次の日、金曜日である今日はいつもどおり早朝に起き、けれどあまり着ることのないスーツをしっかり着ては担当ウマ娘たちの練習を見る。
それが終わったあとはいったんは練習が終わりだ
9時から体験入学が始まるので、学園の正門から親と小さいウマ娘たちが入ってくるのをトレーナー室の前で眺める。
そこにグラスとグラスパパがいるだろうかと思ったが、正門までは距離がずいぶんと離れているので肉眼では見つけられない。
体験入学が終わるお昼の後には会うだろうから気楽に待つことにしよう。
トレセン学園が体験入学でやることは室内の授業を見学し、屋外では教官たちがウマ娘たちの指導する様子を見る。
そして教官たちやトレーナーの人たちに話を聞いたあとは食堂でご飯を食べて終わりだ。
予定では1時までには終わる。そのあとはグラスからメッセージか電話が来るだろう。
担当ウマ娘たちの練習映像をパソコンで眺めつつ、緊張とわくわくで集中できないでいるとメッセージが来る。
トレセン学園の校舎入口にいます、と。
慌ててパソコンの電源を落として、トレーナー室を出て早足で校舎へと向かう。
校舎の入り口外側に行くと、そこにはグラスとグラスパパが待っていた。
グラスは清楚さとおしとやかさを感じ、アメリカ生まれなのに大和撫子という言葉を連想するシャツとチノパンだ。グラスパパはスーツをばっちり着こなしてかっこいい。
目の前まで行き、ちょっと荒れた呼吸を整えてからグラスへと日本語で挨拶をする。
「はじめまして、グラス。テレビ電話では姿は知っていたけど、実際に会うと素敵な女性だね」
「あら、マトさんは私を口説いているんですか? 日本式に言うなら小学6年生ですよ」
「小学生らしからぬ落ち着きと、声からにじみ出ている強気さは実に将来が楽しみなウマ娘だ!」
からかわれたと思ったのか、綺麗な笑みを浮かべているグラスに怒りを感じて早口で弁解の声をあげる。
それにしても実に日本語が流暢だ。少しイントネーションが気になる部分もあるが、とても理解しやすい言葉だ。
「マトさんは……不健康そうな顔つきですね」
「インスタント食品を食べすぎるとこうなるのさ。そのぶん、カップラーメンに詳しくなったよ」
「まぁ、それはよくないですね。日本食と言えばヘルシーで健康と聞きますから。トレーナーのマトさん自身が不健康だとウマ娘の方たちが心配しているでしょうね」
「よく怒られているよ」
小学生に怒られるというシチュエーションは初めてで、こう、なんというか新鮮というかときめきが生まれそうな気分になる。
将来、結婚して子供がいたらこういう気持ちになるんだろうか。親にならないとわからんか、そういうのは。
グラスと話をしたあとはグラスパパに英語で挨拶をし、グラスがつまらなそうな雰囲気を出したので話を切り上げてトレーナー室へと案内する。
プレハブハウスを2つぶん合わせた広さであるトレーナー室へ入ると、2人は部屋をぐるりと見渡す。
そこそこ重賞勝利のウマ娘を出している俺の本棚には重賞を勝ったときの、記念トロフィーが4つ置いてある。
パパさんがそれをじっと見つめているとき、俺はグラスを手招きしてはカップラーメンが置いてある棚へと連れていく。
そして、棚の扉を勢いよく開く。
そこには色々な種類のカップラーメン!
東京では買えない、または買いづらい地域限定のカップラーメンをそろえた自慢の棚だ!
「すごい! すごいですね、これ! アメリカには販売していないメーカーや昨日行ったスーパーやコンビニでも見なかったラーメンがあります!
「さっきお昼ご飯を食べたばかりだけど、まだお腹に余裕があるなら食べるかい?」
「食べます! 前にマトさんが言っていたみそカレーミルクラーメンを食べたいです!」
普段のおしとやかさはどこかへ消え、きらきらと輝く目にテンション高く動いている尻尾と耳。
グラスパパも目を見開いて驚くぐらいに喜んでもらえると、カップラーメン好きとして嬉しいものだ。
俺はグラスにみそカレーミルクラーメンを棚からひとつ取り出し、グラスの手に渡す。
グラスはその写真画像を楽しそうに見つめている。こんなに喜んでもらえるとすごく嬉しい。
グラスパパは日本語がわからないので、俺がこのラーメンについて英語で説明をする。
そして、なんとも不審な目でパッケージに写っているラーメンの写真を見る。
それもそうだ。みそとカレーというだけでも違和感を感じるのに、ミルクも混ぜるだなんて。
まずそうにしか思えないが、これがなかなかクリーミーなあじわいでうまいのだ。
「マトさん、さっそく食べましょう! あ、父にも食べさせてあげたいのですが、ふたり分はありますか?」
グラスの申し訳なさそうな様子に対し、俺は無言で棚から追加として同じのをふたつ取り出し、そのうちの1個をグラスの手に持たせる。
残りの1個は俺が食べる。カップラーメンのふたをはがし、中からかやくとスープ、固形バターっぽいのを取り出す。
かやくだけを入れ、電気ポットでお湯をそそぐ。
そうして準備を終えたら、ソファー前にあるテーブルへと置く。
グラスも俺と同じようにラーメンを作り、パパさんのも意気揚々と作ってあげている。
父親に気遣いできる姿を見ると心がほっとする。
グラスぐらいの年頃だと反抗期で親とは仲が悪くなるから。
中等部のウマ娘からは父親を嫌い、俺へと愚痴を言ってくる子が多いため、そんな姿を見るととても嬉しい。
グラス親子が仲のいい様子を見ていると、そんな姿が俺の心に癒しをくれる。そう感じながらラーメンを置いていた棚から割りばしを3個を取り、2個を渡す。
そして俺はソファに座り、テーブルを挟んだ向こう側にグラス親子が座る。
「カップラーメンはこの待つ時間が楽しいと思うよな」
「はい。待ち時間に何かをするのもいいと思いますが、こうやってフタの隙間から出てくる湯気を見るのはわくわくします」
「ああ。こうやって小さいことでも楽しみを持つのはいいことだ。特にレースを走るウマ娘になりたいのならな」
「私は走ることや勝つことはとても楽しいですので、走ることに関連するトレーニングがあれば幸せですよ?」
俺の言葉に湯気を見るのをやめ、顔をあげて俺を不思議そうに見てくる。
多くのウマ娘は走るのが好きだ。その中でも走りに魅入られ、魅力から逃げられなくなったウマ娘がレースを走る。
トレセン学園に入学した子は強迫観念で走るのが多い。
走らなければ自分に価値がない。走らないといけない、とそう思うことが。
「小さなことに幸せを見つける。それと走る以外の趣味を持つのがいいと俺は思う。走るだけだと、見えない重さに心がつぶされる」
「走る以外にも日本文化を調べ、体験するのは楽しいですよ」
「それならいいんだ。以前にな、骨折して走れなくなった子が無趣味のあまりに心をやられたことがある。そうなってほしくはないと思った」
走られれば幸せ。それはわかる。だが、ひとつのことにしか楽しみがないと、それができなくなった時は心の拠り所がなくてダメになってしまう。
それにウマ娘は走るのが強ければいいというだけじゃダメだ。歌と踊りが大事なんだ。
そんなものは必要がないと言う人たちはとても多い。だが、若い子の精神を固くしないのには大事だ。
趣味が見つからない場合は歌と踊りを楽しめれば、走ることに固執しすぎなくなる。
生きがいが走りしかない場合の子は様々な理由で引退や走るのをあきらめたときに、失意のまま元に戻れなくなる。
走る以外にもできることはあると教えておかないと、その子の人生は暗くなる。
だから俺は担当ウマ娘には走ること以外の楽しさを見つけろと強く教えている。
アメリカ式のバーベキューがなによりも好きな子、手料理や弁当を作るのを楽しくやっている子、お菓子作りと絵の模写を楽しんでいる子たちのような。
「さて、もう3分がたったぞ。……さぁ、楽しいラーメンパーティーだ!」
昔のことを思い出してしまいテンションが下がってしまったが、今、目の前にあるラーメンを食べると意識を変えるとテンションがちょっと上がってくる。
ラーメンのフタをはがし、ささっと必要なものを入れる。
するとみそとカレーがまろやかになった香りがやってくる。
「あぁ……これは食欲がそそられる香りをしていますね」
「だろう? 俺のお気に入りなんだ、このカップラーメンは。でもあんまり期待しないでくれ」
「こんないい香りをして期待してはダメなんですか!?」
だってさぁ、あまりにも期待を上げすぎて実際に食べたときは落ち込まれると困るじゃないか。
だから事前にこう言っておけば、味が好みに合わなくても言い訳ができるからな。
俺的には好みの味だが、アメリカ人と日本人では好みが違うから。
俺の言葉に少しショックを受けていたが、俺がラーメンを食べ始めるのを見てグラスパパと一緒にスープの素やバターを入れていく。
グラスがラーメンを食べ始めるのを見て、個性が強いものよりもまずは他のラーメンを食べさせてあげればよかったんじゃないかと思う。
いや、以前にみそカレーミルクラーメンはうまいと言ったが、最初に日本の味に慣らすべきだっただろうか。
そうして悩んだものの、食べ始めたグラスの目を見ると、思い切り目を見開いたと思ったら目を輝かせながら無言で勢いよく食べていく。
尻尾は元気にぶんぶんと振り、耳はラーメンへと向きが固定されている。
それほど興奮し、集中していると食べ終わるまでは何も言えない。
グラスパパのほうは一口をゆっくり食べ、舌で転がしながら味わっているようだ。
「グラス、味はどうだい?」
パパのほうも気に入っているようで一安心し、グラスに感想を聞こうと声をかける。
だが、グラスは返事をせず集中してラーメンを食べている。
声をかけてから10秒ほどして麺を食べ終わる。
「マトさん……これ、すっごくおいしいじゃないですか!! なんでこれがアメリカにないんですか!?
このちぢれ太麺にいい感じでスープがからみ、そのスープはまさしくみそカレーミルクラーメンとすぐにわかる味は最高です!
……ふぅ。一見して合わなそうな組み合わせですが、みそは幅広く料理に合いますね。それはカレーにでも。
カレーラーメンは食べたことがありますけど、みそと牛乳と合わせて、これほどぴったりだなんて想像以上です」
そう言い終えるとスープをごくごくとおいしそうに飲み干し始める。
初めて会ったときはおしとやかで上品さが感じる子だったけど、ラーメンでこんなにも変わるなんて面白い子だ。
それに俺が好きな食べ物を気に入ってくれてとても嬉しい。
「あぁ、日本に来てよかったです。今ならこのために来たと言えますね……」
「いや、トレセン学園の見学だろ、見学」
とても満ち足りた表情で言うグラスに、苦笑しながらツッコミを入れた。
グラスパパが食べ終わるまで待ち、食べ終わった3人分のゴミを片付ける。
「帰りには、1箱ぐらい買いたいですね」
「いや、こっちには売っているのを見たことないぞ」
「日本のカップラーメンなのにですか?」
「これは東北限定販売でな、こっちの東京では売ってないんだ」
東北という地方を指す言葉が理解できていないらしく、東京は関東という地方であり、東北は遠くにあるということを説明した。
俺が言ったことを理解すると、グラスはいかにもショックを受けた様子で呆然としている。
そんな様子をグラスパパが声をかけるも反応はなく、見ているこっちの心が痛くなる。
お土産に渡せればいいんだが、在庫は今ので尽きた。
通販では買えるんだが、あさってに帰るんじゃ頼んでも間に合わない。
「他にもうまいカップラーメンはあるから探すといい。カップラーメンだけじゃなくラーメン屋に行ってもいいし。
外国人にも人気があるラーメン屋に行けば、英語も通じるから注文しやすいだろう?」
「それはカップラーメンではなく、普通のラーメンです! いえ、ラーメンも魅力的ではありますがカップラーメンにはカップラーメンならではの味があるんです!」
そんな力説されても反応に困る。なんでここまでラーメンにはまってしまったんだ。
最初にゲームで話をしたときは幅広く日本文化に興味がある子だったのに。
俺はラーメンの話題をよく出したが、それだけだとここまでにはならないだろう。きっと。
このあとグラスとはラーメンと和菓子の話。グラスパパとは日本のトレセン学園についての話をし、夕方になって正門前まで送って別れた。
グラスは東京を観光し、2日後はアメリカへと帰っていった。
帰るときに送ってくれた写真には、お土産として食べ物や化粧品がバッグにたくさん詰まっていた。
お小遣いが足りなくて欲しいものがあまり買えなくて悲しかったと言っていたが。
将来、トレセン学園に合格して日本に来たら観光案内をして、うまいものをおごってやろう。
グラスがアメリカに帰り、ネトゲで初めて遭遇するといきなりチャットで『妹に取られました』という言葉から始まる愚痴が。
怒りがある文章をじっくり読むと、自分用として買ったみそ味のカップラーメンの多くが妹によって食べられたらしい。
学校で嫌なことがあったときに食べる用に保存しておいたが、妹が1日で4つも食べたことに許せずお尻ぺんぺんを実行したとのこと。
なんだ、そのかわいい罰は。
あぁ、でもウマ娘のパワーなら痛みは強いに違いない。
罰を与えたグラスの妹が言い訳として言ったことは、両親がいなくてご飯を作るのが面倒だったから食べたらしい。
グラスの妹が日本文化に興味がなく、特にカップラーメンなんてのは1回食べただけだったから食べるとは思わなかったぶんだけショックが大きい。
グラスの妹はみそのカップラーメンを食べて以降、みそ味に目覚めたようで親にみそ系の食べ物を買ってきてとねだるようになった。
日本の食文化に興味を示してくれるのはいいが、姉であるグラスの食べ物を狙うようになったので大変らしい。怒ったグラスはレースで妹をぼこぼこにしたと言ってきたが。
ウマ娘同士だと問題は走りで解決するから平和的でいいな。
そんなグラスに何か送ってあげようかと思う。アメリカにも日本の食文化は広まりつつあり、ネットでも色々買えるとはいえ、買いづらい、または買えても高いものが多くある。
そのことをグラスにメッセージで伝えよう。
マト :ラーメンを箱で送ろうか?
グラス:本当ですか!? お礼にマトさんが欲しいものを送りますのでなんでも言ってください!
なんでもと言われても、俺が何が欲しいんだろか。
……日本で手に入らないか、手に入りづらいものがいいな。
トレーナー室でのんびりとコーヒーを飲みながら考える。
これがお昼の時刻だったら腹が減っているから、食べ物をくれと言ったんだろうが、今は午前9時を過ぎたところだ。
マト:シービスケットのグッズを送ってくれ
トレセン学園にいるからか、すぐに思い浮かぶのはウマ娘のことだ。
アメリカで"西海岸最強のウマ娘"と呼ばれた彼女。幼い頃に映画で知った。世界恐慌で一文無しになり、靭帯断裂という致命傷な怪我を足に受けてもあきらめずに走り続けて人々に勇気を与えた名ウマ娘。
そんな彼女を見て、その生き方にあこがれた。それは俺の人生やトレーナーとしての方向性にも影響を与えてくれた。
だからか、海外の、特にアメリカのウマ娘は最初から好意的に見てしまう。
グラス:わかりました。期待してくださいね!
マト :こっちのも期待してくれ。珍しいのを送ろう
さて。グラスにはどんなカップラーメンを送ろうか。ラーメンじゃなく、うどんやそばもいいだろう。
グラスに何を送るかを考えるのを考えるのはとても楽しい。
喜んでもらえる姿を想像すると自然と笑みが出てしまう。
担当のウマ娘にカップラーメンについて語ることはないから、同士ができるのはとてもいい。
近いうちに担当ウマ娘と一緒においしい物を探しに行くのはいいかもしれない。担当のウマ娘と休日の日に出掛けるなんてことは滅多にないから。