〈しろうさぎ〉No.37 Rapid Rabbit   作:電磁幽体

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↓『書き下ろし前日譚的なアレ』


兎耳人外無感情ロリ、やおい日常編

 

 

 ……すう……すう……。

 

 

 ソファで丸まりながら眠るサナを見やる。

 異形の兎耳はどこか安心したように丸まっている。 

 『優しく』するまで、この耳が垂れ落ちている姿を見たことがなかった。

 

 初めて外に連れ出そうとした、あの日からだ。

 

 

 ――出かけるぞ、それで耳隠せ。

 

 

 岸谷は灰色のキャスケットを、サナの頭の上に置いた。

 使い古したぼろぼろの年代もので、ちょうど捨てようか悩んでた所だ。

 だからサナにくれてやった。

 

 ――、……。

 

 ただそれだけで、異形の両耳が大きく跳ねた。

 耳が張り詰め、帽子は宙に浮く。

 ゆっくりと、小さな口を開いた。

 

 

 ――()……、()……()……?

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 まるでそこだけが復元出来ないかのように。

 だからこれは人の言葉ですらない掠れた音、しろうさぎの鳴き声だった。

 

 ――ぇ……、ぃ……ぃ……?

 

 ――サイズが足りねえな。他にあったか?

 

 伸びきった兎耳からキャスケットを取り上げると、そのままゴミ箱に投げ入れた。

 岸谷にとってその程度の価値しかない。

 なのに――

 

 ――ぃ、……!

 

 サナの姿がストロボのように掠れる。

 そして映画の一コマが抜け落ちたように、次の瞬間には……干からびたボロボロの帽子を、胸元に抱えていた。

 まるで、宝物を手放さないように。

 

 ――おい。ふざけんなよ、オマエ。

 

 ――……、ぅ……。

 

 命令に無い行動、更には加速能力の無断使用。

 これは本来、あってはならない事態だ。

 もし、最強の〈首輪付き(ペット)〉に自発的意志が――感情があると知られたら?

 〈しろうさぎ〉の叛逆は〈管理局〉が最も恐れる最悪のシナリオ。

 発覚次第、即時処分もあり得るだろう。

 ……それは岸谷にとって、都合が悪かった。

 

 ――チッ……俺は何も見ていない。いいな?

 

 ――ぅ……、ぅ……!

 

 サナは首がもげそうなぐらい縦に振っていた。

 能力も乗っているのか、ミチミチと嫌な音がした。

 

 ――やめろ、寿命を無駄遣いするな。()()()()()()()()()()()

 

 ――……、……。

 

 サナは深く頷いた。

 岸谷の目的に、サナは必要不可欠の道具だ。

 こんな所で処分されては困る。

 

 ――オマエが死んでいいのは()()()()()になってからだ。

 

 ――……、

 

 二度目の頷き。

 

 ――それまでは勝手に死ぬな。分かったか?

 

 三度目の頷き。

 四度目、五度目、六度目――

 

 ――もしかして、謝罪のつもりか?

 

 ――……。

 

 七度目は肯定で止まった。

 ずっと、小さな胸に灰色のキャスケットを抱えたまま。

 

 ――はぁ……好きにしろ。でもその耳じゃ収まんねえだろ。

 

 ――……?

 

 何気なく岸谷がサナの耳に触れる。

 赤黒いナニカに白髪が絡まった異形の両耳。

 嫌悪感は無かった。

 使い潰す前提の道具に興味が無いだけだ。

 

 ――……ぇ……、……ぁ……。

 

 ただ、見た目に反して意外と触り心地は悪くなかった。

 サナは抵抗する事なく、ゴツゴツとした男の手に頭を預けた。

 まるで信頼されているようで。

 

 憎悪の炎が、薄らいでゆく気がして。

 

 ……絆されるな。

 

 岸谷は異形の両耳を、委ねられたサナの頭ごと乱暴にこねくり回した。

 それこそもげてもおかしくないぐらいの力を込めて。

 

 ――……ぇ……、……ぃ……。

 

 なのに、何故か抵抗しない。

 それどころか、ねだるように頭を擦り付けてくる。

 

 ――……ぃ……、ぃ……、

 

 サナは少女である前にキメラなのだ。

 殺意を込めた手付きですらも、じゃれているようにしか感じないらしい。

 思わず苛立ちを感じて手を離す。

 

 ――ぁ……、ぅ……。

 

 サナは無表情のままだが、その視線は明確に、先ほどまで頭を撫で回していた()()とリンクしている。

 手を動かすと、追いかけるようにくりくりと赤い眼も動く。

 

 確定だ。

 〈管理局〉が誇る最強の〈首輪付き(ペット)〉には、サナには心がある。

 そしてどうやら、()()()()()()()()()()()

 

 ――俺の命令に従えるか?

 

 首を縦に振った。

 

 ――命令以外の行動はしないと誓うか?

 

 首を縦に振った。

 

 ――えっと、……その耳、折りたためるか?

 

 言葉と同時に、サナの張り詰めていた異形の両耳が丸まった。

 一言で済む話だったらしい。

 少し前までの岸谷なら、試そうともしなかった事だ。

 

 ――本当にコレで良いのか?

 

 ――ぁ……、ぃ……。

 

 首を縦に、何度も振った。

 

 岸谷はサナの両手からキャスケットを取り上げる。

 今度は抵抗しようとしなかった。

 

 ――感情を表に出すな。オマエは〈管理局〉にとって都合の良い〈首輪付き(ペット)〉でいろ……そうすれば()()()()()()()()()()

 

 深く頷いたサナの頭に、灰色のキャスケットを被せた。

 元々男性モノだ、折りたたまれた兎の両耳ごとスッポリと収まった。

 

 ――……ぁ、……ぁ、……ぅ。

 

 幽かな鳴き声が何を意味してるのか、なんとなく分かってしまった。

 

 ……クソッ。

 

 ――俺が許可するまで鳴くのも禁止だ。

 

 サナは、こくんと頷いた。

 

 

+++++

↓『本編の時系列に戻るよ』

 

 

 全てが終わった後、岸谷は〈管理局〉直属の特殊案件処理課へと連絡を飛ばした。

 同僚とその〈首輪付き(ペット)〉が現場に駆けつけてくるまで時間はかからなかった。

 

 ある者は引き裂かれ、ある者は抉り取られ、ある者は貫き潰されている。

 連なり重なる屍の絨毯、一面を満たす血の海。

 地下空間に踏み入れた者達は、地獄絵図のような有り様を見て、ある者たちは一様に表情を凍りつかせていた。

 処理課に務める人間にとってキメラは殲滅対象であり、殺すことに何の躊躇いも持たないような訓練を受けた者だけが採用されている。

 この光景に涙したのは、処理課の人間一人一人にあてがわれた〈首輪付き(ペット)〉のキメラだ。

 

 ……〈安全保障〉制度確立に乗じて、とある試みが成された。

 執行対象のキメラに対して、同じキメラを戦わせて“捕獲”もしくは“処理”することを目的とする特殊案件処理課が発足する。

 このようなシステムを可能にしたのは、ひとえに〈しろうさぎ〉の功績と言える。

 〈管理局〉の〈首輪付き(ペット)〉のほとんどが〈しろうさぎ〉に捕獲された者達だ。

 捕獲されなかったキメラの末路が--眼前に広がる死体の山だ。

 

 〈管理局〉の〈首輪付き(ペット)〉は生き残るために戦わなければならない。

 さもなくば、〈首輪〉に殺されてしまうからだ。

 しかし、進んで同族を殺そうとするキメラなどそうそう居ないだろう。

 ……ただ一匹の例外を除いて。

 

 故に〈しろうさぎ〉は、敵味方問わずあらゆるキメラの憎悪の対象である。

 バラバラになった同族の残骸を見て、背中に異形の翼を生やす少女が〈しろうさぎ〉を糾弾した。

 

「こんなの、ありえない……貴方には、何の権利があって、理由もなくキメラを殺すの!」

 

 サナは言葉が発せられた方向に赤い瞳を向ける。

 何も言おうとせず、何の表情も動かさない。

 光を失った底無しの赤い瞳が少女を射抜く。

 

「あ、あ……ごめんなさい……やめて……痛いこと、しないで……!」

 

 翼の少女は何かを思い出したのか、脱力して血濡れた床に膝をつく。

 

「権利なんてない」

 

 代わりに岸谷が言葉を発した。

 

「あるのは義務だけだ。全てのキメラを殲滅する義務。……帰るぞ、サナ」

 

 岸谷は事後処理を同僚に任せ、現場を後にする。

 後ろを血まみれのサナがてくてくとついていった。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

 翼の少女に岸谷の声は届かない。

 壊れたオルゴールのように、サナの背中に向かって懺悔の言葉を紡ぎ続けた。

 

+++++

 

 地下から外に出ると、上りかけの朝日が夜の闇が掻き消そうとしていた。

 地下の入り口周辺は関係者で混雑しており、立入禁止のテープで張り巡らされている。

 そばにいる人が血に塗れたサナを見て、黄色い声をあげてそそくさと離れていく。

 岸谷はポケットからタバコを取り出し、口に加えて火を付けた。

 吐息の白と煙の白との見分けがつかないくらい、外は寒い。

 

「岸谷君にサナちゃん、こっちだよ」

 

 声がした方向に目をやると、一見して何気ない運搬トラックが一台。

 その開かれた窓から、壮年の男性が身を乗り出している。

 処理課のトップである黒川が、手をふって二人を労った。

 

「やあ、お勤めご苦労さん」

 

 岸谷とサナは荷台の方へと移動した。

 

「今日も無茶したようだね」

「別に。適切に“処理”をしただけだ」

 

 黒川は朗らかな笑みを崩さずに語りかける。

 

「君達が居なければ〈管理局〉は成り立たない。だからこそ、君達を失いたくないのだよ」

「……。後ろ、開けてくれ」

「その前にサナちゃんが持ってるその荷物、どうにかしてくれないかな?」

 

 岸谷は顔をしかめて後ろを見やる。

 サナは血液をたっぷりと染み込ませたトレンチコートとスカートを持ち抱えていた。

 おまけにその上には赤と黒の入り混じったハイヒールが置かれている。

 来た道を見返すと、びちゃびちゃと赤く跳ねた跡がここまで続いていた。

 

「おーい、そこの。ゴミ袋頼む」

「は、はひ!」

「そんなもん捨ててこいよ」

 

サナは首を小さく横に振る。

 

「また買ってやる」

「……」

 

 サナは血の染みこんだ衣服を丁寧に折り畳むと、ゴミ袋に仕舞い込んだ。

 

+++++

 

 黒川の偽装トラックによって、二人は処理課の施設に移動した。

 〈管理局〉のビルとは反対方向にハンドルが切られる。

 郊外の元廃棄処理場を改造したものが処理課の専用設備となっていた。

 サナは先に簡易検査を済ませてから、専用のシャワールームへと運ばれる。

 今回の戦闘は激しく、体を洗うだけでは色も臭いも取れないので、サナ専任の女性スタッフに全てを任せている。

 岸谷が壁にもたれてタバコを吸っていると、三〇分ほどでサナが戻った。

 

「……」

 

 全身にこびりついていた血は取り払われ、本来の純白を取り戻していた。

 耳元で切り揃えられた白髪と異形の両耳は、僅かな水気を含んでいる。

 赤色の瞳は目立つので、黒のカラーコンタクトで偽装する。

 サナの服はスタッフに任せてはいたが、間違いだったのかもしれない。

 女生徒が着るような、黒と紺を貴重にしたセーラー服に着替えていた。

 この姿に〈首輪〉は少々悪趣味だ。

 

「……」

 

サナは定期的に岸谷を見上げては下を向く。

 

「さっきからなんだ?」

「似合ってるかどうか聞いてるんですよ。ほら、どうです? 私のお下がりですが」

「……他に無いのか?」

「どうせ新しい服を買ってあげるんでしょう?黒川さんに聞きましたよ。今から行ってみてはどうですか?」

「……」

 

今度は岸谷が黙る番だった。

 

「それからついでにお昼ごはんもどうぞ。お勧めのフレンチ知ってますよ」

「……あとで送っといてくれ」

 

 これから家に帰って睡眠でも取ろうと思っていた岸谷は、ため息をついた。

 古びた茶色のレザーコートから干からびた灰色のキャスケットを取り出し、サナに手渡す。

 サナは異形の両耳を折り曲げ、白髪が隠れきるようにすっぽりとそれを被った。

 

 ……岸谷は現場を嗅ぎつける嗅覚や何を成すかの判断力に優れているが、どうも根回しや下調べといったものは苦手である。

 そういったものは黒川に任せた方がいい。

 大きな案件が終わってしまえば、また次の大きな案件が訪れるまで、岸谷とサナは何もしない日々が続く。

 

 〈管理局〉の支配構造の体現者としてあまりにも大きくなりすぎた〈しろうさぎ〉の権威は瑣末な小事件に消費されるべきものではなく、今回の〈アグレッサー〉のような大事件に注がれるべきなのだから。

 

+++++

 

 社会が動き始める平日の朝九時頃、三〇代半ばの男と、その後ろを〈首輪〉を付けた少女が歩いている。

 周囲の人々は〈首輪〉をつけたサナのセーラー服を見て、次いで何かを察したように嫌悪の目線を岸谷へと向けるのであった。

 

「……」

「……」

 

 沈黙が続く。

 気まずい沈黙と、いつも通りの沈黙。

 アプリの案内通りに歩いた先には高級呉服店がった。

 中に入ると、案内役の女性店員がサナの〈首輪〉を見て顔を引き攣らせた。

 ドレスコード以前に、格式高いお店では富裕層を怖がらせない為にも、キメラの入店を拒否しているケースが多い。

 

「あ、あの……大変申し訳ありませんが、〈首輪〉をつけたお客さまは――」

 

 店員がしどろもどろで断り文句を述べようとするが、その言葉が途切れる。

 ヘッドセッドから入った通信を聞いているらしい。

 

「――先程は大変失礼致しました!どうぞ、いらっしゃいませ!」

 

 急に態度を変えた店員は愛想笑いで二人を歓迎した。

 ……大方、処理課のあのスタッフが根回ししてくれたのだろうか。

 こういう裏作業は岸谷には出来ないことだ。

 

「ご要望はなにかございますでしょうか!?」

「適当に見繕ってやってくれ」

 

 どうしても性分に合わないものは仕方がない。

 

「サナ、終わったら呼べ」

 

 投げやりにことを済ませて外に出る。

 寒空の中、本日何本目かも分からないタバコに火を付けた。

 時折通りがかる〈首輪〉を付けた者は、ほとんどが最低限の衣服だけを纏っている。

 保証人らしき人間との関係性も、主人と奴隷を連想させるものが多い。

 そこに違和感を覚える人は誰もいないだろう。

 

 ……キメラの発生から、〈管理局〉による〈安全保障〉制度と〈首輪〉の支配体制が出来上がるまでの治安状態は、内戦に等しいものであった。

 その期間に家族や友人、恋人をキメラに殺されたものは少なくない。

 彼等にとって、〈首輪〉による管理はむしろ温情味のある措置であり、キメラが生きる為には当たり前のものとして存在している。

 ふと、タバコを持っていない左手が引っ張られる。

 

「……」

「おう」

 

 見下ろすと衣替えを済ませたサナの姿があった。

 白くてふわふわした厚手のニットセーターが太もも半ばまで覆っている。

 裾から伸びる脚部は黒と赤と灰の格子模様(アーガイル)のオーバーニーソックスに締め付けられていた。

 履物は白いリボンがワンポイントの茶色いパンプスだ。

 

「子どもっぽいな」

「……」

 

 サナは小さく首肯したように見えた。

 道行く人々が皆サナを一瞥する。

 

「お帽子の方が傷んでおりますが、代わりにこちらはいかがでしょうか?」

 

 それを聞いたサナは、両手でぼろぼろのキャスケットを引っ張った。

 

「気に入ってるらしい。このまま出れるようにしてやってくれ」

 

〈首輪〉を付けた者にお洒落をさせる物好きは中々いないだろう。

 異形の猫の耳のような〈変異部位〉を持つ簡素な衣服の少女が、サナを羨しそうに眺めていた。

 

+++++

 

 処理課のスタッフに教えられたフランス料理店は、住宅街の一角にあった。

 喫茶店的な店作りになっており、料理の値段も手頃なものが多く見えた。

 

「〈首輪〉のついたお嬢ちゃんはめずらしいねえ」

 

 シェフの老人はキメラに偏見を抱かない、珍しいタイプの人間だったようだ。

 

「そちらお父さんかな?」

 

 どうやら単にキメラという存在に関して疎いだけかもしれない。

 

「〈安全保証〉制度では、保証人は第三者の扶養者に限られる。だから俺が、こいつの父親っていうのは有り得ないな」

「おや、でしたら……」

 

 シェフは訝しんだような目線を投げかける。

 三〇代半ばと〈首輪〉の少女の組み合わせだ。

 本日何度目かも分からない視線で、使う言い訳も同じ。

 

「いや、友人に頼まれただけだ」

「そうでしたか。これはすみません」

 

 そんなやりとりをしているうちに、シェフの妻らしき老婦人が料理をこちらに運んできた。

 サナの元にドレッシングがたっぷり乗ったカルパッチョが運ばれる。

 フォークを握りしめるが、手を動かさず岸谷の方を眺めている。

 

「……」

「食っていいぞ」

 

 ようやくサナは手を動かす。

 フォークで不器用にそれを刺して、口に運ぶ。

 もぐもぐと時間をかけて咀嚼する顔つきは、相変わらず無表情に見える。

 

「どうだ?」

「……」

 

 サナは小さく首肯した。

 心なしか、食の進みが早く見える。

 あれだけの戦闘後だ、無理もない。

 岸谷は自分の前に置かれたビーフポトフをサナに差し出した。

 

「これ、やるよ。“パーティ”で食い過ぎた」

 

 サナは首を縦にぺこりと振った。

 肯定と同じ仕草だが、これは礼のつもりなんだろうか。

 

+++++

 

 岸谷の住まいは、〈管理局〉で借り上げたマンションの一室だ。

 窓の外はもう夜だ。

 ソファではサナが小さな寝息を立てて熟睡していた。

 

 ……干からびた灰色のキャスケットを、宝物のように胸元で抱えながら。

 

「くそっ……」

 

 それを見て、岸谷は頭をかきむしる。

 処理課から送られてきたメールには、〈アグレッサー〉との戦闘記録と解析データが添付されていた。

 

『駆動値、復元率共に良好。過去の記録と比較しても〈しろうさぎ〉のコンディションは飛躍的に上昇している』

 

 ……これは半年に及ぶ実験と成果だ。

 “友好的に接し続けた岸谷が”、“その身を危険に晒した場合”、〈しろうさぎ〉の能力値は類を見ないほど上昇する。

 

 〈管理局〉は最早〈しろうさぎ〉を使い潰すことが出来ない。

 それほどまでに〈しろうさぎ〉の存在は大きくなってしまった。

 

 ――関係ない。

 

 岸谷にとってのサナは、“全てのキメラの殲滅”という目的を共にする関係でしかなかった。

 しかし、今は違う。

 なぜなら、岸谷は根源的にキメラを憎んでいるが、だからといって憎悪以外の感情を封印することは自己満足だと思い至ったからだ。

 それに気づいた時、岸谷はサナを奴隷のように酷使することをやめた。

 美味しいものは食べたいし、遊びたいときは遊ぶし、人間関係を自分から突き放そうとも思わない。

 岸谷のキメラに対する憎悪は、そんなことで掻き消えるほどのものではない。

 だからそれと同じように、サナにはまともに接しようと思った。

 サナは憎むべきキメラだが、目的を共にする相手に八つ当たりをしても意味は無いと思った。

 任務時以外は部屋に一人で放置させていたサナを外に連れ出すようになった。

 別に特別なことをしただなんて思っていない。

 ただ、自分がどこかに行く“ついで”にサナと行動を共にした。

 それが『優しさ』だと思ったことは無かった。

 だからいざ、サナに優しく接することがサナの有用性をより高めるという検証結果が出た時、岸谷はなんとも歯がゆい気持ちになった。

 処理課総出で茶番じみた『優しさ』を演出する。

 それは『全てのキメラを殲滅する』という岸谷の目的の為にも確かに合理的なことなのだ。

 別に罪悪感を感じているわけではない。

 この感情がキメラへの憎悪を曇らせるとも思っていない。

 ならばなぜ、このようなやり場のない奇妙な感覚が生まれるのか。

 

「……道具に愛着持つワケねえだろ」

 

 躊躇いを振り切るように手元のメールに視線を落とす。

 報告の最後はこう締め括られていた。

 

 

『引き続きオママゴトを頼んだよ』

 

 

〈了〉

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