斬伐のクリカラ~女装ゴスロリ剣士だが弟子によくない目で見られている気がする~   作:灰鉄蝸

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ツンデレをこじらせた魔女に悲しき過去…

 

 

 

 

 

 

「なにこれ」

 

 ミドウ・クレハはびっくりして目を見開いていた。

 プリンを食べ終えてご機嫌で喫茶店を出た女傭兵が目にしたのは、はるか上空から落下してくる黒い影、そして着弾の衝撃波で舞い上がった土煙であった。

 音がほぼ同時に聞こえる程度には近くの出来事だ。

 

 轟音がした。地響きのような振動が伝わる足裏の感覚。視界の中で上空へと急速離脱する黒い巨影――おそらく竜魔種(ドラゴン)だ――と、入れ替わりに街の一ヶ所に集る翼竜の大群。

 えらいことになっている。

 

「ヨミナガってすごいわね」

 

 この街では良くあることなのかと思ったが、周囲の悲鳴を聞いているとどうもそうではないらしい。通行人は誰もがパニックになっているし、割れた窓ガラスで怪我をした住人が流血しているだとか、よけいな情報まで聞こえてくる。

 かなりの大惨事だ。

 

 しかしだからといって人命救助のため現場に向かうほど、クレハはお人好しではない。赤い耐環境コートに身を包んだ魔女は、チッと舌打ち一つ。

 せっかく美味しいものを食べて気分がよかったのに、ケチがついた気分だった。

 どうせデーモンどもは地元のデーモンハンターか武装警備隊がなんとかするだろう、ならば自分の出る幕はない。

 

 そう思って、土煙の舞う景色――いきなり大通りのど真ん中に大型デーモンが落下してきたにしては、周辺被害が少ない気がした――に背を向けた瞬間。

 ものすごい速度でこちらに近づいてくる気配を感知。人間離れした高密度エーテルの塊が、弾丸のように突っ込んでくる。

 ダガー型の剣杖に手をかけた刹那、呼びかけを聞いた。

 

 

「――クレハ」

 

 

 レンだった。

 たった今、デーモンの大群を斬り捨てたところらしい男の剣杖には、液化エーテルの銀色の血がべっとりと付着している。

 一見すると女の子に間違えそうになる美男子は今、常日頃のむかつく微笑みを浮かべたまま、こちらをじっと見つめていた。

 単刀直入に話を切り出された。

 

「弟子がデーモンにさらわれた、お前の知っていることを話せ」

 

「もうちょっと殊勝な態度、あんた取れないの?」

 

「すまないが、手短に頼む」

 

 ここまで自己都合をゴリ押しされるといっそ清々しい気分だった。あまりに苛ついたのでどう断ってやろうかと思い、意地悪な質問をぶつけてみる。

 

「へぇ、何? あたしがクソッタレの化け物どもと繋がってるかもって?」

 

「ミドウ・クレハは無法者(アウトロー)だが人類の裏切り者ではない。その点でおまえを疑ったことは一度もないよ、クレハ」

 

 こいつはひょっとして人の心が読めるんじゃないかと思えるほど綺麗な返しだった。

 少しだけ気分がよくなったクレハは、やれやれと肩をすくめる。

 

「答えてあげてもいいけど、あんたこのあとどうする気?」

 

「大丈夫だ、おまえに迷惑はかけない――」

 

 その一言がクレハに埋まっている爆弾を的確に爆発させた。いっそ清々しいほど地雷を踏んづけられた気分だ。

 この期に及んで仲間はずれか、とむかっ腹が立ったのである。そしてミドウ・クレハはこういうとき、この唐変木に我慢してやるほど人がよくなかった。

 感情を乗せて声を張り上げる。

 

 

「――あたしのレンはそんなこと言いませんがぁ!?」

 

 

 音速超過。

 パァンと空気が爆ぜる音と共にビンタをぶち込んだ。

 意外なことにアサバ・レンはクレハの平手を避けることなく、真っ正面から自分の頬で受けた。とても柔らかい肉を打ったとは思えない重い手応え。高密度のエーテルを導通させている物質特有の感触だ。

 衝撃で傾いだ身体を元に戻しながら、レンはけろっとした顔でこちらに向き直る。

 

「おまえが激情家なのは承知しているが、すぐ暴力に訴え出るのはやめないか。死ぬかと思ったぞ」

 

「けろっとしてるじゃない、人間離れしすぎよあんた」

 

 毒づいたあと、クレハは何事かと集まってきた野次馬どもを睨み付けた。女装の麗人とおっかない美女の修羅場は、たとえデーモン襲来の大惨事の直後だろうと野次馬根性をかき立てるらしい。

 

 じろりと殺気の乗った視線をぶつけられ、慌てて散っていく野次馬ども。

 雑魚が、と舌打ちしたあとクレハは手短に事実を述べた。

 

「あたしが知ってるのは、依頼人が匿名希望のどこかの誰かさんで、アホみたいな前金でクズルの生き残りを探すよう頼んできたってことよ。本物のアサバ・レンが関わってることは聞いてなかったけどね」

 

「依頼内容じゃないか、それ。こう、プロ意識とか守秘義務とか……いいのか?」

 

「デーモンと繋がってるカス相手にはないわよ、ンなもん」

 

 どうやらこの男は、未だに自分のことを何も考えていないバカだと思っているようだった。

 その事実がひどく嫌だった。

 クレハは心の奥深くしまっていた、惨めな傷跡を思い出して。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてクソに決まってる――あたしが人間扱いできるのはね、視界に入ってる半径百メートルの中のこれまた半径十メートル圏内だけなのよ。お人好しがすぎて殺し合ったレンとミオにはわからないでしょうけどね」

 

 噛みつくような言葉だった。

 レンが目を見開く。

 

「クレハ――」

 

 あの大崩壊後の東京で、レンとミオとクレハが連んでいたのは最初の数年間だった。有志でデーモンハンター協会を立ち上げて、東京中の諸勢力と交渉してまわり、デーモンを駆除して最低限のライフラインを確保する日々は楽しかった。

 だが、そうして組織を立ち上げてしばらく経つといろいろとしがらみができて息苦しくなっていった。

 

 お人好しのレンとミオを罠にハメようという輩は大勢いたし、政治的な妥協だの取引だの、それはもう不愉快なふっかけ方をしてくる相手も大勢いたのである。デーモンハンターに助けられておいて、不平不満しか述べないクソッタレの愚民どもにも事欠かなかった。

 我慢がならなかったのだ。

 

 本当ならば自分は、二人を支えてやるべきだったのだと思う。

 そしてそれができないのが、当時のクレハだった。個人主義者でアウトローの少女は、妥協と許容を必要とするコミュニティに居場所がなかった。

 ミドウ・クレハは最終的に、組織を脱退して流浪の旅に出ることを選んだ。その前後でいくつもの暴力沙汰を起こしていた彼女は、それでもなお最愛の親友二人に見送られることができた。

 

 アサバ・レンとキサラギ・ミオなら何があっても大丈夫だ、とそう思ったのだ。あのときクレハは、この二人の未来に幸あることを切に願った。

 さらに数年後、彼女は風の便りでキサラギ・ミオの死を知った。

 

 悪い冗談のようだった。

 大急ぎで〈ヘヴンズ・ベル戦争〉の跡地に駆けつけたクレハを待っていたのは、東京中の救世主(メシア)気取りの超人を斬り捨てて、群雄割拠の内戦状態を終わらせたレンの姿だった。そうして有力な武装勢力の一つに過ぎなかったデーモンハンター協会は、大崩壊後の日本で強い影響力を持つ組織に育っていった。

 

 一体何があってそうなったのは定かではない。

 ただクレハは、レンがミオを手にかけたことだけを知らされたのだ。

 無責任な第三者の噂話はいくらでも聞くことができた。痴情のもつれだの権力闘争の結果だの、聞きたくもない言説ばかり耳に飛び込んできた。

 

 どいつもこいつもぶち殺してやろうかと思った。あのレンとミオに限って、そんなくだらない理由で命の奪い合いになるはずがない。

 そして幾度問いかけても事情を話そうとしないアサバ・レンに対して、クレハが執着を抱くようになったのは必然だった。幾度かの殺し合いを経て疎遠になっていた二人は今、クズル・ミスラの拉致という非常事態を通じて関わり合っている。

 灰髪の魔女は、その胸中に渦巻く愛憎と劣等感(コンプレックス)をぶちまけた。

 

 

 

「それとも何!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけ!?」

 

 

 

 それはたぶん、この百七十年間、ずっとミドウ・クレハが自身に問い続けていた疑問だった。

 旧知の傭兵の切実な慟哭を聞かされて、女装の麗人は明らかに動揺していた。何を考えているかわからない微笑み――いつからこいつは、こんな風に表情を作るようになったのだろう――が崩れていく。

 クレハに対して彼が見せた人間性の発露は、あまりに不器用な言葉になってあふれ出た。

 

「違う。たぶん俺もミオも間違ったんだ。俺たちの中で、おまえだけが――」

 

 慰めではなかった。

 たぶんこいつは、アサバ・レンは本気でクレハが正しかったと思っている。

 何もかも放り捨てて無秩序と混沌の中で気ままに生きることを選んだ友こそが正しく、人身御供のごとく我が身を捧げた自分たちが間違っていたのだと。

 

 

――()()()()()

 

 

 クソみたいな台詞だった。

 あのときは自分こそが正しかったのだと、逃げたおまえにはわかるまいと、憎たらしく胸を張ることもしないなど。

 

 しおらしく過ちを認める?

 そんな卑怯な物言いがこの世にあっていいのか。

 そして自覚する。

 

 ミドウ・クレハは今なお、アサバ・レンとキサラギ・ミオのことを愛している。

 だからこんなにも許せなくて、納得できなくて、こうして金にもならないのに突っかかっているのだ。

 鬼火色の瞳を潤ませて、クレハは叫んだ。

 

 

「――――歯ァ食いしばりなさいこのバカッ!」

 

 

 拳が出た。

 顔のど真ん中にクリーンヒットした。

 どごぉ、といい音がしてレンの身体が揺れて、ふらつきながら体勢を立て直した。

 肉を打ち、骨を砕く感触はない。あまりにも高密度のエーテルが充填された肉体は、生半可なダメージで傷つかない。

 

 殴られた鼻を指でさするレンには、満足にダメージが入った様子がなかった。コンクリート壁を陥没させる威力のパンチがまるで効いていないのだ。

 

「鼻血一つ出さないとか、マジで可愛げないわね……」

 

「普通の人間なら頭蓋骨が砕けていたぞ、俺は美少女なので平気だが」

 

 妄言が飛び出してきた。

 昔は女装趣味などなかったのに、レンはいつからこうなってしまったのだろう。ナルシストみたいな言動もこんなときまで出てくるとは重傷だ。

 辟易(へきえき)してクレハは顔をしかめた。

 

「何そのテンション気持ち悪ッ……まぁスッキリしたわ」

 

「おまえなー……本当そういうところよくないぞ」

 

「あんた以上にあたしをイラつかせるバカはいないから安心なさい、グーパンで殴るくらいなら普通は殺すわ」

 

「一方的な暴力の被害者になっている美少女がいるようだな……」

 

チ〇ポついてるくせに

 

 クレハが語気強めに突っ込むと、黒髪ロング女装ゴスロリ剣士(ガーターストッキングと見せパンツまで着用済み)は、いい感じにキマッてる笑顔を浮かべた。

 

 

「――美少女(カワイイ)とは生き様だぞ、そしておまえもまた美少女(カワイイ)

 

 

 目が本気だった。

 こいつやっぱちょっとおかしくなってるわね、と結論づけつつ、クレハはため息をついた。

 嫌味が効かないタイプの自己陶酔マゾ感傷野郎のようね――と酷評しながら、事務的に口を開く。

 

「で、どうすんのよ」

 

「……状況証拠から見るに、ヨミナガ駐屯軍はデーモンに掌握されている。俺はこれから全部斬る予定だが……」

 

 さらっと頭のおかしいことを言い始めた。

 やはりこの男、ネジが外れている。

 

「聖塔連邦に喧嘩を売る羽目になるかもって話? バカね、そんなクソデカ不祥事、向こうだってもみ消したいに決まってるでしょ」

 

「……伝手があるのか?」

 

「あたしはあんたと違ってイカレてないのよ」

 

 東京決戦〈ヘヴンズ・ベル戦争〉の事後処理が終わって情勢が落ち着いたあと、アサバ・レンは姿を消していた。

 どこで何をしていたのかは知らないが、噂話で流れてくる〈斬伐者〉の悪名を聞くに、大人しくしていなかったのは間違いない――とにかく一所(ひとところ)に落ち着いていなかったらしいレンは、長生きしている割には聖塔連邦に人脈(コネ)がない。

 

 身勝手で暴力的で享楽的で個人主義者のミドウ・クレハは、しかしながら傭兵としての活動歴は長く、そこそこ恩を売った相手もいる。

 政治家は長生きしていて人脈が多いやつほど強い。

 

 そしてクレハよりも長生きの政治家はいないのである。

 結果として「駆け出しの頃に命の恩人になってくれた凄腕傭兵」という唯一無二の地位を、クレハは獲得していた。

 

 あれほど嫌っていた政治的立ち回りというやつを、いつの間にか灰髪の魔女は覚えていた。それはたぶん、大きすぎる挫折――大好きな親友二人が地獄に堕ちるのを止められなかった――の分だけ、少女が大人になってしまった証だった。

 レンが納得したように頷いた。

 

「恩に着る」

 

「貸し一つよ」

 

 バカなやつだ。

 ただより高いものはないと気づいているだろうに。

 どうして自分はこんなにも金にならず、厄介ごとでしかない事件に首を突っ込んでいるのか――そんな疑問をねじ伏せて、ごく自然にクレハはこう言っていた。

 

「昔のよしみよ、あたしも力を貸してあげる」

 

 沈黙。

 何故か黙り込んだアサバ・レンは、数秒後、神妙な顔でとんでもないことをのたまった。

 

 

「クレハ、放射線に耐性はあるか?」

 

 

 冗談という雰囲気ではなかった。

 

 

「ちょっと待って、あんた核爆弾でも持ってるわけ?」

 

 

 早速、協力すると言ったのを後悔し始めるクレハだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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