが血相を変えて詰め寄ってきた。
「ボス!なんでメス猫を部屋に入れてるのです?メス猫臭くなっちゃたのです!」
僕にマーキングするかのようにデルタが身体をすり寄せてくる。
「デルタ~、ステイ、ステーイ」
僕はデルタを制止する。
すると今度はゼータが窓から部屋に入って来た。
そして床に散らばったガラス片を踏みしめながら僕達の前にやって来るとデルタとにらみ合う。
「ねえ、ワンちゃん?さっきのは一体どういうつもりかな?」
ゼータがデルタに問いかける。
「邪魔だから追い出しただけなのです、メス猫こそどういうつもりです?」
「ワンちゃんには関係ないでしょ?私と主の時間を邪魔しないでよ」
2人が僕を挟んで言い争いを始める。
僕はゼータとデルタをなんとかなだめようと口を開く。
「えーっと、二人とも落ち着こう?」
だが僕の言葉は彼女達には届かなかったようだ。
「このバカ犬!もう許さない!主、こいつ殺っていいよね!?」
「ボス!このメス猫に身の程を教えてやるのです!」
ゼータとデルタが窓から飛び出すとすぐに戦闘音が聞こえてくる。
……どうしてこうなった?
僕は頭痛を堪えながら、外の戦闘音をBGMに眠ることにする。
正直うるさいがしばらくすればゼータがデルタをからかいながら離れて行くだろう。
僕は布団に潜り込むと、そのまま眠りについた。
……明日起きたら寮が壊滅してないといいなぁ。
糸での耳かき表現ってこんな感じで伝わりますかね?