〈しろうさぎ〉No.37 Rapid Rabbit   作:電磁幽体

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その悪魔は〈しろうさぎ〉と呼ばれていた

「俺達は調べ物に来たんだよ」

 

 岸谷は悠長にポケットからタバコを取り出し、火を付けた。

 

「このキメラ売買オークションが本当にただのオークションだったら、〈管理局〉は()()()()()()()()()()()()

 

〈管理局〉にそれを止める権限はない。

 

知っての通り、キメラに人権なんてものは無く、勝手に売られようが買われようが、それは〈保証人〉の自由だからな」

 

 岸谷の言葉にピエロマンは歯ぎしりする。

 

「でもこれは、オークションなどではなく、ただの茶番だ。ここにいる全てのキメラは〈首輪〉をしていない。

つまり、〈管理局〉の執行対象というわけだ」

 

 チャイナドレスの美女が唐突に銃弾を放った。

 銃弾は岸谷の頭部に吸い込まれる。

 しかし銃弾と岸谷の間には、いつの間にかサナの右腕が存在していた。

 それは一瞬の出来事——()()()()()に硝煙を放つ弾頭が捉えられた。

 

「銃なら人間(オレ)でも使えるぞ?

()()()()()に頼ってる時点で()()()()()

 

「何が不合格ですって!?」

 

「……〈管理局〉の方針はただ一つ。

敵対するものは、使えそうなものは捕獲して、使えそうにないものは処分する。

 

 

——()()()()()使()()()()()()()

 

 

 サナは左手に握りしめたボロボロのキャスケットを岸谷に手渡した。

 岸谷がそれを受け取ると同時に——サナの姿が掻き消えた。

 

 銃火器を構え岸谷を扇状に囲んでいたキメラ達の頭部が、一斉に胴体から分断された。

 それらが宙を舞うのとほぼ同時に、壁際にサナが突如現れた。

 感情のない二つの赤の瞳で、他の生存するキメラを見る。

 再び姿が消失した。

 

 五〇メートル四方からなる閉鎖空間に、床や壁、天井を蹴る音が断続的に響き渡った。

 ()()()()()()()()で、サナは三次元空間を縦横無尽に飛び跳ねる。

 

 着弾と同時に上へ飛ぶ。右下へと落ちる。左上へと跳ね、真下に落下する。

 サナが通過した空間に存在したキメラは、頭部が陥没し脳漿が飛び散り、あるいはいくつにも肉体が分離され、または心臓を抉り取られていく。

 

 その光景はさながらピンボールのようだった。

 箱の中を飛び跳ねる〈しろうさぎ〉は、道すがらにある生命を余すこと無く刈り取って行く。

 ()()()()()()

 

 ……〈変異部位〉を顕現させたキメラは異能じみた力を保有する。

 人体機構の原形を留めないほどの延長線上にある、進化の先のその能力。正式名称を〈異常進化(デフォルメ)〉と呼ぶ。

 

 サナの〈異常進化(デフォルメ)〉は、自身のあらゆる身体機構を任意に加速する。

 それは音速を超える〈肉体加速〉。単純明快にして完成された力だ。

 

 壇上の中央に立つピエロマンはただただ呆然としていた。

 こんなことがあっていいのか。

 会場内のキメラも〈異常進化(デフォルメ)〉持ちだ。

 しかし、それが発動されるより前に、有無を言わさず、たったひとりの幼い少女が生命を踏み躙って行く。

 ()()()()、ただそれだけの力の前に全てが敗北する。

 

 目で追う事すら叶わない()()()()()が跳ね回る。

 倒れ伏す死骸の山だけが、サナの通り道を示していた。

 流れ出る鮮血が湖のように床を満たした。鏡合わせの水面が、惨劇を二つに映し出す。

 

 

 ——()()()()()()()()()

 

 

 何も人間と変わることはない。

 ただほんの少し、運命の歯車がずれて、人間が人間と分類されなくなっただけであり、感情も、倫理も、何一つ人間と変わることはない。 

 

 キメラは、単に悲劇に巻き込まれた被害者にすぎない。

 ここに居た者たちは、そんな被害者を救い、キメラの権利を主張するレジスタンスだ。

 普通に生きている人間には手出しをしないことが信条だった。

 キメラを()()()()する薄汚い人間だけを、これまで裁いてきたつもりだ。

 

 ピエロマンはかつて、〈首輪付き(ペット)〉だった頃の自分を思い出す。

 この極彩色の道化師の化粧も、飼い主に強制されたものだった。

 

「私を笑わせろ、さもなくば私はお前を〈保証〉しない」

 

 その一言だけのために、誠実な医学生だったピエロマンは、おどけた言葉使いに矯正し、自らを滑稽に装った。

 このオークションに連れて来られた時も、いくつもの仕込まれた芸を披露した。

 

 飼い主は銃刑に処され、〈首輪〉を解かれ、誰にも所有されない一人の個人の存在だけがここに残った。

 仲間となった者たちは、仕込まれた芸でも嘲笑することなく賞賛してくれた。

 

 だからピエロマンは、そこで初めて、進んで個人の意思で道化師になることを決めたのに——

 

 

 ——銃弾に匹敵する速度で迫り来るサナの凶手が、ピエロマンの胸部を貫く。

 皮膚を割いた瞬間に、そこから多量の血液が噴き出し——

 

 

 ——()()()()()()()()()()()()を形成した。

 

 

 ……ピエロマンは、自身が骨髄で生成した血液であるならば、本来ならば出血箇所のみで生じるべき血液凝固反応(blood clotting)を、意図的に全身の血管内で、更には体外へと飛び出した血液にも作用させることが出来る。

 それは血液をあらゆる形に任意形成し硬化する〈血液操作〉の〈異常進化(デフォルメ)〉だ。

 

 サナは右腕を受け止めたピエロマンを見て、少しだけ瞬きをした。

 瞬時に後ろへと飛び去り、距離を取る。

 

 

 かつてのパーティ会場だった空間は、今では血の海に横たわる残骸で埋め尽くされていた

 生命反応は三つしか存在しない。

 岸谷、サナ、そしてピエロマンの三人だ。

 

「お前は合格(つかえそう)だ。

死にたくなければ投降しろ。〈管理局〉の〈首輪付き(ペット)〉になれ。

……頷くならば、今ここで殺しはしない」

 

 岸谷の問いに対して、ピエロマンは目を剥き憎悪に顔を歪ませながら叫んだ。

 

「同胞を虐殺して、何を抜け抜けと嘯くか!

 ——ふざけるなあッ!!」

 

 ピエロマンにとって今行うべき選択肢は復讐しか存在しない。

 

 右腕から伸びた赤色の盾を三つ赤色の槍に変換し、立て続けにサナへと射出した。

 サナは右へと飛んで赤の槍を避ける。

 上から楕円を描きながら赤の槍が襲い来る。

 それを避けると、今度は両脇からギロチンのような赤の刃が出現し、サナを挟み込もうとする。

 

 避け続けていてはキリがないと判断したサナは、両脇のギロチンに構わず、ピエロマン目掛けて前方へと疾走した。

 ギロチンの範囲外を抜け、ピエロマンへと右の凶手を放とうとする約一〇メートル手前——

 

 

 ——突如床から出現した二つの槍が、正確にサナの両足の平を貫通した。

 

 

 それは、血の海に紛れ込ませて待機させていたピエロマンの伏兵である。

 槍の先端が、サナを逃さぬよう深く反り返る。

 サナは加速の慣性運動に耐え切れず、前方に倒れこむ。

 衝撃により大音量を立てて床が砕け、サナは血の海にダイブした。

 

「哀れだ、その転けっぷりは実に滑稽だよ、〈しろうさぎ〉。

……さあ、立ち給え」

 

 サナの後ろから現れた新たな鮮血の二槍が、追突の衝撃で白骨と筋繊維が剥き出しになったサナの両腕を突き刺す。

 二つの槍はピエロマンの意思に応じてサナを持ち上げた。サナは両足と両腕を槍によって宙に吊り上げられる。

 

 その光景は聖者の磔にも似ていた。

 〈しろうさぎ〉と称された真っ白な髪の毛は、異形の両耳ごと血塗りの赤に染まっていた。

 

「……皮肉にもキミが作りだした血の海のおかげで、私の〈血液操作〉は水を得た魚のようだ」

 

 勿論ピエロマンは自身の血液しか操作出来ない。

 しかし特異な進化を遂げた骨髄は限りのない造血を可能にしており、ここにおいては瑣末な問題にすぎない。

 本質は、木を隠すなら森のなか。

 血の海に紛れるピエロマンの〈血液操作〉を見分けることは、不可能に等しかった。

 

「喋り給え〈しろうさぎ〉! 何故キメラの身でありながら〈管理局〉に手を貸す? 何故同族を殺す?

 何故だ! 何故だ!

 キミの論理をキミの言葉で私に教えろ!」

 

 ここに来て、置いてけぼりを食らっていた岸谷が代わりに喋った。

 

「そいつに対話を持ち掛けても無駄だぞ。

なにせ俺も、二年半ほどの付き合いがあるが()()()()()()()()()だ」

 

 岸谷は、持ち駒であるサナが絶対的不利な状況であるにも関わらず、何一つ焦りを見せようとしない。

 それは余裕と言うよりも、自らの生命に対して興味がないように見えた。

 そしてそれは、サナにも当てはまるように思えた。

 

 ピエロマンは空中に浮かぶサナを見上げる。

 四肢を鮮血の槍に貫かれても、眉一つ動かそうとしない。

 血塗られた無表情は静かにピエロマンを見下ろしている。

 何の感情の篭ってない二つの瞳は()()()()()()()()()()()()()()、無性に怒りを覚えた。

 

「そうかい、キミはあくまでも沈黙を貫くわけだね。まあいい

 

 

 ——そのまま死ね」

 

 

 ピエロマンは指揮者のように右手を持ち上げた。

 手首の動脈から裂けて飛び出した細く鋭い赤の槍は、的確にサナの心臓を抉り貫いた。

 サナの体が一瞬の痙攣を起こし、動かなくなる。

 

 〈しろうさぎ〉と恐れられても、この程度なのか……。

 

 四肢を宙に固定する四つの槍が引き戻され、サナは血の海に落下した。

 びしゃりと血が跳ねる。

 ぐったりとうつ伏せになるその姿を見て、ピエロマンは呆気なさと僅かな無常を覚えた。

 

「さて、岸谷様。お次は貴方が地獄へと召される番ですよ、覚悟してくださいませ」

 

 道化師の笑みを浮かべながら、岸谷の心臓へと右腕の照準を合わせ——

 

 ——ビクリと何かが動く音がした。

 

 そう、丁度ピエロマンの一〇メートル先で……死んだはずのサナが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ! お前の心臓は確実に貫いたは…………は?」

 

 ピエロマンは驚愕した。

 

 

 ……立ち上がったサナの胸部、赤の槍によって心臓を抉り取られ、向こう側まで穿孔した穴の跡。

 その開いたはずの穴が、()()()()()()()()()()()()()()()()元の形を取り戻していったからだ。

 

 背中側の皮膚と筋肉、断絶された背骨や肋骨が——無くなったはずの心臓が、細胞が螺旋を描いて再構築される。

 それは受精卵から胎児へと存在が劇的に変遷するパラダイムシフトを連想させた……。

 

 

「馬鹿な……ありえない……」

 

 キメラの特徴は〈変異部位〉と〈異常進化(デフォルメ)〉、そして身体能力と自然回復力の向上。

 

 確かに、キメラの傷の治りは、一般人から見れば驚愕するほど早い。

 脳や心臓という鍛えようのない人体構造の急所に大きな傷害を負わない限り、一般人から見て致命傷の重体であっても死には至らず、()()()()()()()()自然治癒のみで回復してみせるほどだ。

 

 しかし、目の前でサナが起こした現象はキメラの自然回復力を考慮しても理解できない。

 数十秒で欠けた肉体が再構築されるなんてことはありえないのだ。

 〈異常進化(デフォルメ)〉としての〈肉体復元〉は存在するが、サナは既に〈肉体加速〉を持っている。

 

「まさか、二つの〈異常進化(デフォルメ)〉持ちなのか!?」

「そんな都合のいいものはないぞ」

 

 岸谷は左手に灰色のキャスケットを携えながら語る。

 

()()は〈肉体加速〉しか持ってない」

「では何故だ……」

「簡単だ。〈しろうさぎ〉は()()()()()()()を加速させている」

 

 ピエロマンは道化師の表情を凍らせた。

 

 ——〈肉体加速〉によって、キメラとしての自然回復力を数千、数万倍に加速させて、本来ならば何週間も掛かる自己修復の時間を数秒で終わらせる——

 

 

 ……それは魔法の力でも何でもなく、()()()寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「正気……なのか……」

 

 ピエロマンは生まれて初めて本当に理解できないものに直面した。

 相手が悪であれば、ピエロマンは何の滞りもなく裁けたであろう。

 だが、〈しろうさぎ〉の持つ性質は、悪でも善でもない。

 

 

 無——そこには何も無く、恐怖や憎悪を超えて全てのキメラを()()()()無に帰すという生存命題を持つ。

 

 

「クソ……、クソが! クソが! この、化け物め!」

 

 血の海を通じて片っ端から凶器を〈血液操作〉で形成する。

 赤の槍で全身を刺し貫き、赤のギロチンで半身を切断する。

 赤の槌を降らせて圧壊し、赤のワイヤーで細切れにする。

 

 その全てが即死を目的とした攻撃であり、一切の手心も加えていない。

 

 ……なのに、〈しろうさぎ〉は立ち上がる。

 引き千切られた肉体が溶けて混ざり合い復元される。

 ゆらりと揺らめき立ち、ピエロマンの正面に佇む。

 

 サナは右の凶手を構える。初速から音速を超えて、血の海を飛び散らせながら一〇メートルの距離が一瞬のうちに肉薄する。

 

 ——ピエロマンは()()()()()()()()と認識していた。

 

 いくら目にも留まらぬ攻撃を繰りだそうとも、ピエロマンの肉体に攻撃が傷を入れた瞬間に、()()()()()()()()()()()()()()()

 そして開幕の一撃から、サナの攻撃は赤の盾に通用しないことが分かっていた。

 

 サナの右手がピエロマンの胸部に突き刺さった瞬間、噴き出した鮮血が多重構造の赤の盾を形成する。

 幾重にも緻密に展開された赤の盾が、サナの拳の勢いを吸収しようとする。

 

 

 ——しかしピエロマンの思惑から外れ、サナの右手は赤の盾の一層目にめり込み、二層目、三層目と突き進んでいた。

 

 

 サナは自らの肉体を均一に加速させるのではなく、足の裏から右手の先へと変速的に加速させていた。

 

 全身に負荷が掛かり、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 脚部の踏み込みよりも臀部の伝達を速く、胴体の捻じれよりも腕の振り被りをより速く、まるで第一宇宙速度へと達する多段階式ロケットのように。

 

 先端の右の拳を最速とした命がけの一撃が、赤の盾の多重構造全てを貫き、ピエロマンの心臓部分へと到達した。

 

 

 ——とてつもない運動エネルギーが衝撃波となり、ピエロマンの背中から血液ごと吹き抜けた。

 

 

〈了〉

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