そこは、この基地にある建物の中で最も高い場所にある、私が中々使わないでお馴染みの所長室である。
常に行方不明の神出鬼没。直接会うためにはニュータイプが必要と張り出されるレベル。情報端末に用事と時間と場所を指定してくれれば必要なときには既に後ろにいるでお馴染みの私、ブライアンである。
久しぶりのフッカフカの椅子! 高そうな装飾品! 立派な机! おお! 高ぇ! いい眺めよ! でも何故に高いところに作るんか理解できねー! 移動も面倒いし、狙われたらひと溜まりもないやんけ! なんか利点とかあるんか?
「こんにちは、シェリー・アリスンさん」
「こんにちはブライアンさん。その、何か御用でしょうか?」
わざわざ呼び出したのには訳がある。
たまには珍しくも、このオーガスタのトップとして威厳を出さねばならない時もあるのだ。明日はきっと槍が降るぜ!
ぱらりと机の上に差し出すように置いた紙には彼女のパーソナルデータが書かれている。
「タチアナ・デーア。それが君の本当の名前だ。単刀直入に言おう。君はジオンのスパイだね?」
よく見なければわからないほど一瞬の動揺。でも流石はそのための兵士。すぐに立て直す。まあ当然否定してくるだろうが、生憎私はそっち方面にめっぽう強いのだ。
「な、何のことでしょうか……! そんないい加減なこと言わないでください!」
「残念だけど、もう勝負はついているんだ。君が何処に情報を流しているのかも、私の手のひらの中だ。まだ連邦に報告はしてないけどね」
強いストレスで冷や汗に瞳孔が開くのを確認する。
シェリー・アリスン。
彼女はこのオーガスタのテストパイロットの一人。パイロットの中でも類まれな操縦技術を持つ人で、人手不足という要因もあるがその腕を見込まれて連邦の部隊への打診が来ているほどだ。
「…………」
「頷かなくていい。私はジオンか連邦か、そんなもので線引きするつもりはないし、君を拘束するつもりもない」
「そ、そんなことって! いえ、では何故ここに呼んだのです!」
次に机に置くのは遊撃特務部隊ファントムスイープ隊へのお誘いだ。
「まさか、裏切り者と知りながら、連邦の部隊に送るつもりですか? いったい何を考えて……?」
「もちろん断っても構わない。同胞を手に掛けるかもしれないし、それよりだったらうちのテストパイロットにいても良い」
「その、話が見えません。何が目的なんですか……?」
少し話をしようとソファーに座るように誘導する。
ちゃんと紅茶を入れてお菓子のクッキーもあるぜ! 毒が無いと証明する為に先に飲んでみせる。
「私は一年戦争のとき、父上の手伝いでガンダム開発の手伝いをしていたんだ。その時の私はボンボンの世間知らずで、その上前線に立たない甘ったれで。戦争なんて何処か別の世界の、テレビの向こうの話のように思えていたほどだ。愚かにもね。だから、ガンダムという兵器を造ってる実感なんか無かった」
その仕事は末端も末端で父上やテム・レイ殿に比べれば恥ずかしいレベルだ。
それでも完成した当初は、なんて凄いモノを造ったんだ! なんて感動した。そこに兵器を造っているという意味も意識も、その重さも理解しないまま技術者の一人として紛れ込んでいた。
「でも、ガンダムが戦場に出て、パイロットが知り合いの子供でその戦果を聞くたびに、怖くなった」
せめて、誰とも知らない軍人だったのならまだ良かったのに。
脳裏にフラッシュバックするのは、テム・レイ殿がいつも写真で持ち歩く大切な自慢の息子。内気で機械いじりが好きな素朴な少年の姿。
ガンダムに乗って戦っていたのは年下の知り合いだった。しかも、ホワイトベースのクルー達も、その名前をどこか世間話で聞き覚えのあるコロニーの子供たちだった。
ぬるりと心臓にへばりつくような罪悪感と気持ち悪く背中に張り付くような悪寒がした。身近に戦争があることを実感と共に心に影を落とした。
技術者としても軍人としても中途半端な私は沸き立つ周囲のように素直に喜ぶことができなかった。
理解したのは子供たちが戦争に参加していて、間接的にでも、私は、私たちは人殺しをしているし、させてもいる。その卑怯さと卑劣さに気づいてしまった。
「私は知らなければならないと思ったんだ。ザビ家はともかく、ジオンは何故戦争を仕掛けてきたのか。ジオン・ダイクンの思想とは何なのか。連邦は何を間違っているのか。それはもう受験勉強以上にたくさん勉強したよ。久しぶりにね」
ジオン公国が犯した罪は許されないものだ。沢山の犠牲を出したやり方は、やはり間違えている。それだけは確かだ。ザビ家という歪みがあっても、その思想は間違えてはいないものだったのに。
ただ、だから、知ろうと思ったきっかけをくれたことだけは感謝している。
汚染されゆく地球、強制移民、特権階級の傲慢、スペースノイドに対する差別意識。そして、それら全て一年戦争があっても何も変わっていないという事実。
そして何よりもジオンから得るべき教訓は悲劇と憎悪と苦痛を伴う革命は負のスパイラルばかりに目を向けさせられるばかりで、結局何も変えられないという現実を証明をしてくれたこと。
ならば……。
「これから先の子供たちの為に、今をそして未来を変えるなら血の流れない革命が必要だ。その為にはジオンも連邦もアースノイドもスペースノイドも、そんな線引きを越えた在り方が必要不可欠だろう」
私が無い頭で考え出した方法は二通り。
人類を人工でもなんでもニュータイプへと覚醒させて、人類が抱える問題を誤解なく共有することで速やかに宇宙へと旅立っていくこと。
ニュータイプの能力。その最たるものは認識、認知力の個を超えた拡大、共有である。ならば、彼らによく言われる誤解なく分かり合えるというのは、個人の意志や思想を分かり合うのではなく、人類が共通して持つべき危機意識やものごとの価値観を分かり合うものなのだろう。
常日頃、個の問題である明日のごはんの献立を考えるのが精一杯な私たちだ。
地球温暖化や環境汚染なんて頭の隅にしかない。むしろ、考えることすらしないのが当たり前だ。だが、それは本来人類が考えるべき問題であり、誰しも頭の隅にはある、個を超えた全体の問題。
ニュータイプになれば、頭の隅にある全体で考えるべきだけど個の問題より優先度が低いとされていたその問題が、分かり合い共有されることで大きくなり、やるべき優先度が高くなり、自然と問題解決へと歩みを進めるのだろう。
まっ、知らんけど。
だって私はニュータイプじゃないし、私の観測による独断と偏見の仮説だし、人類の革新やで? たぶんイケるやろ!
もう一つの方法はモビルスーツでも何でも良いが、宇宙へ経済圏の中心を変更させることで宇宙こそ特別だと認識させる。地球よりも居心地の良いと言えるところまで発展できれば、自然と宇宙へ旅立つようになるだろう。
地球がこれまで六つのサイドの支配が出来ていたのは、その経済力もあるが母なる星という特別性に他ならない。
ジオンに自治権を与えてしまえば、それぞれのサイドが成長して対等の影響力を持ったとき、今のジオン同様に自治権を求め始めるだろう。地球と六つの国が出来上がるも同然になる。そうなれば西暦の戦国時代が宇宙世紀で到来することになる。
戦争は必ず起こる。
他者を淘汰して生き残ること。競争こそが人の性。欲望ではなく、ホモサピエンスたる我々が他の猿人類を皆殺しにしたように、その進化の過程で遺伝子に刻んだ本能だ。七つも競争相手がいればどうなるか、歴史がそれを証明しているだろう。
ならば地球を特別扱いしたままに価値を落とす。宇宙を魅力的に演出し、自然と宇宙へ行くことがステータスになるよう仕向ける。そして、最終的に地球は政治をするだけの場として利用し、『君臨すれども統治せず』を実現する。
モビルスーツは、その巨大さ故に宇宙での運用に移しやすい。集団での大会を開くなら尚更。手段として都合の良いものだろう。
「これが私の考えたプランだ。私は連邦とジオンのどちらにも根を張り、これから起こる最悪を防ぐ為に動こうと考えている。そして今はその手段が整うまでの防衛と自衛の力がほしい、のよね?」
「…………私に二重スパイをしろと、おっしゃるのですか?」
「いやいや、違うぜよ。君が、君たちがどうしようもない状況になったとき、私を頼ってくれると嬉しい、と言ったんだ」
「…………もう、私には貴方が考えてることを理解できかねます」
「そう悩む必要もないよ。簡単に言えば、いつでも帰ってこい! ファントムスイープ隊もインビジブル・ナイツもジオン軍の残党も面倒みるって話だ! んじゃっ、話は以上! そんな感じでよろしくー!」
「は、はいっ! ……もう、何がどうなって……?」
頭から煙を出して、ふらふらと自身の職場に戻っていく彼女をバイバイと手を振りながら見送る。その手にはしっかりと異動届。きっと良い戦力を連れ帰ってくれることだろう。
まあ、いい感じのところで介入する気満々ですけどね!
そして数週間後、私は宇宙に来ていた。
様々な情報が表示されている巨大なモニターを背にブリーフィングを行っている。
本作戦はスレイヴレイス隊と秘密裏に協力関係にあるジオンのマルコシアス隊との連携を必須とする任務である。
シーマ艦隊はジオン共和国、地球連邦のどちらからも狙われているという特殊な状況ゆえに、その行動範囲は狭まる。
後は各地に拠点のあるアナハイム・エレクトロニクス社、ジオンのあるサイド3にはマルコシアス隊、サイド1を造ったサナリィを始めとするその他の各コロニーに強い取引相手から情報を元に、彼女達の居場所を特定することに成功した。
作戦はこうだ。
補給船のように偽装した船を複数用意。その中身は我々オーガスタの戦力である。そして、彼女達が仕掛けてくるタイミングでびっくり箱の如く応戦、時間差でマルコシアス隊が戦艦の方を奇襲させる。ただし、当たり前だが殺し厳禁である。
ドッキリ二段重ね戦法である。
やっぱり情報を掴んでる方が有利なのは間違いない。それでも難易度高いんですけどね。
追い込まれた狐はジャッカルより凶暴である。背水の陣で生きる彼女たちの抵抗は激しいものと予想される。
それでもあちらは資源に乏しく余裕がない。対してこちらは潤沢よ。残酷だがニュータイプでもいなければ数と兵站の差は埋まらない。戦艦もろとも制圧し、拘束する。あとは協力を仰いでいるアナハイム・エレクトロニクス社で偽装を施し、オーガスタへ連れ帰る。
名付けて! お前も家族だファミパン作戦……ではなく、エフェメラル・ティアドロップ作戦である!
「以上がシーマ・ガラハウの経緯と現状である」
モニターで説明していたのは彼女達の経歴だ。
シーマ・ガラハウはジオン公国の元将校であり、一年戦争後にコロニー落としに使われたコロニーの虐殺を独断で実行した首謀者としてB級戦犯となっている。
戦艦リリー・マルレーンと一年戦争を生き残った部下達と共にジオンから離反し、結果ジオンからも連邦からも追われる立場となった。
今は身を潜めているようだが、できるはずだったアクシズでの補給がままならず、このままでは海賊行為に走るしかなくなるだろう。
そんな現在最も疑心暗鬼な時期であるシーマ様ご一行にへーい! ちょっとお茶しなーい? と交渉に行ったところで中指立てられて終わるだけだろう。
ならば強制的に連行してパーティーでも開いて贅沢の限りでオモテナシをしてやろうではないか! ヘッヘッヘ! そうした方がその後の交渉も速やかになるだろう。
「ジオン公国のコロニー落としはギレン・ザビによる計画的なものであり、指揮系統が違えど、その為の破壊工作は軍が指揮を執ったものであるのは明白である。そもそも一将兵が、連邦を相手に戦争予定の軍から毒ガスを持ち出し、大量虐殺を行うなどという話は余りにも荒唐無稽なものだろう。彼女のこれまでの背景や部下の忠誠を鑑みるに実行犯ではあるが、首謀者である可能性は限りなく低いものと考えられる。そこに何があったかは同じ境遇の多い貴殿らには想像に容易いものだろう」
つまり、上司に裏切られたのだ。
命懸けで戦い続けて、こき使われて、それでも敗戦し、その上同胞から亡命を拒否される。どれほどの失意と絶望と屈辱を味わったことだろうか。推し量るには余りある。
スレイヴレイス隊のメンバーが揃いも揃ってあー、となにかを察する表情をするのは心当たりがあるからだろう。
「この話をしたのは彼女たちに同情を強いる為のものではない。ましてやジオン公国に対して批判するものでもなければ、連邦の無能さを嘆くものでもない」
そんな薄っぺらいもので彼女たちを受け入れるのではない。
ここにいる者たちはみんな私の計画に賛同する者たちだ。それならば私の言葉を理解してもらわねば困る。
「加害者や被害者は見る方向で姿形を変えるものであり、色眼鏡をかけて見る世界が如何に狭く、誤解にまみれているかを我々は心せねばならない。善悪、正義、大義というものは所詮、立場、環境、状況が生み出した幻想であり、利用すべき手段でしかなく、都合の良い言い訳に過ぎない!」
まともな神経をしているならジオンの、しかもB級戦犯を仲間として迎え入れるなんて頭がおかしいと思われて当然だろう。
だが、私にとって盤上にある駒は常に無色透明。
その色を勝手に付けているのが我々の心だ。そんなモノに囚われている限り、人は前へは進めない。そして何より共に歩む可能性があるのに捨ててしまうのは勿体ないことだ。
「アースノイド、スペースノイド、地球連邦、ジオン共和国。いくら、なにに、どう名前を変えようと、我々はみな同じ人間であるということを忘れてはならない! そこに線引きも区別もレッテルなどというものも存在しない! そう思い込む、己の中にある差別意識こそが我々の真の敵である!」
きっと私と貴方は違う。そんな当たり前なことで戦争は起こるのだろう。だが、だからといって、そのまま放置して分かり合うことを根本から諦めたら何もかも意味がなくなってしまうだろう。
「私が部下たる貴殿らに求めることはただ一つ。見せかけの情報やひと時の感情だけに踊らされることなく、俯瞰を持った己の内なる神たる視点をもって物事に対峙し、最善たる未来を見据えること」
宗教的な話ではなく、怒る自分がいて、悲しむ自分がいて、その中に客観的に物事を判断し、冷静に動じることなく、ただ最善の未来を選ぶ超然たる自分を一人置いておくこと。その為の覚悟と決意を常にしておく、そう生きろとも。
「無論、私の選ぶ道が間違いだと思うならば私を撃ち殺せ。君たちが任務に命をかけるように、私も貴殿らに命を預ける。……さて、話が長くなってしまった。さあ、そろそろ始めるとしよう」
オーガスタ研究所は現在戦力に余裕があるわけではない。
スレイヴレイス隊が攻守の要となっており、もしも現作戦が長引き、その隙にエースのいないオーガスタを襲撃されればひと溜まりもないだろう。
「上司が裏切り、軍が見捨て、神が手放したというのなら、我々が貰い受ける!」
故に迅速かつ正確な行動が求められる。その為には此処にいる全員の細やかな連携が必要不可欠だ。
だがその心配は必要ないだろう。
「私の命令に異論があるものはいるかァ!」
「「「「「ねぇよ!」」」」」
ここには四方八方から集められた腕利きのパイロットが沢山いる。だが代わりに軍隊らしからぬ者たちしかいない。
「ならばよし! エフェメラル・ティアドロップ作戦を開始する!」
「「「「「はっ!!!」」」」」
その傾奇者たちが一勢に立ち上がり、軍隊顔負けの一糸乱れぬ敬礼と返事する。
その覚悟を引き出し、そう忠誠を誓わせ、そうさせるカリスマ性こそ、ブライアン・マーセナスの真骨頂である。
多分ブライアン君ならこう考えるかな、と。