タイキシャトルやエイシンフラッシュ、他担当ウマ娘たちの面倒を見つつ11月に入った。
今日は日曜日であり、自宅アパートにいる今の時刻は夜の10時。
エイシンフラッシュが3着に終わった、京都での萩ステークスを終えて帰ってきたばかりだ。
指導した子が勝てなかったのはくやしく思うが、それ以上に担当ウマ娘のほうがくやしいだろう。
フラッシュはレースが終わったあとに「次は勝てるので大丈夫です」と落ち込んだ様子で言って休んでからウイニングライブをやった。
ライブが終わり、新幹線で帰る頃には落ち着いていたから次の目標レースを決める話を帰りの新幹線でした。
次走の予定は阪神のエリカ賞、芝2000mだ。
次は勝てるように、なによりも怪我をさせないように練習を頑張ろうと考えながら着ていたスーツを脱いでシャワーを浴びる。
パジャマへと着替えてはコーヒーを飲んでゆったりとした時間を過ごす。
そしてパソコンを立ち上げるとメッセージが届いていた。
グラス:12月は受験で日本へ行くので、終わったあとは観光案内をしてくれませんか?
それを見て、カップラーメンが大好きなグラスが来るというのは時間の早さを感じる。
学園見学にやってきた7月のことが、1か月前のように感じる。
しかし、何を観光案内すればいいんだろうか。日本文化に興味があるなら茶道や華道。またはカラオケか?
他にも歌舞伎、陶芸、神社巡りと様々なのがありすぎてしまう。
グラスパパも来るだろうし、一緒に楽しめるようにしないとなぁ。そうなると、毎週のようにどこかの店でやっている物産展などがいいんだろうか。
マト:興味がある食べ物や気になる文化、買いたいものなどをじっくり考えてから羅列して
悩んでも答えが出ないのでグラスに放り投げておく。
向こうから方向性が出てくれば考えやすいというものだ。メッセージを投げたあとは缶ビールをひとつ飲んでから寝よう。
明日は月曜日。平日の日だが、フラッシュだけはレースを走ったばかりなのでトレーニングはお休みだ。もちろん自主練も。
学校の授業が終わったあと、フラッシュの精神が不安定に感じるようだったら話す時間を作るが。
ひとり静かにビールを飲んだあと、布団に入ってからは疲労もあってすぐに寝た。
◇
次の日は通常業務をこなし、夜は巡回だ。
トレーナーや学園職員たちが午後10時の門限破りのウマ娘たちを注意するために学園や寮の周辺、ウマ娘たちが好んで走る場所を見回る。
今日は俺も担当なため、11月の肌寒い夜道をひとりで歩いている。
ジーパンに長袖の厚いシャツ。そしてシャツの上にジャンパーを羽織っている。それらを着て、寒い寒いとつぶやきながら予定ルートをぐるりと回る。
月明りで明るい夜空の下で静かな住宅街を歩いていると、トレセン学園のジャージを着ているウマ娘が歩いているのが遠くから見える。
注意するために近づくと、落ち込んだ様子のフラッシュだった。
「おい、フラッシュ。自主練はダメだと言っていただろう。それに夜の……あー、大丈夫か?」
「すみません。どうしても走りたい気分でしたので」
規則を守り、他人に対しても守るのを求めるフラッシュが夜中に歩いていたのは驚くことだ。それに門限を破ぶるだなんてことを。
そのことについて聞きたくはあったが、今のフラッシュは何かに追われ、焦っているようで元気がない様子だ。
暗い声のフラッシュに対し、規則について語るどころじゃない。あまりにも精神の状態が悪いから。
「温かいものでも食べようか。あぁ、俺のおごりだから心配するな」
「いえ、おかまいなく。トレーナーさんに迷惑をかけたくはないので」
「だが、こんな寒い日には暖かいものを食べるか飲みたいだろ。それに使ったカロリーは補充しないとな」
「でも予定にない食事は体重が増えますし……」
「そういう調整は俺に任せておけばいいって。ほら、コンビニに行くぞ!」
とまどうフラッシュの手首を掴み、近くのコンビニへと歩いていく。
抵抗なくフラッシュは俺についてくるが、手首より手を握ったほうがいいのではなんて思う。
手首を握ると強引に連れまわしている印象があるから。かといって手を握るのもなにか違うような。
大人と女子中学生の正しい距離感とはなんだろう、と考えながらコンビニへと入る。
暖房が効いているコンビニの中へ入ると、俺はフラッシュから手を離してはカゴを手に取った。
「冷暖房はあるしご飯や飲み物が置いてあるから、ここに住みたい気持ちがあるよな」
「……私、夜のコンビニは初めて来ました」
「客が全然いないし、外も静かだから落ち着いて買い物ができていいよな」
最初に行くのは総菜パンが売っている場所だ。
そこに置いてある物の数は少ないが、お気に入りのソーセージパンを1個カゴへと入れる。
「真夜中って油っぽいものを食べたくなるよね。ラーメンやからあげ、フライドチキンとか。フラッシュは何を食べる? なんでもいいよ」
「ええと、探してきてもいいですか? コンビニ自体、あまり来たことがないので」
「いってらっしゃい。急がなくていいから」
フラッシュは棚のあちこちに視線を向けながら、歩いていった。
その歩いていく背中を見送ると、新商品だというパンを手に取ってひっくり返すとカロリーや材料の表示を見る
知らない商品はどうしてもチェックしたくなる。もし体にいい成分が入っていたら買うだろうし。
食べ物や飲み物に健康的な成分が入ると、それを優先して買ってしまう。
そうして表示をじっくり見て満足をしてから本来の目的を思い出した。落ち込んだフラッシュに暖かいものを買ってあげたいということを。
フラッシュを探してあるくと、おにぎり売り場の前にいた。
深夜ともなれば置いてあるおにぎりは数が少なくなっている。
残っているおにぎりは梅干しかない。
「ノリがぱりぱりのおにぎりってうまいんだよな。家や学園の食堂だとどうしてもしっとりしているから。それに米も適度な固さなのがいい」
「私、コンビニのおにぎりはまだ食べたことがないんです。寮では何度か食べたことはあるんですが」
「それは大問題だ。ぱりぱりの感触を知らないなんて。それじゃあ買ってしまおう。おにぎりなら明日の朝練後に食べてもいいし」
残っているおにぎり2個をカゴに入れる。俺が入れるのをフラッシュは止めようとしたが、手を伸ばしただけだ。
普段なら無駄遣いに思えるものは注意してくるというのに。
昨日のレースは1着から3バ身差。1個前のレースでは1着だっただけに、フラッシュは強いウマ娘との差にショックを受けている。
責任感が強い子だから負けをすごく気にしている。そういうフラッシュに対しては言葉よりも態度で示すのが大事だと俺は思っている。
俺に言われずとも敗因やこれからどうすればいいかは考えているはずだ。
なによりもフラッシュは能力が高い子だから、今は負けていても将来はG1を勝ち負けできるだろうし。
だから俺は下手にからまないほうがいいと信じている。
「あとは飲み物と……肉は食べれるか? レジんところに置いてあるチキンなんだけど」
「以前、チキンがおいしいとファルコさんに聞いたことがあります」
「よし、ちょうど2個置いてあるからそうしよう。あとは飲み物だな」
フラッシュを連れ、飲み物を探しに行く。温かい飲み物を売っているケースの中から自分用にコーンポタージュを選び、フラッシュは悩んでから俺のと同じのにした。
これでカゴの中には飲み物、お菓子パンにおにぎりと充分な量を買った。
その後はレジでチキン2個を頼み、会計を終える。
「あの、袋を持ちます」
「それじゃあお願いするよ」
何か手伝いたいという雰囲気を出したフラッシュに荷物を持ってもらい、一緒にコンビニを出る。
暖房が効いていた中とは違い、外はひんやりと寒い。
「どこへ行くんですか?」
「公園。ベンチで食べてから帰ろう
近くの公園へと向かい歩き出し、フラッシュは俺の後ろをついてくる。
公園に向かっている途中、会話もなく何か話をすればいいんだろうが、適切な話題が思い浮かばずに無言の時間ができてしまう。
共通の話題といえば学園やレースに関することだが、それを話題にしたくないから。
これがタイキならバーベキューでは何の食べ物を焼きたいかで盛り上がれるんだが。
無理して話をしても気まずくなるだけだし、これでいいかと思いながら公園へとたどりつく。
外灯のすぐ下にある木製のベンチへと行ってまんなかあたりに座る。
ひんやりとお尻が冷たくなる感触に悲鳴が出そうになるが我慢した。
フラッシュもベンチへと座るが、そのときに顔がこわばり冷たいのに驚いているのがよくわかる。
「冷めないうちに食べようか」
「……こんな時間に食べるのは罪悪感がありますね」
「レースを走るウマ娘にとって体には悪いからな。だが時々はこうして食べたっていい。それぐらいなら明日のトレーニングでカロリーは問題ないさ」
安心させるように言って、俺はフラッシュが膝の上に置いたビニール袋から温かいコーンポタージュとチキンの紙袋を1個ずつ取り出す。
そして袋を開けると、手を汚れないように紙袋で肉の一部を持ったままチキンへとかぶりつく。
サクッとする表面の皮はスパイスがたっぷりとかけられている。中の肉はやわらかく、ほどよい弾力があってハーブの風味が感じるのは実においしい。
噛んでいくと肉汁が口の中で広がっていき、幸せな気分になる。
「これをどうぞ」
「おっ、ありがと」
フラッシュからコンビニで渡されたナプキンを受け取ると膝の上に置いてチキンを食べ進めていく。
「そんなにおいしいんですか? コンビニの物はあまりおいしくないという印象があるのですが」
「できたての時よりも味は落ちるけど、おいしいよ。フラッシュも食べてみるといい」
「では私も食べてみますね」
そう言ってフラッシュはチキンの袋を取り出すと、じっと見つめてから袋を破る。
そして鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
すると耳をピンと立ち上げ目を大きく開くフラッシュ
「これは……食欲をそそるいい匂いですね」
「だろう? 冷めるまえに早く食べて」
フラッシュはゆっくりと口を近づけ、小さく噛む。
チキンの皮と少量の肉を食べ、その次は嬉しそうに口を大きく開けてはチキンへとかぶりついていく。
その姿はまるで初めてフライドチキンというものを食べたかのような。
おいしそうに物を食べる女の子の姿は、とても心にいい。
見ているだけで仕事の疲れは吹っ飛ぶ。吹っ飛ばないわけがない!
俺は横で食べるフラッシュの姿を見つつ、チキンを食べ終えて手を拭く。
フラッシュも最後まで食べ、骨についている小さな肉の部分までも頑張って食べようとする姿はかわいい。
ほほえましく見ていると、俺の視線に気づいたフラッシュは恥ずかしそうに残っていた骨を紙袋へと入れてはナプキンで手を拭いた。
「これはですね、意外にもおいしかったので驚いたんです。コンビニにこういうのがあるだなんて。普通、こういうのはないものでしょう? 少なくてもドイツにこれほどおいしいのはありませんでした」
早口で言い訳をするのもかわいい。普段は落ち着いている系の子だから余計に。
「ドイツにもコンビニはあるんだろ?」
「ありますけど、数はとても少ないですよ。ドイツには閉店法というのがあって、小売店舗の営業は平日だけなんです。営業時間は午前6時から午後8時までと日本で比べれば不便で。
空港や駅といったところは例外として遅くでもやっていますが」
「それは不便だな」
「最近だと規制緩和が進んで、24時間営業が可能にもなっていますがまだまだ少ないです。でも元からコンビニがなければ不便とは思わないですよ」
「そういうものか。それで味はどうだった? よかっただろ?」
「はい。チキンの味はすごくおいしかったです。料理のお店ではなく、幅広く扱っているコンビニでこんな味があるだなんて」
「コンビニは上手に利用するといい。そうすればトレーニングの効率がよくなる」
お金さえあれば、すぐに必要なものが買えるのは便利だ。ランニングをするのにペットボトルなんて持つのは邪魔だし。
近いうちにコンビニの有効な使い方というのを他のトレーナーに聞いて自分用としてまとめてみようか。
「コンビニはなんでも値段が高いと思いましたけど、骨付きのお肉があの安さでおいしい味なのは素晴らしいですね」
「ああ。冷凍食品も多くおいてあるからコンビニがない生活は考えられないよ。ほんと、レンジですぐご飯ができるのは便利すぎる」
たまに外国へ行くが、それと比べれば日本のはなんと味がいいことか。値段が安い割に味がいいというのは、そうはないと思う。
まぁ日本の食べ物だから日本人向けの味付けにしているということもあるが。
次は冷たいおにぎりを食べよう。
「フラッシュ、おにぎりを取ってくれないか」
「食べるんですか? これ以上食べると体によくないですよ。トレーナーさんは私と違って運動をしませんからカロリーの消費予定がなさそうです」
「ビールを飲まなければ最終的には大丈夫だ」
さきほど出会ったときと比べ、俺に困り顔で注意するのはいつものフラッシュだ。
うまいものを食えば、なんとかなってしまうのは結構ある。うまい物は落ち込んでいるときにはすごく効果的で気分を明るくしてくれる。
あきらめ顔でフラッシュからおにぎりを受け取り、袋を開ける。
ゴミはポケットに入れ、おにぎりへとかぶりつく。
すると噛むのに合わせ、ノリのぱりぱりという音が聞こえる。食べたときの音を楽しめる食べ物というのはそうはないと思う。
ほどよい米の固さで、軽く噛むと弾力と米のほのかな甘さはうまい。素朴な味と言えばいいんだろうか。
梅干しの酸味もいい。この刺激で唾液が出て食欲を増やしてくれる。
おにぎりのすばらしさを味わっていると、ふと隣を見ればどうしようか困っているフラッシュの姿が見える。
両手でおにぎりの袋を持ち、パッケージに書かれている説明をじっと見つめている。
「開け方を教えようか?」
「はい、お願いします。私もトレーナーさんのように美しい状態で食べたいので」
おにぎりは上手に開けないとノリがばらばらになってしまうからな。味に変わりはないとはいえ、綺麗なままでいてほしいよな。
「三角形のてっぺんに引っ張るところがあるだろ? そこをつまんで下に引く。次に右側の袋を引っ張り、最後は左だ」
俺が言うままにおにぎりを開けていくフラッシュ。最後には白い米が美しい状態でノリに包まれたものができあがる。
おにぎりを見たフラッシュはほほ笑み、おにぎりを持ち上げては街灯の光に照らして観察している。
「綺麗な形ですね」
「食堂でおばちゃんたちが作る、ふんわりとした丸いおにぎりもいいがこういうのもいいよな」
「はい。直線がしっかりしているのは好感があります」
じっくりとおにぎりを見たフラッシュは口を小さく開け、おにぎりを食べていく。
チキンの時は勢いよく元気に食べていたが、静かに時間をかけて味わっている。
口の中に広がる味を全部楽しもうというような雰囲気だ。
俺はすっかりと食べ終わっており、フラッシュが食べる様子を見つつ夜空を眺める。
「おいしいです、すごく」
「それはよかった」
そう言ったフラッシュの表情はすっきりしたようで、おにぎりを食べ終えると温かいコーンポタージュの缶を渡してくれる。
両手で握って少しの間だけ手を温めると、プルタブを開けて飲んでいく。
コーンの優しい甘みは寒い体にじんわりと効き、小さく安堵の息をつく。
夜中、静かな時間に温かい物を飲むと心が落ち着く。
フラッシュもコーンポタージュを飲み始め、おだやかな表情へとなっていく。
お互い静かに飲み続け、飲み終わると俺は立ち上がった。
「さて、帰ろうか。まだ走るとは言わないだろう?」
「はい、帰ります。今日はありがとうございました」
「おう。気が向いたら頼ってくれよ」
そう言ってゴミが入った袋を取ろうとするも、フラッシュによってかわされる。
フラッシュが持つのを奪おうと2度挑戦するも取れないのであきらめた。
ちょっとだけ勝ち誇ったような表情を浮かべてくるのにイラッと来たものの、大人の俺としてはスルーしておく。
そして公園を出て何事もなく寮へとフラッシュを送り届けて1日が終わった。