V.II ス マ イ ル 作:でうすえっくすまきな
「スネイル」
「スマイルです」
ある日。いつもよりも重苦しい空気が漂うスネイルの執務室で、言葉が交わされた。
相手はV.Vホーキンス。ヴェスパー隊の輜重を担当するやり手の社員にして、ベテランACパイロット。シビアでドライな雰囲気のヴェスパー隊の中では珍しい柔和な人柄は、身分の上下を問わず慕われている人物である。そんなホーキンスが難しい表情をしながらスネイルのデスクに数枚の報告書を置いた。
「先般の調査報告だよ。ベイラムネペンテス攻略部隊は壊滅が確認された。先だって突入していた戦力もそのほとんどが未だ消息不明といったところだそうだ」
「……そうですか」
スネイルはその報告を黙って聞いていた。報告書に目を落とすように俯いており、その表情はうかがい知れない。
アイスワームを撃破してから、レッドガン、ヴェスパー、ルビコン現地勢力は少しずつだが関係を構築していた。スネイルの目指す共存の道は確かに近づいてきてはいた。
が、アーキバス、及びベイラムはそれに続かなかった。惑星封鎖機構が撤退したのを確認するや、これ幸いと子飼いの戦力に侵攻を指示したのだった。
レッドガンはヴェスパーに先だってウォッチポイント・アルファに侵攻。その戦力を大きく削る結果に終わってしまった。ヴェスパー隊は独立傭兵レイヴンの力を借りて降下に成功するが、そのタイミングでベイラムは後詰の戦力を一気に投入し、ヴェスパーの先行を崩そうとした。それに対抗するためにアーキバスはヴェスパーに迎撃、殲滅を命じた──のだが。
「スネイル」
「スマイルです」
「気持ちはわかるけれど、今回は悪手だったんじゃないかい?」
「……かもしれませんね。まさか本社がああも強硬な態度を取るとは思いませんでした」
スネイルはこれを拒否した。いや、正確には殲滅ではなく降伏勧告を突きつける形に作戦内容を修正するよう上申した。レッドガンはもはや死に体であり、わざわざとどめをさすほどではない──と。ミシガンが大人しく両手を上げるとは思わないが、それでもあの男なら被害を最小限に抑えられるよう動くはずだという考えの下、こちらにはそれを受け入れる準備ができているということをレッドガン側に示すというのが本音だったが、本社はこれを一蹴。あくまで徹底的にレッドガンを叩き潰すようにと命令を下した。
しかしそこに至ってもスネイルは強硬に抵抗した。アイスワーム戦での部隊の疲弊を理由に、今レッドガンと戦えば地中探査に影響が出かねないとして作戦の実行を拒否したが、とうとうそこで本社がしびれを切らし、新たに構築された物資輸送ルートを通して星外戦力を送り込んだ。封鎖機構から鹵獲した装備も取り入れた彼らはレッドガンと交戦、これを殲滅。ミシガンも出撃していたそうだが、ACの大破炎上に巻き込まれ死亡した可能性が高いと報告がなされていた。
「本社は何と」
「特に変わらず。このままコーラル探査を続けるようにとのことだったよ」
「わかりました」
そこまで言うとスネイルが顔を上げる。ホーキンスに向き合うスネイルの表情は毅然としたものに変わっていた。
「……では、例の作戦を実行に移してください」
「了解した。ペイターくんを連れていくけど、いいかな」
「構いません。いよいよ最終局面ですからね。確実に成功させるように。V.VIにも出撃命令を出しなさい」
そこまで言うとホーキンスは軽く返事をして部屋を出て行った。柔らかい雰囲気のまま、その返事もまた穏やかなものではあったが、背中からは歴戦のパイロットらしい覇気が滲んでいるように感じられた。
今回のレッドガン壊滅はスネイルにとって単に戦友になりかけていた敵が壊滅した、程度の話ではない。その結果に至るまでの経緯は憂慮すべきものがある。本社がヴェスパー以外の戦力を用意し任務を遂行させたということはつまり、ヴェスパーが見限られ始めているということを意味するからだ。加えて新しくやってきた人員は当然スネイルの息がかかっている者達ではない。方針転換したスマイル体制に順応した者達、つまり当初からルビコン入りしていた人員とはスマイル体制への評価以外にも、現地文化への理解や配慮の面からも折り合いが悪く、現場で不和を生んでいると報告が少なからず上がっていた。ルビコンにおけるアーキバスの事実上のトップはまだ変わらず自分のようだが、いつその首が飛ぶかわからない。そうなったら、隊長達を始め、スマイル体制に続いてくれた人員達はどうなるのか。スネイルは自らの判断ミスが招いたこの状況に頭を痛めていた。
とにかく、今は大人しくしているべきだ。本社が何も言ってこないのなら、従順に振舞っておいた方が良い。
「とはいえ……手をこまねいているわけにもいきませんね」
そっと、机の隅に置かれた新しいアーキ坊やのぬいぐるみに手を伸ばす。ルビコンの素材を使って作られたそれは、スネイルにとっては大きな意味を持つものだった。
***
数日後。
「スネイル隊長閣下に報告、独立傭兵レイヴンから攻撃を受けています! 増援をお願いします!」
技研都市に降下したアーキバス戦力は窮地に立たされていた。事前の調査で集積コーラルが存在する地点にはかつてのルビコン技研が築き上げた都市が廃墟化して残っていることはわかっていたが、そこにはかつて都市を守っていたのか、それとも都市が棄てられた時に自由を得てしまったのか、今だ稼働している無人兵器達の襲撃を受けた。そこに加えてレイヴンが現れ、何を思ったか無人機の方に加勢、メーテルリンク率いるアーキバス調査隊に攻撃を加え始めたのだった。
「く……! 確かに……元々味方ではなかったけれど……!」
メーテルリンクは現状戦力では戦局の打開は不可能と判断し、スネイルに増援を要請するも何故か返事はない。既に無人機によってMTはほとんど撃墜されており、自身と、この数日のうちに地下で発見されアーキバスに降った元レッドガン隊員の二人でレイヴンを相手しなければならない。二対一ではあるものの、分が悪い戦いだと彼女は見ていた。
「随分と乱暴ですねぇ、彼ならもう少し穏やかにしてくれるかと思いましたが」
「無駄口を叩くな、来るぞ!」
隣に立つAC──もとい、その操縦席の五花海がぼやく。が、それを叱責しつつもメーテルリンク自身その展開を期待していたフシはある。何度か作戦を共にして感覚が麻痺していたが、そもそもレイヴンは自分たちの味方ではないし、なんなら本来は敵同士なのだ。
「うっ!」
レイヴンの放ったバズーカ弾がインフェクションの左腕を捉える。操縦席に嫌な衝撃が走り、アラートが鳴り響いた。
舌打ちをし、左腕に握られていたパルスガンをレイヴンに向かって投げつける。レイヴンはそれをレーザーブレードで切り落とすと、パルスガンはその場で爆発を起こした。
「!?」
その爆炎の中からインフェクションが距離を詰め、レイヴンを組み伏せる。
「やれッ!」
五花海のAC、
「うッ!」
しかし当然レイヴンも黙ってそれを喰らうわけはない。瞬間的に機体の出力を上げると、自らを組み伏せていたインフェクションを無理矢理弾き飛ばし、逆にミサイルの盾にして防いで見せた。
「ぐ……くそ、スネイル閣下! このままではもちません、応援を……!」
先ほどまでより操縦席に響くアラート音は大きくなっている。照明やコンソールもいくつかやられたのか、普段はただ薄暗いだけの操縦席は今や赤い光に包まれ、自ら光を発するモニター以外は暗くてよく見えない。ここに至ってメーテルリンクは初めて〝最悪の結果〟が自らに現実味を帯びて迫ってきていることを実感し、背中に嫌な感覚が昇ってきているのを感じていた。
***
「A方面部隊からの報告は……よろしい。引き続きお願いします。本社戦力は現在どのように……? それは困ります、私の指揮下にあることを改めて言い聞かせておきなさい」
一方その頃スネイルは、同じくルビコン技研都市にニッコリフェイスに搭乗の上で降下し、現場で指揮を取っていた。旧来のヴェスパー戦力と本社戦力の不和は結局拭えず、集積コーラルを前にした正念場で失敗はできないと自ら現場で直接指揮を取りに来た形だ。恐れていた通り本社戦力は現場判断の名目のもと勝手な行動が目立ち、スネイルはその手綱を握ることに奔走させられていた。
「……と……そういえばそろそろV.VIから報告が来ても良い頃ですが」
ふと時計を見やる。几帳面なメーテルリンクのことだ。何事もなければ言われなくても決まった時間に定期連絡を寄越してくる。
「……?」
が、そこで違和感に気付いた。いつものメーテルリンクであれば、スネイルがそろそろだな、と思う前には連絡を寄越してくる。それが今、〝連絡が来ていない〟とスネイルが気付くくらいには沈黙している。
作戦行動中であれば単純に報告を上げる余裕がない場面などいくらでもある。が、手元のモニターに映るメーテルリンク及び彼女の部隊の友軍識別反応の周囲には何もないように見える。これが確かな情報であれば、報告が上げられない状況でもないはずだ。
気にしすぎか。いやしかし、相手は石橋を叩いて壊す程に慎重な上、頭突きでMTを破壊できると揶揄されているほどの石頭だぞ──、とスネイルは顎に手を乗せる。
やや逡巡した後、コンソールを操作し、インフェクションとの通信回路を繋いだ。
「V.VI。応答してください」
「──」
「V.VI。定期報告が上がっていませんが」
「──」
「……誰かV.VIの部隊と連絡がつくものは。早急に確認して下さ──」
その瞬間、ニッコリフェイスのモニターの情報が更新された。画面に映っていたはずのメーテルリンク及び彼女の率いる戦力の識別記号が一斉に消失した。
「これは……!」
代わりに一瞬だけ映った識別記号。あれは独立傭兵レイヴンのもの──
「やってくれましたね! ハンドラー・ウォルター……ッ!」
どうやらジャミングを受けていたようだ。メーテルリンクからの連絡は無かったのではなく、届かなかったのだ。
「V.VIの救援に向かいます! 加えて、独立傭兵レイヴンの足跡を追ってください。どうやら彼らにも彼らの思惑があったようだ……!」
近くにいたMTにそう伝えると、ニッコリフェイスをアイドリング状態から緊急起動する。重厚な音を立てながら重量ACが立ち上がり、一気に排気し臨戦態勢を取った。
「何かあればすぐに私に連絡するように。連絡を繋いで三十秒以内に私が返事をしなかったら現場で判断をしなさい、いいですね」
そう言い残すと、ニッコリフェイスはスラスターを噴かし慌ただしく飛び出していった。
***
「これは……!」
現場には即座に到達した。スネイルが陣を敷いていた地下水路を飛び出すと、遠目に煙が上がっているのが見えた。そこに向かって急行すると、予想した通り多数のMTの残骸と、その中央で煙を吐いて大破している二機のACが見えた。
「医療班! パイロットの救出を!」
スネイルの号令に合わせ、物陰からMTがわらわらと現れインフェクションと鯉龍を囲む。残りのMT達に周辺警戒を任せると、スネイルはニッコリフェイスのコックピットハッチを開き、ACの残骸へと足を向ける。
「V.VI!」
丁度ACからメーテルリンクが救助されるところだった。インフェクションは見るも無惨な姿になっていたが、奇跡的にメーテルリンク自身はMT隊員に肩を借りれば歩ける程度の負傷に留まっていた。
「閣下……申し訳ありません」
「いや、通信阻害に気づかず救援要請を見逃した私の落ち度です。申し訳ない」
そう言って頭を下げるスネイル。メーテルリンクの方は自身が使い捨てられたわけではないとわかったからか、少し安心したように息を吐いた。
「状況の報告を頼めますか」
「予定進路で進軍中、無人機による妨害を受けました。恐らく技研崩壊後も稼働を続けていたものと思われます」
「何? 少なくとも建造は半世紀前のはず……技研のロストテクノロジーか……全体に通達を」
すぐに傍の士官に指示を飛ばす。若い士官はそれを聞くと脱兎のごとく走り抜けていった。
「独立傭兵レイヴンは」
「目的は不明です。無人機に加勢して我々と交戦した後この先へ……。恐らく今も進行中です」
「わかりました。彼は私が追いましょう。あなたはG3と共に後方へ下がりなさい。後詰を控えさせています」
そう言い、踵を返しニッコリフェイスに再搭乗する。機体が重厚な音を立てて立ち上がるまでの僅かな間でスネイルの脳内は高速で回転していた。
既に当初の作戦からは大きく乱れている。技研都市内の敵対戦力の存在は予想していたが、MT部隊を軽々しく殲滅する程だとは思わなかった。そしてここへ来てレイヴンとの敵対。スネイルもメーテルリンク同様、レイヴンに対し油断していたのかもしれない。わかってはいたはずなのだが。
レイヴンを追う上でMT部隊は連れていけない。連れて行ったところで足手まといになる。ならば周囲の警戒と調査に回し、後詰の投入も視野に入れるか。加えて自身が前線に出る以上誰が全体の指揮を執る。
数秒の逡巡の後、コンソールに素早く指を走らせる。通信回線が立ち上がった。
「V.III、及びV.IVにV.IIより。V.VIが撃墜されました。独立傭兵レイヴンが出撃しています。私はこれよりレイヴンの追跡に移ります。それに伴い、只今より全体の指揮権をV.IIIへ移します。当初の予定通り技研都市の調査、及びコーラルの回収を行ってください。同時にV.IVは後方部隊を出撃させ、先行部隊に合流してください。技研都市内の戦力は我々が思っている以上に強固です。油断しないように。以上!」
そのまま近くにいたMT部隊には他部隊の指揮下に入るよう告げ、自身は一機でレイヴンの追跡に移った。
荒廃した技研都市は広く、レイヴンがどこを目指しているのかは不明だ。しかしどこへ向かっているのかはわかった。あちらこちらで戦闘の跡がある。建物が破壊され、無人機の残骸が煙を上げている。まるで先を急ぐかのような大雑把な戦闘が繰り広げられているのが見て取れた。
「何をそんなに焦る……まさかこの先に何があるのがわかっているのか?」
市街地を抜け、大きな水場に出る。そこに架けられたこれまた巨大な橋にスネイルは降り立った。
「湖……いや、かつて運河だったと見るべきか……?」
橋の下は大きく水位が下がっているが橋がかかっている以上かつてこの下にはもっと水位の深い湖か運河があったのだろう。これだけの被害を生み出したアイビスの火──そして、その元凶となったコーラルの存在にスネイルは今更ながら身震いした。
「!」
その時、橋の向こうから音がする。
「レイヴンか!?」
素早く機体の方向を転換し、右手に構えたパルスガンを向ける。しかし、その視界の先に現れたのは──
「なんだこれは!?」
橋の向こうから爆音を立てて迫ってくるのは、ひと言で言えば巨大な車輪。ACよりもさらに大きなそれは外周に獰猛な突起形状が何本も生え、それがアスファルトを捉え削りながら猛スピードで突っ込んでくる。
進路上に残された瓦礫や廃車は車輪に巻き込まれると無惨にも粉みじんにされ、破砕されていく。見た目は馬鹿馬鹿しいが実際に出ている被害はあまりにも甚大かつ凶悪。後にわかったことだが、この車輪の正体は技研が残した
「意味が分からない……! 技研の人間は頭がおかしい者しかいないのか?」
驚愕しつつもヘリアンサスの突撃をかわす。相手はその形状からして方向転換が苦手なはず。しかしそんなスネイルの思惑は外れ、ヘリアンサスは機体を傾け急旋回し、再びスネイルへ向かって突撃してきた。
「なんだそのオーバーテクノロジーは!?」
なら──、とギリギリまで相手を引き付け、衝突の刹那スラスターを噴かし、回避行動を取る。すれ違う刹那、ヘリアンサスの横腹に蹴りをお見舞いした。重量機であるニッコリフェイスの一撃をもろに受けたヘリアンサスはスネイルの予想通り、バランスを崩して転倒した。車輪であれば横倒しにしてしまえば動けまい。
「全く……技術者というものは時折理解に苦しむ発想をする」
横倒しになり情けなく蠢いているヘリアンサスにレーザーランスを何度も突き立て、動かなくなるまで破壊する。ふと、その時橋の下の水場に視界をやると気のせいで無ければ遠くの小島に空になったコンテナ、そしてその周囲に同じ形の兵器が何機も蠢いているのが見えた気がしたが、スネイルは見なかったことにした。
***
「時間を取られた……! 先を急がなければ」
再びレイヴンの追跡に移る。周囲の破壊跡は多くなっており、レイヴンにも余裕が無くなっているのが見て取れた。
「!」
不意に足を止める。視界の先に周囲の風景に馴染まない真新しい機械が映った。
間違いない。これはかつての「壁」攻略戦の後始末で見た。独立傭兵レイヴンのオペレーター、ハンドラー・ウォルターが運用している補給シェルパだ。近づいてみると中身は空になっており、レイヴンがここで補給をしたのがわかる。
「近いか。どこに──」
その瞬間、答えは出た。
「!」
シェルパが置かれた崖の下を覗き込むと、そこは真っ赤に染まっていた。
「コーラル!」
先ほどの水場と同じほどのあまりにも広い湖。しかしそこにあるのは水ではなく、真っ赤なコーラル。下手をすればこれまでアーキバスが得たコーラルの総量を軽く上回ろうかという程の膨大なコーラルがそこに浮かんでいた。
「うっ!」
それを覗き込もうとしたスネイルの眼前を何かが掠めていく。見ると、一機のC兵器が猛スピードで飛んでいく。全身から火花と煙を発し、今にも墜落しそうである。
C兵器が発する敵意。それが向けられている先には──
「レイヴン」
LORDER4。レイヴンが冷静に背面に背負ったレーザーキャノンを構え、放つ。
的確に狙いをつけられたC兵器は太いレーザーに撃ち抜かれ、中空で爆発を起こし撃墜された。
「……」
スネイルは言葉を失う。この間アイスワームと戦った時より更に腕を上げている。今の狙撃能力もきっとあの時身に着けたものだろう。これと敵対関係にあるのか、とスネイルは僅かながらに恐怖した。
しかし、放っておくわけにはいかない。スネイルは慎重に肩にマウントしたスタンニードルランチャーを構え、レイヴン──
の、足元に向けて弾を放った。
「!」
足元に着弾したことに気づいたレイヴンが振り返る。その視界の先にニッコリフェイスを認め、臨戦態勢を取った。
「全く、企業を出し抜こうなどと」
今度はわざとらしくニードルランチャーを再装填する。次は放電能力を備えた実弾だ。下手なことをすれば次は当てると遠回しにけん制した。
「……慌てなくとも、あなたたちの取り分はあると言うのに」
やや威圧的な声色でスネイルは続ける。レイヴンは何も言わないが、不意に銃口を少しだけ下ろす。〝話があるなら降りてこい〟とでも言いたいのだろうか。
わずかな沈黙の後、ニッコリフェイスは降下した。レイヴンの前にまで降りてくるとニードルランチャーの銃口をレイヴンに向け、続ける。
「V.VIが世話になりましたね。説明してもらいましょうか」
『……ヴェスパー第二隊長スネイル。まずはそれを下ろしてもらいたい』
「スマイルです」
通信機がウォルターの声を発した。その声を最後に再び沈黙が流れるが、唐突にニッコリフェイスは装備を格納した。
『感謝する』
「説明はしてもらいます」
三度沈黙が流れる。ややあって、ウォルターが観念したように息をついた。
『わかった。専用回線に切り替えるぞ。621、ここまで来たなら、お前にも話しておく』
不意にスネイルの眼前のモニターに見慣れないエンブレムが表示された。これは──ウォルターが普段使用しているものではない。
『結論から話そう。俺達は〝オーバーシアー〟……このルビコンにおいて、コーラルの動向を監視していた』
「コーラルの動向を監視?」
『コーラルには潜在的な危険性が潜んでいる。これを星外に持ち出しては、いずれは取り返しのつかない事態になりかねない。そのための監視と工作。それが俺達の目的だ。……当然俺達としては、コーラルをどの勢力の手にも渡すわけにはいかない』
「待ちなさい。まるでコーラルが管理困難であるかのような語り口ですが……」
『実際のところそうだ。コーラルには公には知られていないある性質がある』
そこからウォルターによって重苦しく語られた話は、スネイルにとって──そして恐らく、レイヴンにとっても──驚愕の内容だった。
曰く、コーラルは生物のように自己増殖する性質があること、それらは真空下でより活性化するため、星外へ持ち出せば扱いによってはその輸送経路で爆発的に増殖、宇宙に伝播し、広範囲にコーラル汚染を引き起こす可能性があるということ、かつてのアイビスの火は、それを防ぐためにやむなく起こされた人為的なものであったこと、など──
「……にわかには信じがたい話ですね」
『信じてもらわなくては困る』
スネイルは操縦席で思案する。
元より、コーラルは潜在的な危険性を孕んでいる物質であることはわかっていた。しかしそれらは研究によって制御できていると思われていたため、ここまで計画が進められてきた。
だがもし、ウォルターの言っていることが全て本当であるのならば。本社によってコーラルが持ち出されるのは危険かもしれない。
「真偽については確かめる必要がありますね。今の話、研究資料等は残っていますか」
『無いことは無いが……時間は残り少ない。コーラルの増殖は俺達が思っていたより早かったようだ。あまり悠長なことはしていられない』
「ですが、我々としても譲れない一線というものが──」
その刹那。
ニッコリフェイスの操縦席にけたたましく警告音が鳴り響いた。
「! 避けなさい猟犬!」
スネイルが叫ぶが、一手遅かった。
ニッコリフェイスとLORDER4の間に新たなニードル弾が着弾した。二人がそれを認識すると同時に特殊弾頭は無慈悲に展開し、コーラルに足を浸けている二機のACに電流を流してその機能を奪ってしまう。
『いかん、これは……!?』
『着弾確認。報告にあった独立傭兵レイヴンと……第二隊長もいらっしゃいます』
ウォルターとの通信が途絶し、状況を把握するためにレイヴンが顔を上げると、そこには複数のLCとHCが崖の上に立っていた。封鎖機構の装備を鹵獲したアーキバスの部隊だ。
「待ちなさい……! 私はヴェスパー第二隊長です、友軍に攻撃していますよ!」
『はい……はい、わかりました。そのように』
しかし部隊はスネイルの言葉に返事を寄越さない。返事の代わりに、スネイルにとって最悪の宣告を突き付けてきた。
『V.IIスネイル、只今の時刻を以てルビコンIIIにおける貴官の全ての権限を停止します。同時に、現行のヴェスパー隊の凍結、及び解体が本社で承認されました』
「何……!?」
『加えて、独立傭兵レイヴンとの密会、暗号回線での通信はアーキバス本社への背信行為と見なし、再教育センターへの移送が決定されました』
部隊長と思しきHCから無情にそう告げられる。封鎖機構の装備を使っているということは、彼らは新しくルビコン入りした本社勢力だ。
「く……!」
恐れていた事態が起こってしまった。スネイルはなんとかニッコリフェイスを起動させようとコンソールを操作するが、完全に機能が停止してしまったACはすぐには再起動できない。スネイルは舌打ちし、操縦席内部に供えられた護身用の銃とジェットパックに手を伸ばすが──
『抵抗すれば殺害しても問題ないと言われています』
ニッコリフェイスのコックピットハッチがこじ開けられる。そうしてスネイルの体躯ほどはあろうかという口径の銃器が突き付けられた。
「……!」
みれば、操縦席の向こう側でレイヴンと思しき人影がACから引きずりだされている。この分では、ウォルターも逃げ切れたか怪しいだろう。
「く……」
スネイルは渋面し、両腕を上げる。すると近くのLCから数人の士官が降りてきてスネイルを取り囲んだ。
「まだ……私にはやることがある」
「それは我々が引き継ぎます」
ヘルメットを脱がない士官たちの表情はうかがい知れなかった。
祝☆オープンフェイスプラモデル発売決定
AC6TRPGも出たし、余裕があったらスマイルシナリオ作って配布とかもしてみたいなー。