2013年。8月21日。改定。
葉月は自室にいた。
学校への登校時間にはまだ間があるし、昨日の今日で店を開けるのは些か以上に空気が読めてない行動であろう。
葉月は、部屋の中央に座しているあるモノを見つめる。
それは、巨大な水晶だった。
薄い空色の水晶は、葉月の背丈をやや上回っていた。おそらく、この世でも並ぶ者はない大きさであろう。シロジロ辺りに言えばかなりの値段で売ってくれるに違いない。
閑話休題。
その水晶の中には、一人の少女が眠っていた。
水晶越しで髪の色や肌の色の判別が難しい。が、誰が見ても儚げな雰囲気を纏った少女に見える。
葉月は、水晶に近づき。そっと手を触れる。
冷たい感触が、手のひらから伝わる。
「ッ……もう少し」
葉月は、呟く。
「もう少し、待ってくれ」
葉月は手を離すと、教導院の制服を羽織る。
葉月の制服は、飾りの紐がないことを除けばほぼトーリのものと一緒だ。
それはまるで、親友と約束しあったことを今でも守り続けている証のようにも見える。
そのまま葉月は部屋を出る。が、一瞬だけ。水晶の中にいる少女を振り返る。
「……必ず」
そうして。葉月は部屋を出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
葉月の店は、店舗兼自宅になっている。これはトーリの家にも言えることだが。
ただ、葉月の家の場合。一階が店舗。二階が自宅という具合になっている。
故に、店の入り口がそのまま自宅への玄関となっている。
その入り口の前で、一人の少女が立ちすくんでいた。
浅間だ。
彼女は先ほどから、扉の取っ手に手を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込めを繰り返していた。
しばらくそんなことをしていたが、やがて頭を抱えだす。
「うぅ……」
それというのも。昨夜の皆の行動が原因だった。
トーリ以下、追っていた三名は番屋にて説教を食らっていた。ただし、トーリだけは朝までそれが続いていた。おそらく今は家に帰っているか、教導院に向かっている頃だろう。
そんな中、浅間はあの時自分が止めた幼馴染の少年を思う。
(葉月君。大丈夫でしょうか……)
葉月とトーリ。それに神耶は昔から一緒になって遊んでいた。
それに喜美や自分、そして亡くなったホライゾンも加わって遊んでいたため、幼いころより付き合いがある。
それだからか。トーリ、葉月、神耶の男組三人は他の誰よりも仲が良く。トーリの暴走をよく止めていた。
だが、昨夜の松平・元信公による突然の宣言。
さらに、聖連にP-01s――――ホライゾンを連れて行かれたことにより、再びトーリが塞ぎこんでしまうのではないかと危惧する。
そして、その影響で葉月や神耶までも変わってしまうのではないか。
神耶は、今朝方まで自分と怪異の発生の抑止や場の整調などを手伝っていたが、特にそういうことはなかった。
問題は――――
(葉月君……)
過去。葉月は数年ほど。武蔵を離れていた。
それは――――ホライゾンが死んでから少し経った後だった。
また、いなくなってしまっているのではないか?
いつものように店を開けようとしたら、そこには鍵で硬く閉ざされた空っぽの家だけがあるのではないか。
それが怖くて、浅間は中に入れないでいた。
が、その心配も杞憂に終わった。
何故なら、中から葉月が出てきたからだ。
「ん? 浅間?」
「は、葉月君!?」
まさか向こうから出てくるとは想定外だったのか、かなり驚く浅間。
あたふたとするが、葉月はとりあえず落ち着けと浅間を宥める。
「……で。どうした? 何かあったのか?」
「えっ!? あ、いい、いいえ!」
「……? そうか。ならちょうどいい。教導院、行くか」
「あ、はい。Jud.」
二人は並んで教導院へと向かう。
その道すがら、浅間は葉月の表情を見る。
いつもと同じように見えるが、どこか無理をしているようにも見える。
ふと、訊ねてみた。
「葉月君。あの、昨日言ってた……その」
「ん? ああ。うん。元信公からの贈り物は、ちゃんと届いていたよ」
「そ、そうですか。なんだったんですか?」
「えーと。まあ、人?」
「そうですか人ですか――――――ハイ?」
イマ ナント イイマシタ?
聞き違いでなければ今さらっと「人」っていう単語を出したような……
「え、あのー……人?」
「人」
「人!?」
「正確には精霊」
「精霊!?」
精霊とは、おそらく精霊種のことだろう。
地脈に住む精霊が人格を有するようになり、人間との生活を始めた種のことを指す。
だが、その大半は人間側で暮らすこととなるとかなりの疲弊をするといわれている。
そんな精霊を送ってくる松平・元信公。そしてそれを平然と受け取った葉月。
そして――――おそらく関係ないが――――喜美が呟いていた「女」という単語から連想されるものは――――
「じ、人身ば――――」
「俺の。家族とも言える奴が、戻ってきたんだ」
「へっ? ――――あ、ああそうですよね!!」
慌てて答える。
……あ、アブなあ! 私、あと一歩で転落人生一直線になるところでしたよ!?
冷静に考えれば、元信公はその後「家族」と言っていた。ならばそれが葉月の家族であることなど簡単に予想のつくことだった。
危うく、自分の思考の結果が想い人の幼馴染に知られるところだった。
……それもこれもあの外道クラスメイトたちのせいですね。
どうも周りからは自分も外道と認識されているようだが、それはあのクラスメイトたちのせいであって。私は全く汚染なんかされてないんです。ええ。だって私巫女ですから。神職ですから。
「えーと。その。家族の方は?」
「今は寝てる。でも。その内起きるさ。元々、少し天然入ってる奴でな。寝てる時間が多いんだ」
「そうなんですか。ご兄弟か何かですか?」
「……そうだな。妹みたいな奴だよ」
妹。その言葉から、来たのは女性だと言うことが分かった。
そういえば、元信公も「彼女」と言っていた。
浅間は、自分の胸の内に僅かに締め付けられるような感じを受けた。
……嫉妬、なんですかね。
「なあ。浅間」
「あ、はい。何ですか?」
「……いや。やっぱいい。なんでもない」
そういうと、葉月俯き気味に前を歩く。
が、浅間がその進行方向に先回りした。
「……あの。浅間?」
「話してください」
「いや。いいんだ。取り留めのない、誰かに話しても意味のないものだったから」
「じゃあ。何で一瞬話そうとしたんですか」
「それは……」
言いよどむ葉月。
浅間はそんな葉月に、まるで子供諭すように優しく語る。
「どうしても話したくないっていうなら、いいです。でも、もう少しくらいは。私達を頼ってほしいです」
「浅間……」
「……私じゃ、頼りないですか?」
「い、いやそんなことはない! ――――今も昔も。頼りにしている」
その言葉を受け、何故だろうか。自分の中のつっかえのようなものが、少しだけ解れた気がする。
葉月は、話そうか話すまいか一瞬悩んだが、浅間を見据えて話し始めた。
「……あのさ」
「はい」
「……例えば。ずっと一緒にいた家族がいて。仲の良い二人の……兄妹がいるとする」
それって葉月君とその妹さんですよね? と思いはするものの声には出さないでおく。
「で、な。まあ、その。暮らしていたのはほんの数ヶ月程度なんだ」
「え、そうなんですか?」
「ああ――――その後は、聖連にソイツだけ封印されたんだ」
「封、印?」
Jud.と葉月は頷く。
「それで。その……俺の手で、封印したんだ――――大事な、家族を」
それは、懺悔に近い告白だった。
葉月の持つ能力の源は、その精霊にあるという。
それを知っている聖連は、武蔵にその力を与えないため。葉月の精霊を半永久的に封印しようとしていた。
だが、葉月の精霊は他とは少々勝手が違い、葉月自身の手で封印しなければならなかった。
それは、幼い葉月にとってどれほど苦しかったことか。想像に難くない。
「そうだったんですか……」
「……アイツは、俺のことを信じてくれていた。会って間もない俺を。それなのに、俺は……」
「葉月君……」
浅間は、初めて聞く。これほどまでに追い詰められたような葉月の声を。
その顔は、いつもと同じだが。心なしか、泣いているようにも見える。
それを見た浅間は咄嗟に、葉月の手を握った。
「ッ、浅間?」
「なら。謝りましょう」
「いや。でも俺は――――」
「葉月君の事を、信じていたんでしょう? なら、今でも信じていてくれているはずですよ」
「……」
葉月の目は、迷っていた。
浅間は一歩踏み込む。
「過去がどうあれ。今、何を成すかが大切だと思います」
「今、か……」
その言葉を聞き、葉月の目に僅かに光が差し込む。
「……そうだな。何はどうあれ。まずは謝んないとな」
「Jud.それがいいと思います」
「ああ。ありがと浅間――――それでその……」
葉月は、今度は恥ずかしそうに顔を逸らす。
浅間は何が何だか分からなかったが、ふと自分の手を見る。
そこには、葉月の手を握っている自分の手があった。
「ッ、す、すみません!」
「い、いやその……ありがとう」
「は、はい」
しばらく無言でその場に二人とも立ちすくしていたが、やがて正気に戻り、教導院へと向かった。
その中、二人は自分の手を見つめていた。
(葉月君の手、大きかったですね。それに、暖かい――――って、何考えてるんですか私は!!)
(……柔らかかったな。浅間の手。やっぱ、女の子だし当然か――――思考が変態じゃねえかトーリか俺は!?)
似たようなことを考えながら、教導院についた。
何故か二人とも、いつもよりも疲れて見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
教室に入ると、そこには既に全員が集まっていた。
否、よく見ると数人欠けている。
が、それよりももっと深刻な状態に陥っている者がいた。
トーリだ。
いつもなら真っ先にふざけて、茶化して、この空気をぶち破る彼が、今は机に突っ伏している。
「じゃあ、現状。整理してみようか」
そんな中、浅間と葉月が席に着いたのを見ると、ハイディが切り出す。
表示枠を操作し、現状を説明する。
「まあぶっちゃけ言っちゃうと―――極東全体のピンチなんだよね」
その声に続くように神耶が言う。
「総長連合と生徒会は権限を奪われているから。あと、ホライゾンが向こうの手に渡っているから。だよね?」
「Jud.嫡子相続でホライゾンが三河君主を相続する、はずなんだけど。彼女の自害と共に聖連に持ってかれちゃうの」
本来なら、三河消失の責任は君主である松平・元信が取るはずだった。
が、その本人も三河と共に消滅してしまったため、嫡子相続で子と聖連に認められてしまったホライゾンがその責任を取ることになる。
その場合、極東の自治領はなくなり、聖連の極東の完全支配となる。
「じゃあ聞くけど――――ホライゾン助けに行ったほうがいいと思う人ー」
はーい、とハイディは手を挙げ挙手を促す。
が、誰一人として上げるものはいなかった。
「……やっぱりここは外道の巣窟だよシロ君。知り合いの危機に涙一つ無いなんて……この外道!」
「お前に言われたくねえよ!!」
どっちもどっちだろうが、と葉月は若干呆れ気味に呟く。
「……ハイディ。今は助けに行くにしても静観決め込むにしても。判断材料が少なすぎる。それを言ってくれなきゃ困る」
「うんうん。ハヅッちならそういうと思っていたよー」
そういうと、新たに表示枠を開く。
「現状は。私達は権限が武蔵王と暫定議会預かりになっちゃってるの。せめて武蔵の移譲だけは避けられるように、ね」
「成程な。正純の権限が奪われていないのはそのためか」
「正純殿の父君は暫定議会の議員だから、で御座るな」
Jud.とハイディは頷く。
と、ハイディは自分の隣の席に座って先ほどから表示枠を操作し、商売をしている自分のパートナー。シロジロを見る。
「ねえねえシロ君」
「何だ? 今忙しいのだが?」
「うん。それは分かってるんだけど――――」
すっ、とさり気無く一歩近づいた。
「――――これって。超、が付くほどのビッグビジネスのチャンスだと思うの」
「よく聞け貴様ら! これから金の話をしてやろう!!」
「お前最低だよ!!」
黙って聞け、とシロジロは周りを静める。
皆も、いつものことだと慣れているせいか。すぐに大人しくなった。
「いいか。まず。聖連にこのまま大人しく従った場合を考える。その場合、我々は清武田にある江戸の松平領に移ることになる。が、あそこは全く整備のされていない荒地状態だ。一から立て直すにしてもそのための建築資材や食料、水等等。全てが聖連の管理下に置かれてしまう――――故に。私がちっとも儲からん! なのでこれは無しだ!!」
おい、とクラスメイトがツッコミを入れるのを無視して、シロジロは続ける。
「そして。聖連に逆らった場合だが。こうなると今度は極東の各居留地から補給を受けられなくなる。この意味分かるか。葉月」
「Jud.食料の自給率が非常に低い武蔵だと。補給を受けられない=死に繋がる」
あれ。と声を出したのはアデーレだ。
「あのー。武蔵にも一応畑とかありましたよね? アレだけじゃ駄目なんですか?」
「無理ですよ」
アデーレの声を否定するのは、表示枠を開いているやや太り気味の少年。御広敷・銀次だ。
彼は自身の走狗を浮かべながら、表示枠を操作する。
「武蔵の人口は約十万人。それを賄うだけの食糧の生産は、〝高尾〟あるいは〝青梅〟のいずれか一艦潰しても足りません。それに、それを管理するだけの人員もいませんしね」
分かりましたか? とアデーレを見る。
すると、何故かアデーレは悲しそうな顔をしていた。
「……自分、今盛大に負けた気がしたんですが」
「気にするな。御広敷の食料関係の知識は俺らより上だしな――――それ以外はロリコンしか残らない下種だが」
「だ、誰がロリコンですか!? いいですか。小生のは欧州ではメジャーな生命礼賛なんです! 決して、番屋通報一直線コースの変態とは一緒にしないでください! というか下種って酷くないですか白百合君!」
「あ、幼女」
「どこですか!?」
直後、神耶の錫杖が伸び、御広敷を机に沈めた。
それを見届けると、シロジロは続ける。
「武蔵の基本備蓄は二週間分だ。故に、聖連に逆らった場合。自滅する未来しかない」
「厳しいね。各居留地で補給が受けられるようになればいいのに」
「そう。まさしくそれだ神耶」
「――――え?」
「私が言いたいことは。今神耶が言った一言に集約される。ということだ」
「……結構適当に言ったつもりだったんだけど」
「適当なのかよ!?」
全員でツッコムが神耶は、にへらと笑っていた。
「だが。その前にはまず、そこの馬鹿を起こす必要がある」
「物理的に起こそうか?」
「止めろ。お前だと起こすどころか永遠の眠りにつかせるのが関の山だ」
そう言い終わると、ちょうど、教室に誰か入ってきた。
オリオトライ・真喜子だ。
「はーいはいはい。自習じゃないから席に着いてねー。あ、あと物騒なこと考えてないわよね? 実行は自己責任だからね? 先生にまで被害を及ぼさないこと」
「いやそこは止めろよ!!」
「聖連潰せば何もかもが思いのままー」
「そしてお前は自重しろよ!!」
はいはい、と生徒達の言をいなしながら、オリオトライは教壇の上に紙の束を置く。
「今日は、作文を書いてもらうわよ」
「作文、で御座るか?」
「そうよ。っと。その前に――――」
と、オリオトライは神肖筐体をつける。
そこには、極東側と聖連側における情報交換会の様子が中継されていた。
「まずはコレを見てね。それで。自分が今何をしたいのか。これからどうするのかを、ね」
そして。
「作文の題目は――――『私がしてほしいこと』よ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(これ、どう考えてもアウトですよね……)
浅間は思う。
映像を見終わった後、各々が作文に取り掛かる中、自分だけがペンを持った手を動かせないでいた。
答えは簡単。お題が自分の立場と正反対だからだ。
巫女と言うのは神職であり、自分の欲とは一番縁遠い存在である。
仕方がないのでとりあえず書く努力をしてみるが、どうにも上手く纏まらない。
試しに休み時間を使って他の人たちのを見てみると――――
喜美 → この若さが何時までも続く不老の薬etcetc
欲深すぎます。
神耶 → 恥ずかしくて書けない……
何書こうとしていたんですか。
ナルゼ → とりあえず神耶を同人誌に出したいわ
まだ諦めてなかったんですか。
葉月 → 基本一人で色々やってきたからあんまりないかな
言ってくれれば手伝いに行きますのに……
どれもこれも帯に短し襷に長し、といった感じである。
チラッ、と浅間はトーリを見た。
そこにはまだ突っ伏したままのトーリがいた。
私のしてほしいこと。それは彼に今日あるはずだった日常を過ごしてもらいたい。
やや本題からずれているような感じもするが、これも立派にしてほしいことだ。
だが、その先は?
(え、えーと。やっぱりトーリ君ですからまずはオッパイを揉んで……って違う違う! 流石にこれは有り得ませんよ!? ソッコ破局ですよこれ!?)
まず告白する相手が無表情がデフォの自動人形で告白するのが馬鹿で全裸の変態と言う時点で全てが破綻している気がする。
浅間は気を取り直し、再び作文に挑む。
(えーと……トーリ君とホライゾンで考えるからいけないんですね。ま、まずは私がホライゾン役で。トーリ君の役は……)
チラッ、と自分の隣の席を見つめる。
そこには、葉月が時折ペンを走らせながら作文を書いていた。
(そ、それじゃあ葉月君にしましょう! ええそれがいいです! 葉月君ならトーリ君と違って変態行動は絶対にとりませんし!!)
いざ、とペンを握りなおし目の前の作文用紙に向き直る。
(えーと。まずはやっぱり普通に告白ですね――――わ、私からだと絶対に先に進まないので、って。自分で言ってて悲しくなってきました……あ、あれ? 何で告白すっ飛ばしてキスに入ってるんですか!? わ、私まだ告白段階踏んでないんですけど! し、しかも葉月君から!? い、いえ別に嬉しいですし私も葉月君の事……なので全っ然問題ないんですけど――――か、考えを変えましょう! 告白が上手くいって、それでキスにまで持ち込んだ! うんそれがいいです……なのになんで今度は服が脱げてるんですかあ!? い、一体誰がこんなことを!? は、葉月君の裸とか、私しか得しないじゃないです――――じゃなくて! あ、でも葉月君って結構細身なのに胸板とか結構……こ、告白からドンドン遠ざかってますよ!! いけませんいけません! 本来の目的を忘れては。あ、でももうちょっとだけこの続きを――――――)
「ぇへへ……」
完全に本来の趣旨を忘れ、妄想に耽っている。
浅間は我に返り、ふと見るとオリオトライが浅間を見ていた。
「あ、あの先生。何か?」
「――――新しい原稿用紙、いる?」
「……へ?」
と、浅間は自分の用紙を見る。
「……ッ!?」
声を上げそうになって、しかしギリギリで耐えた。
そこにはびっしりと、浅間の字体で文字が書かれていた。
しかも内容が。
(え、エロ小説書いてますよ! うっわなんでこんなアブナイシーンギリギリの演出が上手いんですか!? だ、誰ですかこれ書いたの――――私だったぁ!!)
それに付け加えてタイトルが「私のしてほしいこと」最悪である。
……ソッコで焼却炉行きです。こんなのをこの外道たちに見られたらッ……
自分はまず間違いなく死ぬまでこのネタで弄られるだろう。
ズドン巫女だけでも不名誉な綽名なのに、おそらく……いや確実にエロ巫女の称号まで付属してきてしまう。あとは妄想巫女か暴走巫女か。
それだけではなく葉月にもやがて知られ、そして…………
(私の人生が終わる……)
「はーい。じゃあ大体書けたみたいね。んー、じゃ浅間」
「は、はひ!?」
「読・ん・で♪」
最悪を十個くらい重ねて超最悪である。
しかも自分を見つめる視線がクラス中から来ている。その中には当然葉月もいて、
(――――考えるのです浅間・智! ここは私の人生最大の山場!! ここを逃れることが出来れば私の人生は明るいですよ!!)
「あ、あのですね! …………こ、これは作文じゃないんです」
「ほー。それは新説ね。じゃあ何?」
この教師絶対分かって言ってますね、と浅間は思うがグッと堪えた。
「え、ええとですね――――て、点蔵君から金髪巨乳の邪念が発せられたのでそれを文字にして封じ込めたんです! だ、だから読んだり聞いたりすると点蔵君みたいな変態になっちゃいますよ!?」
「あれぇー!? 何で自分に飛び火したで御座るか!? 大体文の最初と最後の結論がまったく噛み合ってないで御座るよ浅間殿!! それに自分は変態じゃなく金髪巨乳が好きなだけで御座るよ!?」
「まあしょうがないよね。テンゾーだし」
「そうね。仕方ないわね。駄目忍者だし。ってかそれマルゴットのこと言ってるの? ブチコロがすわよ?」
「こ、この魔女コンビ最悪で御座る!? 御座るな!!?」
「んー。仕事熱心ねー浅間神社は。それとも浅間が仕事熱心なだけ?」
「は、はい! 巫女は人々を救うのがお役目なので! あ、あの焼却炉に行ってきていいですか!?」
「授業終わったらねー」
……神道ガッデム! コレを授業終了まで保持しろと!?
自分が今持っているのは何時爆発するか分からない爆弾だ。しかも自分にしか被害が及ばない傍迷惑極まりないものだ。おまけに威力は末世クラス。
さっさと処分したいが、今ここで出て行ったら確実に取り押さえられる。主に弱みを握られる的な意味で。
オリオトライは浅間の指名を止め、他の人物を指した。
「それじゃあ――――――鈴。あなたの、読んでいい?」
「え、あ、Jud.」
自分とのこの差は何なんだろうか、と浅間は思ったが後に鈴の人徳かと自分を納得させた。
「鈴。自分で読める?」
「え、あ、あの。誰、か。お願い、しま、す」
「んじゃ。浅間。代わりにお願い」
自分ですか。と浅間は自分の原稿用紙を机の奥深くにしまいこんだ。
その際クシャ、という紙のつぶれる音がして周りの何人かが訝しむような目で見てくるが無視した。
と、浅間は鈴の下に行くが、一応聞く。
「いいん、ですか?」
「J,Jud.」
それは弱弱しくあるが、どこか力強い言葉だった。
それを浅間も受け取ると、作文用紙を手に取る。
ざっと十枚。たどたどしくはあるが、どれも力がこもっていた。
「―――代理に奏上します。『私のしてほしいこと』三年梅組 向井・鈴」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『わたしには ずっとむかしから すきな人がいました』
それは、少女の告白。
目の見えない、内気な彼女の伝えたい思い。
『ずっとむかしのこと 小とうぶの にゅうがくしきの ことでした』
『わたしはいやでした きょうどういん に いくのを』
『いえでは おとうさん おかあさん あさから はたらいていて』
『にゅうがくしき は わたし一人で 二人とも こられません でした』
『でも 本とうは いっしょにきて ほしくて』
『おめでとう って 言ってほしくて』
周りには、親がいて、自分はたった一人。
それが、幼い少女にどれほどの寂しさと辛さを与えてしまったのだろうか。
『きょうどういん たかいところに あります』
『ひょうそうぶ の たかいところで わたしのきらいな ながい かいだんのうえ にあります』
『にゅうがくしきのとき わたしは かいだんのまえで かんがえました』
『おめでとう と 言われないのなら のぼらなくていいか と』
明日からは行こう。
今日だけ、行かないでいよう。
そう、思った矢先だった。
『まわりでは ほかの人たちが おとうさん おかあさん と のぼっていきます』
『わたしは 一人でしたけど』
『そのとき こえが きこえました』
『そのこえは トーリくんと ホライゾン でした』
『二人も 二人だけでした』
『わたしと おなじで おとうさん おかあさん おしごと でした』
目の前に現れたのは、黒髪の少年と黒髪の少女。
『どうしたの?』
少女が言う。
『行かないの?』
少年が言う。
『え……』
『ほら。行こう?』
『あ、あの……おくれる、よ?』
少女は戸惑う。
『平気平気! 俺、不良だから!』
少年は笑う。
少女も笑い、少女もつられて笑う。
少女と少年に手を引かれ、少女は階段を上る。
二人はおめでとう、と言った。
いつの間にか、自分は階段を上りきっていた。
『中とうぶは にかいそうめ で かいだんが ありませんでした』
『高とうぶは かいだんが ありますが わたしは もう 一人で のぼれるように なりました』
『でも トーリくんは にゅうがくしきの とき 一どだけ 手をとってくれました』
『それは 昔 ホライゾンが とってくれたのと おなじ左手です』
そして、自分を励ます声も聞こえた。
『凄いね。あと少しだよ』
狐の少年は言った。
『あとちょいだ。頑張れ』
魔法使いの少年は言った。
『みんなも むかしとおなじで かいだんの 上で まっていてくれて』
『そしてトーリくんは手をはなしてくれていて、わたしは一人でのぼれてみんなとあつまりました』
『でも そこには もうホライゾンは いません』
あの少年の隣で、いつもにこやかに笑っていたあの少女。
ぽっかりと空いてしまったその場所。
でも、彼は変わらず、笑っていてくれていた。
あの時と、同じ笑顔を。
『わたしにはすきな人がいます』
『わたしはトーリくんのことが すき』
『ホライゾンのことが すき』
『みんなのことが すき』
『ホライゾンと いっしょの トーリくんが 一ばんすき』
『だから―――わたしはもう一人でもへいきです』
『だから、わたしの手を取ってくれたように―――――――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お願い、ホライゾンを、助けて……っ!」
鈴は、いつの間にか泣いていた。
「お願い…………」
鈴の声を皆が聞いた。
今も泣く盲目の少女。だがそれは全員の気持ちであり、少女の気持ちだ。
そして――――――
「おいおい。ベルさん。嘗めてもらっちゃぁ困るぜ。元より俺はそのつもりなんだからよ」
その声をはしっかりと――――――
「だから、泣くことはねえよ――――――俺、葵・トーリはここにいるんだから」
一人の馬鹿に届いた。