聖譜暦1646年。12月20日。
Tsirhc教譜ではもうすぐクリスマスだ。
無論、それは武蔵であっても変わらない。
元々お祭り騒ぎが大好きな武蔵の住人。
聖譜記述にあるお祝いがあれば武蔵総出で騒ぐ。
祭りがあると、大体が出店を出し、生徒会会計や浅間神社を通す。
そして、こういったTsirhc系のお祝い事、特にクリスマスは盛り上がりが凄いことになる。
主にリア充への攻撃が。
そんな中、武蔵アリアダスト教導院一年。白百合・葉月は悩んでいた。
「……んー」
目の前に広がるのは紙の図面。
そこには、葉月が経営している喫茶店『ワグナリア』の店内の装飾をどうするか、というものが書かれていた。
「……どうしたもんだか」
「どうしたんですか葉月君」
ふと、浅間がやってきた。
「……悪いが浅間。これは俺の店の問題でな。浅間神社に申請とかはしないぜ?」
「あのー私のことどう思われてるんでしょうか……」
「冗談だ」
そういうと、紙を浅間に見せる。
「『ワグナリア』の店内装飾ですか?」
「ああ。けどさー。イマイチ決まんなくて。なんかない?」
と、葉月は聞く。
浅間も、うーん、と悩む。
「そうですね。蝋燭とかどうです? クリスマス仕様の」
「それは考えてあるんだが。問題は店内の内装を他にどうするか……」
「モールはどうですか? Tsirhc教譜だとモミの木に飾り付けをして、それを置くみたいですよ?」
「ああ。クリスマスツリーか……入るかなぁ。小さい奴ならギリギリいけそうだが」
それから二人はあーでもないこーでもない、と議論を交わす。
それを見ている梅組は、
「おい誰か黒珈琲持って来い」
「アレで葉月殿が気づかないのがおかしいで御座るな」
「つーかナルゼ。アレ、ネタにしねえの?」
「し辛いのよ。なんていうか、こう……あからさますぎてネタにするのが呆れてくる」
「クククあの鴛鴦夫婦。何でくっつかないのかしら。ああもう見てるだけでゲキアツね! そうよねミトツダイラ!」
「何で皆は煽るだけですの!? ほら! 智は葉月が困っているから将来も見据えて行動を、って甘ッ! 激甘ですわ!!」
やかましい。
葉月も浅間もそのことには目を逸らし、話を続ける。
「んー。とりあえずこんなところかな。後は、格好だな」
「服も何かするんですか?」
「まあな。神耶いるかー?」
と、葉月が適当に呼ぶ。
すると、いつの間にか神耶が背後に回っていた。
「……ぁぅ。何?」
「お前今の今まで寝てただろ」
「ああうん。全然寝てないよ? うん」
「信用ならねえ。ってかそれはどうでもいいし。この間頼んだの出来たか?」
「はい」
神耶は持ってきた鞄ごと葉月に渡す。
葉月が開けると、そこには赤と白の衣装が上下のセットであった。
「これって」
「サンタクロースの衣装。クリスマス期間は、今度からコレを着て接客しようと思って」
その瞬間、クラス中がざわめく。
「葉月殿。いつの間にあんなバイオレンスな御仁の服を……」
「しかもそれを着て接客だと? 客を殺す気か」
「確かサンタクロースって、一晩で極東を一周する異族もビックリの人間ですよね」
「うむ。しかも奴の服は元々白く、それがソリに乗って轢いた人間の血で赤く染まったという話だ」
「よーしお前らちょっと常識説くからっつか説教な。あとウッキーとアデーレ。お前らは旧派なんだから知っとけよ!」
二人揃ってテヘッ、とやった。
とりあえずウルキアガは手持ちの杖をぶん投げて制裁を加えたのでよしとする。
「まあ冗談で御座るよ」
「だろうな。さて、と」
そういうと、葉月は上着を脱ぐ。
それを見た浅間は、
「え、ええ!? は、葉月君何やってるんですか!? ハッ! 分かりましたトーリ君ですね! トーリ君の馬鹿が移ってしまったんですね!? ダメです止めてください! そんな美味しい……もとい全裸ネタはトーリ君だけで十分です!!」
「マジで!? 葉月もとうとう全裸ネタかよ! 姉ちゃんどうしよ! 俺のポジヤバくね!?」
「ククク安心しなさい愚弟。葉月の裸の需要は浅間だけだから」
「何言ってるんですかあー!!」
浅間は一瞬で弓を形成。しかし、葵姉弟はそれより早く逃げてしまった。
逃げ足速いですね。
浅間は弓を下ろすと、葉月を振り返る。
そこには、あのサンタクロースの格好(上半身)をした葉月がいた。
「つーか全部脱ぐわけないだろ。上だけ。それもシャツは着ている」
「あ、あー。そうですよね!」
それから葉月は服を眺めたり、少し引っ張ったりして着心地を確かめる。
「うん。これならいつも通りやればいけるな。サンキュ神耶」
「いえーい……」
机に突っ伏したまま親指を上げる神耶。
どうあっても起きる気はないらしい。
「さて。これからどうするかな」
「まだ何かするんですか?」
「いつも通りだと客の入りがなあ――――」
チラッ、と葉月はクラスを見る。
まばらではあるが、それでもしっかりと人はいる。
葉月は意を決したかのように、こういう。
「いいアイディア提供した奴にはウチの無料権四枚進呈」
「乗った!」
瞬間、クラスに残った全員が食いついてきた。
「ここはコスプレ喫茶ということでどうで御座ろうか!」
「却下。まず店員は俺と神耶だけだ」
「なら同人喫茶ね。同人誌売れば稼ぎになるわね」
「却下。お前に収入が行くだろうが。あとウチの評判落とすようなことするな」
「ならばここは旧派である拙僧がありがたい教えを説くというのは?」
「無理。それ布教扱いになるからな?」
「もういっそ全てのメニューをタダにすれば……」
「論外。ってか食いたいなら金稼げよアデーレ。バイトなら紹介してやるから」
悉く撃沈していく梅組メンバーズ。
と、そんな中、シロジロと共に表示枠を操作していたハイディが振り向く。
「なら恋人喫茶はどうかな?」
「――何それ」
「Jud.最近話題になってるんだ。何でもオーダーした品物を届けるウェイター、またはウェイトレスが恋人のように囁いてくれるシステム。英国とか
「それ……売り上げどうなの?」
「結構いいみたい。まあ勿論見てくれがいい人じゃないと無理だけど。ハヅッちなら問題ないっしょ」
うーむ、と葉月は悩む。
提案はともかく、ハイディは商人だ。金に関することではシロジロと同じく嘘は言わない――と思う。
「……謳い文句どうすんのさ」
「『恋人のいないアナタに朗報! 『ワグナリア』店主が一日限り、アナタの恋人になってくれる! 女性必見!』みたいな?」
「男性客どうすんだよ」
「うーん。ジンヤん?」
「うぃ? まあ、その日手伝いで行くから女装程度ならいいよ?」
「『武蔵有数の男の娘が疲れた男心を癒してくれる!』どうよ!」
「いやどうよといわれても……」
「あ、ちなみにもうやる前提で
「最悪だなお前!」
「ちなみに相当の評価を頂きました」
「えぇ!?」
ほら、と皆に見えるように表示枠を見せるハイディ。
そこには『女性必見! あの『ワグナリア』店主の白百合・葉月が恋人喫茶を始める!?』とあった。
そして、それに対する書き込みが既に100を超えていた。
「えぇ……」
「これはやらないとね!」
「あーもー。分かったよ。諦めが肝心だ」
「よっしゃ。あ、じゃあ無料券よろしくー」
「お前まさかそのためにか! そうなのか!」
葉月はそう叫ぶが、ハイディは何食わぬ顔で商談に戻っていた。
葉月も諦めて、「じゃあそれでいいか」という始末。
ここで、密かに浅間がガッツポーズをした。
(ナイスですハイディ! これで朝一番に葉月君の店に行けば――――は、葉月君がこ、ここ、恋人として接客してくれる!)
しかし、ここでハッとする浅間。
(い、いけません! 私は巫女。神聖な役職。自分の欲望優先にしては神様に対して申し訳が立ちません! で、でもぉ……ちょっとくらいなら――)
そう思った矢先、ナルゼから非情な言葉が掛けられた。
「そういえば浅間。アンタんところ。また忙しくなるそうね」
「あーそだねー。新年迎える準備とかもあるからねー」
「――――――ゑ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そしてやってきた12月24日。
本来なら、25日がクリスマスなのだが、そこを気にしないのが極東の民だ。
町のあちらこちらで、
「ヒャッハー! クリスマスだー!」
「クリスマスを苦離棄魔棄にしようぜ!」
「ちょっとサンタクロース倒してくるわ!」
「ツリー爆破しようぜ!」
「リア充爆発しやがれ!」
皆、はしゃいでいるようだ。行動力があって大変よろしい。と店の前に出て準備を進める葉月。
といっても店の外を簡単に掃除するだけで、後は中に入っていつも通りにしていればいい。
ただ今回はクリスマスメニューを作ったのだ。
すると、辺りが騒がしくなってきた。
見ると、神耶が手を振りながらこちらにやってきたのだ。
ミニスカートなサンタクロース衣装を着て。
「畜生……なんでアレで女じゃないんだ!」
「いや待て。まだ手はある」
「何! 本当か!?」
「いいか? 極東では衆道が認められている。そして俺らは男。あの子も男。後は分かるな」
「お前――――天才か!」
「そうと決まればヒャァァァッホォォォォイィィ!!」
一人の男が感極まって飛び掛ったが、神耶に笑顔で顔面殴打された。
男は地面に倒れながら、
「我が生涯に一片の悔い無し……ッ」
「だらしない覇者もいたものだね」
一刀両断に切り捨てる神耶。
「お前少しは加減というものを知れよ。客入って来なかったらどうすんだよ」
「大丈夫。見て」
「うおおぉ。でもなんでだ。彼に罵られると何故かビクンビクンしちまうぜ!」
「おい誰か衛生兵呼べ! 新しい扉を開いた奴がいるぞ!」
「完全に堕ちれば楽なのに」
「男の悪堕ちとか誰得だよ」
「ね?」
「今更だが。武蔵は終わってるよなー」
さて、と葉月は区切る。
「これから忙しくなるぞ。神耶」
「Jud.大丈夫。だから売れ残ったケーキ一つ頂戴ね」
「チキンもおまけでつけてやるよ」
そういうと、葉月は店の看板を「CLOSE」から「OPEN」に反す。
「さあ。開店だ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
浅間は、朝から最悪の気分だった。
否、最悪というほどではなかった。
無論、自分がこうして神社の掃除や出店の管理をしていることに問題はないし、不服もない。コレが自分の仕事なのだからと割り切っている。
だが、中身はやはり年頃の女の子。
好きな人と一緒にいたいと思うのは世の常。
ましてや、その意中の相手が今、恋人役をやっているなどと恐ろしかった。
「……はあ」
本日何度目か分からないため息をつく浅間。
自分の周りには、許可を出した出店が違法なことをしていないかチェックするための表示枠が出ては消えている。
ハナミもそれをサポートしている。
『葉月 心配?』
「え、あー。心配っちゃあ心配ですけどね」
主に葉月が誰かに取られないか。
いやでもどうなのだろうか。確かに葉月の人気は高い。
それこそ、自分の所属している茶道部にもファンがいるくらいに。
時折撮影される葉月の写真。アレはいけない。
何しろアングルが色々な意味で危険なのだ。
この間なんか、着替えのギリギリの写真が売られていたのだ。
風紀委員の権限で没収し、未だに処分を
――――あれ? よくよく考えたら葉月君、狙われますよね!?
「うぅぅぅ~……」
しかし自分は巫女、と言い聞かせようとして立ち上がった瞬間、
「世界はオパーイを求めている!」
と、謎のキチガイ発言が聞こえてきた。
直後、何かに吹っ飛ばされるような音がした。
そして、その吹っ飛ばされたであろうものは自分の足元に転がってきた。
「トーリ君……」
「あ? オイ浅間。ここの巫女さんヤバくね? 二人がかりで俺を蹴るんだもの! いやん俺死んじゃうわ」
「無視しますが。何しに?」
「ぐっ! 芸人が無視されるほど辛いことはないぜ」
浅間は無言で弓を構える。
「何しに?」
「殺意百パーセントかよ!」
そういうと、トーリは立ち上がる。
よく見ると、それは女装だった。しかも巫女の。
「あの、何しに来たんです本当に」
「お前忙しいだろうと思ってな。俺のとこ暇だし今日は店じまいしてきたから手伝いに来た」
「ああなるほど」
確かに彼にはよく神社の仕事を手伝ってもらっている。
だが今日は問題ないはずだが。
「んー。今は四時半くらいか。日が落ちるまでまだあるから。行ってこいよ」
「え、ど、どこへ?」
「決まってんだろ。葉月のところ、行ってやれよ」
そういって女装は笑う。
「で、でも私。まだ仕事が」
「だから俺が代わりにやってやるって。安心しろ! あまりの完璧さにオメェきっと驚くぞ!」
「やっぱいいですからそこで大人しくしてください」
「ソッコで拒否られたYO! ってそうじゃなくて!」
女装は頭を振ると、浅間に向き直る。
「オメェの親父さんから頼まれたんだよ」
「お父さんに?」
「Jud.今日くらいは娘自由にしてあげたいから手伝ってー、って」
「それは……」
「だからさ。行ってこいよ。多分、葉月も待ってると思うぜ」
「でも……」
本音を言えばすごく行きたい。
だが、自分の巫女としての部分がそれを拒否している。
しかし、トーリはそれすらもお見通しなのか笑って言う。
「なーに。お前の代わりに俺が見る。お前の仕事を俺が引き継ぐ。それだけだろ?」
「トーリ君……」
すると、ハナミがトーリへと業務引継ぎをしていた。
「おー。ありがとな――――浅間。行って来い」
「ッ、Jud.! ありがとうございます!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
刹那、浅間は駆け出した。
幸い、制服姿なのがよかった。
流石に巫女服状態で行くつもりはなかった。
陽もだんだんと落ちてきて、辺りが暗くなり始めた。
葉月の店『ワグナリア』はすぐについた。
しかし、そこには既に「CLOSE」の文字があった。
時間を見ると、午後5時15分。
おそらくあまりの人の多さに早めに店を閉めてしまったんだろう。
「……そうですよね。葉月君の店。いつも、人気でしたから」
期待していた自分が馬鹿らしく思えてきた。
帰ろうと思って踵を返したその瞬間、
「あれ? 浅間か?」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、そこには葉月がいた。
サンタクロースの服は脱いだらしく、私服姿だ。
「どうした?」
「あ、いえ。何でもありませんよ」
「……? あ、そうだ。浅間。これから暇か?」
「え、と……」
「暇なら飯食ってけよ。余りものだけどさ」
そういうと葉月は店の中に入っていく。
浅間のつられて、店に入る。
そこには、いつもの『ワグナリア』ではなく、クリスマス用の小道具が飾られていた。
葉月は厨房から出てくると、両手に皿を持ってやってきた。
「そこ、座れよ」
「あ、はい」
近くのボックス席に座ると、対面するように葉月も座る。
出された料理は、どうやら魚関係のものらしかった。
「あの、いいんですか? お店、閉まってますけど」
「閉まってるんなら俺が何しようといいだろ? それに元々ここは俺の家だ」
「あ、はは。そうでしたね」
「それに、さ」
そういうと、葉月はどこから出したのか、
「折角のクリスマスだ。お前も飲めるだろ?」
「あ、はい」
「ははっ。何硬くなってんだよ。いつも通りいつも通り」
そういいながら、浅間の頬をやさしくほぐすようにする葉月。
浅間はその仕草にやや顔を赤らめるものの、嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます」
「いいって。さて」
葉月が葡萄酒を注ぎ終えると、グラスを掲げる。
浅間も同じく掲げた。
「メリークリスマス」
「はい。メリークリスマス」
チンッ、とグラス同士が触れ合う音が聞こえた。
そんな中、ふと、浅間は思った。
(これって。よく恋愛草子とかの恋人同士の食事、ですよね)
ならば、ちょっとくらいは大胆になってもいいかもしれない。
そう考えた浅間は、手元の
「ん?」
「え、えーと……」
はい、あーん。
恋愛系の草子では基本中の基本であった。
しかし、流石にそこまで出来る度胸がなかったのか、完全に固まっている。
が、葉月のほうが察し、それを口に含む。
「ん。美味いな」
「そ、そうですか――」
「ほい。じゃあお返し」
そういうと、葉月も同じように浅間に差し出す。
「え、ええぇっと……」
「ほい。あーん」
自分でも言わなかったことを葉月君はあっさり言いますね! と浅間はある種の戦慄を覚えたが、それでも、同じように口にする。
「……美味しいです」
「そっか。よかった」
クリスマスは、サンタクロースがプレゼントを配るという。
この日には浅間にとって、最高のクリスマスプレゼントになった。
どうもKyoです。
なんとか間に合った……一日で作るのは無理がある。
というわけでいかがだったでしょうか。
時代的には高等部一年ですね。
時間があればもっと甘いものをかけたんですが……まあいい。楽しみはこれからだ(何。
それと。にじファンの活動報告のほうに、ちょっとしたものを載せましたので、よろしければどうぞ。
最後に。コレを読んでくれている全ての人に無上の感謝を。
それでは皆さん。メリークリスマス。