アイのままに、ワガママに~名探偵は一家団欒を望む~ 作:サニキ リオ
美術館に着くと、すでに多くのマスコミ関係者が集まっていた。空にはヘリコプターも飛んでおり、ベオウルフがいかに世間から注目されている存在かを思い知らされる。
クロサイト美術館はクロサイト財閥が建てた自分達が集めた美術品の数々を展示する金持ちの自慢用美術館だ。
ロゼミは若くしてこの美術館の運営を行っており、ベオウルフが以前に月夜の雫を盗み出したのもこの美術館だった。
美術館の中は大勢の人達でごった返している。
特別展自室の前には荷物検査のためにいくつもゲートが用意されている。
ディアナは警備員へ近づくと、胸ポケットから警察手帳を取り出した。
「お疲れ様です。私はブランニュイ市警捜査二課ディアナ・モンド警部です。こちらは私立探偵のライアン・スローンと娘のアイ・スローン。中に通していただいても構いませんか?」
「ディアナ警部、お疲れ様です! どうぞ中へ」
ディアナのおかげですんなり荷物検査もなく中へと入ることができる。
世間の評判とは対照的に、警備側の人間からの信頼は厚いらしい。
ベオウルフが予告した場所に来るために用意された特別観覧展示室に入ると、警備員と打ち合わせをしているロゼミの姿があった。
「ロゼミ、守備はどう?」
「あら、ゴリラ警部ではありませんこと」
「だーかーらー、誰がゴリラよ!」
先日の殊勝などこへやら。ロゼミは鼻を鳴らして答える。
「守備も何も、本日はこちらがベオウルフ様を歓迎する側。警察の方々の手を煩わせる必要はございませんわ」
「そうはいかないわ。今回罪を犯していないからってベオウルフが指名手配犯ってことには変わりないもの」
「まったく、融通が利きませんわね」
ロゼミは露骨に顔を顰める。ディアナは割と融通が利く方だと思うが、ロゼミからすれば自分の目的の邪魔になるディアナはこの場においては邪魔者なのだろう。
「それより、先日とはかなり印象が違いますが、あなたはライアンさんですわよね?」
「ああ、こっちが素なんだよ。改めて自己紹介させてくれ。バーシル街で探偵事務所を構えている私立探偵のライアン・スローンだ。よろしくな」
前にあったときは変装していたため、今のラフな格好に違和感を覚えたのだろう。
俺は改めて自己紹介をするために、持ってきた名刺をロゼミへと渡した。
「頂戴致しますわ。やはり探偵さんでしたのね」
俺から名刺を受け取ったロゼミは興味深そうに俺の名刺を見つめて呟く。
「やはり?」
「先日の一件、ディ――ゴリラ警部にしてはやけに頭がキレると思いましてよ。きっと優秀なブレーンが側にいる。そう思っても不思議ではありませんわ」
ロゼミはすっと目を細めて俺を凝視してくる。その鋭い視線に、俺は背筋に寒気を覚えた。
「おい、ディアナ。お前のポンコツっぷりはバレバレだとさ」
「うっさいわね!」
「ママ、美術館だから静かにしなきゃ」
「あっ、ごめん……」
アイに注意されたディアナはしゅんと縮こまるようにして口を噤んだ。
「アイさんも先日ぶりですわね」
「ロゼミさん、こんばんは! 今日はお邪魔させてもらってます」
「うふふ、今日は宜しくお願い致しますわ」
ロゼミはアイの目線まで屈むと笑顔を浮かべる。ディアナへの対応とはえらい違いである。
「ご歓談中失礼致します。ロゼミ様、少々よろしいでしょうか?」
「今行きますわ」
展示場内のスタッフに呼ばれたロゼミは去り際、俺達に向かって笑顔を浮かべる。
「予告の時間まで余裕もありますし、ごゆるりと我がクロサイト美術館自慢の展示品をご覧くださいな」
「ああ、そうさせてもらうよ」
どの道会場内の調査はしなければいけないんだ。
ここはお言葉に甘えてゆっくりと拝見させてもらうとしよう。
まず、肝心なのは中央に設置されている三年前に地上の明月が展示されていた場所だ。
「ご丁寧に当時の再現とは恐れ入るな」
「ケースの中は空っぽ。ベオウルフがここに入れることを想定してるってわけね」
「罠とかしかけられてるんじゃない?」
俺達はロープで区切られた空間に鎮座するショーケースを見て思い思いの感想を零す。
「鍵がかかっているみたいだし、ベオウルフがここに宝石を返すとしたらピッキングか何かで鍵を開けて元の場所に戻さなきゃいけないだろうな」
「どうせいつもみたいに照明を落として早業でやってのけるんでしょ。まったく、厄介なことこの上ないわ」
暗闇を利用するのはベオウルフの常套手段だ。
ディアナもそれを理解しているのか、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ははっ、それは無理ですな」
俺達の会話を聞いていたのか、灰色の髪と青い瞳が特徴的な中年男性が笑いながらやってきた。
「ヴィクトル博士!」
「モンド警部、ご無沙汰しております」
ヴィクトルと呼ばれた中年男性はディアナとは顔見知りだった。それもそうだろう。
彼はロボフ・ヴィクトル。有名な発明家でベオウルフ対策の警備システムなどの開発も行っている。
つまり、ディアナ同様にベオウルフ関連の事件の常連さんだ。
「後ろの彼とその子は?」
「紹介します。こちら私立探偵のライアン・スローンと娘のアイ・スローンです」
「ほほう、子連れ探偵ですか」
ディアナが俺達を紹介すると、ヴィクトルはじろじろと俺に不躾な視線を浴びせてくる。
「ライアン・スローン、ねぇ」
「何か俺の名前に文句でも?」
「いや、失礼。どこにでもいるようなありふれた名前だと思いましてな」
「本当に失礼だな、あんた」
発明家という人種はどこかネジが外れているイメージがあったが、この男も例に漏れずその手の人間のようだ。
まあ、そういう人間に限ってとんでもない世紀の大発明を生み出したりするのだが。
「それで、何でベオウルフはこのケースを開けられないんだ?」
「簡単なことですぞ。このケースの鍵には私の発明した電撃装置が仕掛けられている。ピッキングでもしようものなら感電は免れませんぞ」
「宝石返しにくるってのに撃退してどうすんだ……」
どうやらこの男もロゼミと同じでベオウルフに固執しているタイプらしい。
「痺れて動きが取れないとこをあたしが捕まえればいいってわけね! さすがヴィクトル博士!」
ディアナはベオウルフ撃退装置に目を輝かせていたが、この二人っていつも逃げられてるんだよな……。
「ねぇねぇ、その装置ってずっと付いてるの?」
アイが疑問に思ったことを素直に口に出す。
「いえ、正規の鍵を差し込むと止まる仕組みになっておりますぞ」
「鍵を持ってる人は盗まれたらまずいんじゃないの?」
「ははっ、それは問題ございませんぞ」
自慢げに笑うと、ヴィクトルは自分の胸ポケットから鍵を見せてきた。
「鍵を持っているのは私だけですぞ。しかも、私からこの鍵を盗めば電流が流れる仕組みになっております」
「あんた電流大好きだな」
どうやらヴィクトルから鍵が離れると電流が流れる仕組みになっているらしい。もっとまともな対策方法がある気がするのだが、それを言うのは野暮なのだろうか。
「念のため、ケースを見せてもらってもいいか?」
「構いませぬ。果たして名探偵のお眼鏡にかないますかな」
「私立探偵な」
俺達は特別にヴィクトルの許可をもらいケースを開けてもらう。
ケースには現時点で不審な点は見当たらない。
違和感なんて宝石を乗せるための高級そうな白いクッションの糸がほつれているくらいだ。
俺はケースの内側を確認すると、ケースを締めてヴィクトルに鍵を閉めてもらう。
「さて、どうしますかな?」
「盗む瞬間を捕らえようとするんじゃ、十中八九逃げられるだろうな」
今までそうやってこいつらはずっと逃げられてきた。
だから、同じやり方じゃまた逃げられるのがオチだ。
「大事なのは先回りすることだ。そのために別の場所で待機させてもらう」
「別の場所ってどこ?」
「誰がベオウルフに変装しているかわからないこの状況でそれは言えないな」
戦いは既に始まっている。情報を漏らすことは命取りになるのだ。
「だから、アイ。この小型の通信機をお前が持っててくれ」
「どうして?」
「状況は逐一把握したいからな」
「そっか、アイちゃんは変装される心配ないものね。それじゃ、ライアン。期待してるわよ」
ディアナは納得したように笑みを浮かべると、俺に期待の眼差しを向けてきた。
「ああ、任せろ。仕事はきっちりこなす」
こうして俺は特別展示室を後にした。